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タクトさんは探偵さん(仮)  作者: 山の上の本屋さん
第1章『吉柳探偵事務所編』
5/9

File.2-1「由比ヶ浜銃鬼と白崎愛」

◇◇◇


鈴音(すずのね) 花音(かのん)は走る。白で統一された廊下をただまっすぐに1台のタブレット端末を抱え走っている。

今まさに花音は後悔していた。今回の依頼に付いてきてしまったことに、これ以上ない程後悔していた。


◇◇◇


事の始まりは数時間前、今朝にさかのぼる。

見た目はただの喫茶店だったと思われるオンボロの建物。しかしその建物が警察関係、裏世界の人間から〈殺し屋探偵ホームズ〉と呼ばれ恐れられている人間の探偵事務所だと言う事を知る者はいない。


「身辺調査? そんな事を何でわざわざ俺に?」

タクトはコーヒーを半分ほど飲んだカップをガラス製のテーブルに置くと反対側のソファに座っている男に聞いた。

依頼に来る人間を疑う事はしない。

なぜなら大抵の場合、

「それが、社長の周りでは奇妙なことが多いんです」

こう言うからだ。

しかし、この人間の立場を考えてみると妙に疑わしい。


今回の依頼人、東堂(とうどう) 純哉(じゅんや)

30代とは思えないほど若々しく整った顔立ち。髪はサッパリとしたスポーツマンのような髪型。グレーのスーツ。

筋肉質とはいかなくても程良く肉づいた体躯はスーツを着ていても確認出来る。

医療研究を大々的に行う会社【リバイブ】本社で若手社長の右腕、つまり秘書を務めている。

秘書ならばほぼ毎日社長の傍にいるはずだ。ならば、一日の大半は監視できてると思う。

そうであるのに関わらず、この男はタクトに依頼しに来た。


依頼人、東堂純哉は続ける。

「2,3ヶ月程前にどこかの会社との取引を行いました。何を社長は受け取ったのかわかりません。

しかしそれ以来社長の周囲、延いては会社全体にまで不可解な事が起こる様になりました。

きっと社長は何か良からぬ事に手を染めてしまってるのだと思うのです。お願いします! 社長のため、会社のためにも何とかして頂けないでしょうか」

純哉は机に両手を乗せその額がテーブルに付いてしまうのではないかと思うくらい深々と頭を下げた。

タクトは少し考えてから

「まぁとりあえずその依頼は引き受けよう。

だけどこっちにも色々と準備があるからしばらくの間は待って貰うけど構わないか?」

(明らかに年上なのに平気でタメ口……)

部屋の奥の方にある扉から出てすぐにあるキッチンで話に聞き耳を立てていた花音は半ば呆れ気味で思った。

しかし純哉は特に気にした風もなく

「ありがとう!」

と言ってまた頭を下げた。


◇◇◇


「さて、今回の依頼だが……。

はっきり言って俺の専門外だ」

「早速ぶっちゃけ過ぎじゃないですか!?」

驚きのあまり花音はカップを落としかけたが床スレスレの所でキャッチ。

「いや、確かに闇憑き関連ってのは分かりきってるけどさ。

俺、会社とか研究所とかでの潜入捜査ってはっきり言って苦手だ」

「偉そうに言っても意味無いですよ……。

だったらどうするんですか? 依頼は引き受けたんですよね?」

「あぁ確かに依頼は引き受けた。

(クロウ)〉の奴からリバイブで起こってる事件やらについては聞いてたからな」

(クロウ)とはタクトに協力している情報屋でタクトが前に『なかなか顔を出せない』と言っていた仲間の事だ。

花音も名前だけなら聞いていたが実際に会ったことはない。

「リバイブでは職員の連続失踪だったり裏で非合法な人体実験をしてるだとかの噂があったりとかで警察が1度調べたらしい。でもなーんも出てこなかった。

そこら辺を考えてもリバイブは怪しいと思ってたんだ。だからとりあえず依頼は引き受けといた」

ホントに何でも調べてるんだな〜等と能天気に考える花音。

しかし一つ気がかりな事がある。

「それで、結局どうするんですか? 怪しいと思ってたのに潜入捜査苦手なら無理じゃないですか?」

花音の問いかけに対しタクトは「え?」と、まるでここまで言ったなら解るだろ、みたいな顔をして花音を見ると

「鈴音さん、何もこの探偵事務所は俺だけじゃねぇぞ。まだ他にも人間はいるだろ」

しかしそう言われても花音は依然としてわからない。

タクト以外に探偵はいなかったはずだが。

そんな花音を見るとタクトはため息をつく。

銃鬼(じゅうき)だよ。アイツはハッカーだし研究所とかでの潜入捜査ならセキュリティに困ることなく依頼を遂行出来るだろ」

タクトの言葉に花音はやっと納得する。

由比ヶ浜(ゆいがはま) 銃鬼(じゅうき)

常にフードを目の上あたりまで深くかぶったパーカー姿。顔にはピエロのような笑顔の仮面をかけているため素顔はわからない。タクト曰く天才ハッカー兼メカニック。タクト同様闇憑きと呼ばれる能力者。性格は友好的で背は高い。

花音は銃鬼の特徴について考え、一つ問題に気付いた。

「ですが、銃鬼さんは仮面をかけてるじゃないですか。あれじゃあ目立ちますよ?」

その問いかけに対しタクトに呆れ顔を返された。

「鈴音さん。仮面をかけたまま潜入捜査するバカがどこにいる。ちゃんと外してするんだよ」

その言葉を聞いて花音の目がキラーンと輝いた。

「だったら私も一緒に行きたいです!

銃鬼さんの素顔、是非とも拝見してみたいです」

銃鬼の素顔に興味津々の花音。

「いや、別に俺は構わないけど銃鬼がOKかどうか聞かねぇと」

するとタクトはキッチンの方に歩いていく。

キッチンにつくと冷蔵庫横にあるタイマーを開けた――鈴音花音、本日一回目の衝撃。

するとその中からキーパッドが出てきた。

「どうりで大きなタイマーだなと思いました」

鈴音花音、納得。

タクトがキーパッドに数字を打ち込むと床板がスライドして――鈴音花音、本日二度目の衝撃――地下への階段が現れた。

「ホントにこの探偵事務所は外見にはそぐわない設備ですよね……」

「それじゃあ、地下の右側の三つ目の部屋に銃鬼はいるからついていっていいかちゃんと聞いてくれよ」

「え!? タクトさんが案内してくれないんですか」

「うん」

さも当然かの様にタクトは頷いた。


◇◇◇


タクトに言われた通り右手側の三つ目の部屋に着いた花音。

「…………」

どう考えてもこの部屋ではないだろう。

その部屋のドアは白色の塗装に可愛らしい花の模様。

逆にこんな部屋に本当にいるのだったらドン引きだ。

とりあえずタクトが言っていたのだから中をちょっと見るだけ見て他のところを探そうと思い花音はドアに手をかける。

「失礼しま――」

花音がドアを開けて最初に目にした光景、それは花音に本日三度目の衝撃を与えた。


中には少女と銃鬼がいた。

しかし、少女の方は上半身裸。その控えめな胸を両の手で隠し、湯気が出るくらい顔を赤くしている。その白い透き通るような肌の背中を銃鬼に向けながら。

銃鬼の方は少女のその白い柔肌の背中を撫でている。

明らかに犯罪の匂いしかしない光景だ。


すると突如ドアが開いたので銃鬼は驚いてそちらの方を向く。

必然的に銃鬼と花音の目が合う。

「…………」

「…………」

微妙な空気がその部屋を流れる。

「――した」

花音は思い切りドアを閉めるとそのまま廊下を走る。

そして階段を駆け上がり、タクトのいる部屋のドアを開けると

「銃鬼さんはロリコンさんだったーーーー!!」

突如勢いよくドアを開け、大声をあげた花音に驚いてタクトは思わずコーヒーをこぼしてしまった。そしてこぼれたコーヒーはそのままタクトにかかる。

「熱っ! 熱っ! どうした鈴音さん?」

いきなり過ぎて若干混乱中のタクト。

花音の方も混乱中のため早口で話す。

「ドアを開けたら銃鬼さんが中で可愛らしい女の子の背中を撫で回してて、と言うことは銃鬼さんは小さな女の子の背中に触れて興奮してるロリコンさんで――」

「花音さん、凄まじいまでの勘違いですよ!」

やっと登ってきた銃鬼が花音の言葉を遮る。

「ロリコンだったのか銃鬼……」

引き気味でタクトは言う。

「違いますって!」

ご主人様(マスター)、変態さんだったんですか?」

先ほどの少女も上がってきて銃鬼に言った。

「愛まで乗っからないでください!」

思わず年下の少女にまで敬語を使ってしまう銃鬼。

大分混乱してしまってる空間である。


◇◇◇


身長推定135センチ、細身ながらも程良く肉づいた柔らかそうな体。全体的に黒いが所々赤が纏まって混じっている髪。髪型は首の付け根辺りまで伸ばしたストレートのボブカット。雪のように白く透き通った肌。将来有望そうな美少女。


服装、白い薄手のワンピースに装飾品なし。この年、この見た目ならもう少しオシャレをしてもいいかと思うがこの簡素なファッションでも充分可愛らしい。


以上、鈴音花音の少女の特徴観察終了。

「鈴音さん、どちらかと言うと鈴音さんの方がロリコンなんじゃないか?」

突然タクトにそんな事を言われたため、花音は少し不機嫌そうに

「な!? 何を言ってるんですか? 失礼ですよタクトさん。第一何でそんなふうに思うんですか」

「ヨダレ……」

「おっと」

気づけば花音の口からはヨダレが溢れていた。急いで拭う。

それを見ていた少女は軽く咳払いをして

「それでは鈴音花音さん、はじめまして。

わたしは白崎 愛(しろさき あい)です。

よろしくおねがいしましゅ」

愛と名乗った少女はペコリ、とお辞儀をした。

(噛んだな)

(噛んじゃいましたね)

(何この娘すごい可愛い)

噛んだことに今更ながら気付いた愛は急激に顔を赤くした。

それを見た鈴音花音、キュン死。

「おーい鈴音さん大丈夫か? 何かもの凄い勢いで鼻血が吹き出たけど」

気絶している花音の頬をペチペチとタクトが叩く。

意識を取り戻した花音はゆっくりと目を開けると

「あぁすみません。お見苦しいところをお見せしてしまいました」

「さっきからそれなりにあったけどな……」

少し呆れ顔でタクトは呟く。

花音は起き上がると軽く咳払い。

そして銃鬼の方を向く。

「それで、なぜ銃鬼さんは愛ちゃんのようないたいけな少女を剥いてたんですか?」

「言い方が生々しいぞ鈴音さん……。

それとさっきは俺もふざけたけどちゃんと理由はあるから」

「へー。いたいけな少女を剥いてその背中を撫で回す正当な理由があるんですか。銃鬼さんがロリコンってこと以外どんな可能性があるので――おぶっ!」

皮肉を言う花音の額にタクトはデコピンをかました。

花音は額を抑えながらタクトに抗議する。

「タクトさん痛いですよ! 女の子に暴力を振るなんてヒドイですよ」

「それじゃあ一旦落ち着いて話を聞いてくれ。一応重要な事なんだから」

花音はまだ少し痛む額を摩りながら服装を整え、ソファに座る。

話を聞く体勢が整ったのを確認するとタクトが話した。

「まず最初に言っておくと愛は普通の人間じゃない。と言うか人間じゃない。人型ロボット、言わばアンドロイドだ」

花音は飲みかけていたコーヒーをコップに吹き出した。

そのまま噎せ、しばらくうずくまって咳き込む。

「おいおい大丈夫か鈴音さん?」

タクトに背中を摩ってもらいながら花音は答える。

「えぇなんとか大丈夫です。ただいきなり過ぎてビックリしたんです」

「そうか、それなら良かった。それで鈴音さんが見たのは多分メンテナンスだろ」

「めんてなんす?」

明らかに間抜けそうな声と口調で聞き返す花音。

「そう。そもそも人型でここまで精巧に出来たロボットなんてそうそう無いからな。何か異常がないか常に見とかなきゃいけないんだよ。

それで銃鬼は自分の左腕に、武器にもなる義手を作っちまう程の腕前だからな。

毎朝愛の機能チェックをしてるって理由」

「なるほど……」

いまいち理解出来ない花音。

「とにかく、ご主人様(マスター)はいつもわたしのお世話をしてくれる優しいひとなんですよ」

愛がにぱー、と底抜けに明るい笑顔で花音に言った。

この明るさ、直視できない。

すると、この空間において空気になりかけてた銃鬼が花音に聞いた。

「ところで、花音さんはなぜいきなり部屋に入って来たんですか? 元はと言えばそれが原因でしたし」

そこで花音、タクトの二人が揃って「あっ」と本題について思い出した。


◇◇◇


「なるほど。リバイブへ潜入調査ですか」

タクトが今回の依頼について一通り説明を終えた後、銃鬼は顎に手を当てて考えている。

「まぁその依頼自体は俺が引き受けてもいいですよ。

しかし花音さん、今回の依頼に関してはホントに危険かも知れませんよ。それでも一緒に来る気ですか?」

「勿論です」

即答の花音。しかし理由は単純に銃鬼の顔を見たいがため。

また、花音は先日の事件で充分危険な目にあった。死にかける程に。

そんな事件に関わっても無事なのだからちょっとした危険なら大丈夫だろうと楽観的に花音は考えた。

不覚にもそう考えてしまった。


◇◇◇


タクト達の住む町の隣の街に、【リバイブ】本社がある。

タクト達の住む町は星宮市の郊外といえる地域に位置しているため比較的のどかな所だが【リバイブ】本社のある街は経済的に影響力の強い会社が多い発達した所である。


医療研究を大々的に行う大手会社【リバイブ】、その本社最上階の部屋ではリバイブ代表取締役社長薬師寺 慶介(やくしじ けいすけ)が高級そうな革のソファに座り、厳選豆を挽いたコーヒーを飲んでいる。

その秘書、東堂 純哉が入室し、薬師寺の前に止まると言った。

「社長。今後の医薬品開発についてですが――」

「黙れ。今私は得意先である相手会社とのこれからの接し方について考えている。邪魔をするな」

薬師寺はそう言って東堂を睨む。

東堂は気圧され「申し訳ございません」と言うと急いで社長室から出た。

薬師寺はため息をつくと

「どうやら病原菌がこの会社に入り込んだようだな」


◇◇◇


リバイブ本社の廊下では清掃作業員が周囲を見回しながら掃除をしている。

するとその清掃作業員がしている耳かけイヤホン型無線から男の声が話しかける。

『花音さん、あまり周囲を見渡さないでください。怪しまれます』

清掃作業員、もとい花音は小声で抗議する。

「だって私一人だけで潜入捜査って何なんですか!? 銃鬼さんが潜入するのではなかったのですか?」

『確かに俺も潜入してますよ。ただ花音さんにも気づかれない様にしてるんですよ。俺は裏で秘密裏に動くのが本来の担当ですから』

「それじゃあ私は何をすれば?」

自分の役割が分からないので本気で不安の花音。

『とりあえず勝手な行動はせず、打ち合わせ通りにこの会社全体を廻ってください。それで人気のない部屋があったらパソコンのUSBケーブルにここに来る前に渡しておいたUSBを差し込んでください』

「会社全体……」

その言葉に花音は思わず息を呑む。


リバイブ本社、一言で言えば超高層ビル。

全16階、ワンフロアにつき十数にも及ぶ部屋数。

それを一つ一つ廻っていく。

考えただけで悲しくなってくる。

「じゃあせめて銃鬼さんも少しは見てくださいよ! 私一人じゃ数時間もかかっちゃいますよ」

『大丈夫ですよ。逆にこんなに大量に部屋があるんですから空き部屋なんてすぐに見つかります』

「と言うかセキュリティは大丈夫なんですか? USBを使って何をするかは分からないですけどデータをコピーするにしても何かウィルスを侵入させるにしてもセキュリティに引っかかるのでは?」

『そこは心配するほどではありません。扉のセキュリティについては俺が引っかき回しておきます。それに愛は優秀な娘です』

なぜここで愛の名前が出てくるのかは花音には分からなかったがとりあえず納得しておく。

『それではくれぐれもお気を付けて』

銃鬼のその言葉と同時に通信は切られた。


◇◇◇


至極あっさりとコンピュータのある空き部屋は見つかった。

ホントに拍子抜けだった。

12階資料室。そこに二台のノートパソコンが置かれている。

パソコンを起動させUSBを差し込む。


『ミッション完了ですね、花音さん』


突然パソコンから無邪気な少女の声が話しかけてきた。

花音は驚いて思わず飛び上がる。

パソコンの画面を見ると魔法少女の変身シーンさながらの登場で愛が画面に出てきた。

服装は相変わらずの白のワンピースだが。

「あれ? 何で愛ちゃんがコンピュータの中に?」

花音の質問に対し愛は両手の人差し指を頬に当て、首を傾げるという可愛いポーズをした後に

『何でって言われてもわたしはハッキングシステムだからとしか言えませんよ?』

と至極当たり前に言った。

鈴音花音、本日何度目かになる衝撃。

『あの体は入れ物であって意識と言うか本来のデータは探偵事務所にあるマザーコンピューターの中で管理されてるんです』

あの探偵事務所、ホントに見た目と裏腹の設備の充実さだな、と花音は驚きを越えてもはや感心している。

すると通信機から着信が入った。出ると銃鬼が質問してきた。

『花音さん、アイをネットワーク内に潜入させましたか?』

「えぇ完了しました。でも驚きですよ、愛ちゃんがハッキングシステムだなんて。いやまぁロボットでも驚きでしたけど」

銃鬼は『ハハハッ』と軽く笑うと

『まぁずっと黙ってましたからね。それにその時々に説明すればいいかな、と思いまして。

愛は普段、どんなセキュリティも通過し見透すハッキングシステム〈Eye(アイ)〉として俺の携帯端末かマザーコンピューター内にいます。それで時々あの体に意識というかデータを移して白崎 愛(しろさき あい)として生活しているんです。

説明はこんな所にして次の仕事がありますよ』

「まだあるんですか!?」

『えぇ勿論。アイは外側からは見るだけですが内側に潜入できればもはや掌握したも同然なまでにコンピュータを管理することができます。つまり』

「つまり?」

さっぱり分かっていない花音に対し、銃鬼は一瞬ため息をつくと説明する。

『次はこの会社のマザーコンピューターを見つけてアイにハッキングさせるんですよ』

その言葉から嫌な予感を感じ取った花音。

「もしかして、また会社全体を廻らなきゃならないんですか?」

『いえ、アイが今会社全体を探ってます。そろそろマザーコンピューターの場所を見つけ出すはずです』

その言葉と同時にパソコンの中から

『マザーコンピューター見つかりました』

と愛の元気な声が聞こえた。

花音は通話を切ってパソコンの画面を見る。

すると愛がわざわざリバイブ本社ビルの3D地図を出してくれている。

「それで愛ちゃん。マザーコンピューターはどこにあるの?」

『それが実はこのビル、地下に研究所があるみたいでして……』

「ん? 研究所があるのは普通じゃないの?」

花音の質問に愛は苦笑いを浮かべる。

『それが、多分社長本人が研究に使っていると思われる研究所だと思います。つまりそこのセキュリティもコンピューターも完全にこの会社とは別のものとして置かれてるんです』

「となると社長室に乗り込めばいいのですね」

『花音さん、それは危険すぎま――』

愛が言い切る前に花音はUSBを外し、パソコンの電源を切った。


◇◇◇


誰も乗り込んでない時を見越してエレベーターに乗り、そのまま最上階へ。数秒で到着し、ドアが開く。

エレベーターから出て周囲を窺うと誰も居ない。廊下を真っ直ぐに行くと分かれ道の左側の奥に社長室と思われる部屋が見られる。

するとその中から薬師寺 慶介と東堂 純哉と何人かの人間が出てきた。身を潜め、花音は薬師寺達が自分のいない方向に向かって行ったのを確認するとすぐさま社長室の扉の前に駆けた。

ドアにセキュリティはなし。

扉をゆっくりと開け部屋に潜入。


部屋の中はとにかく広い。

ソファは全て高級そうな革製。

部屋の奥の方の壁にある巨大な水槽の中では見たことのない魚が泳いでいる。

そしてその水槽を挟むかのように右側左側どちらの壁にもたくさんの本が所せましと入れられた本棚がある。

「何だかせまっ苦しい部屋ですねぇ」

と花音はぼやきながら部屋を見渡す。

花音にとってこの部屋は探偵事務所に比べてあまり居心地がいいとは言えないようだ。

そしてデスクの前に到着するとパソコンにUSBを差し込む。

『まさかホントに来るなんて……』

パソコンの画面上に現れたと同時に、愛はため息をつく。

しかし花音はそんな事はお構い無しにと聞く。

「それでここで私はどうすればいい?」

『本来花音さんはここに来なくて良かったんです。そもそもあの薬師寺 慶介という人が闇憑きだった場合、花音さんに危険が及ぶんですから』


「そうです。あまりにも危険すぎです」


後ろから突如誰かが話しかけてきた。

花音が声のした方を振り返って見ると銃鬼がいた。

服装はいつもと変わらない。パーカーのフードを深くまで被り、顔に仮面をかけた例の姿。

銃鬼の素顔を期待していたので心底ガッカリした。

「何でそんなガッカリとした表情をしているのですか?」

表情に出てしまっていたのか銃鬼が怪訝そうな顔で花音に聞く。

「いえ、何でもありません。それより――」

「危ない!!」

花音が言い終える前に、銃鬼が花音を突き飛ばした。

そのまま背中を思い切り机にぶつけてしまい、花音はしばらくその痛みに悶絶する。

しかし銃鬼は入口の方を睨みつけている。

花音もそちらの方を向くと


そこには薬師寺 慶介が左手を構えて立っていた。


薬師寺は不敵な笑みを浮かべ左手を構えたまま言った。

「驚いたな、侵入者がまさかただの子供だったとは」

「こちらも驚きですよ。まさか潜入していたのがバレていたとは。

それにあなたが特殊系の闇憑きだなんて」

銃鬼も余裕の感じで言っているが、近くでその言葉を聞いている花音には嘘だとわかった。

声に焦りがこもっている。

確かにこの状況はマズい。

この空間において戦えない花音は間違いなくお荷物だ。

しかも相手はタクトや愛が考えていた通り、闇憑きで能力も不明。そして入口側に立たれている。

条件でいえば圧倒的に不利。

唯一の救いと言えるのはアイの存在に気付いてないということぐらいだ。

すると薬師寺が得意気に言う。

「さて、慈悲深い私は君たちが子供ということで選択肢を与えよう。

ここで無残な死を遂げるか、 それとも――」

薬師寺が言っている最中に見せた一瞬の油断を銃鬼は見逃さなかった。

薬師寺が言い終える前に右腕で花音を抱え込み花音に向け叫ぶ。

「花音さん! 耳をしっかりと塞いで下さい」

すると、銃鬼の左腕から直径5cmの、先端がドリルのように螺旋になった鉄柱が四本出てくる。そしてその四本の鉄柱は、銃鬼の腕の後ろまでスライドする。

花音はそれを見てすぐさま耳を塞ぐ。

銃鬼はそのまま左腕を床に向け振り下ろす。

拳が床に接触したと同時にスライドしていた鉄柱が床に発射された。

強大な爆発音と同時に花音と銃鬼は下の階に落下する。

だが下の階の床全体には


巨大な魔法陣が待ち受けていた。


「しまった! 罠でしたか――」

しかし時すでに遅し。

銃鬼と花音はそのまま魔法陣の中に吸い込まれた。


その光景を上階の穴から見ていた薬師寺は言う。

「どうやら彼は後者を選択したようだな。安心しろ、その魔法陣は転送専用。私の地下研究所に案内するだけだ。そして彼が選択した通り、地下研究所で実験体として私の役に立って貰おう」

そして薬師寺は自分のデスクのパソコンに視線を移す。

するとUSBが差し込まれていることに気が付いた。

「ふむ……。何かデータをコピーされた形跡なし。逆に何かウイルスを侵入させられた形跡もない。彼らは一体何がしたかったんだ」

考え込む薬師寺の姿を監視カメラから愛が見る。

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