6.身の上話
それから暫くは、多忙を極めた。
ネットで加奈と冒険し、現実ではAIの勉強及び入れ物になる肉体の作成。感覚器や指などの細かいパーツは、さすがに自作できない為既製品を頼んだ。それ以外の部分も既製品を組み合わせて作っていった。筋肉の代わりに油圧シリンダーを使った為、機敏な動作はできなかったが、それなりに滑らかに動作できた。
「……どうしたの?」
加奈との冒険中、少しぼーっとしてしまったようだ。
「いや、最近忙しくて、ちょっと疲れが……」
「ふぅん。……何やってるの、最近?」
加奈が怪訝そうに尋ねる。
「勉強」
間違いではない。専攻している電子工学・機械工学への研究・開発。ただ、エリーの事を話すとまた浮気だと言われかねない……。
「あら、これに感けているだけじゃなかったのね」
俺が学生だと言う事を思い出したのか。
「……で、何の勉強?」
加奈はしつこく食い下がる。
「ひ・み・つ」
わざとらしく逸らかしてみる。
加奈もわざとらしく膨れっ面をしてみせた。
「ははっ、電子工学と機械工学さ。まだ卒業には早いけど、もう卒業制作に取り掛かってるのさ」
「ええっ? もう極めたの?」
「いや、まだ単位一つ取ってはいないよ。……ただ、ちょっと大作なんでね」
加奈が納得するはずも無かったが、嘘では無い。動機を説明していないだけだ。
「そう。……実は、あたしも忙しくなってきて、そろそろこのテストプレイを止められそうなの……」
加奈は、急に沈んだ調子になった。
「次のゲーム?」
「ううん、違うの。……実は、あたし、大学の研究室に席を置いたまま、今の仕事してたの。で、研究室の方から、あるプロジェクトの為に呼び戻されてしまったの。一応、まだこれを続けていられるけど……」
ふぅん、そうだったのか。
「プロジェクトって?」
「それは秘密。あなたにでも言えない……」
加奈がいつもらしくない。素に戻っているのか。
「まぁ、仕方無いか。……じゃあ、イメージネットで普通に連絡しようか? 勿論、加奈が望むなら、だけど」
途端に、加奈の表情が明るくなる。
「いいの!? あたしは勿論OKよ。じゃあ、あなたの番号も教えて」
お互いの番号を教え合う。イメージネットでの通話も、昔ながらのTV電話と同じく、番号で相手を呼び出す。
「これ終わったら、早速お話ししよっ!」
加奈は嬉々としている。
「でも、俺、加奈が期待する様な人間じゃ無いと思うよ……」
通常の通話では、お互いのイメージをそのまま投影してしまう。素の俺は……。
「心配しないで。そんなの期待してないから」
……ううっ、あんまりな言い様。
「あっ、気を悪くしないでね。あなたならどんな人でもいいから、って事」
「でも、口調も人格も変わるよ?」
それが一番気がかり。現実の俺を曝け出す事が恐いのだ。ただ、それでも加奈の力になりたかった。
「平気よ。……もう、そんな事気にしないで……」
加奈は、純粋に嬉しそうだった。それだけでもう、俺はどうでもよく思えた。……俺が初めて意識した異性。
「……それじゃあ、さっさと仕事を終わらせましょう」
俺と加奈は冒険へ意識を戻した。
ゲームを終え、現実世界へ戻った。が、CLUはそのままに寝転がったままでいた。……加奈さん、直に連絡してくるかな?
そうこう考えている内に呼び出し音。
『イメージネットによる通話呼び出しです。応じますか?』
端末からの呼び出し。普通はここで相手を確認して、応じるか決めるのだが、CLUを着けっぱなしだったので、スイッチ一つで応答できた。
脳裏に女性のイメージが浮かぶ。ただ、予想していたよりはるかに若い。この前のイメージの加奈さんか?
「あっ、明人?」
加奈さんらしい。……僕のイメージも同時に相手に伝わっているはず。加奈さんは僕の姿をどう思っただろう?
「か、加奈さん?」
やはり、吃る。
「あたし、変かな?」
「変も何も……。若すぎません?」
素朴な疑問。
「……だって、造ってるもん、イメージ」
自分の姿を偽っている、という事だ。ただ、常にそれを維持し続ける事は難しい事だと聞いた事がある。
「僕、素の加奈さんが見たい」
「や」
一蹴される。
「どうして?」
「……ちょっと訳あり。気にしないでほしいんだけどな……」
それはちょっと無理な相談。僕だって、必死の思いで素の自分を出してるのに……。
「もう、折角普通にお話できるんだから、もっと一般的な話がしたいな。明人のプライベートとか」
え、僕? 単なるネット世代の青瓢箪。とりたてて、加奈さんの目を引くような事も無いと思うけど……。
「ふふっ、あなたの様な人、あたしの周囲にも多いから、そんなに気にする事無いよ。そんな事より、あたし個人を相手にしてくれた、あなたの事が知りたい。普段の生活、学校の事。研究内容。その他もろもろ。もう、年甲斐もなく、あなたに夢中、って事よ」
大胆な告白。普段ならそれだけで舞い上がってしまいそうなものものだったが、どうしても加奈さんの姿が気になって、仕方が無かった。
「……実は、仕事の都合上、これ以上は見せられないのよ、あたし……」
加奈さんは気落ちした様子。それでは元も子も無い。
「いや、事情があるのなら仕方ないよ」
それから暫くは、当たり障りの無い程度にお互いの身の上話をした。
「じゃあ、加奈さんの研究室って、杜海大学ですか?」
当たり障りの無い会話から掻い摘んで、情報収集。
「杜海大学って、僕の通信講座の講義をやっている処なんですよ」
「へぇ。じゃあ、電子工学って、白井教授?」
「そう。さすが事情通」
「ふふっ、ちょっと前までは現役だったし、今でも、関係無い訳じゃないしね……」
加奈さん、ちょっと遠い目。実際、年齢から考えてもそう昔のことではないはず。
「あと、機械工学なら上原教授かな」
これも当たり。
「……今度、あたしがやるプロジェクトって、この二人がらみなの。……おっと、明かせるのはここまで」
電子工学と機械工学の組み合わせ? 僕に思い付くのは、今、僕が取り掛かっている様な、擬似人体モデル。まあ、実際にはそういう物以外にも色々あるだろうけど……。
「ふぅん。まあ、プロジェクトについてはこれ以上の詮索はしないけど……、やっぱり、加奈さんが気になる。……オフで会ってもいい?」
我ながら、いい度胸。
「ええっ?」
「だって、以前、オフで確かめてもいいって言ってたじゃないですか」
エリーがらみの問題の時、確かにオフで直に確認してもいいと言っていた。
「う……ん、あたしはいいんだけど、プロジェクトの関係で、今、あたしずっと大学で缶詰なんだけど……」
そんなに忙しいのか?
「そ、それじゃ、会えないの?」
「ちょっと難しいわね。……あなた、研究室に忍び込む勇気ある?」
へっ?
「あたし、今、外部と接触できない状態なのよ。もし会いたかったら、忍び込む以外ないわよ」
加奈さん、意地悪そうに笑って見せる。
「う、うん。会いたい」
そこまで挑発されては、後には引けない。
「……本当? もし、その気があるなら、IDカード偽造して送ってあげるけど。パスワードも教えるから、職員に成りすまして来てみる? 白衣着てたら多分ばれないと思うわよ」
次第に大事になってきた。大丈夫か?
「わ、わかった。じゃあ、お願い。僕、きっと会いに行くから……」
言動と考えが一致しない。浮かれて、まともに会話ができていないのか。
「OK。……でも、きっと失望させちゃうけど……」
また加奈さんの表情が沈む。何かあるんだろうか?
「だ、大丈夫だよ。加奈さんが僕の姿を見たのよりはましなはずだから」
僕の軽口に微笑んでくれたが、まだ表情は暗かった。
「……ふふっ、ありがとう。じゃあ、早速偽造するから、住所を教えて」
言われるがまま、住所をメールで送る。
「数日後には届けられると思うわ。それじゃ、また」
言い残すと、回線を切られた。
雑記:アンドロイドの制作とか言ってる時点で、時代を感じさせますねww 見かけた記憶がありませんが、最近でもそういうネタはあるんでしょうか? まぁ、最近読んでるのがファンタジー寄りの物が多いということもあるんでしょうけど。