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おしどり夫婦へ  作者:
13/22

第13話 懐かしの再会

 式場のパンフレットを手に大学のトイレで悩む学生なんてそういるもんじゃない。しかし、周囲に何を思われても構わない。ここが1番静かで誰にも邪魔されなくて済むんだ、と言い訳しながら僕は個室をまるまる1時間占領していた。

 週末に美咲と一緒に式場に行ってみて、衣装合わせをすることになっている。そのときに、簡単な打ち合わせもすることになるだろう。

「すいませーん。入りたいんですけど、まだですかー?」

 変な妄想に浸っていた僕は慌てて我に返る。ドアがノックされたのだ。個室が全部埋まったんだと初めて気づき、パンフレットとバッグを持ってドアを引く。最初に見えたのはノックした人物と思われる人の足だった。なぜか僕は違和感を感じた。

「すいません。ちょっと考え事をしてたんで・・・・・」

 言った瞬間、僕は固まってしまった。同時にさっき感じた違和感の正体にも気づく。

「いーえ!全然気にしてませんから」

 相手は屈託のない笑みを浮かべて、そのまま個室に入ろうとする。視界の片隅にどの個室も空いているのが見えたが、問題はそこじゃない。

「あの・・・ここ、男子トイレですよ・・・?」

「知ってるよ。入口に男子のマークがついてたもん」

 だったらなぜ女性が入ってくるのだろうか。今どきの大学生らしいパーマをかけた人で、服装も白のセーターに黒と白のチェックのスカート。ストッキングにブーツ。ぶっちゃけて言えば、とてもかわいい女の子だったが、最近は男でも女装をすればかわいくなる時代である。

 余計なことを言わずにその場を立ち去ろうとしたときだ。なぜか手を握られてしまってぎょっとした。

「あいかわらずだね、孝介君」

「へっ?なんで俺の名前・・・」

 じっくり見てもやっぱり見覚えがない。こんなにかわいい男の友達なんていないはずだ。

「覚えてないの?私だよ。中学のとき一緒だった牧原千絵」

 その名前に聞き覚えがある。牧原・・・中学3年間同じクラスで、隣の席になったこともあるから、よく覚えている。そういえば、かわいくて男子に人気があったな、よく見れば牧原じゃん、などと寝ぼけたことを考えながら僕ははたっと止まった。

「ここ・・男子トイレだぞ!!」

 僕の声がやたら大きく響き渡った。


「まさか同じ大学だったとはなー・・・」

 学食で少し早めの昼食をとりながら、僕はまじまじと牧原を観察していた。

「私も気づいたの最近だよ。孝介君、英米学部でしょ?私文学部だもん。学部違うとほんっと関わり合いにならないんだね」

 牧原はすでに食べ終わった持参の弁当を片付けている。

 久しぶりに会ってみると、時の流れとは恐ろしい。中学のときも十分かわいかったが、今はかわいさに加えて品みたいなものを(まと)っているような気がする。要するに、綺麗だと言いたいのだ。

「でも、久しぶりに会ってみると、あの頃に戻ったみたいだね。そうだ、覚えてる?中3のときの骨夫(ほねお)事件。保健室にあった頭蓋骨の通称骨夫が突然いなくなったと思ったら、次の日ウチのクラスの教壇の上にいたってヤツ」

「覚えてる、覚えてる。あれって結局誰がやったんだってことでモメて、その日の午後の授業が全部潰れたんだよな」

 思い出話に花が咲き、僕たちは長いことぺちゃくちゃと喋っていた。元々、牧原が聞き上手、話し上手だったのかもしれない。次々と思い出される出来事に、僕の心はわくわくしていた。

「そういえば、すごい長い時間トイレにこもってたよね。出てくるの待ってたんだけど、全然戻ってこないからさー、思い切って入っちゃった。あんまり長いこと座ってると痔になるよ」

 それが男子トイレに入ってきた理由らしい。牧原はきょとんとしたような顔で覗き込んでくる。

「トイレが1番静かなんだ。教室とかサークル室だと周りがうるさくて」

 僕は苦笑してイスの背もたれにもたれる。

「・・・?もしかして勉強?」

「ううん・・・・・俺さ、もうすぐ結婚するんだ。そのための準備っていうか」

 なぜかこれを言うのにすごく緊張してしまった。でも、牧原ならきっとおめでとうと言ってくれるだろうと信じて疑っていなかった。中学のときの彼女はそうだったから。その前にびっくりされる可能性のほうが高いことにも僕は気づいた。

 しかし、牧原の反応はなんとなく違っていた。

「結婚って・・・・・孝介君が?」

「え、そうだよ」

 周囲の温度が下がったように思えたのは僕の気のせいだろうか。

「そっか・・・そうなんだ!おめでとう!!この〜、私よりも先に幸せになりやがってー・・・」

 その後の牧原はなぜかさっきまでとは違った。急に寡黙(かもく)になったと思ったら、すぐに授業があるからと言って学食を後にしようと言い出した。何か悪いことでも言ったかなと思いながら、僕も席をたって途中まで彼女と一緒に歩く。サークル室に行こうかなとも考えたが、なんとなく気が進まなかった。木下と話さなければならないのに。

「ねぇ、孝介君」

 学食の階段を下りたところで、牧原に話しかけられる。

「彼女とはいつ出会ったの?」

「今年の春に初めて会った。初めは嫌いだったんだけどな」

 奇声をあげて追いかけてくる美咲の姿を思い出した。今思い出しても怖い。でも、今ならいい思い出だ。

「・・・・・いつから彼女のこと好きになったの?」

 牧原は笑顔で尋ねてくる。さっきの少し変わってしまった態度は気のせいだったらしい。

「いつだろう・・・?わかんない。気がついたら、好きだった。あ、でもさ、よく言うじゃん。この人と結婚したいって思う直感が男にはあんまりないって。俺も前まではそう思ってたんだけど、彼女と一緒にいるうちにその直感感じたんだ」

 いししと笑って、僕は左手の指輪を見せる。彼女は今初めて気づいたらしく、少し驚いた顔を見せたが、すぐににこっと笑ってじゃあねっと駆け出していった。

 そのとき、僕は気づいていなかった。今日の僕の言動がどれだけ牧原を傷つけていたかということを・・・・・


 日曜日、式場での簡単な打ち合わせの後、僕と美咲の衣装合わせを行った。僕のほうはとてもあっさりと終了したのに対し、美咲のほうは時間がかかっているようだ。退屈しのぎに衣装のパンフレットをめくりながら、頭の片隅では美咲がどんなふうになるのか楽しみでいた。

 ふと、何かを感じて顔を上げる。何かってなんだろうと自問すると、

「孝介」

 名前を呼ばれて、僕は何気なく振り返る。そのまま、口を開けたまま動けなくなってしまった。

 不意打ちだ。真っ白なウェディングドレスを着た美咲が立っていたのだ。予想外に似合いすぎている。黒髪も白いドレスに映えてすごく綺麗だった。こんな人と僕は結婚していいのかと本気で疑っているうちに、知らずに頬が紅潮してしまったらしい。

「どうかな・・・馬子にも衣装じゃないか?」

「・・・綺麗だよ。すごく綺麗だ、美咲」

 すると、美咲が照れたように顔を背ける。面と向かって褒められたことはないのか、どうにも慣れていないようである。

「これにしようか!」

「でも・・・・・ちょっとレンタルするには高いよ」

「大丈夫。っていうか、俺がこれ気に入った」

 お金のほうならたぶん大丈夫だ。僕は昔祖父に連れられてよく競馬に行ったことがあるのだ。そのお金が実はこっそりまだ使ったことのない通帳に入っていた。額にして、200万くらい。競馬の力はすごいが、なんとなく美咲には黙っておくことにした。

 と、そのとき、美咲がふと顔を上げて周囲を見渡し始めた。

「どうしたの?」

 不思議に思って尋ねると、彼女は顔をしかめたまま答えた。

「最近、誰かに見られてる気がするんだ」

 僕も辺りを見渡したが、式場の従業員がいる他は特に変わった様子はない。

「ごめん、気のせいみたいだな」

 そう言って美咲は納得したようだが、僕の中でこのとき嫌な予感が渦巻いていた。僕は自分がさっき何かを感じたことを思い出す。あれはひょっとしたら気のせいではなかったのかもしれない。もしかして、美咲を狙うストーカーの可能性もありうる。


 最初に事が起きたのは、クリスマスの日だった。

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