9.完成
「明人、久しぶりだね」
久しぶりに、ゲーム世界へ来た。
「加奈」
俺は加奈を抱きしめた。この世界でなら、加奈と接触出来る。細かな感覚は無いが、確かに腕の中に加奈を感じる事が出来た。
「もう、どうしたのよ……」
加奈も、文句を言っている割には満更でもない様子。
「……いや、久しぶりだと思ってね」
俺の言葉に、加奈も俺の背中に手を回した。
「ふふっ。……さあ、久しぶりに暴れるわよ」
「ああ」
簡単なミッションを終え、また酒場に戻った。
「ふぅ……」
加奈は伸びをするポーズをした。
「どうした。久しぶりで疲れたのか?」
「そんなわけないでしょ、あの程度で。……やっぱり、明人って変」
「おいおい。変って、何が?」
加奈はくすくす笑っている。
「その豹変ぶりが、よ。普段の明人とは本当に別人ね」
思わず赤面してしまいそうだ。いや、このゲーム中では再現はされないだろうが。
「あたしは、どっちの明人でも、構わないけど」
「本当かい?」
「ええ。だって、こんなあたしの為に、色々付き合ってくれるんですもの。好きにならないわけ無いじゃない」
そんなに卑屈にならなくてもいいのに。
「俺こそ、そうさ。ここではこんなでも、現実世界での俺みたいな男、誰も相手にしやしないぜ」
そう。加奈と出会うまで、絶対、他人に求められる事などないと思っていた。
「もう、そんな言い方しないで。あたしの事情を知った上で、あたしの相手をしてくれる人なんて、そういないわ……」
「俺がいるじゃないか」
胸を張って言う。
「そう。だから、あなたが必要なの」
言いながら、加奈は俺に抱き着く。
「……逃がさないから……」
シンクロモジュールの調整がどうにか終わった後、最後の仕上げをどうしようか、迷った。外観の事である。機械を保護する為に覆う、透明な樹脂には、何ら抵抗は無かった。問題は肉付け。皮膚のように仕上がる、特殊な樹脂。これを使う段階になって、急に恥ずかしくなった。変な嗜好の人間かと、自分で思ってしまったのだ。
成人女性の裸体など、直には見た事は無くとも、様々なメディアで参考資料になる物は、いくらでも手に入れようと思えば出来る。が、そうやって肉体に手を入れる事に、ためらった。
そうこう逡巡しているうちに、端末から呼び出し音が鳴った。
『イメージネットによる呼び出しです。応じますか?』
ディスプレイに相手が表示される。もちろん加奈さん以外にいない。
CLUを被り、ベッドに横になる。
「明人、元気にしてる?」
「ん……、まあ、ね」
加奈さんのイメージが脳裏に浮かんだ途端、先ほどの逡巡が蘇る。加奈さんの体を想像して、恥ずかしくなる。
「ちょっと、何か変ね、今日の明人。どうかしたの?」
「いやぁ、加奈さん見て、舞い上がってるだけですよ」
僕も言うようになったなぁ……。
「もう、明人ったら。それじゃゲーム中みたいじゃないの」
「そ、そう?」
あ、やっぱり駄目か。すぐ吃ってしまう。
「ふふっ。どう、研究の方は。進んでる?」
「あ、うん。ほぼ、完成。後は最後の仕上げ……」
また、さっきの事が頭を過ぎる。
「どうしたのよ、さっきから」
「そ、その、仕上げの事で、頭を悩ませてるんだ……」
どうも、恥ずかしさが先に立って、考えが進まない。
「何か問題でも?」
「いや、問題、とかじゃないんだけど……。ただ、仕上げをしようかしまいか、悩んでるとこ」
「どうして? 仕上げをする事に何かあるの?」
「う……ん、ちょっと、ね……」
加奈さんに突っ込まれると、ますます意識してしまう。
「もう、優柔不断なんだから……。ちゃんと仕上げて、あたしにも見せてよ」
「あ、うん。わかったよ……」
なし崩しに、仕上げをする事に決まった。
例の特殊樹脂を、保護用の透明な樹脂の上から盛る。作業をしていて、僕も、この手の趣味の人達の仲間入りか、とか思ってしまう。
「エリー、もう少し、脚を広げて……」
こういった台詞も、恥ずかしさを増長させる。
「こう、ですか?」
エリーは、というと、何事も無い様に僕に従う。彼女が女性人格である事も、恥ずかしくなる一因ではある。
結局、ある程度のプロポーションまで肉付けしただけで済ませた。細部まで再現するのは、さすがに恥ずかし過ぎた。
本来なら、この樹脂に大量のセンサーを埋め込んで、細かい感覚も再現したかったが、そこまでは技術的にも予算的にも無理だった。
最後に、顔。イメージ上の、若い加奈さんではなく、生命維持装置内の、現在の加奈さん。然程違いは無いのだが、記憶を頼りに、顔を形作る。これだけは、困難を極めた。もとよりモデラーでも何でもない僕では、加奈さんに似せるのが難しかった。何度も盛っては削り、という作業を繰り返す。その上、顔だけは無毛というわけにはいかない。髪は鬘を用意するとしても、眉と睫は無いと不自然、というより僕がいやだ。
結局、顔だけで数日の作業になった。ただ、その間、マネキンと変わらないとはいえ、裸婦が部屋に転がっている状況には耐えられなかったので、とりあえずは自分のシャツを着せて、すぐに服をネットで注文した。
「ねえ、明人。最近忙しいの?」
仕上げ中、ほとんど僕からは連絡していなかった。
「あ、うん。仕上げ中だったから」
「だった? じゃ、もう終わったの?」
そう。どうにか満足出来る仕上がりになった。
「うん。今度、見せてあげるよ……」
「何時?」
加奈さん、嬉しそう。
「ど、どうしたの?」
「なにが?」
「加奈さんが嬉しそうにしてるから。僕の研究、そんなに楽しみにしてたの?」
ちょっと意外。
「あなたが来てくれる事が楽しみなだけよ。だって、あれ以来、来てくれないじゃない」
あ、なんだ。
「い、忙しかったから……」
「ふふっ。別に責めてるわけじゃないのよ」
本当に?
「そ、それじゃ、明日、行くから」
「本当? 嬉しいわ」
雑記:モデラーの友人はいましたが、私はあまり得意ではありませんでした。ジオラマ的な物は好きだったんですが、器用さと根気とセンスに欠けているみたいで、自分で作ると半端な物しか出来ませんでしたね。