第14話 酔った勢いで
独身最後のクリスマス。どうやって過ごそうか。
『今年のクリスマスはホワイトクリスマスになりそうです。一段と冷え込むと思われますので、みなさん温かくして出かけてくださいね』
お天気お姉さんの言葉に僕はうなずいて僕は家を出た。
「美咲、クリスマスどっか出かけないか?」
彼女の家にあがらせてもらい、初めて部屋に入れてもらった日のことだった。24日は授業日だったが、25日は休みだ。
「いいけど・・・24はダメ。家でクリスマスするから」
けろりと言う美咲がかわいい。たぶん家族でクリスマスを過ごすんだなと頭の中で考えながら、
「オッケー。じゃぁ25日はデートしませんか?」
「・・・・・どうしてもしたいんなら、してやってもいいけど」
見栄を張ったわけでなく、本気での照れ隠しなんだろう。僕は苦笑して部屋の中を見渡してみた。僕の部屋よりずっと物が少なくて、その分すっきりと片付いた部屋だった。なんとなく目線がベッドに行く点で、やっぱり自分は変態なんだと思う。
「どこか行きたいとこある?」
「ある!」
急に目を輝かせて彼女は身を乗り出してきた。
「駅前にでっかいツリーがあるってテレビで見たんだ。一緒に見に行か・・・・・見に行ってやってもいいんだけど・・・・」
はしゃいでいた自分に気づいて慌てて冷静さを取り戻したらしいが、もう遅い。僕は爆笑してしまった。クッションやら枕やらが飛んできてぼすぼすと当たったので仕返しをしながらも笑いは止まらなかった。
「どうしても見に行きたいってんなら、付き合ってやってもいいんだけど?」
「もーいいよ!来んな!!」
「ジョーダンだって。見に行こう、2人で」
そう言って、美咲に後ろから手を回して抱きつく・・・・・ように見せかけてプロレスの技をかけようとした。しかし、すぐに腕を掴まれて、僕はそのまま柔道の技で投げ飛ばされてしまった。美咲と出会ってから、初めて受身の取り方を知った。
あいかわらずの怪力で、男の僕も簡単に投げる。じゃぁ、女だったらもっと簡単だろって聞いてみたら、女は投げたことがないと答えられた。聞くところによると、今まで投げてきた数多くの男の誰にも力では対等に接することができたそうだ。
「孝介にも絶対負けないからな」
「へーそう・・・じゃぁ」
ニヤリとニヒルな笑顔を浮かべて、僕は強引に美咲にキスをした。勢いで床に倒れこんだが、構わず角度を変えて何度も唇を吸う。今まで抵抗しようとしていた彼女の腕の力が急にすとんとなくなるのを確認して、僕は顔を離す。鼻の頭が触れるぎりぎりの位置だった。
「俺の勝ち」
言ってやると、彼女は真っ赤になって、あろうことか男の急所を蹴り上げてきた。あまりの痛さにしばらく息が詰まる。なぜか片目だけうるうると目が潤んでしまった。
「私の勝ちだ」
情けないその格好で、僕は自分の負けを認めた。
そして、12月24日。雲行きは怪しいが、雪はまだ降りそうもなかった。僕はどんよりと曇った空を見上げて足早に歩こうとする。
ファーのついたもこもこのジャンパーを着ていても寒いものは寒い。大の男がポケットに手を突っ込んで背中を丸めて歩く姿は見た目にもかっこわるいが、寒いんだから仕方ないと言い訳をする。
大学内でクリスマスを感じたのは食堂だけだった。かかっていたBGMがクリスマスソングになっていた。個人的には『サンタが町にやってくる』が好きだった。座る席を探しながら、頭の中で歌を口ずさんでいると、
「孝介君!」
その声に呼び止められて、僕は振り返った。ちょうど食べ終わったらしい牧原は弁当袋を持って近寄ってくる。
「1人なの?」
「そう。みんなクリスマスに学校なんか来るかって言ってサボり」
「それわかるなー。私、今日はもう終わりなんだ。一緒にいてもいい?」
牧原は苦笑して同感する。
「もちろんオッケー」
僕たちは空いていた4人がけのテーブルに座る。向かい側に牧原が座ったのを見て、僕はふと思った。
「そうだ、牧原は中学卒業してから彼氏とかできた?」
美咲の言葉を思い出したのだ。確か、クラスの半数に告白させたとかなんとか。てっきり男キラーにでもなったのかと思っていたが、久しぶりに再会してみてもそんな雰囲気は感じられない。
当の牧原は困ったように笑ってから、小さくこくんとうなずいてみせた。
「一応ね。でも長続きしたかったの。私がたぶん本気じゃなかったんだと思う」
「ふーん・・・そっか。牧原、すごく人気あったもんな。中学のときとか、男子みんな憧れてたんだよ」
僕はまた中学のことを思い出していた。
「じゃぁ孝介君は?」
「俺もその1人」
でも、牧原は人気がありすぎて僕には手の届かない存在だったので、特別な感情は抱いたことはなかった。
「ねぇ、今日は彼女と一緒にどっか出かけたりしないの?」
きょとんとして尋ねられたので、僕は首を振る。
「用事があるって。だから、明日出かけることにしました」
「それならちょっと付き合ってほしい所があるんだけどいい?すぐに終わるからさ」
僕は少しだけ迷った。何に対して迷ったのかはわからないが、なんとなくダメなような気がしたのだ。
「はい!決定!行こう行こう!」
僕の意思とは関係なく、牧原は半ば強引に僕をどこかへと連れて行く。もしこのとき無理にでも断っておけば、あんなややこしいことにはならなかったのになと後からになって思った。
牧原が連れてきた所は駅前にある小さなイタリア料理店だった。入ってみると、中はサラダバーがあり、どうやら昼だけのバイキングになっているらしかった。まだ2時前だったので、店はお客さんでいっぱいで、やっぱりカップルが多かった。
今お昼を食べたばっかりで正直何も腹に入らないなと思っていると、牧原は店のテーブルに座ろうとはせず、厨房近くにいたウェイターに何かを話していた。しばらくして、ウェイターがどこかに案内をしようとする。
「ほら、孝介君こっち」
わけがわからず、僕はとりあえずついていく。
「ここ会員専用の部屋があるんだ。今日みたいに混んでる日は会員だとすぐに座れるの」
ウェイターが開ける扉の向こうには確かにもう1つの世界が広がっていた。
「お待たせいたしました」
ウェイターが持ってきたのはビールジョッキだった。別に僕が頼んだわけではなく、牧原が勝手に注文したのだ。
「牧原・・・・・あのさ・・・」
「いいから。今日は私のおごりなんだから」
返す言葉がなくなってしまい、僕は仕方なく目の前のジョッキを手に取る。なんだかビールというよりもっときついお酒のような味がしたが、それでものどに流し込んでいく。牧原は牧原で飲んでいるのはオレンジジュースだった。
その後、彼女の高校生活や僕の結婚の話になって盛り上がってしまった。すぐに帰ろうとしたのになぜか6時を過ぎた。
僕はかなり酔ってしまった。
何かの振動で目が覚めた。尻に響く振動。あぁ、ケータイがポケットに入ってるのかと寝ぼけた頭で考えながらも、今の僕には電話に出るという行動に結びつかない。それでも止まらない振動にうるさいなと思い始めてきた。僕はゆっくりと目を開ける。
知らない天井。あれ?どこだ、ここ。
いつにも増してのろい動作で起き上がると、羽毛布団が体から落ちた。そして、僕は固まってしまった。上半身裸なのだ。
え・・え?慌てて自分の足を見たが、ズボンははいていた。ただし、ボタンははずされ、チャックが全開だったが。
頭が混乱してきた。っていうか、頭ががんがんする。そうだ、昨日は牧原と店で飲んでて、それから帰るかって話になって・・・僕が酔ってるからって言って、牧原が下宿先に案内してくれて・・・・・・それから・・・・・それから?
と、隣で何かが動いた。僕はびくっとしてそちらを向く。誰かが・・・女の人が・・・・・牧原が起き上がった。
まさか・・・この状況は・・・ドラマでよくある光景。
「ま、きはら・・・?え、ここどこ」
「私の部屋だよ」
あっさりと答える牧原。よく見ると、彼女はキャミソールで下は下着だけだった。目線に困って慌てて目をそらす。頭がぐわんぐわんしてきた。
酔った勢い。僕の頭の中にそんな言葉が浮かんでくる。最低だ。
そのとき、またケータイが鳴り出した。正確にはマナーモードになっているらしい。混乱しきった頭で、特に相手の名前を見ることなく電話に出た。
「もしもし・・・」
『孝介?あのさ、今日のことなんだけど・・・』
美咲だ。僕は急に現実に引き戻された気がした。何か言わないとと焦っていると、僕の手からケータイが奪われた。
「孝介君は今忙しいので今日はデートできません」
牧原はそれだけ言うとぴっとケータイを切った。僕はただそれを呆然として見てるだけだった。
「牧原・・・俺昨日・・・何にもしなかった、よな?」
「好き」
僕の質問には答えずに牧原は僕に顔を近づけて・・・そしてキスをした。