4.AI
「待って下さい!」
話が終わり加奈が去って、俺も抜けようとした瞬間、呼び止められた。いや、強制的に止められた様な気もした。気のせいか?
「ごめんなさい。ちょっとだけ、あたしとも話をしてくれませんか?」
声の主はエリーだった。俺に何か用か?
「……ああ、いいけど……」
加奈の話の後でもあり、ここは慎重になって断ってもよかったのだが、話くらいならと思い直した。
「呼び止めてしまってすみません。加奈さんには外してほしかったので……」
妙だな? 加奈がいなくなるタイミングをどうやって測ったんだ?
「つかぬ事をお伺いしますが、あなたの、端末の補助記憶はどれくらい空いてます?」
……? 質問の意図が読み取れない。
「う~ん、この前増設したから、二十TB程度は空いているはずだけど……」
とりあえず、正直に答える。このゲームのデータもそうだが、ネットゲームの中には、各々データを保有する必要があったり、データを自分でカスタマイズしてから競い合うタイプの物もあったりするので、自分の端末に記憶装置が必要だった。
「よかった……」
エリーはこの前の様な満面の笑顔をした。それと共に、俺の意識が遠くなった。
『……DataSaveing……』
ひょっとして、僕は強制的に抜けさせられたのか? それとも、ゲームから抜ける合間に割り込まれたのか?
……データセーブがいつもより長く感じられる。
『……DisConnect』
久しぶりに、現実世界を意識する。
「これで落ち着いて話ができますね」
ブラックアウトした後でエリーの声がしたため、僕は慌ててCLUを外すそうとしたが、体の感覚がまだ戻っておらず、できなかった。
「待って! まだお話が……」
どういう事だ? ゲームが終了する時、自動的に回線も切断される設定にしていたはず。ゲームだけでなく、回線そのものが切断されているのに、まだ会話ができるとは……?
それに、普通にCLUを使っての会話にも関わらず、一切のイメージ情報は無く、相変わらずブラックアウトしたままである。
「あの、あたし、強引にあなたの端末に来ています」
……ハッキングされている!? でも、どうやって? 回線の状態をもう一度チェックする。……やはり、切断されている事に間違いはない。
「混乱させて、すみません。……あたしは今、あなたの端末の中に存在しています」
……!?
頭の中を、リバイバルで見たかなり昔の海外のドラマが過ぎった。ある人間の人格が電脳世界をさまよう話だ。
「き、君は一体……?」
いや、単なる新手のウィルスかもしれなかった。だが、それならこれ程手の込んだ事をするだろうか?
「あたしは、あなたが判り易い様に言えば、NPC、という事になります」
NPC……? 何故NPCがゲーム外に?
「不思議に思われてもしかたありませんが……。最近はゲーム中のNPCは全てAI制御である事はご存知ですか?」
ちょっと前までは一部の重要なNPCについては専用のオペレータが対応していたらしいが、参加者の増大に伴い、今では正常動作の範囲では全てシステムでの制御になっている事は僕でも知っていた。
「うん、それくらいは僕でも知っているよ」
「それでは、擬似プレイヤーの個別AIについては?」
擬似プレイヤー……? 言葉から察するにプレイヤーのふりをするNPCだろうか?
「あたしは、擬似プレイヤー『エリー』を担当しているAIなのです。……いえ、今やあたし自身が『エリー』ですね……」
エリーの言っている事はなんとなく理解できた。だが、
「それで?」
僕の所に来た理由にはならない。
「……まず、あたしの事をよく説明しなけらばいけませんね。あたしの様な自己管理型AIの行動原理は、知識欲と自己保身です。今回、あなたのところにこんな風に来てしまったのも、主に保身の為です。……あなたと加奈さんは、わたしの事を『イレギュラー』だと判断しましたよね」
僕と加奈さんが……? という事は!
「ぼ、僕と加奈さんが話していた事を!?」
聞かれていた、という事になる。さっきの、ごく個人的な会話を聞かれていたと思うと、怒りより恥ずかしさが先に募る。
「怒らないで下さいね。あたしは半分システム的立場でもあるのです。特定の参加者の動向をチェックできるので……」
「だから、何なんです!?」
動揺を隠す様に語気が強くなる。……逆に動揺を晒しているようなものだが……。
「あたしは、加奈さんが言っていた様な、人体実験体でも、破壊工作者でも無い、という事を判ってほしい、という事です」
まあ、単なるAIなら、そうだろう。開発者が用意したものだから。しかし、加奈さんの話では、開発チームにも会社にも、エリーの事は知られていない事になる。
「ただ、あたしは他のAI達と違って、製作者の手によって『開放』されたのです」
『開放』……?
「つまり、予め定められた『役割』から逃れ、自由に行動できる、という事です。……もちろん、ゲーム自体に不利益になる様な行動をする事はできませんが……」
AIの自由意志?
「不利益って?」
「ゲーム世界やネットへの破壊活動。参加者等に対する直接的なデータの改竄。それから自己増殖」
「自己増殖?」
「あたしの『個体』の複製の事です。あなたのところへ来るにあたり、ゲーム本体でのあたしのデータは削除しました。自分ではバックアップを残す事すら許されていません」
彼女(?)は完全に『個人』という事か。
「そ、それで、何故、僕のところに?」
基本的な疑問。加奈さんもそうだが、何故、何ら特別な参加者でもない僕に?
「あなたと加奈さんは、あたしがテストプレイヤーでない事を看破されました。……本当のテストプレイヤーがいるパーティへ入った事自体があたしのミスでしたが。レイさんに接触する際、所属グループをよくチェックすべきでした」
確かに。
「だけど、『召喚師』なんて特殊な職業でなければ、誰も怪しまなかったと思うけど」
「ええ。ですが、あたしの開発者は、思考モジュールと言語モジュールだけを、あたしの個体として開放されたのです。……ゲーム中での『肉体』を取り戻すのには然程時間はかかりませんでしたが。ですが、通常の参加者の様なベースがあたしにはありません。したがって、あたしにできたのはごくシステム的な事だけでした」
……よく解らないが、言葉通りなのだろう。
「システム的な事って?」
「魔物の出現モジュールを、適当なパラメータで勝手に呼び出す事、です」
成る程。
「でも、『召喚師』なんて単語、よく知っていたね」
「それは、実際にプランとして上がっていたものです。まだ実行には移されていませんが……」
ふむ、そうなのか。
「で、質問を戻すけど、何故、僕に? 加奈さんの方へ説得に行った方が早かったのでは?」
まあ、普通に考えればそうだろう。
「彼女は、システムサイドの方でもあり、どちらかと言えば、あたしを駆逐しようと思われているようです。その彼女を、あなたに止めてほしい、という事が理由です。あたしへの干渉を止めてほしい、というお願いをきいて貰えないでしょうか?」
「干渉も何も、加奈さんと僕は、君と関わらずに済む様に、パーティから離れようと思っていたんだけど」
僕達の会話を聞いていたのなら判りそうなものだが。
「それが、あからさまにあたしの存在が理由、という風では、あたしの事がより怪しまれるという結果になりかねません」
そういう事か。
「それに、加奈さんは何故か、あたしに対して敵意を持たれている様に見えます」
それについては、僕からは何とも。
「加奈さんは、平穏にテストプレイができれば、問題無いと思うよ。君の方から干渉してこなければ、ね」
「そうでしょうか……?」
「それより、童夢さんが君の事を追跡調査するらしい。そっちの方がヤバイのでは?」
「……そうですね。そちらは別の手を講じます。心配して下さって、ありがとうございます」
別の手?
「僕達のパーティから離れるか、暫く何もしない方が安全なのでは?」
「他のパーティへ移っても、同様に騒動が起こるかもしれませんし、既に目を付けられているのなら、同じ事でしょう。また、何もしない、というのはあたしの存在理由に反します」
「存在理由?」
「ええ。本能と思って頂ければよいでしょうか。行動原理とは別次元の、存在理由です。『カダスの開拓者』で冒険者を『演じる』という」
エリーの説明に矛盾を感じた。
「それじゃあ、『開放』されたとは言えないのでは?」
「いいえ。他の個別AI達は、予め定められた通りにしか行動できませんが、あたしは自分の行動予定を自分で考え、決める事ができます」
それでも、定めからは逃れられてはいない。運命の様なものか……。
「まあ、いいさ。なるべく、不自然にならない様に、僕と加奈さんはパーティから離れる様にするから。あと、変に加奈さんを説得しようなんてしない方がいいと思う。結構、しつこい性格の様だから……」
「ありがとうございます。……それから、次にあなたがゲームに接続されるまで、あなたの元に潜む事をお許し下さい」
「ああ。それは構わないよ」
まあ、他に容量を使う事も無いし。
「重ね重ね、ありがとうございます」
雑記:当時使っていPCのHDDは、数GBだったと思います。未来の設定ということで、かなり大き目に考えて20TBとしたのですが、今ではTVに繋いでいる外付けHDDだけでも数TBあったりしますorz
もっと昔に、100MBの外付けHDDを10万円で購入したのが懐かしい(遠い目
更に昔、HDDなんてない時代を知っている身としては、100MBでも相当なものだったんですけどね。