霞 沙都香【告白:3回】
「ーー俺と、付き合ってくれませんか?」
「ごめん。 君とはお付き合いできない」
即答だった。それはもう潔いくらいに。あぁ、俺の初恋が、こんなにもあっけなく……
後悔はある。もっと前から、嫌われる事を恐れず話しかけて、出会いを重ねて、距離を詰めてから告白していれば、結果は違ったかもしれない。
もし、もっと上手く告白できていれば、せめて少しは考えてもらえたかも……
だが、ともあれこれで、終わりだ。やりきった。これ以上出来ることもない。
「やり直したいかい?」
「そりゃあまぁ……でもそれは不可能です」
「まぁ聞けよ。それが出来ると言ってるんだよ、私は」
顔を上げると、俺にその問いを投げかけていたのは、他ならぬ俺の想い人自身だった。ニタァと、人の悪そうな笑みを浮かべて、繰り返す。やり直せる、と。
「……チャンスをくれるんですか?」
「ああ。そうだ。君にチャンスをあげよう。もう一度、私に告白してみたまえ」
ふう、と俺は一つ、息を吐く。さて、何と言おう。やり直したいとは言ったが、いざもう一度となると、何を言っていいか分からない。だが、彼女がチャンスをくれるなら、諦める気は毛頭ない。
……思えばさっきは、一番大事な事を伝え忘れていた。 俺は口を開く。
「俺は、貴女の事が好きです。ずっと前から好きでした」
「ほう。そうかい」
「はい。これから少しずつ、お互いを知っていけたらと思います。もし、俺のことが嫌でなければ、どうかこの手を取って下さい。必ず、幸せにします」
深く頭を下げ、右手を差し出す。
「うーん……残念だがお断りだ」
ごめんね?と首を傾げる。可愛いじゃねぇかチクショウ……
「……ありがとうございました」
「もう一度やるかい?」
彼女の目を見る。ニヤニヤと軽薄な笑いを浮かべながらも、その目は真っ直ぐ、俺を見ている。観察している。
……この人は、俺を試している。
「……もう一度、お願いします」
「お、折れないんだね? 良いよ。やってみせて?」
俺は三たび、考える。何を言うべきか。この人は俺に期待している。考えろ。そして、恐れるな……!
「……っ!」
「おっと……!」
彼女の肩越しに、後ろの校舎の壁に手をつく。体と壁で挟み込むように。導き出した答えは、壁ドンだ!
「……俺と、付き合うって言わなきゃキスするから」
「これまた随分と荒っぽいな。そんなに私の女々しい悲鳴が聴きたいのかな?」
きゃー、とおどけて言ってみせる。好きな人でなければ殴っている所だ。俺の反応を見て楽しむように目を細め、口元を緩めていた彼女だが、不意に真顔になって言った。
「ーーどけよ、下種が。お前の事が嫌いだ」
俺は素直に腕をどけた。彼女は満足げだ。
「ん、どうした? 今度はお礼を言ってくれないのか?」
「……ありがとうございました」
「ああ。どういたしまして。それで、もう一回やろうか?」
俺は最早、目の前の彼女を視線で喰い殺さんばかりだ。いくら何でも悪趣味すぎる。だが、口をついて出たのは素直な言葉だ。
「……もう一度、お願いします」
「良いのかい? 私はこれから、君にもっと酷い言葉を浴びせるかもしれないよ? 君の尊厳を深く傷付けるかも」
「構いません。それが貴女の言葉なら、俺は喜んで受けます。それに何より、貴女がチャンスをくれるなら、諦めたくありませんから」
「ほう、そうか……分かった。君にチャンスを与えよう。 ただし、これまでとは違う形でだ。時間をあげよう。そうだな……今日中だ。今日中に君の隣の席の女子に告白し、良い返事を貰って来てみたまえ」
「……は?」
「手段は問わない。今日中に女を一人オトせと言っている。無理だと思うかい?」
「……そりゃ無理でしょ。いくらなんでも」
やれと言われたらやるしかないが。しかし、俺の返答を聞いて、彼女はまた嬉しそうにあのニヤニヤ笑いを浮かべる。
「できるんだなぁ、これが。君にこれを預けよう」
彼女がその額を俺の額にくっ付ける。瞬間、今まで感じた事のない感覚を感じた。確かに何か、能力を受け取ったと分かった。そして、俺はそれを自由に行使できるとも分かった。
「それは、私がいつか誰かに受け取った力だ。こうして、他人に譲渡する事ができる。それは凄い力だぞ? 何と、時を戻す事ができる。記憶はそのままで、な」
彼女はその整った顔の前で、指を一本立てる。
「ただし、戻せるのはきっかり一分間だ。より正確に言うなら、その一分間を、繰り返す事ができる力だ。何度でもだ。対価は必要ない。そうだな……感覚としては、一分間だけ、時を掴んで離さないといった感じだ。その一分間なら自由にできる。が、一度手離してしまった時は戻って来ない、そんな感じだ」
そこまでひと続きに言うと、彼女はもう一度、俺に目を合わせる。
「……信じられないなら、使ってみるかい?」
是非もない。俺はその能力を使った。目の前の景色が微妙に変化する。それは、ぴったり一分間分の変化であったようだ。指先を僅かに動かすが如く、造作もない事だった。
「ん、どうした? 今度はお礼を……おや……」
彼女がまたあの笑みを浮かべる。この表情も、今日だけで何度目だろうか。早くも慣れてしまった自分に気付く。最早新鮮でも何でもない。
「力を使ったね?」
「……どうしてそう思うんです?」
「私の中に力がないからだ。いつの間にか君に移っている。いやぁ、いつになく肩が軽いよ。とまぁこのように、何があっても効果は保証されている。パラドクスは起こらない。君の時間が、正しい時間だ」
どうやらさっきのデコキッスはもうしてくれないらしい。残念だ……
「その様子なら、既に説明は受けているな? まぁ、そういう事だ。私は近くでそれとなーく見守っているから、私のために頑張りたまえよ」
「はぁ……」
どうやらやるしかないようだ。それが彼女の与えた試練なら、俺は必ずや乗り越えてみせよう。
そうして、俺の地獄の一週間が始まったのだった。