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タクトさんは探偵さん(仮)  作者: 山の上の本屋さん
第1章『吉柳探偵事務所編』
2/9

File.1-1 「転校生」

◇◇◇


平日の朝。私立星宮高校のとある教室では生徒達のグループが楽しげに話している。

しかし一人だけ、明らかにどのグループにも属されていない、いわば仲間外れの女子生徒がいた。

この女子生徒の名は鈴音(すずのね) 花音(かのん)

背中あたりまで伸びた綺麗な淡い蒼色の髪をお下げにしている。

その小顔よりも大きいと思われる位の大きさの丸眼鏡をかけ、容姿はその教室の並みの女子よりかは可愛らしい顔立ちをしている。


彼女の机には多くの罵詈雑言の言葉がペンで書かれていた。

また周りの生徒達の中にも時おり、彼女の陰口らしきものを話す者がいる。

そして、それを止めるような生徒もいない。

皆、彼女を軽蔑するような目で見ていた。


予鈴が鳴り、生徒たちはそれぞれの席につく。

そして中年教師が教室に入ってきて言った。

「全員席についてるな。それじゃ、突然だが転校生を紹介する。喜べ、かなりのイケメン二人だ」

その言葉に女子生徒達が歓喜の声を上げた。

しかし花音は興味無さげに窓の外を見る。

「静かに! よし、それじゃあ入れ」

その言葉を聞き、二人の男子生徒が教室に入ってきた。

女子生徒達の口からは思わず「うわぁ」と言う感嘆の声が漏れた。

一人は黒髪の短髪、切れ長の目は見ているとこちらの心の中まで見透かされそうな暗い黒で染まっている。

もう一人は隣の青年よりも身長が高い。銀色に輝く髪も肩の辺りまで伸びているからか、後ろの方に束ねている。眼鏡を掛けているのを見ると、理系と言ったイメージを持つ。そのレンズの下には物腰やわらかそうな優しげな少しタレ目の瞳があった。

その二人を見ても花音は何も感じず、また外をぼんやりと眺める。

「それじゃあ黒板に名前を書いて自己紹介をしてくれ」

二人はそれぞれ名前を書く。

そして短髪の方の男子生徒が自己紹介をした。

吉柳(きりゅう) タクトだ。よろしく」

もう一人の方も挨拶をした。

城崎(しろさき) (ゆう)です。皆さんよろしくお願いします」


◇◇◇


タクトと悠は瞬く間にクラスに溶け込んだ。正確には女子に盛大な人気があったのだ。

タクトの方はスポーツ万能で、悠はその見た目通り成績優秀な生徒だった。

そして女子からちやほやされても男子から白い目で見られなかったのはその性格からだろう。

タクトも悠も誰にでも友好的で話上手だった。

しかしそんな二人でも花音に話しかけはしなかった。

それでも花音はわかっている。

クラスの生徒達が自分の事を話して自分に関わらせないようにしていた、と。

別に今更傷付いたりなんかしない。

わかっていたことなのだから。

「所詮ワタシは犯罪者の娘。ずっとひとりぼっちなんですよ、きっと」

夕方、一人帰り道を歩きながら花音は呟く。

普通、部活をやっている時間帯なのだが、今この町ではとある連続殺人事件が起こっている。そのため、ここ最近学校では部活をさせずに早めに帰宅させるようにしている。

しかし、花音は避けられているため一緒に帰る友達もいない。

仲のいい友達がいたとして、今は自分の方から距離を置いている。

他の生徒がいる道で帰ったところで意味はない。

たとえ自分が今死んでも、悲しむ人間はいない。

そう考え、自宅への道の中でも特に人気のない路地を歩いていた。


「君は本当にそれでいいのか?」


どこからか突然そんな声が聞こえた。

花音は周りを見回すが誰もいない。

「どこ見てんだよ。こっちだよこっち、上」

そう言われ、上を見てみるとそこには電柱の上に立ち、こちらを見る人影があった。

日の光のせいでよく見えなかったがその人影は親切にも飛び降りて――飛び降りて!?――花音の目の前に華麗に着地した。

思わず拍手してしまう花音。

しかしその人影の正体に花音はより衝撃を受けた。

人影の正体は今日自分のクラスに転校してきた吉柳タクトであった。

「き、吉柳くん、こんなところで何してるんですか?」

驚きで思わず声が裏返ってしまった。

「ん? いや、鈴音さんが何か落ち込んでたから相談に乗ってあげようかな~? ってな」

クラスにいた時と同様の軽そうな喋り方だが嘘だ。

タクトはさっき「それでいいのか?」と聞いてきた。

つまり自分の独り言聞き、理解した上で質問してきたと言うことになる。

そう考えた花音はタクトに率直に問う。

「私のお父さんについて何か知ってるんですか?」

誤魔化した雰囲気のタクトだったが花音の問いかけに対し両手を挙げ、首を横に振るとお手上げと言った感じで話す。

「鋭いな、鈴音さんは。まぁ別に構わないけど。

その通り、俺は君と話がしたくてここで待っていた。

でも学校だと君は何かと避けられてるし、君自身、人を避けていた。

だから俺が周りの目を気にすることなく話せるタイミングをうかがってたんだ」

わざわざ学校で話しかけてこなかった理由まで明確に説明するタクト。

だが警戒したままの花音は話を済ませようとタクトに話す。

「そんなことはどうでもいいですから目的を話してください」

「そうだったな。確かに俺は君のお父さんについて知っている。

もっと詳しく言えば君のお父さんが犯罪者じゃないってことだ」

「冗談のつもりなら少しも笑えませんよ」

これには少しばかり怒りも混じっている。

「じゃあ逆に聞くが君は自分のお父さんが犯罪者だと思っているか? もしも真実が知りたいのなら話してあげるよ」

タクトの言葉はどうしても信じがたい物だ。

しかし花音はどうしても知りたい、自分の父親について。

そして出来ることなら犯罪者であってほしくない。

そんな希望的観測を抱いたので花音は決心した。

「私は、私のお父さんが犯罪者だとは思いたくありません。

私は知りたいです。私のお父さんがいったいどうして犯罪者にされているのか」

それを聞いてタクトは一瞬笑みを浮かべると花音に向け話した。

「いいよ、わかった。君のお父さんについて話してあげよう。

それと俺のことは名前で呼んでくれていいよ」

「え、あ、はい。わかりました。タクトく……さん」

いきなりだったので返事の声がまた裏返ってしまった。

「ん? 何で途中で言いかえたんだ?」

「すみません、なんか同じクラスの男の子を下の名前でくん付するのなんて初めてなので、その……慣れてないんです」

少し頬を赤らめモジモジしながら花音は恥ずかしそうに話す。

「あー、なら仕方ないか。まあ別にさん付けでも大丈夫だぜ」

「うぅ、すみません。それでもう一つ聞きたいのですがタクトさんはいったい何なんですか?」

「俺? 俺はそうだな……簡単に言えば探偵かな?」

タクトはとぼけた感じでそう言った。

……これもまた嘘なのだろうか。

花音はそこだけは分からなかった。


◇◇◇


タクトに案内された所は見たところ何の変哲もない普通の喫茶店だった。

いや、正確に言えば喫茶店だったと思われるボロボロの建物である。

なぜわざわざこんなところで話す必要があるのだろうか……と花音は思ったが仕方なくタクトの後に付いて中に入る。

そして花音はまた衝撃を受けた。外観はただのオンボロだったのに反し、内装はキレイに整えられていた。

板張りの床はキレイに磨かれワックスもかけられており、天井では空気の流れを良くするためのファンが回っている。

家具類もそこにあるのが当たり前かの様に整頓されている。

入口から入って左手側にガラス製のテーブルを挟んで黒いソファが二つ向き合って置かれている。右手側には本棚とおなじく黒色の一人用ソファが置かれ、部屋の奥には机があり、その上にはタイプライターがある。

まるで映画やドラマに出てくるような探偵事務所の感じだ。

「ようこそ鈴音さん。ここが俺の探偵事務所だ」

タクトの探偵事務所だった。

花音はなんとなく部屋全体を見回してみると入口側のソファに青年が座っていた。

フードを深くまで被り、トランプのジョーカーに描かれているピエロの様な笑顔の仮面を着けていたので顔は見えない。

「こいつは由比ヶ浜(ゆいがはま) 銃鬼(じゅうき)。俺の仲間でハッカーだ」

探偵とハッカー、なんだかありふれてるコンビだな、と呑気に考える花音。

すると銃鬼が立ち上がって花音の方へと来た。

立ち上がったことによりわかったが、かなり背は高い。

「はじめまして、あなたが鈴音 花音さんですね。よろしくお願いします」

仮面のせいで表情は読めないが随分友好的な人柄のようだ。

「ホントは俺と銃鬼以外にあと二人、仲間がいるんだけど一人は多忙で、一人はなかなか顔出せないから」

探偵とハッカー以外にまだいるんですか!?と聞きたかった花音であったが、余り関わりは持たない方が身のためかも……とも思ったので止めといた。

話を聞きに来ただけだし。

「それで、私に話したいことと言うのは何ですか?」

今更ながらここに連れてこられた理由を思いだし、花音はタクト達に聞いた。

「ああ、そうだな。それじゃあ、話を始めようか」

すると部屋が暗くなり、天井からスクリーンが降りてきた。

ホントに外観からは考えられないくらいの設備だ。


◇◇◇


「気を悪くするかも知れないが、まずは鈴音さんのお父さんについて話させてもらうよ」

タクトの言葉に頷いて応じた花音。

すると銃鬼がある新聞の一面を画面に映した。

そしてその文章を銃鬼がそのまま読み上げる。

「『テロリスト再来か!? 星宮市で相次ぐウィルスによる連続殺人』

『三ヶ月前、星宮医療大学科学研究、ウィルス細菌分野准教授の鈴音 凛宗(すずのね りんそう)が違法ウィルスを研究、開発していると言うデータを共同研究者が発見。そして通報。

追い詰められた彼はデータの中で重要と思われる部分のコピーをとって行方をくらませた。

そして現在星宮市で確認できるだけで8件の殺人事件、どの死体も損壊が激しくその特徴は残されていたウィルスのデータと一致、鈴音凛宗が行っているものと見て警察は鈴音凛宗を指名手配し足取りを追っている』」


銃鬼が文面を読み終わっても花音はずっと俯いたままだった。

「そうですよね。

世間的に見てもお父さんが悪いのは明白、そして私を見る皆の目はいつだって『犯罪者の娘』と言うレッテルを張った蔑みの目。

例え、仕事で忙しくて全く話せてないお父さんでも人を殺すような事はしない。そう思いたかった。

でも誰も信じてくれない。それが真実となった今、私もそれを認めて生きていくしかないんだって。もう……疲れました。

だからこそ、私も認めることにしたんです。

認める方が……良いんです」

「いいや、全く良くないね」

突如タクトが花音の言葉を遮る。

「全く良くないぜ、鈴音さん。

君も君のお父さんも悪くない。

君のお父さんはこいつにはめられたんだよ」

すると銃鬼がある男の写真をスクリーンに写し出した。

「こ、この人は……。お父さんの共同研究者の」

花音の言わんとすることをタクトが肯定とともに話す。

「そう、羽鳥 大丸(はとり だいまる)教授。

通報者の男だ。世間ではテロの実行を未然に防いだとされてるが……」

銃鬼が多くのファイルを画面に出しながらタクトの話の続きを話す。

「しかし、この人のPCをハッキングしてみたところ、違法なウィルスの作成データや、そのウィルスを使った生物実験の記録――女性には刺激が強すぎるので見せませんが――とかが大量に出てきました」

画面の羽鳥大丸の顔を睨みつけ、吐き捨てる様にタクトは言う。

「何て事はねぇ。真犯人(テロリスト)はこいつの方だったんだよ!」

「そして花音さんのお父さんはその計画に気付いた。

しかし大丸の方が一枚上手でしたね。

逆に花音さんのお父さんを犯人に捲し立て消そうとした。

だから、彼は逃げるしか出来なかったと言うことです」

タクトは花音の方を振り向き話す。

「わかったか? これが真実だ。

君も君のお父さんも悪くない。君が苦しむ必要なんて無かったんだよ。

そして君は、お父さんは自分の事は考えていなかったかもしれないと思ってたみたいだけどそれもまた思い違いだな」

すると銃鬼が1つのファイルを画面に映した。

「これは花音さんのお父さんのコンピューターに入ってるデータの更に奥にあったものです。

頑丈にロックされてて、解除するのには苦労しましたが内蔵されてたデータはこのようなものでした」

ファイルを開くとそこには花音の写真があった。

小さい頃の写真から中学生の時、最近の物では高校の入学式の写真まである。

そのデータを見てタクトは話す。

「どうやら君のお父さんは陰ながらでもいつだって君の事を見てた様だな。

つまり君のお父さんは自分よりも君のことが大切だったんだな。

実際、このファイルの名前『私に残されたただ一人の家族』だからな」

そう言いながらタクトは再度花音の方へと振り向く。

すると花音の目からは大粒の涙が流れていた。

「ど、どうした!? 鈴音さん」

思わずテンパるタクト。

花音は溢れ出る涙を拭きながら話す。

「私……私とっても嬉しいんです。

お父さんがやっぱり犯罪者じゃなかったって聞いて。嬉しいんです!

それに、お父さんが私の事を大切に思ってくれてたことが。

……でもそれと同時に悔しい……悔しい……悔しい!」

それを見てタクトは言った。

「泣くのを止めようぜ、鈴音さん。

ホントに喜ぶのは君のお父さんの無罪が証明されたときだよ。それまでその涙は取っときな。

あとは任せてくれ、俺があいつの本性を晒して地獄に突き落としてやるよ!」


◇◇◇


その後、花音は帰路についていた。

「タクトさん、やっぱりスゴいイイ人でしたね。

探偵って事も最初は信用できなかったけど今は何故か信じることが出来るんですよねー。

何ででしょうか?」

そんな独り言を話す花音の後ろを大きな人影が歩いている。


◇◇◇


花音が帰った後、探偵事務所ではタクトと銃鬼が話していた。

「それにしても、花音さんに話を信じて貰えて良かったですね」

「全くだよ。話しかけたと同時に逃亡されたらどうしようかヒヤヒヤしたぜ」

「それにしても良いんですか? 花音さんから引き受けた依頼、元々俺達に来た依頼と違う感じですよ」

「大丈夫だ。逆に考えれば元の依頼に沿わなければどんな手段でも良いってことなんだからよ。それじゃ、早速今晩動くぞ、銃鬼」

「了解です。タクト君」

そして2人の人影はゆっくりと闇の中へと姿を消した。

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