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鍵山 京【告白:1018回】



「いやぁご苦労さん。悪いね、私のためにあんな可愛い女の子を二人も泣かせる羽目になってしまって」


「いえ、最初から分かっていた事です。ただ、霞さんが俺の事を気にしてくれるのは嬉しいです。どうせ形だけなんでしょうけど」


「おい、君は私を何だと思ってるんだ。ま、君もここまで私に尽くしてくれたんだ。後の待遇には期待してくれて良いぞ?」


「俺にとって、霞さんの彼氏になれるならそれ以上はありませんよ」


「ふむ……無欲な奴だ。君色に染めてしまっても構わないのに。まぁ良い。最後のターゲットは鍵山かぎやま きょうだ」


「明日って学校休みですよね? どうするんです?」


「ああ。君には彼女の自宅に行ってもらう」


「いきなり家って……流石に入れて貰えないんじゃ?」


「なぁに、扉ごしでも会話はできる。彼女は一人暮らしだ。学校からほど近いワンルームマンションに住んでいる。後で場所を教えてやるよ」


「明日訪ねる事、彼女に言っておかなくて良いんですか?」


「あぁ、それは無理だな。彼女は現在の所通算3ヶ月、学校に来ていない。何らかの事情で不登校になったようだ。詳しい事は私も知らないから、君が自分で聞き出してくれ」


「はぁ……」


「あ。あと、私は明日忙しいから、そっちには行く事ができない。その時になったら携帯にかけてくれ。ほれ、連絡先」


「あ、はい。なんか、会えない日は電話するカップルみたいですね」


「君は暢気だな。悩みとか無さそうで羨ましい限りだ」


「貴女がそれを言いますか……」


「あぁ……そうだな。私もあまり悩んだりはしないタイプだったな……うん、そうだった」


「……霞さん?」


「鍵山のマンションに案内する。ちゃんと道を覚えておけよ」




 翌土曜日の昼前、俺は鍵山 京の部屋のドア前にいた。ワンルームとは言え、高校生がマンションの一室で一人暮らしとは羨ましい。それも、鍵山 京はバイトをしている様子もなく、結構本格的に引きこもりをやっているようだ。


 神道さんに頼んで、彼女の事を少し調べてもらった。と言っても、俺がターゲットを知らされたのは昨日の放課後の事なので、具体的に言えばSNS等で彼女のアカウントを特定した。


 神道さんの家はお金持ちだと言うから、ひょっとしてそういうつてもあるかと思い付きで頼んでみたのだが、まさか本当に……完全に違法行為である事は疑いようもない。思わずたじろぐ俺に対して平然と、珍しい事でもないと言い放つ神道さんが一番恐ろしかった。


 ともかくその情報によれば、鍵山さんはデイトレードで生計を立てているらしい。それもしばらくは一人で暮らしていけるだけの蓄えがあるというのだから驚くばかりだ。その時点でかなり頭の良い人間であるはずなのだが、どうして引きこもりなどしているのか……


 趣味はアニメやゲーム、漫画、ライトノベル等々……米戸さんと引き合わせたら話が合いそうだな。あいにく、俺にそういった知識は無い。どうしても必要な部分は能力で補う他ないだろう。


 とりあえず霞さんに電話をかける。2コール目で繋がった。これから接触する旨を伝え、音の通じ具合を確認する。


 とにかく、まずは会話からだ。俺はインターホンを鳴らしてみる。


 ……まぁ、出ないよな。なんとなく予想はしていたので次の手を打つ。ドンドンと音を立ててノックをして、大きな声を出す。




「あのー宅配なんですけど、いらっしゃいませんかー?」




 間もなくして僅かにドアが開く。すかさず靴の先をねじ込んだ。




「……宅配、じゃないみたいだけど……今寝てたんだから、時間考えてくれよ……」


「もうすぐ昼だぞ。昼夜逆転してるんじゃないか?」


「知らないよ……用があるんなら手短に言ってくれ。これ以上僕の機嫌を損ねたくないだろ?」


「入れてくれないか?」


「入れる訳ないだろ……勘弁してくれよ、あぁ、もう……」




 チェーンが外され、ゆっくりとドアが開く。出てきたのはボサボサの髪をした少女だ。どうやら寝起きというのは嘘ではないらしい。というか、それパジャマだろ。恥ずかしくないのか……


 俺の視線の先を見て、鍵山さんは納得したような顔になる。




「あぁ、こんな格好で悪いな。荷物を受け取るのに着飾る奴なんていないだろ?」


「いや、羞恥心とかないのか? あと警戒心」


「……良いか? つまらない恥や外聞は、人をつまらなくする。これは僕の持論だ」




 あ、この自分に酔った笑い、ちょっと霞さんに似ている。ただ霞さんのようなミステリアスなオーラは無く、その分生意気な感じが鼻につく。


 あと、俺は恥じらいも大事だと思うぞ。もちろんあの尊大な霞さんに対しても、ちょっとした征服欲はあったりするし……いつか敬語責めで屈服させてやりたい。俺色に染めるのも悪くないか……




「それに警戒なら必要ない。千里 走馬、お前はどうやら霞 沙都香一筋なようだし、他の女子など眼中にもないって様子だからな。原田なんて頼めばいくらでもヤらせてくれそうな感じなのに、気付いてないのは滑稽なくらいだったぞ」


「ヤらせるってお前……っていやちょっと待て! お前、なんでそんな事を知ってる? 学校には行ってないんだろ」


「不登校の引きこもりがみんなコミュ障だと思ったら大間違いだ。こう見えて、僕は結構友達が多いんだぞ? だから、お前が霞に唆されてあちこち妙な甘言を吐いて回ってる事も知ってる」


「……どうして霞さんが出てくる?」


「神道が言ってたんだよ。霞にも何か妙な動きがある、おそらく繋がってるってな」




 神道さん、バレていたのか……それなのに能力について訊いてこないのは……俺のため、なのか……


 不意に鍵山さんが俺の腕を掴んできた。気のせいかその目も先ほどよりも爛々と輝いているように見える。その迫力に、思わず気圧される。




「さて、せっかく起き出してきたんだ。原田と丹羽を泣かせた理由、じっくりと聞かせてもらおうか」




 俺は迷わず時を戻した。











「京! 好きだ! 結婚してくれ!」


「…………」




 ドアを閉められた。




「なんで閉めるんだ! 開けてくれ! その寝起きの顔をもっとよく見せてくれ!」


「いや普通に怖いよ……誰なんだよあんた……」


「クラスメイトの千里 走馬だ!」


「千里……! お前が丹羽と原田を……何が目的でこんな事をしてる?」


「お前が好きだからだ!」


「いや意味分かんねえよ。お前めんどくさいからって全部それで済まそうとしてないか?」


「京! 好きだ! 俺に対して無防備な所も! そのクソ生意気な態度も! ほとんど起伏のない胸も全部好きだ!」


「お前絶対僕の事嫌いだろ? あと次に胸の事言ったらお前のそれ破裂させて使い物にならなくさせてやるから覚悟しとけよ」


「そのお淑やかさの欠片もない所も! なぜか自分に酔ってる所も! あと膨らみの全くないバストも大好きだ!」


「僕を凹ませてそんなに楽しいか!? あと胸はマジで気にしてるんだからやめろ! 泣くぞ? 今に泣くぞ!?」


「自分以外のために本気で怒れる友達思いな所も好きだ! 態度がでかいのも自信たっぷりなのも、心の内では自分を卑下してる事の裏返しだ! でもそこも好きだ! 俺が胸の事を言うのを気にするのは、女性として見られるのが嫌だからだ! 男という生き物が嫌いなんだ!」




 ドアが開く。隙間から見えた鍵山さんは悪鬼の如き顔をしていた。正直神道さんより怖かった。




「ーー死ね」




 音を立ててドアが閉まった。なるほど。少なくとも8割以上は図星なようだ。よしよし、彼女の事がだいぶ分かってきたぞ。











「お、鍵山さん。寝起きの君も可愛いね?」


「…………」




 ドアを閉められた。




「……なんで閉めるんだ?」


「千里 走馬だな? お前はなぜこんな真似をしている。 話せ」


「理由は話せないが、止むに止まれぬ事情があっての事だ。分かってほしいとも許してほしいとも思わない。ただ、今は俺と話をしてくれないか? 少しで良いんだ。頼む!」


「……やはり何も話すことは無いな。帰れ。それに僕は可愛くなんかない」


「いや、鍵山さんは可愛い。凄く可愛い」


「可愛いくない。帰れ」


「俺に可愛いって言われたくないのは分かる。だが実際に可愛いんだから仕方ない。俺は君が認めるまで帰る気はない」


「はぁ……あのなぁ、とりあえず可愛いって言っとけば頬を染めて気を許すのはゲームのヒロインだけだぞ……」




 そう言いながら一応僅かに扉を開ける鍵山さん。実際に可愛い、好きだって言いまくるだけでオチちゃった子もいるし、あなたもがっつり態度変えてるじゃないですか……




「いや、これは違う。初対面で僕に好評価を下す奴はそういない。僕と話をしたいなんて奴も珍しい。だから、一つだけ質問に答えてやる」


「じゃあ一つだけ……なんで男が嫌いなんだ?」


「別に……自分と違う生き物が幅を効かせているのが気に入らないだけだ。そっちも同じだろ?」


「……そんな処女くさい理由一つか?」


「処女とか非処女とかそんな事ばかり気にしているからいつまでも童貞のままなんだぞ、童貞くん?」


「……なぁ、答えてくれよ。頼むから……俺はそんな事で君を嫌いになったりはしないから……」


「………………」




 鍵山さんが急に黙ったので、少し驚いて顔を上げる。鉄仮面だった表情に微かに迷いの色が見える。冗談で言ったつもりの言葉が、どうしてこんなにも響いた? まさか彼女は本当に、こんな会ったばかりのクズ男に嫌われるのを恐れていたというのか?


 鍵山さんの口から出たのは意外な言葉だった。




「男は嫌いなんだ……何を考えているか分からないから。何をすれば喜ぶかとか、何を言ったら、その……怒るかとか、そんな事も分からない生き物と付き合う事なんてできない……」


「……」




 わぁ、本当に男が怖かっただけかよ。ガチの処女じゃん。しかもだいぶ拗らせてやがる……




「おい。やめろ。そんな目で見るな。怖いもんは怖いんだよ、仕方ないだろ」


「鍵山さん、ひょっとして女子にはもう少し優しかったり?」


「そりゃそうだろ。女はご機嫌取りが楽で良いからな。表面的にはもう少しやんわりとだな」


「そして、今みたいな事は女子には言わない」


「当たり前だ。相手によって態度を変えるのは人間関係の基本だろ。まずは相手に合わせる事だ。自分の事は後回しか、大体は言う必要もない」


「辛くない?」


「……だからこうして引きこもってる」




 ああ、よく分かった。酷いな、こりゃ……。俺が言うのもなんだが、どうしてこう俺の周りは揃いも揃ってこんな奴らばかりなんだ……もっと上手く生きろよ! 子供かよ! いやまだ子供か……あぁ、女子がみんな原田さんだったら良いのに……




「仕方ないな……今から俺が、君を救ってやる」


「別に必要ない」


「こんな男に可愛いって言われただけで、一番の悩みまで話しちゃうのに?」


「……」




 俺は時間を戻した。彼女にはもう、助けを求める相手が俺しかいないのだ。彼女自身もそれが分かっている。ならば救うのは簡単だ。手段はここにある。少しだけ、工夫は必要だが。











「……鍵山さん」


「何だ?」


「俺が怖いか?」


「は? 誰がお前なんか……」


「大丈夫だ。俺は君をよく知っているから、君の事を嫌いにはならないし危害を加える事もないよ」


「……カウンセリングか何かか? 悪いが間に合っている。さっさと帰ってくれ」


「そういう訳にも行かないんだ。君には月曜からまた学校に行ってもらう。君が首を縦に振るまで、俺はここを動く気はない」


「おいおい、お前は僕の保護者か? ……他人が気安く口出ししてんじゃねえよ。消えろ……!」


「……もう一度、言ってみなよ」


「お? 怒ったのか? 良かったな。もう僕みたいな奴の事を心配する必要もないぞ。迷惑なおせっかいは、もうたくさんだ……」


「違う。怒ってない。俺はチャンスをやると言ってる。もう一度、やり直させてやる。これはおせっかいじゃない。俺のためだ。俺は、君が好きなんだ。どうか、信じてほしい……!」


「……お前こそ、間違ってる。何度やり直したって同じだ。僕は君を怒らせる。絶対に。分からないんだ、君が……いくつ言葉を交わしたって、何度触れ合ったって、絶対に分かり合えない……信じられないんだ……!」


「それなら、信じてもらうまで繰り返すさ。何度だって! 簡単な事だ。失敗したら、やり直せばいい。ただそれだけの事なんだ。一回や二回怒らせたくらいで、君を嫌いにならない奴を見付ければ良い! 俺だって良いんだ! さぁ……!」


「……ごめん。学校には行けない……ここ最近で、とても弱くなってしまったんだ……何でもかんでも、謝ったら今まで通りという訳には行かない。やり直しが効く事ばかりじゃないんだ……失敗するのが、怖い……」


「……ドアを開けてくれ。今だけで良い、俺を信じてくれ」




 しばらく後、チェーンが外れる音がして、ゆっくりとドアが開いた。そこには、今にも泣きそうな顔で立っている鍵山さん。


 俺は可能な限り時間をかけて、ゆっくりと彼女に手を伸ばす。彼女は逃げなかった。やがて俺の手は彼女の肩へと辿り着き、優しく掴んだ。




「鍵山さん、今から言う事をよく聞いてくれ」


「あ、あぁ……」


「俺が今から、君を変えてやる。失敗を恐れず、一歩を踏み出せるように。何度失敗してもちゃんと立ち直って、またやり直せるように。俺が、信じさせてやる。君はできるって……!」




 俺は彼女の両肩に手を置いた。彼女は慣れない事に戸惑っているようだったが、怯えてはいなかった。だから俺は彼女に顔を近付け、そっと額を合わせた。


 すっと、肩の荷が下りたように感じた。鍵山さんが僅かに目を見開く。驚いた表情のまま、俺を見た。


 この力は俺にはもう必要ない。こんな事をするのも彼女が最後だ。だから、これは必要な人間に移すべきだ。霞さんには後で適当に白を切っておこう。これが、俺が彼女に対して唯一できる事だ。




「良いか? 君は()()()()()()()()()。大丈夫、()()君ならできる」




 彼女は俺の言葉を噛み締めるように聞いていたが、不意に今まで見た事のない表情を見せた。それから、この一瞬の間に何度も繰り返し練習したであろう言葉を俺に告げた。




「……ありがとう」




 彼女はぎこちない笑顔でそう言った。

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