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おしどり夫婦へ  作者:
15/22

第15話 好きだ

「・・・牧原!何してんだよっ!寝ぼけてんなって!」

 突然唇を重ねられた僕は一瞬何が起こったのかわからなかったが、慌てて牧原の体を押しのけた。今起こったことが信じられなかった。

 牧原はしばらく僕を見た後、すぐにぷいっとそっぽを向いてしまった。

「寝ぼけてない。寝ぼけてんのはどっちよ?ずっと・・・中学のときからずっと好きだったのに・・・・気づかなかったのは孝介君じゃん!」

 その泣きながら話す彼女の様子を見て、僕はまた信じられなくなってしまった。だって、牧原は本当にモテモテだったからだ。隣の席になった僕を羨ましがった男子軍団が何人いるのか数え切れないほどだ。

 彼女の気持ちは嬉しい。だけど、僕はその気持ちには答えられなかった。

「ごめん・・・好きな人がいるんだ。その人のことしか考えられない」

「・・・・・武藤美咲ちゃんでしょ?」

「え?なんで知ってんの?」

 言ってから同じ高校だって美咲が言っていたことを思い出す。それでも、僕は美咲の名前を牧原の前で言った覚えはない。

「最初は知らなかった。っていうか、美咲ちゃんが6月くらいにこの大学に来たのを偶然見たの」

 ひょっとしたら美咲からまるまる1ヶ月間連絡がなかったあのときのことかもしれない。彼女はその後大学に来たのだ。

「美咲ちゃんなんて上級生殴って謹慎処分になってくせに、ちょっとかわいいからって男子にすごくモテてたのがムカツク。それを本人何にもわかってなくて気づいてなかったのもムカツク。でも1番ムカツクのは・・・私がずっと好きだった孝介君と結婚しようとしてること。孝介君と同じサークルの人に聞いたよ」

 美咲が感じていた視線というのは彼女のことだったのかもしれない、と頭の中で考えながら僕はもっと別のことを考えていたような気がする。とりあえず服を着て、ズボンのボタンをしめた。そして、ベッドから降りる。

 牧原はたぶん美咲に負けたくないだけなんだ。僕のことを好きなんて言っているけれど、相手が美咲だからという理由でこんなことをしたんだとなんとなくわかってしまった。

「俺、帰るわ。お邪魔しました」

「彼女にこのことがバレてもいいの!?」

「別に。未遂だし」

 僕はぶっきらぼうに答え、乱暴に自分のバッグを手に取った。それでも牧原はひるまない。

「昨日のこと何も覚えてないんだね。そのほうが幸せかもね」

 この言葉で僕の中の何かが切れた。

「お前のこと・・・嫌いになりたくはなかった」

 ばたんと扉を閉める。イライラしていたが、なによりも悲しかった。


 電車に乗って約30分で地元に着く。駅に停めてある自分の自転車の鍵をはずし、僕はもう昼近い駅前をのんびりと走り出した。

 昨日、牧原とは何もなかった・・・と思う。全く覚えてなかったが、変な話そういうような形跡がなかったのでないと思う。それに美咲という大事な人がいるのだから、いくら酔っていても理性が働くだろうと信じていた。

 それでも、イブに彼女以外の別の人と同じベッドでぐーぐー寝てしまったことは確かだ。最低だ・・・なんでこんなことになっちゃったんだろう。

 頭が痛いのを抑えて、僕はとりあえず自宅へ向かった。


 家に帰ってまず最初に言われたことは、

「あんた今までどこに行ってたのよ!?美咲さん待ってるんだから!」

 母が僕に掴みかかって怒鳴ってきたのだ。慌ててリビングに行ったが彼女はいない。後ろから母に僕の部屋にいることを教えられて、急いで階段を駆け上がっていく。ばたんと大きな音をたてて部屋の扉を開けた。

「あ、お邪魔してます」

 僕の勉強机のイスに座っている1人の女の子がくるりと振り返った。ミニスカートにハイソックス。彼女が普段はあまりはこうとしないスカートを見て、今日のためにはいてきてくれたんだと気づき、僕はわけもわからず良心が痛んだ。

 全部話さなきゃな・・・後ろめたい気持ちのままで彼女と一緒にいられるわけがなかった。これがきっかけで別れるなんて言われても仕方ないかもしれない。美咲にだけは嫌われたくない。だけど・・・

 僕は牧原の名前だけ伏せて、だいたいのことを話した。昨日は大学の友達と飲んでいたこと、酔った勢いで彼女の家に泊めてもらったこと、でも何もなかったということを(つたな)い言葉遣いで長々と。美咲は相槌を打つこともなく、ただ黙って聞いていた。

「・・・・・ほんとごめん!俺、最低だってわかってる」

 がばっと頭を下げたが、しばらく美咲からの返事はなかった。ようやく聞こえたと思ったら衝撃の言葉だった。

「孝介、口に赤いものついてる」

 え、と驚いて自分の口を押さえると、確かにうっすらと赤い。それが牧原の口紅だと気づくのに時間はかからなかった。

「いきなりだったから避けれなかったんだ・・・本当だ。ウソじゃない」

 傍から聞けば、なんて苦しい言い訳なんだと思われるかもしれないが、本当のことなんだからどうしようもない。信じてほしくて、情けなくただ美咲を見続けた。その顔は笑ってはいなかったが、あからさまに怒ってもいなかった。もし僕を殴って気が済むのだったら、どんどん殴ってほしい。

「嫌われても怒られてもしょうがないと思う」

「怒ってない。前に形だけだけど、私に婚約者がいたときだって、孝介は私のこと怒らなかった。だから怒らないし、嫌いになれない。だけど・・・孝介は、その人のこと好きなのか?」

 美咲は僕の顔を見ずに淡々と言い放つ。

「その人のことを恋愛感情で見たことはないよ。好きじゃない」

 それは牧原に対してとてもひどいことなのかもしれない。だけど、はっきりと言わなければ美咲には伝わらないような気がしたのだ。

 今日初めて美咲と目が合った気がした。彼女は少しだけ笑ってこくんとうなずいた。その笑顔が僕には痛々しかった。


 その後、僕たちはデートをした。

 夕食においしいと評判の洋食店を予約してあったので、その時間までぶらぶらと散歩に出かけた。行き先は特に決まっていない。ただ、気の向くままに歩いた。お互いにあまり喋らなかった。以前の僕は女の子とデートをして沈黙になると気まずくて何か話さなければと考えたことがあった。でも、美咲とつきあってからはそんなことは考えなくなった。沈黙もまた楽しい。だけど、今日は辛かった。

 夕食はおいしかったんだけれど、後になって思えばどんな味だったのか覚えていない。


「え?ツリー見に行くんじゃないの?」

 洋食店を出て、彼女が行きたいと言い出したのは僕らにとって大切な場所、例の無人の展望台だった。

「駅前だと迫力があって綺麗だけど、展望台からのほうでも小さいけど綺麗に見えるって小笠原(おがさわら)さんが教えてくれた」

 小笠原さん?誰だっけ、それ。僕は首を傾げたが、彼女に連れられてそこへと向かう。そういえば、駅は海の近くにある。そう考えれば、展望台からも見えるかもしれないと位置的に僕は思った。

 展望台はやっぱり誰もいなかった。この時期、ここは寒すぎるし、今は海も真っ暗だ。誰も来ないだろうと納得していると、先に上った美咲が手招きをしてきた。

「見えるよ」

「わ・・・ほんとだ。穴場じゃん、ここ」

 予想以上に綺麗に大きく見えた。元々ツリーが高い位置にあって大きいのだろう。むしろここから見たほうが綺麗なんじゃないかと思えるほどだ。白い光や青い光が一面に広がっていた。

「綺麗だなー・・・」

 吐く息が白くなって夜の闇に吸い込まれていく。風も少し強まってきた。

 と、そのとき、視界の片隅に白いものが落ちてきた。それが雪だとわかるときにはさらさらと降り続いたいた。美咲は嬉しそうに雪を手で受け止めている。僕はその横顔に話しかけた。

「美咲、メリークリスマス」

 振り返った彼女に縦長の箱を渡す。それはオープンハートのネックレスだった。彼女はそれを大事そうに持ってありがとうとお礼を言って、バッグから何かを取り出す。それは僕の前に差し出された。

「センスないけど」

 それはキーケースだった。まさかもらえるなんて思っていなかったのですごく嬉しかった。僕はそれを大事に使おうと決めた。

「ホワイトクリスマスだな。なんかすげー嬉しい」

 その嬉しいはたぶん雪が降っただけではないのだが、寒さも苦じゃないし、僕自身はなぜか幸せに思えてきた。

「・・・・・嬉しくない」

 だけど、美咲は違ったらしい。嬉しくないと言われて結構大きな衝撃を受ける。そうだ、僕は美咲に嫌われてもおかしくないんだ。最低最悪なことをしてしまった。クリスマスイブに別の女性と会って、何もなかったが一晩共にしたなんて。

「ごめん・・・俺も飲みすぎた・・・でも何もなかったから!」

「あったよ!キスしたんでしょ!?」

「それは向こうが無理やり・・・っていうか、いきなりで」

 そこまで言いかけたとき、美咲が泣いていることに気づいた。彼女の涙を見るのは久しぶりで、僕はこの涙が辛かった。でも、このまえと違うのは、美咲は泣きながらだんだんキレかかっているということ。空気でわかる。

「私以外の人とキスすんな。なんか嫌なんだ。すっごいイライラする」

 それはヤキモチ?明らかに怒っている美咲を見て、失礼だがまた嬉しくなった。まさか美咲がヤキモチをやくなんて思ってもみなかったのだ。

「そうだ、美咲にまだ言ってなかったことがあるんだった」

「な、なんだよ・・・今度は」

 明らかにびくびくしている美咲。僕は苦笑しながら、彼女の肩に手を回して引き寄せる。驚いてしゃがみこむので、僕もしゃがむ。そのまま座り込んでしまった。

「好きだ・・・・・・ってまだ面と向かって言ってなかったから」

「え・・・そうだっけ?」

「別の言葉では言ったけどね。俺はもう美咲以外の人とはキスもしないし、飲みません。だから、美咲も俺に嫉妬させないでください」

 僕は座り込んで壁にもたれかかる彼女に長い間キスをした。寒さなんて感じられなかった。お互いに高潮した頬をしていて、息遣いだけが荒かった。

「好きだ。大好きだ、美咲」


 『小笠原さん』が来たのはその数分後のことだった。すっかりキスに夢中になっていた僕は美咲に体を押されて初めて人の存在に気づいた。

「小笠原、さん」

 美咲は息を吐きながらつぶやく。美咲はその状況で荒くなった呼吸を整えようとしていたが、僕は息をするのも忘れて彼を見た。

 あの尾行男だった。

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