File.1-3「タクトさんは」
◇◇◇
数時間後、夜も明ける頃。
羽鳥大丸の別荘前では、多くの警察関係者が行き交っている。『KEEP_OUT』のビニールテープが張り巡らされ、野次馬が近付けないようにしてある。
そして、地下の大広間には多くの国際テロ組織関係者の負傷者が寝転がっていた。
部屋の奥の方には中が赤く染まったカプセルが転がっており、近くにはウィルスが入っていたと思われる注射器が1本、落ちている。
1人の警察官がそのカプセルを黙って見る。
ボサボサとした髪。つり目の三白眼。口の周りにはヒゲを蓄えている。
そこに若い警察官が駆け寄ってきて話しかける。
「連城警部、周辺を探し回りましたがやっぱりコイツらを襲った犯人の仲間と思しき人間、誰もいません」
その言葉を聞いた警察官――もとい連城警部――は黒いトレンチコートの下に着ているダークスーツの胸ポケットからおもむろにタバコを取り出すと、火もつけずにそれを咥え話した。
「そりゃそうだろ。これは羽鳥大丸が何らかのミスを犯して事故を起こした線が強いと思うからな。このテロリスト共の状態はどうにも怪しいが……」
「そうですね。テロ組織のメンバー138名の内、ほぼ全員の手に銃による怪我、そして全身のあちこちに打撲痕があり、そこに倒れている幹部らしき男は、ここに叩き折られて落っこちてる刀から指紋が出ました。と言うことはこの位置から6メートルほど離れたあの壁に叩きつけられて気絶したと言うことですね。
少なくとも大丸が死ぬ前になんか騒動があった様に思われます」
「考えたくもねぇが多分また〈ホームズ〉の仕業だろうな」
そう言うと連城は出口へと歩いていく。
「あれ!? どこ行くんですか?」
「外に決まってんだろ」
軽く手を振ると連城は地下部屋を出ていった。
取り残された若い警察官は呆気に取られた表情でただ黙って見送るだけだ。
「ん? そういえば〈ホームズ〉って何だ?」
連城が言っていた言葉に対し疑問を持つ若い警察官。
そこに50代前半の温厚そうな刑事が来て話す。
「警察関係者の一部の間だと割と有名な殺し屋の事だよ」
「殺し屋、ですか」
「そう。けどコイツはいつも警察じゃ解決できないような難事件を解決しちまうんだよ。それこそ、名探偵ホームズの様にな。
だから警察はそのまま〈ホームズ〉ってコードネームを付けたわけだ。
まぁ実際は〈殺し屋探偵ホームズ〉って呼んでるんだがな。
今回のこれだってそうだ。逃亡中の鈴音 凛宗がウィルステロの犯人じゃなく、羽鳥 大丸が犯人だという事をわざわざ匿名で奴のパソコンのデータを警察に届けまでして教えたんだからな。
しかも、相変わらず逆探知が出来ないようにする細工付き。全くもって嫌なやつだよ。
それと、連城がホームズを毛嫌いするのはちょっと理由があってな。
アイツは2年前、あと1歩の所で逮捕まで行けそうって所までホームズを追い詰めた。だが、何があったか知らないが取り逃がしちまって、それ以来意地になってホームズを追ってるんだよ。
でなきゃあんな腕のいい刑事がずっとこんなチンケな部署にいる訳ねぇよ」
「ん? 因縁ある相手でずっと追ってるのなら何で毛嫌いするんですか? むしろ足をつかめば逮捕できるじゃないですか」
「そう上手く行かないもんなんだよ。そもそも正体すら知られてないんだからよ。
さっきも言っただろ、どうやっても足をつかめないように細工されてるって。
アイツは唯一正体を知ってるがなかなか話さないんだよ。いや、多分話したくないんだろうな。2年前のあの事件の事を思い出しちまうだろうからな」
「顔さえわかれば捜査進めやすいのに……。
捜査に私情を挟むのはどうかと……」
「まあ、それもそうだよな。結果アイツをよく思っていない人間もいる。
だけどアイツは頑固だから、ホームズとは自分でケリを着けたいと思ってんだろ」
外に出た連城はいつの間にか集まっていた野次馬の中を見る。
そして怒りを抑え込むかのように呟く。
「〈ホームズ〉……。次こそは必ずてめぇを……」
強く握った拳は少し震えていた。
◇◇◇
事件結果報告・・・
結果、最優先事項として依頼人『鈴音 花音』の保護を行い、鈴音花音からの依頼を破棄、それ以前から被害者の遺族によって出された【羽鳥大丸の抹殺】の依頼を実行、羽鳥大丸を殺害。
羽鳥大丸のもとにウィルスの取引として来ていた国際テロ組織の方もほぼ壊滅近くに追いやった。
また、事件に巻き込まれた鈴音花音の記憶の削除も完了。傷も銃鬼と愛による治療で傷跡も残らなくなる程に回復。
今回も一般人に正体をバレること、戦闘を目撃される事は無かった。
・・・以上結果報告終了
タクトはタイプライターで事件の結果報告について打ち終わると大きく息を吐き、そのまま椅子の背もたれに身をあずけた。
「相当にお疲れのようですね、タクト君」
銃鬼がコーヒーの入ったカップをタクトの机に置いて話す。
タクトは頭の後ろで手を組むと不機嫌そうに話す。
「そりゃあそうだろ。一応、絶対に死ねない身体で、傷が瞬時に癒えようとも痛みまでは消せない。
内臓を破壊されれば内臓を破壊された痛みがして、腕を切り落とされればそこから先の感覚はしばらく消え失せる。身体が破裂すれば全身に突き刺さる様な痛みが続く。俺の力は決して無敵ってわけではねぇよ。
現にあのウィルス、結構痛かったんだぜ。
とっさに爪で根本から切除したけど」
タクトが思いふけってると不意にドアがノックされる音がした。
銃鬼がドアを開けるとそこにはとても無邪気な満面の笑みで
鈴音 花音が立っていた。
花音は笑顔を崩さずにえへへ、と少し照れくさそうに笑うと
「来ちゃいました」
と言った。
ドアを開けた銃鬼はその意外すぎる人物にしばらく固まってしまう。しかし花音の言葉にはっと気付くと花音を中に入れた。
コーヒーを少し飲んでひと息入れた後、タクトは花音に尋ねる。
「それで、鈴音さん。君はなぜここに来たんだ? っつーか来れたんだ?」
「ここに来た理由はタクトさん達に頼みたい事があったので、そして来れたというのはどういう事ですか?」
タクトにとってこの展開は予想外だった。
記憶消去は完全に行った。ならばなぜこの娘は今ここにいるのか。
「あぁいや、何でもない。ただちょっと聞きたかったんだ。ここは誰にも教えてないはずだからな」
とりあえず細かい事は気にしない事にした。
何か話したい事があると言うならそれを聞くべきでもある。
それに、羽鳥大丸のウィルスに対し瞬時に抗体を作る辺り、何か花音にも秘密がある。タクトはそれについてを知るためにも今は話を聞こうと思った。
「来れるも何も前にタクトさんが連れてきてくれたじゃないですか」
さも当然かのようにとんでもない事を言った花音。
タクトは思わずホントに記憶消去したか考える。
銃鬼に睨まれた気がするが気にしない。
「まぁそういう事なら別にいいや。それで頼みたい事って?」
「私も仲間に入れてくれませんか?」
本日第三の爆弾が投下された。この娘はいったいどれ程高威力の爆弾を投下すれば気が済むのだろうか。
当の花音本人は銃鬼が出したコーヒーを一口飲んで「苦い」と呑気そうに言っている。
とりあえず聞く。
「何でまた俺達と?」
「私、知りたいんです。何でタクトさんはあんな左腕を持っているのか。何でタクトさんはあんな危険な事をしているのか。
そして、タクトさん達は一体何者なのか」
花音はテーブルに手をついて身を乗り出してタクトの目を見て話した。
花音の瞳はとても真っ直ぐでそして、純粋にタクト達の事を心配している、そう言う目だった。
「なるほど。でもよ、鈴音さん。好奇心は猫を殺すとも言うぜ。
君も見ていただろうが俺達は本当にいつ死ぬかもわからない、そんな生き方をしている。
君を危険な目には合わせられない」
「わかってます。でも、だったら何故、タクトさんはそんな危険な事をしているんですか」
思いの外食い下がらない。
しかしその質問についてはタクトは本当に答えることが出来ない。
仕方ないので正直に言うことにした。
「それは俺自身にもわからない。そうだな、俺が危険な事をする理由を一つ上げるとしたら――」
そしてタクトは羽鳥大丸を殺した時のように光を失った冷やかな目で花音を見て話した。
「――この呪われた身体を殺すため、だな」
タクトの声はまるで生気がない。とても冷ややかでとても暗い声だった。
自殺願望がある様な言い方ではあるがそうではない。まるで、今の自分の体は全くの別物だとでも言ってるかの様だった。
そんな言葉に花音は恐怖を覚えた。
その言葉に潜む意味が花音の背筋に嫌な寒気を這わせた。
だがしかし、それでも花音はタクトの目を――冷やかな目を――まっすぐに見て言い切った。
「だったら、私は本当のタクトさんを見たいです。タクトさんが戦っている理由を知りたいです」
しばらく二人は互いに睨み合っていたが
「はあ、わかったよ。俺の負けだ。いいぜ、勝手にしな」
タクトの方が折れた。
しかし、花音は当人も知らない隠された秘密を知る。
そして、その秘密によってこれから待ち受ける運命について知る者は誰もいない。
To Be continued...