File.3-1「情報屋 烏(クロウ)」
◇◇◇
朝の教室も賑わいを始める頃、鈴音 花音は教室に入ると銃鬼――今は悠だが――を見つけた。
「おはようございます。じ……ろ崎くん」
危うく言い間違えそうになるのを何とか修正。
「ジロ崎って何ですか……」
悠は呆れ顔で花音に応える。
悠の耳は欺けなかった様だ。
話題転換でこの空気を逃れる。
「そう言えばタクトくんはどうしたんですか?
いつも早いのに今日はまだ来てないんです?」
「タクト君なら今謎の集団に追われてる所です」
悠の言葉とほぼ同時にタクトが教室に転がり込んできた。
タクトの様子を見てみると、ひどい有様だ。
小麦粉を頭から被ったかのよう様に全身真っ白。
身体のあちこちには先端が吸盤になってる矢。
靴の裏に粘着テープを貼られてるのか歩きづらそうである。
…………。
……いや、全体的に陰湿すぎる。
子供のイタズラもいいところだ。
「とりあえずおはようございます、タクトさん」
タクトはやっと花音に気付いたらしく
「あ? あ、おはよう鈴音さん」
いつも通り気楽そうに挨拶を返す。
「それで……。タクトさん一体どうしたんで――」
次の瞬間花音は奇襲を受けた。
「すーずーのーん!!」
突如花音の背後から疾走して来た女生徒が花音の背中にタックルを食らわせ、そのまま両腕を花音の胸へと回した。
「にぎゃー!」
花音は必死に抵抗するが女生徒は離れない。
むしろ花音の胸に回している手にさらに力が入る。
「良かったねー! お父さんの無実が証明されて、おかげで私もようやく堂々とすずのんと触れ合えるよー!
もうずっと避けられてきたせいで我慢の限界だったんだからー!
もっと触らせて! もっとまさぐらさせて! もっとすずのんの身体を堪能させてー!!」
暫くの間攻防が続いたが決着はすぐについた。
「いい――」
花音は上半身を半回転させ女生徒の右袖と襟元を握る。
「加減に――」
そしてそのまま身体を正面へと向き直し、女生徒を背負う。
「しなさーい!!」
そのまま女生徒を背負い投げした。
「へぶげっ!!」
妙な呻き声を上げ、女生徒は床に伸びる。
そして満足そうな笑顔を見せ、ぐーサインをすると言った。
「フフフ……すずのん、やっぱいい技と胸持ってるじゃない……」
「その二つを一つにまとめて言わないでよ! あと投げられてる時まで胸を揉まないでよ! 危ないでしょ!」
「そこかよ!」とツッコミたい衝動を抑えるタクト。
「ん? 他に何があるんですかタクトさん?」
抑えれていなかった。
「いや、何でもない。
ところで鈴音さん、その奇襲を仕掛けた子は友達か何かか?」
タクトは、いい笑顔のまま寝転がっている女生徒を指差し花音に聞く。
花音は少し目をそらすと
「えぇまぁ……はい。それじゃあ紹介しときます」
すると女生徒はいきなり飛び起き、今度は天真爛漫な笑顔を作る。
「連寺 奈緒よ。皆からは『オレンジちゃん』とかって呼ばれてる。よろしく!」
◇◇◇
花音いわくどうやら奈緒はタクト達のクラスメイトだそうだ。
「しかしここまで個性が強い娘はなかなか忘れないと思うけどな」
見た目的な問題も、この場合は含まれる。
花音は淡い蒼色の髪をお下げにしているが、奈緒はあだ名の通り、オレンジ色のキレイな髪を編み込んでいる。
大きく見開いた瞳も髪と同様、鮮やかなオレンジ色である。
一目見たら忘れなさそうだ。
「そりゃあすずのんが『犯罪者の娘』って言われて皆からいじめられてた時は私も元気になれなかったからね。
だってすずのんが私を避けてたせいですずのん成分が足りなかったから!」
そう言ってもう一度花音に抱きつこうとする奈緒。
しかし花音は左手を突き出してそれを制する。
すると、銃鬼がふと何かを思い出したように話す。
「あ、そう言えば花音さんのお父さんの無実が証明された翌日の昼休み、ある女生徒が屋上でクラスメイトの男子全員に土下座をさせたという噂を耳にしましたけど」
「あ、それ私」
呑気そうな声で奈緒は自分を指さす。
「すずのんの事をいじめてた馬鹿どもにしっかりと、全身全霊を持ってすずのんに謝罪してもらわないと私が許さなかったからね~」
そう思って行動に移るあたりが凄いな、とタクトは感心する。
「私は別にそこまで気にしてなかったけどね……」
花音は少し困った様に呟く。
それに対して奈緒は口調を強めて言う。
「なーに言ってんのすずのん。すずのんは全然悪くなかったのに散々いじめられたんだから少し、いやかなり怒ってもいいんだよ」
どうやら奈緒は少し元気が良すぎるが友達思いのいい娘の様だ。
◇◇◇
昼休み、屋上にてタクトと悠は真剣そうな面持ちで話していた。
「なぁ銃鬼、お前は今の状況、前の事件に何か関係してると思うか?」
「その可能性は低いんじゃないですか?
『キリ』と名乗っていたあの少年。闇憑きでないにしても殺人のスキルはかなり高かったですからね。
あの少年に関連してるなら間違いなくタクト君の命を狙うはずです」
「だよなぁ……。じゃあ誰だよこんな事してんの!」
タクトはまた小麦粉を被った様に全身真っ白になっていた。
「畜生、謀ったようにトビラに小麦粉入りの袋を仕掛けやがって」
怒りを抑えようとワナワナと震えながらタクトは言う。
見かねた悠はタクトに聞く。
「タクト君、ホントに身に覚えがないんですか?
ここ数日の間に誰かに何かしてたんじゃないですか?」
「だから何もねぇって。……って待てよ。
確か大分前に結構美人な三年生の女の先輩にぶつかって、その人の持ってた資料を廊下に拡げた事はあった」
「タクト君……」
「なんだよ。その人を哀れむような目は」
「確実にそれが原因ですよ」
すると悠は自分のスマホを出すとすぐに何かのホームページを開いた。
「これって学校の裏サイトって奴か?」
「ちょっと違いますね。
これはこの学校の生徒会長、『竜胆 凜』さんの非公認ファンクラブのホームページです」
竜胆凛。タクト達の通う星宮高校の生徒会長。
成績優秀、スポーツ万能。容姿端麗で、品行方正。
教師からの信頼も厚く、生徒全員からも支持を受けている。
まさに非の打ち所のない完璧美女。
「へぇ。で、この生徒会長さんが俺のこれにどう関係してるって?」
まだわかってないタクトを見て悠は嘆息を漏らす。
「タクト君、この人に見覚えはないですか?」
そう言ってある女生徒の写真を見せる。
下ろせば花音よりも長いと思う長髪を、後ろの方でまとめたポニーテール。背は高く、スタイルもモデル並みに良い。顔立ちも女子でも「かっこいい」と思うであろうと言うほどの凛々しさ。
「あ、確かこの人だった。前にぶつかった先輩」
「やっぱりですか。となると考えられる可能性はただ一つ、制裁ですね」
「は? 制裁?」
「えぇ。どうやらこのクラブの人達、竜胆生徒会長を最早神聖視しているようで、生徒会長の仕事を悪気がなくとも妨害、または生徒会長に迷惑をかけた場合、制裁と称してかなり陰湿な嫌がらせを何日も行うようですね」
「陰湿な嫌がらせというよりイジメの域に達してるけどな」
真っ白になったタクトを悠は鼻で笑う。
「実際、彼女は大分彼らに頭を抱えている様ですね。
最近、近くに出来た有名なカウンセラーに診断を受けているみたいですし」
「悪質なファンだな。
自分らが迷惑かけてる事に自覚を持てよ」
タクトはため息をつくと銃鬼に聞く。
「銃鬼、このファンクラブのメンバーの顔写真とか集会場所とかって分かるか?」
「もちろん。何する気ですか?」
既に分かっているのか悠は笑みを浮かべながらタクトに聞く。
「決まってんだろ
このふざけたクラブをぶっ潰す」
◇◇◇
「すずのんおっはよー!」
翌朝、廊下にて、奈緒はまた花音に凄まじい勢いで飛びつく。
花音は何も言わずにそれを躱す。
勢いを殺し切れず奈緒は床を何メートルか転がると、
「もぉ~。つれないなー、すずのんは」
と言って不服そうに膨れる。
花音は少し呆れながら奈緒に聞く。
「ねぇ奈緒。毎朝私の胸を揉みしだかなきゃ禁断症状でもでるの?」
「出る」
間発容れずに奈緒は答えた。
「別に胸じゃなくてもいいけどすずのんの身体を堪能してすずのん成分を補充しなきゃ1日のやる気が起きないもん」
「すずのん成分って何よ……」
「癒しの成分!」
「私、白魔法使いじゃないよ!」
そんなミニコントをしてる内に花音と奈緒は教室に着いた。
中に入ると悠とタクトがほかの男子生徒達と談笑していた。
「おっはよー! タッくん、悠っち」
突如慣れない呼び方で呼ばれた為、反応に困った二人であったが花音と奈緒の存在に気付くと
「おぉ、おはよう鈴音さん、連寺さん」
「おはようございます二人共」
例の噂は本当らしく奈緒の出現と共に男子生徒達は一斉に散開した。
「ねぇ奈緒。今度は奈緒が避けられてない?」
「別に気にしてないもん。私はすずのんがいるだけで満足だもん」
何だか姉妹みたいだ、と悠とタクトはなんとなく思う。
「ところでタッくん、なんで今日は粉まみれじゃないか知ってる?」
奈緒の言葉で花音は昨日のタクトの真っ白姿を思い出す。
そして吹き出す。
タクトは花音を睨みつけた後、
「そ言えば今日はイタズラが無かったな。
何でだろうな?」
とニヤつきながら言う。
花音はタクトが何か悪いことをした時に浮かび上がるこの笑みを見逃さなかった。
一方、奈緒はタクトの笑みに全く気づかず何故か嬉しそうに言う。
「それはねー。昨日そのファンクラブが解散したんだって、原因はわかってないけど。
そしてそれを今、新聞部部長である私と優秀な新聞部の部員達総出で調べてるの!」
興奮してきたのか机をバンバン叩きながら奈緒は話す。
「一、二、三年生はもちろん、教職員の一部にも会員がいるというある意味絶対的な権力を持ってるファンクラブが、突如謎の解散! こんな大スクープ見逃せるわけにはいかないよ!
というわけでタッくんと悠っちも何かわかったら新聞部に情報提供よろしくね」
そこで鐘が鳴った。
生徒達は急いで着席し、中年の担任教師が教室に入る。
◇◇◇
「それで、結局何したんですか? タクトさん」
放課後、花音は帰り道を共に歩くタクトに聞いた。
「軽く脅しただけだよ。大丈夫、怪我人は出してねぇから」
気だるそうに話すタクトの代わりに悠が事細かに説明する。
「イタズラしようとした人たちに対して片っ端から殺意を向けて最後はファンクラブの会合に直接乗り込んだんですよ。
花音さんは事件に巻き込まれて死にかけたことがあったり、多くの闇憑きに関わってきたりしたせいでそこら辺には疎いかもしれないですけど、タクト君の殺意は少しだけででも、一般人なら失禁させる位には凶悪ですよ。
実際一、二年生の一部の会員は失禁しましたし」
「あぁ……何か、ドンマイですね」
「ホントに笑えたな。血文字の手紙を渡す感じで、ちょっと殺意向けただけなのに膝ガタガタ震わして漏らすんだからよ。
笑いを堪えるの結構キツかったぜ」
ケラケラとタクトは思い出し笑いをする。
しかし半歩進んだ辺りで急に悠とタクトは立ち止まった。
「二人ともどうしました?」
「鈴音さん、先に探偵事務所行ってろ。
今闇憑きの気配がした」
その言葉に花音の身体に緊張が走る。
「近いんですか?」
「確かに近いが後をつけられている感じではないな。
既に仕事を済ませたのか? とにかく鈴音さんは先に行ってろ。俺と銃鬼で一回様子を見てくる」
◇◇◇
タクトと銃鬼はとても微弱な闇憑きの気配を頼りに進むと空き家の前に到着した。
「今回に関しては事前情報が皆無だからな。いきなり攻撃が来る可能性が高い。
俺の合図と同時に突っ込むぞ」
入口のドアの左右に立ち、タクトがハンドシグナルで合図を出す。
(3、2、1……Go)
二人が部屋に入るとそこにはボロマントを着た謎の人影があった。
ボロマントは突如入ってきた二人に驚き、振り向く。
同時にボロマントによって遮られていたモノが二人の視界に入る。
壁にもたれ掛かりグッタリとしている女子高生の姿がそこにはあった。
制服を見る限りタクト達の通う学校とは違うようだ。
「チッ。やっぱり遅かったか。すぐに片付けるぞ」
タクトは左手を闇に変え、ボロマントに突っ込む。
銃鬼も同時に左手を機関銃へ変形し発砲する。
しかし、ボロマントはギリギリで二人の攻撃を躱す。
タクトの拳はそのまま床を殴る。
それを見てボロマントの方は迎え撃つどころか逃走を図り始めた。
しかもその逃げる姿がみっともなさすぎる。まるで一般人を相手にしている様だ。
最初の一撃は躱されてしまったがタクトはすぐに次の攻撃へと移る。
だが、次の一撃はボロマントも床も捉えなかった。
タクトがボロマントへの攻撃のために再び突っ込んだ瞬間、タクトの全身に無数の刺し傷が出現し、そこから血が一気に吹き出した。
「何……!?」
突然の出来事にタクトは、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。
そしてその一瞬の戸惑いが命取りになる。
着地しようとしたタクトだったが、脚に力が入らず崩れ落ちる。
どうやら脚の何ヶ所にも刺し傷が出現しているようだ。
「タクト君!」
銃鬼の声でタクトは自分の危機を知覚する。
急いで構えなおし、ボロマントの攻撃に備えていたが、ボロマントのとった行動はまたも逃走だった。
裏口へ駆けていくと見せかけ、窓に打ち付けられている木材を破壊して外へ出ていった。
暫くの静寂の後、銃鬼がタクトへと駆け寄る。
「タクト君、大丈夫ですか?」
「あ? あぁ大丈夫だ、どうせすぐに回復する。
今はまずここから離れよう。大きな音を立て過ぎた。
野次馬が集まってくるとまずいからな」
◇◇◇
花音は、昔は喫茶店だったと思われるボロボロの建物の前に立っている。
「そう言えば冷静に考えたら私鍵を持っていないから入れないのでは?」
「どうしました? 花音お姉ちゃん」
「うひょあっ!」
突如後ろから声をかけられたので変な声を上げてしまった。
振り返ると愛が首を傾げて立っていた。
買い物でもしてきたのだろうか、大きな袋を両手で持っている。
ひとまず説明。
かくかくしかじか。
説明終了。
「ここには鍵なんて無いから普通に入れますよ」
「そうなの!?」
「普段はタクトお兄ちゃんが結界を張ってるから誰もここに近づく事も出来ないんですよ。
その代わり闇憑きに関わりのある人は普通に入れますよ」
「あぁ、そういう事ね」
嬉しいような嬉しくないような、複雑な心境の花音。
取りあえず入ることにする。
「あ、そうだ愛ちゃん。その荷物重そうだし――」
花音が振り返ると両手で何とか持ち上げようと踏ん張っている愛が視界に入る。
鈴音花音、キュン死――しない様に堪える。
何とか平静を保って再度愛に声をかける。
「持ってあげますよ」
愛は荷物を置くと頭をぺこりと下げ、
「ありがとうございます」
と言って笑顔を見せる。
この娘はホントにいい子すぎて困る、等と思いながら思いの外かなり重かった買い物袋を持ってドアを開ける。
すると中には既に一つの影があった。
タクトでも銃鬼でもない。愛は自分のそばにいる。
そもそもその影は人の大きさではない。
花音の身体に一瞬で緊張が走る。
「どうしました? 花音お姉ちゃん」
「止まって愛ちゃん。事務所内に何かいます。
闇憑きって可能性も高いです。
ここはタクトさん達の帰りを待って――」
『失礼だな。俺をあんな人間を辞めた化け物と一緒にしてんじゃねぇよ、お嬢さん』
玄関のすぐ真横からその声は花音の耳に入ってきた。
先程まで部屋の奥の方にあったその影も消えている。
花音はすぐにそちらの方を向く。
するとそこには、一匹のカラスがいた。
「カラス? あれ、でもさっきの声は?」
すると後ろから愛が顔を出し、そのカラスを確認すると
「あ、烏さん!」
と言って子犬のように駆け寄る。
『よぉ愛ちゃん。元気だったか』
「はい! それにしてもどうしてクロウさんがこんなところに?」
『なに、いつも通り闇憑き絡みの事件について情報提供してやろうと来ただけだ。
ところで鈴音のお嬢さん』
カラス(クロウ)は花音の方を向き近づく。
『直接会うのは初めてだろうな。改めて俺は情報屋烏だ。よろしくな』
「あ、はい。よろしくお願いします。
それにしても何でカラスが喋ってるのですか?」
花音は不思議そうにクロウの全身を眺める。
すると首の付け根辺りに光るものを見つけた。
カメラと、その隣にはスピーカーがある。
「なるほど、そういう事だったんですか」
『蓋を開けると単純だっただろ』
取りあえず警戒する必要はなくなったので中に入って話をすることにした。
愛は充電の為、地下の自分の部屋へと向かう。
◇◇◇
「クロウさんは何でタクトさんに協力しているんですか?」
『簡単だ。アイツにしか出来ない戦い方があるから』
「どういう事です?」
『闇憑き絡みの事件は大抵迷宮入りになって終わる。
そもそも殺人手段の闇が一般人には見えないからな。
だからこそ、そんな化け物共に対する抑止力が必要なんだよ』
「でもやってる事は殺人と代わりないですよ」
『あぁ。初めは俺がこの道に進む事を提案した手前、後ろめたさがあったからアイツに聞いてみた。
『お前は本当にこの道でいいのか?』ってな。
そしたらアイツは『闇憑きを殺す事が今の俺に出来ることだから構わない』と言った。
あの時のアイツの目には妙な冷たさがあった。背中を何かが這い回るみたいな気持ち悪さもあった。
俺はその時思った、『コイツは奴らとも違い、俺達とも違う別のモノになってる』と』
最後の言葉を聞き、花音はタクト達と出会った事件を思い出す。
花音がタクトに何故戦うのかと聞き、答える時のタクトの目を思い出す。
真っ暗で、冷たい目。
すると、ドアが開く音が聞こえた。
タクト達が帰ってきたのだろうかとドアの方を花音とクロウは向き直る。
その人影の正体は確かにタクト達であったが様子がおかしい。タクトの足取りはフラフラで銃鬼に肩を借りている状態である。
「クソッ。完全に読み違いだった」
その言葉と同時にタクトは床に倒れ伏した。
花音とクロウはすぐさま駆け寄る。
「タクトさん、大丈夫ですか!? 銃鬼さん一体何があったんですか?」
「誤算でした」
銃鬼は深刻そうに話す。
「今回の闇憑きの能力は呪術系です」
◇◇◇
「以前も話しましたが闇の能力は大きく『武装系』と『特殊系』の二つに分類し、そこからさらに細かく分けることが出来ます。
今回の能力は特殊系の中でも厄介な呪術系です」
「具体的に何がどう厄介なのです?」
『呪術って事は通常の治癒能力じゃ回復できないってことだ』
クロウの言葉に銃鬼は頷く。
しかし花音はいまいち理解出来ていない。
仕方なく銃鬼は詳しく、かつわかりやすく説明する。
「つまり、タクト君の能力の一部である不死による再生能力も、愛による治癒も全く効かないということです」
花音はようやく理解出来たようで「あぁなるほど」と頷く。
『ホームズは今回、厄介な相手と当たっちまったな』
「呪術にも色々とありますがまさか刺傷を出現させると言った直接攻撃系は俺も初めて見ましたね。
一応、応急処置として包帯巻いたりキズ薬塗っといたりしましたけど、彼の正体や術の発動条件等がわからない以上、無闇に戦うのはタクト君の二の舞になるでしょう」
銃鬼が話し終えるとクロウが尋ねる。
『それで、ホームズの傷はどうなんだ?』
「それが、傷の形状が不可思議なんですよ」
『どういう事だ』
「なんと言ったらいいか……。ナイフとはまた違った抉られたような刺し傷に、巨大なハサミで切りつけられた様な、せん断された様な切り傷が細かくあって、損壊が激しいんです」
『損壊が激しいか……。
となると余計にボロマントの存在は謎だな。
奴はあそこで何をしていたんだ?』
銃鬼とクロウは難しい顔をして考える。
「それにしてもタクトさんの包帯姿ってなかなかどうして珍しいですよね」
花音はもはや銃鬼とクロウの話は無視し、包帯姿でソファに横になっているタクトを見ながらニヤついていた。
タクトの方は憤慨している。
「くそ、屈辱だ。まさかあんな奴にしてやられるとはな」
タクトの言葉に銃鬼はそれなりのフォローを入れる。
「別にしてやったつもりはないんじゃないですか? 彼、戦闘を避けようとしていましたし」
『どういう事だ?』
「彼、俺とタクト君の攻撃を躱してから、まるで怯えるように逃げ始めたんですよ」
花音はなんとなく思いついた事を言ってみる。
「ホントは無関係の通りすがりの人だったとか?」
「いえ、それはありえませんね。 それなら俺の銃撃を避けるなんて事も、タクト君の初撃を躱すなんて事も出来ませんから」
「ところで銃鬼、さっきからあのボロマントの事を『彼』って呼んでるけど何であのボロマントが男だと思うんだ?」
「簡単です。ボロマントの方に目が行きがちですがボロマントの下にうちの学校の学ランを着ていました」
その言葉に場が凍りつく。
花音は恐る恐る尋ねる。
「つまりこの事件は、うちの学校の生徒が関わっていると言うことですか?」
真剣な面持ちで銃鬼は答える。
「その可能性は高いです」
『よぉ、普通に話に参加してたがよ。ホームズ、お前らが関わっている今回の事件ってどんなのだ?』
「思い出したくねぇ」
『思い出せ、そして話せ』
あからさまに舌打ちをしてクロウを睨みつけるタクト。
二人の視線がぶつかり、火花が散っているのが見えるようだ。
すると銃鬼が気をきかせる。
「被害者は女子高生。制服を見る限り隣町の高校かと。
少ししか調べることが出来ませんでしたが外傷は見られませんでした。
そして謎だったのが被害者の方の――」
『髪の毛が切られていた、だろ』
銃鬼だけでなくタクトと花音もこの事には反応した。
「えぇそうです。しかしクロウさん、何故あなたがその事を知っているのですか?」
『簡単な事だ。俺が持ってきた闇憑き絡みの事件ってのも、正しくその事件だからだよ』
そしてクロウは事件詳細を話す。
『事件が起きたのは1週間前、被害は今のところ4人。被害者は全員女子高生。
外傷が無いことから外的要因はないと考えられ、薬物等による殺人だと考えられている。
そして、この事件で一番不可解なのは被害者の髪の毛が切られていること。
知人友人への聞き込みで被害者は全員殺害される前は綺麗な長髪だったらしい。遺体の近くに、切られた髪の毛が何本か落ちてたことからも裏付けできる。
これらの証拠から犯人は長髪に執拗なほど執着する偏執狂と仮定されている。
こんな所だな』
「ま、俺達が見つけたから被害者の数は5人になったわけだがな」
タクトはソファに寝転がりながら呟く。
『はっきり言っておくが今回に関しては闇憑きに関しても情報が少なすぎる。
一応情報収集は続けるが集まらないだろうな。
ホームズ、今回はお前の通う学校の生徒にも危険が及ぶだろう。
これ以上被害者が出る前に解決してみせろ。
ボロマントが何者であれ、そいつも危険だ』
そう言い残すとクロウは窓から飛び去っていった。
「俺に丸投げしやがってあの野郎」
タクトは文句を言って立ち上がる。
「タクトさん起き上がって大丈夫なんですか?」
「まぁどうせそれほど深い傷でもないみたいだし大丈夫だろ」
そしてスクリーンのスイッチをオンにする。
「さて、まずは現場検証といこうか」
◇◇◇
銃鬼が探偵事務所に戻って来る前に撮った数枚の写真。
しかしそのどれにもこれといって真新しいものは見つからなかった。
「どん詰まりだな」
「最早お手上げとも言えますね」
「…………」
完全に諦めモードのタクトと銃鬼。
しかし花音は何か、どこかが引っ掛かっている感じがしていた。
だが、その何かがどうしてもわからない。
タクトは、先程から何度も銃鬼の撮ってきた写真を眺めては、頭を抱えている花音を見て皮肉的に尋ねる。
「どうした鈴音さん。さっきから頭抱えてるけど本来現場にある筈なのに無いものでも見つけたか?」
「『ある筈なのに無いもの』? それです!」
指を鳴らし花音は得意げな顔でタクトと銃鬼の方を振り向く。
「フフフ……、タクトさんや銃鬼さんも見つけられなかった不可解な点を一般女子高生であるこの私が見つけちゃいましたよ。
それにしても私程度に遅れをとるなんてタクトさん達もまだまだのようですね」
ドヤ顔で自信満々に話す花音。
ウゼェ……。
タクトと銃鬼の心の中に同じ言葉が浮かび上がる。
「で、鈴音さん気付いた事って何だ?」
「現場にある筈なのに無いもののようですけど、それは一体何ですか?」
花音は指を振り、余裕のある笑みを浮かべながら話す。
「チッチッチッ。逆ですよ銃鬼さん、ある筈なのに無いものではなく、無い筈なのにあるものですよ。
それに詳しく直すと現場にではなく、タクトさんにです」
これには銃鬼もタクトも首を傾げるしかない。
「タクトさんにあって、現場の遺体には無いものとは何でしょう?」
そこでようやく二人は理解した。
「そうか、キズか」
「その通りです。今回の闇憑きの人の能力が相手を傷付ける呪術と言うなら、遺体にはかなりの量のキズがある筈です。
でもクロウさんの話やこの写真を見ての通り、遺体にはキズ一つない。
となると、犯人は別にいるのではないのでしょうか?」
「なるほどな。確かに的を射た推理だ。
でもよ、鈴音さん。得意そうにしている所に悪いが何も進展してないぞ」
「へ?」
「さっきクロウの奴も言っていたが、まず、それだとアイツは何の為にあの場にいたのか」
「それは……被害者の方の髪の毛を切るためでは?」
「だったら、何で真犯人は髪の長い女生徒しか狙わない?
無差別でもいいじゃねーか」
「その二人は共犯とか」
「そしたら、何で俺と銃鬼が現場に行った時は、アイツ一人だけだったんだ?」
「それは……」
「それに、普通闇憑きの殺人犯はただの人間と組むことはない」
「真犯人の人も闇憑きだったら話は合いますよ」
「残念だがそれは一番ない。
なら真犯人の奴が見張り、んでアイツが髪を切ってる筈だ」
「…………」
最早反論の余地が全くなくなり、花音は黙るしかない。
「残念だが今のところは何も出来な――」
タクトが言い切る前に探偵事務所の窓ガラスが割られた。
突然の出来事に花音は慌てふためく。
タクトと銃鬼の方はすぐさま戦闘態勢にはいる。
だがそれは杞憂に終わる。
侵入者の正体は鷹だった。それもクマタカである。
「あぁ何だ。烏のクマタカか……。
ってか毎度のことだけど急ぎの連絡に使うのはわかるがいつも窓割るなよ!」
どうやらクロウは連絡の重要性に応じて鳥の種類を変えているらしい。
ならば烏というよりも鳥とかでいいのではないかと思った花音だが、その後すぐにバーズだとダサいな、と独りでに納得した。
そして冷静になって改めてクマタカを見ると、なるほどやはり、スピーカーとカメラがついている。
『仕方ねぇだろ。いつもお前が開けてないんだからよ』
「窓の前に止まらせるなりしろや!」
『俺はそんな器用なことが出来るように育ててねぇ』
花音はクロウとタクトに会う度ケンカばかりしかしてないイメージを持つ。
すると銃鬼が二人の間に入ってケンカを抑える。
「まあまあ、落ち着きましょう。
それでクロウさん、クマタカで連絡を寄越してくるということは」
『あぁ、新しい情報だ』
そしてクロウの次の言葉に全員が凍りついた。
『被害者の遺体には外傷もなく、薬物の反応も出なかった。
つまり、被害者は健康状態そのもので死んだって事だ』