3.疑惑
また、気が付けばいつもの酒場。多分、現実世界の俺は夢遊病者のようなのだろう……。
今日は、加奈は来なかった。童夢もいない。
代わりに、魔術師の漣と、同じく魔術師の竜二が来た。
エリーの事は、手短に紹介を済ませた。
「魔術師三人に召喚師……。えらく攻撃的やね」
レイが軽口を叩く。
確かに、僧侶抜きで、この面子だ。
「まあ、大丈夫だろう」
俺は決め付け、ギルドへ向かった。
ギルドで斡旋された、盗賊団討伐という荒仕事を片づけて、また酒場へ戻った。
「エリーちゃん、今日も快調だったね」
レイがまたエリーを称える。今日、初対面だった二人も肯いていた。
「……あれ?」
気が付くと、加奈が来ていた。
「どうしたんで、姐御」
レイの軽口が続く。
「……ちょっと、用事で来るのが遅れたの。少し暇になったから様子を見に来ただけよ」
「へへっ、心中穏やかで無い様ですね」
レイがからかう。あまり事態を悪化させないでほしいのだが……。
「ふん、何とでもお言い。今日は明人に借りを返しに来たんだから……」
え?
「か、借りって?」
「あら、お忘れなんて、ひどい人。自分からデートに誘っておいて……」
あわわ……、皆の前で……!?
「なんだ、そういう事か。いつものことがようやく実ったわけやね」
意外に、他の皆に反応はなかった。俺ってそんなにいつも皆の前でデートに誘っていたかなぁ。
「じゃあ、俺らはもう引けるぜ」
男性陣はあっという間に去っていった。
エリーも、
「ごゆっくり」
と一言だけ残して消えた。
加奈と二人だけになった。
「……どういう気の回しだい?」
普段の加奈からは考えられない行動。
「ちょっと話があっただけよ」
なんだ、そういう事か。
「ふぅん。で、話って?」
「エリーの事よ……」
やはりエリー絡みか。加奈は、妙にエリーのことを気にしているな。
「あたしの話を信じるかどうかは、あなたの自由」
大仰な前振り。一体何が……?
「あたしの伝手で確認した事だけど……、『召喚師』なんて職業、テストプレイしてないって」
……へっ?
「つまり、あのエリーって子、テストプレイヤーなんかじゃ無いって事」
……それって!?
「何者かはあたしにもわからないけど……。もう、何て言ったらいいのかな。……要は、まともなプレイヤーじゃ無いって事よ」
しばし、沈黙。加奈の言っている事を考えてみる。
……要領を得ない。エリーがまともなプレイヤーで無ければ何だと言うんだ?
「……もう。あなたなら察してくれると思ったんだけどなぁ。……あなたも、イメージネットの初期段階での事件は知っているでしょう? ……人体実験紛いの事や、内部から破壊工作をした人がいた事」
……そういう事か。
「エリーがそうだって言うのかい?」
「……その可能性もあるって事を言いたいのよ。彼女が加害者か被害者かは、わからないけどね」
可能性、とか言いながら、加奈は決め付けている様子。
「わからないな。何故、そこまで決め付けられる?」
「伝手があるって言ったでしょう。……信じてもらえないのね」
加奈はさして落胆した様子でも無かったが、それでも少しは動揺した様だった。
「伝手って、一体どんな?」
今の時点では、俺には判断できなかった。
「……あたしの素性を明かすしか無い様ね。……実は、あたしが本当のテストプレイヤーなの。もちろん、他にも何人かいるけど。童夢とかね」
加奈と童夢がテストプレイヤー?
「……俺には、判断しかねる。加奈もエリーも、どちらも自分はテストプレイヤーと主張している。もちろん、加奈の方が付き合いは長いから、どちらかと言えば加奈を信じたいが……」
俺の反応が気に入らないのか、加奈は苛立つ様に髪を掻き上げる。
「あたしは『カダスの開拓者』の開発チームにいるの。だから、関係者は全て洗い出す事ができる立場にいるの」
……開発チームのメンバー? という事は……?
「あなた、あたしの事、十五~六くらいの小娘だと思っていたでしょう? ……そんな風に扱ってくれる事が嬉しくて、あえて否定する様な事はしなかったんだけどね。あなたは十九歳だって、自己紹介してくれたけど、女性に年齢を聴くもんじゃないってあたしは教えなかったから。……今年で二十七には見えなかったでしょう?」
……やはり、現実世界での経験不足は否めないな。人間を、特に女性を見る目が養われていない。もっとも、ゲーム中は『役柄』を『演じる』わけだから、実際にその当人とはかけ離れていても、全く不思議では無いが。……例えば俺の様に。
「しかし、加奈が本当に開発チームのメンバーだったとして……、会社の他の部署から派遣された、って事は考えられないのか?」
加奈の方が随分年上だと解っても、今更態度を変える気にはなれなかった。……少なくとも、この『世界』の中では。加奈の方もそれが嬉しかったのか、態度が少し和らいだ。
「それも考えたわ。でもね、エリーの事を開発主任に話したら、血相を変えて上に掛け合ったのよ。で、会社の方は大露でセキュリティをチェックし始めたわ。この意味が解る?」
「……会社の上層部が何か秘密裏にやってない限り、外部からのハッキングだと?」
確か、昔の事件では、人体実験をしていた連中は運営していた部署とは、直接関係は無かったらしい。加奈の会社でもその危惧は有り得るのでは、と俺は示唆したのだ。
「……あなたの言いたい事は解るわ。でも、あたしの会社はそんなに大きくないのよ。極秘でプロジェクトを進められる程は、ね。……但し、親会社のIIN社からの介入なら、話は別だけど……」
IIN社とは、イメージネットワークの回線サービスそのものを提供している会社の事だ。この『世界』も、IIN社が提供しているネット上に存在している。そのIIN社なら、何らかの干渉も可能か。前科もある事だし……。
「それで、加奈は俺にどうしろと?」
基本的な疑問。一般の、只のプレイヤーでしかない俺にこんな内部情報を明かしてどうするつもりなのか。
……加奈の話を全面的に信じれば、だが。
「……関わらない方がいいって事。エリーに関わっていると、その内事件に巻き込まれて、まともにゲームができなくなるから、かな……。あれ、あたし、何で明人に……。冷静に考えると変ね、あたし」
何だ、そりゃ。加奈自身に解らない事が俺にわかるか。
「……純粋に、あたしもこのゲームを楽しんでいた、という事かな。テストプレイヤーという名を借りて、ね。……もう、正直になるわ。あなたとの掛け合いを楽しんでいたのよ。毎日毎日、機械相手で、疲れていたのかな、あたし……。そんな時、ここでのあなたとの、何気ない会話が昔のあたしの元気を取り戻してくれて……。喩えそれが仮初めの姿だったとしても、やっぱり人間の相手がしたかったのかな。それで、あたしもこれに嵌まってしまって……」
……俺が、役に立っていた? 俄かには、信じられなかった。今まで、俺と会話して面白くないと言うやつは大勢いたが、楽しいと言ってくれた人は皆無だったし、実際、自分でもそう思っている。
「……もちろん、素のあなたがどんな人か、あたしは知らないけど、そんな事はどうでもいいの。ここでは、あなたは軽薄そうに、あたしの事を小娘みたいに扱ってくれる。それだけで充分」
おれの当惑ぶりが表に出ていたのか、加奈がフォローを入れる。
ここでの俺の人格が受け入れられて、嬉しくなった。だが逆に、一層現実の俺が否定されているような気にもなった。
「あたしの事、信じてもらえたかな? 駄目ならオフで直に確認してもらってもいいけど……」
オフで……? 魅力的な話に一瞬躊躇したが、すぐに諦めた。現実の俺は……。
「……そうね、実際のあたしは……」
加奈は俺の躊躇を自分が原因だと勘違いしたらしい。
「いや、別に加奈の事を気にしたんじゃ無いよ。……俺の事さ。間違いなく、加奈を幻滅させる事になる……。いや、もういいよ。加奈の言う事を信じる。で、具体的に、俺はどうすればいいのかな?」
実際問題として、一般プレイヤーの俺には、エリーに何らかの干渉をする事はできない。エリーは既に、時々しか来ない残りのメンバー以外にはパーティの仲間として認められている。今更俺達が反対しても、エリーを仲間から外す事などできそうも無い。
「信じてくれるのね。ありがとう。……でも、本当、どうしよう?」
何だ、加奈もどうするか考えてなかったのか。
「童夢は、エリーの正体と目的を探る為に、もう暫く行動を共にする、って言ってたけど。……あたしは、今までの様に、あなたと軽口を言い合いながら、冒険がしたいのよ。このテストプレイが終わったら、あたしは他の仕事をしないといけなくなるし……」
加奈は切実に俺を求めている様だった。よほど仕事でストレスが溜まっているのか。
俺としては、初めて俺の事を求めてくれる相手、しかも異性の望みは叶えてやりたい。
「……適当な理由をつけて、俺達だけパーティを抜けるしかないかな」
こちらから干渉を避けるには、それ以外には思い付かなかった。
加奈の表情が明るくなり、次にまた曇る。
「……いいの? あたしなんかのわがままに付き合っても……。あたしとしては、それが一番嬉しいけど……」
「それでいいよ、お嬢さん」
俺は即答した。
「ありがとう!」
加奈は嬉しそうに、俺に抱き着いた。
雑記:ゲームタイトルの『カダスの開拓者』は、当時遊んでいたボードゲームとTRPGのネタからのもじりです。ゲーム物の話なのにゲーム内のことをあまり語らないのはこの頃から変わってませんねw