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おしどり夫婦へ  作者:
11/22

第11話 初めて彼女を家に呼ぶとき

 日曜日の彼女の面持ちはとにかく緊張していた。いつものような暴行は一切なし。加えて、一生懸命美咲の思う女性らしい服装を意識してなのか、いつもははかないスカートを着ている。そんなに固く構えなくてもいいのにと思う。

 父にぜひ連れてきなさいと言われてすぐに電話してみると、美咲はなぜか敬語になって、

「行かせていただきます」

 と言い出した。実際に日曜日に会ってみると、案の定かなり緊張しているようだった。どこで買ったのか紫色のひもがついた朱色のお守りを持っている。この光景を見ていると、まさか今から彼氏の実家に向かおうとしている女には見えない。

「ここだよ」

 自宅の前で一旦足を止める。振り返ると、美咲は一層緊張した面持ちになってお守りをポケットにしまった。

「そんなに緊張しなくてもいいよ。ウチの両親、けっこー気楽な人たちだから」

「だっ大丈夫・・・粗相(そそう)のないように頑張る」

 まるで敵陣にでも乗り込む前であるかのように気合を入れる美咲に、なんとなく苦笑して僕は玄関の扉を開けた。


「おかえりー」

 最初に出迎えてくれたのは母だった。元々にこにことした顔だったが、今日はさらに笑顔で顔がくしゃっとしている。

「いいよ。あがんなよ」

 僕がまだ玄関の前にいる美咲を促すと、恐る恐る彼女は入ってきた。そして、すぐに頭を下げて母に挨拶をする。

「はじめまして!武藤美咲です。あの・・・よろしくお願いします!」

 なぜか僕まで緊張してしまった。そういえば、こんなふうに女性を家に連れてくることは初めてだったなと今さらになって思った。

 頭を下げられた母は、同じようにお辞儀をして、

「孝介の母です。いつも息子がお世話になってます。さぁ遠慮せずにあがって。お昼ごはん作っておいたの」

「すいません・・・・・じゃぁお邪魔します」

 いつものぶっきらぼうな口調はどこへ行ったのだろうか。新たな一面を見れて面白いが、本人はきっとそれどころじゃないんだと思う。

 僕たちはリビングへ向かった。


 テレビをつけっぱなしにする意味があるのか、新聞を読みながら僕たちが来たことに気づかないフリをしている父はリビングのソファに背筋を伸ばして座っていた。僕が声をかけると、まるで初めていたことに気づいたかのように新聞をたたんでこちらを向いた。

「いや、どうも・・こんなむさくるしい所ですがどうぞくつろいでください」

 見合いの席で1度対面している父は自己紹介をしなかった。美咲もありがとうございますと言ったが、どうすればいいのかわからないらしく、隣にいて焦っているのがわかった。確かに、くつろげと言われてもくつろげるはずがない。

「ここ座ってなよ」

 近くのソファを見て言うと、美咲は少し迷ってからちょこんと座った。何度も言うが、普段とのギャップがあって面白い。

 しばらく会話がないまま、母がキッチンからご飯を運んでくる。美咲が慌てて手伝おうとするが、「お客さんなんだから」と言われて結局何もすることができなかった。しかし、「やっぱり手伝ってくれない?」とお願いされると、なんとなく嬉しそうに飛んでいった。

 その間、父の顔は緩みっぱなしだった。なぜかすごくご機嫌らしい。

 昼ごはんはオムライスと野菜スープというシンプルなものだった。前に彼女に好きな食べ物を聞いたらオムライスと答えたので昼ごはんをそれにしたそうだ。美咲は嬉しそうに食べた。

「このオムライス、すごくおいしいです」

「よかった。お口にあって」

 料理を褒められると、母はすごく上機嫌になる。

 両親はどちらとも見合いの席で聞くような質問はしなかった。ただ単純に世間話をしたり、最近あった面白い出来事を話したりしていた。母がべらべらと喋りだすと、美咲もだんだんと緊張感が解けてきたらしい。自ら自分の話をするようになった。

「わーすごい!高校の空手で全国大会まで行ったなんて・・・ウチの男どもに見習わせたいくらい」

 僕と父はなぜか小さくなった。

「私も中学のときにソフトの試合で県大会で優勝したのよ」

「そうなんですか?私、ボールを飛ばす力がないのですごいです!」

「そんなの慣れよ。現に娘も・・あっ孝介の妹もちゃんとソフト続けられてるの」

「えっ!?妹さんいらしたんですか?」

「あれ、孝介言ってなかったの?彩っていってね、今は部活に行ってるの」

 エンドレスに繰り返される会話。よくもまぁ会話がつきないものだと感心する。僕としては美咲が嬉しそうに話すその姿を見て安心したが、その分出る幕がなくなった父が小さくなっているのが哀れだった。


 午後3時頃、母が夕方特売へ行くと行って、いつもは連れて行かない父と一緒に出かけていった。

「じゃぁね、孝介。くれぐれも手なんか出すんじゃないわよ」

「だーもーさっさと行けよ」

 たぶん気を遣ってくれたのだろう。僕は半ば追い出すようにして2人を見送った。この後夕食を食べに行くことになっている。

「美咲ー・・・大丈夫か?」

 しかし、僕の予想に反して美咲はさっきと何1つ変わらない顔でこくんとうなずいた。もっと疲れたような顔をしていると思った、と言ってみると、

「面白いじゃん、孝介のご両親。話してて緊張しなくなったよ」

 けろりとして彼女はそう答える。そして、思いついたように、

「あ、そうだ。卒アルとか見たいな」


 とりあえず、どこにしまったのかわからない卒業アルバムを探して10分たった。自分の部屋の様々なところを探ってみるが、なかなか見つからない。そして、15分後にようやく机の下から卒業アルバムを見つけ出すと、同時に美咲が部屋に覗きに来た。

「ごめん・・やっと見つけた」

 僕の手にはほこりをかぶった中学のアルバムが握られている。

「すげーほこり」

「俺は過去を振り返らない男なの」

 率直な感想を言われて、なんとか切り返す。っていうか、ただ単純に忘れていただけだが。

 美咲が興味深そうに、厚みのある表紙をめくっていく。僕も隣で懐かしい友人の写真を見ていく。ほとんどが中学で離れ離れになった人たちだが、みんな元気にやっているだろうか。

 3年2組のページで美咲の手が止まった。僕のクラスだ。

「孝介、写真写りいいよな」

「そうか?普通だよ」

 そんなことを言われたことがないので驚いた。個人写真は笑顔で写っているが、自分で見てもそんなふうには思えない。

「あ・・・この人」

 美咲に言われて、またアルバムに目を落とす。彼女は個人写真のある女の人を見ていることがわかった。髪を2つに縛ったかわいい女の子で、僕もその子のことは覚えていた。

「牧原千絵(ちえ)がどうかしたの?」

「・・・たぶん同じ高校だったと思う。覚えてる」

 その言い方が気になった。

「牧原、なんかしたとか?」

「クラスの半分の男を自分に告白させたって聞いた」

 なんだその話は。僕は改めてまじまじと牧原を見た。そういえば、中学生のときから男子にモテていたような気がする。しかし、僕も隣の席になってよく喋ったことがあるが、告白させるような考えの持ち主ではなかったかのように思える。

「まぁ・・牧原、かわいかったからなー」

 僕としては牧原に対するフォローのつもりで言ったのだが、美咲にべしっと容赦なく背中を叩かれる。

「この中に元カノでもいるのか?」

「はぁ?いないよ」

「どうだかねー・・・・・」

 そう言って彼女はぺらぺらとアルバムをめくっていく。僕は絶対に信じていないと思われるその横顔をじっと見てから、僕の視線に気づいた美咲と目が合った。僕はゆっくりとした動作で彼女と唇を合わせた。

 そのまま美咲の体を寝かせた。普段の怪力はどこへ行ったのか、抵抗はしなかった。僕はその上に覆いかぶさるようにして、手をつく。

「怖い?」

 美咲はしばらく黙っていた。それがなんとなく答えになっているような気がして、僕は体を起こして離れた。

「ごめん。怖がらせちゃったね」

「違うっ!」

 すごい力で腕を引っ張られて顔を押し付けられた。美咲からの初めてのキスは頭突きされたように痛かった。反動で後頭部を壁にぶつけた。

「怖くないから、大丈夫だ」

「・・・・・うん。怖かったら言ってよ」

 こくんと美咲がうなずいたのを見てまたキスをする。そのまま時間がたった。


 1分後、玄関の扉が開く音で我に返った。美咲の首に顔をうずめていた僕は1つの可能性に思い当たった。

「孝介・・・?」

「妹だ!帰ってきた」

 こうして僕と美咲の2人だけの時間があっけなく終わった。いいところだったのに・・・


「今日は楽しかった。みんなにお礼言っておいて」

 外食の後、美咲を送っていく途中に、彼女はそんな感想を言った。

「そうか?うるさい連中なだけだろ」

「今度はウチに来なよ。父さんたちもまた会いたいって言ってるし」

「行くよ」

 そのとき、美咲が嬉しそうな顔をしたのを僕は見逃さなかった。これを言うためにも緊張したらしい。なんとなく今日は緊張させっぱなしだなと思う。っていうか、今度は僕がそうなる番だ。またあの父親に何か言われるかもしれないと考えると恐ろしくなる。


 そんなふうに僕が思っているときに、僕たちを見る変な視線があることに気づくのはもう少し先になる。

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