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霞 沙都香【告白:1回】

活動報告上げました。他作品の事についても書きましたので、本作を気に入って戴けましたら、そちらもよろしくお願いします。



「霞 沙都香が失踪しました」


「……は?」


「30分前に自宅を出てから居場所が分からなくなりました。部屋はもぬけの空、立つ鳥跡を濁さずとはこの事ですね……何か知りませんか?」


「いや、こっちはその霞さんと待ち合わせてる最中なんだけど……」




 日曜日、駆け落ちという名の旅行デートの打ち合わせをするというので指定された場所に着いたのが一時間半ほど前。約束の時間からは、既に一時間を回っている。メールや電話にも応答がなく、なす術なく呆けていた所に神道さんから連絡があった。


 霞さんの行動を休日まで逐一監視している神道さんにも問題があるように思うが……つまりどうやらあの人は、俺を置いて一人でさっさと行ってしまったらしい。そんなに俺の事が嫌いなんですか……


 だがそうだとしても、はいそうですかと引き下がる気は全くない。今まで霞さんの言う事には何だかんだ素直に従ってきた俺だが、今回ばかりは俺自身のため、何としてでも彼女を引き止める。




「霞さんがどっちの方角に向かったか分かる?」


「いえ、残念ながら……駅には行っていないと思うのですが……」


「そうか。ありがとう……あとごめん、神道さん」


「構いません。ただ、水曜日の事については忘れて下さい。私からはそれだけです」


「……ありがとう」




 通話を切る。さて、一度は諦めかけた恋だが、俺はもう二度と諦めない。6人もの女の子を口説いてようやく確信した。俺にはやっぱり霞さんしかいないんだ。たとえどんなに拒絶されようが、絶対にものにしてみせる。


 まったく、この一週間で自分の往生際の悪さというものを嫌というほど思い知らされた。ストーカーの資質があるのかもしれないな。


 俺は急いで、鍵山 京の番号にかける。1コールも待たずに繋がった。




「鍵山さん? 突然ごめん、でも」


「駅から電車に乗ってくれ。下りのホームに今来てる電車だ。急いでくれ」


「お、おう? えっと……下りの電車に乗れば良いのか?」


「そうだ! いいから走れ! お前が一本でも早い電車に乗りたいって言うから、こっちはもうテイク7なんだぞ! いい加減決めてくれ!」




 俺は慌てて走り出した。元より待ち合わせ場所は駅前なのでホームまで走れば1分もかからない、と言いたい所だがかなり際どいので全力疾走だ。


 何とか目的の車両に滑り込んだ。日頃の運動不足が祟り、息も絶え絶えだ。さらに通話までしているので周囲の視線が痛いが、今はそんな事を言っている場合でもない。




「間に合ったか。次は二駅先、乗り換えにかけられる時間は1分だ。ここまで間に合うかどうかで、目的地への到着時刻に12分の差が出る。せいぜい電車が秒単位で運行している事を祈っておけ」


「はぁ……はぁ……こ、これ、どこに向かってるんだ……?」


「……分かった。説明する。まず、部屋に荷物がなかった事、外出が長期の予定である事から、霞はそれなりに大荷物で移動しているはずだ。引っ越し屋に頼める荷物を除いても、結構あるはずだからな」


「……だから、電車移動でないとするならおそらく車、バスか身内の車やタクシーを使う可能性が高い、そこまでは分かるが」


「バスだ。そう仮定して動くしかない。もしそれ以外だった場合、移動経路も目的地も完全に分からない。その時はまぁ、運がなかったと諦めるんだな」


「えぇ……」


「さらに、家を出た時刻から推測できるコースがいくつもある。北は北海道から南は鹿児島まで、行こうと思えばどこへだって行けるぞ? お、それと羽田から飛ぶつもりだったら、もうどうあがいても間に合わないな。ま、おそらくないだろうが」


「なんでないんだ?」


「それを僕に言わせるのか……あのな? 霞は一生懸命な奴がタイプだと聞いたぞ。そしてお前はあいつが与えた試練を乗り越えた。あいつなら、お前がもしかしたら辿り着けるような設定をするはずだ。性格から言ってほぼ間違いない」


「……本当か?」


「ま、どうであれ関係ないな。安心しろ。僕は勘がいい。今お前が目指してる場所で会える確率……僕は3割はあると見てる」


「おぉ、もう……」


「3割もあるなんて十分じゃないか。僕の経験と機転に感謝しろよ。ほら、乗り換えだ。今度は一発で決めてくれよ」




 俺はその後幾度か電車を乗り換えて、目的の駅に到着した。そこから走った先のバスターミナルに霞さんはいた。




「凄いな。どうやってここが分かったんだ?」


「全部調べて探しただけですよ。俺には時間が無限にあるんです」


「馬鹿言え。君は一分しか持ってないじゃないか……あぁ、そういえばまだ力を返してもらってなかったな。こっちに来い」


「……霞さん」


「……分かったよ。バスが出るまでまだ時間がある。やってみてくれよ。君がどうやって私を説得するか、見ものだな」


「能力は使いません。今は持ってないんです。だから、貴女に返す事もできません」


「ほう。神道 深幸に返したのか? 何にせよ残念だったな。力があれば確実に私を止められたのに」


「神道さんに、返す?」


「そうだ。あの力は元々、神道家に受け継がれていたものだ。それを私が奪った。三年前の事だ」




 俺は先を促す。霞さんが過去の事を話すのは珍しい。きっと何か意味があっての事だろう。




「最初は暇潰しのつもりでな。そりゃ愉快だったよ。何をやらかしても無かった事にできるんだから。だがその内気付いた。力は私の中で、ただの道具に収まらなかった。私という存在を脅やかし始めたんだ」


「……霞さんみたいな人が、能力に狂わされるなんて想像できませんね」


「まぁ確かに、私は他人より我が強いとよく言われる。だが君、そもそも人間の自我とは何だと思う? それはその人物の経験や思想によって形作られるものだ。しかしそれは、今この時に物質的に存在する訳ではない。脳内の電気信号なんて、あくまで時間的、相対的な概念だからだ」


「またそんな身も蓋もない話を……」


「つまり私にとって自我とは、その人物の言動そのものに他ならない訳だ。人間に内面なんて存在しない。自分以外にはな。時に、人生は選択の連続だ。それまでの人生における全ての行動選択が、自我を為す」


「あぁ……なんとなく貴女の言いたい事が分かってきました」


「うんまぁ、要は疲れたんだ。やり直す事に。君も分かっただろ? いつでも何度でもリスクなしでやり直せるというのは、自分の言動の責任を自分自身に対して、より強く負うという事なんだ。自分というキャラクターを、より自由に作れるようになった」


「あ、やっぱりキャラ作ってたんですね」


「当たり前の事だろ。本当の自分なんてものは存在しない。一人でいる時だって、自分に対して自分を演じている。人間とはそういう生き物だ。自分ならどうするか、霞 沙都香にとってどうするのが正解なのか、それを考えて些細な選択を何度もやり直した。そうするうちに……」


「自分が分からなくなった、と」


「そんな所だ。世界で自分一人だけ、ズルをしてるんだぞ? 罪悪感とかは無いが、このままじゃ自分を嫌いになりそうだよ。神道の連中も、ローテとか組んでたんじゃないか?」


「で結局、誰かに肩代わりさせて自分だけ逃げようという訳ですか……」


「君を選んだのは、本当に私を好きなようだったからだ。相当に意思も強いみたいだし、能力について私の名前を出さないと確信できた。だから能力については、もうどうするも君の勝手だ。私はもう逃げるよ」


「さっき、能力を返せと言いました。言動が矛盾してますよ」


「それは矛盾ではない。私の……迷いだ。私はもう能力に関わらないと決めた。今君から能力を奪えば、君は少しの間預かっていただけで関係ないと、そう強弁を張る事もできたんだ」


「そんなの、どっちでもいい事じゃないですか」


「君にとってそうでも、私にとっては違う。怖いんだよ。やり直す事も、やり直せない事も……こんなぐちゃぐちゃな私を、君に見られるのが堪えられないんだ。君が私を好きなんて言うから、私はこんなに悩んでるんだぞ……君が好きな私って、一体何なんだ……?」


「俺の事を、考えてくれてたんですか?」


「……あと一分でバスが出る。もう君が決めてくれ。私には私が分からない。君に私が見えているなら、私は……君の物になってもいい」


「いや、元からそういう約束じゃないですか。なってもいいって……こんな時まで上から目線ですね貴女は」


「うるさい。早く決めろ」




 ため息が出た。本当にこの人は仕方のない人だ。俺の気持ちを利用して、いたずらに6人もの女の子を弄んだ自覚があるのだろうか? ただ一方で確かな事として、今回は今までのどの告白よりも簡単だ。俺の思っている事をそのまま口に出せばいい。




「貴女はきっと、人を好きになった事がないんだと思います。だから分からないでしょうが……俺が貴女を好きなのは、貴女の外見や人間性や言動なんかには一切関係のない事なんです。いえ、確かに好きになるきっかけはそういった所にあるでしょうけど……」




 俺はなぜ、彼女を好きなのか。考えるまでもない事だ。彼女が彼女だから、好きなんだ。それをそのまま伝える。




「俺は貴女を好きになって告白して、フラれて、貴女と共に一週間を過ごしました。とても良い思い出なんて言えるような物ではなかったです。きっと関わった皆が俺たちを恨んでいるでしょう。でも、俺は楽しかったです。貴女のために何かに挑むという事が、貴女と共に何かをするという事それ自体が、俺の充実で、幸せなんです」




 俺は彼女に恋をした。そしてそれが、俺という人間を変えた。だから、好きであり続ける事に理由はいらないんだ。




「貴女が、俺の好きな貴女を、最後まで捨てきれなかったのと同じです。俺という存在ももはや、貴女あってのものなんです。貴女を好きな俺こそが俺なんです。貴女を想い、尽くすために俺は存在しているんです。それが、恋をするという事です。能力は関係ありません。人は皆、愛する人のために存在し、自分という存在を守るために、その人をずっと愛し続けるものなんです」


「……随分、分かったような事を言うんだな」


「分かってほしいのはこっちです。俺が貴女を嫌いになるなんてありえないんですよ。これだけ言葉を尽くしても伝わらないなら、無理やり奪うまでです。俺の全てを賭けて、一生かけて貴女をオトします」


「……分かった。信じるよ、君を」


「はい……! じゃあキスでもしますか!」


「君はいきなり馬鹿になるな……そんな事より、誑かした彼女達に謝らなくて良いのか?」


「罪の共有は愛を深めます! そうなるとまずは駆け落ちですかね。俺の荷物はまぁ、誰かに頼んで届けてもらいますよ。バス、乗りましょうか」


「おい、キャラ変わってないか……? そんな積極的じゃなかっただろう」


「これから霞さんが素直になるように調教しますから。しばらくこのキャラでいきます」


「ちょう……っま、待て! やっぱり私は行かないぞ! や、やめろ! 放せっ……は、はなせぇ……!」

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