クエスト『5』
「約束を破ったんだ。大切な約束を」
「約束?」
話は進んだ。
約束を破った。そう、ルールビィと約束していた。必要以上の暴力は良しとしない。拳を握るならそれは確固たる意思を持つことと。
だけどそれを破って先ほど激情に任せて暴力を振るってしまった。
これ以上のことは話さないと思っていたのに、聞き手であるイーロックの表情を見るとさらに心情を明かしてしまった。
暴力を振るった後にこの身を覆うような、目に入る人々すべてに対して憎いと言う感情を持ってしまったことを。
「つまり約束を破って暴力を振るったけどそのことをあんまり悪いことだと思わずかつ、目に入るの全部目の敵にしちゃってるってこと?」
「まあそう言うことだな。情けない話だけど……いや、本当に情けない。年下のお前にこんなことを話すことを含めて自己嫌悪がすごい」
「アタシから言えば……決して間違ってないとは思うよ」
「間違ってないって、俺は約束を破って暴力を振るって、こんなどす黒い感情を持ってしまったんだ。約束したあいつに会わす顔が無い」
「間違ってないよ。だってそれ、全部その人のことを思っての暴力だったんでしょ」
その言葉が、ゴトーの暗雲に一針の光として突き刺さった。
「何で……そう思うんだよ?」
「約束を破って暴力を振るったって言うんなら、その約束したその人に関係あるんじゃないかって思ったんだよ。そんなに大切にしている約束を破るのはよほどのこと、その約束した人を悪く言われたとかじゃないかなって」
「それは……」
「ゴトー君。どう取り繕うと拳を握って殴ったらそれは暴力なんだよ。暴力に必要なのは絶対に曲げない自分の意思。もしそれが無いなら最初から暴力なんて振るわない方がいい。だけど、『大切な人のことを想う拳』は決して間違ってない」
暴力を振るった理由。
親交派の考えを盾に侵攻派に暴行を働く奴が許せなかった。
それに呼応するように皆がルールビィに悪い影響を与える存在だと思い込んで憎く思った。
「もし大切な人を悪いように言われて殴ったんなら、そんなのアタシだってするよ。ゴトー君にはそれがあるんじゃない? 少なくともアタシはそう思うよ」
「人を想った暴力……ね」
ありがちな言葉だけど、大切な人のために振るう拳。
悪くはない。少しだけ心が軽くなった。
少々しんみりした心情が浮かび上がった最中、タゲンリールに通信の音が入った。
「どったの? だれから?」
「これは……ちょっと失礼」
タゲンリールをキューブ状に展開し、その中に顔を突っ込んだ。
ちょっと不格好だしデカくて不便だけど、脳内のみでできる電話みたいなものだ。
電話の主はルールビィだ。
「どうしたルビィ? 用事の方は終わったのか?」
『や……つな……ゴトー』
何だか……とぎれとぎれで聞き取りづらいな。
「ルビィ? どうかしたのか?」
『繋がった! 何とか電源を回復できたのねゴトー! ごめん! ちょっと面倒なことになった』
「面倒なことって……どうしたんだよ? 何かあったのか!?」
『アンペルに捕まったのよ。軟禁されてる』
ハァッ!? と素で驚いてしまった。
「ちょっと待て。話が突飛過ぎてないか?」
『あいつは完全に侵攻派と繋がってたのよ。あいつはパパが死んで空いた侵攻派トップの椅子を私に座らせようとしてる。私を悲劇のヒロインにすることで親交派を徹底的に悪者に仕立て上げて侵攻派の勢力を拡大させるつもりらしい。何か事を起こすに違いない』
「アンペルにそんな権限があるのか?」
『あるから言ってるのよ。ゴトー。アンペルを止めて。あいつの思惑通りに事が進んだらそれこそカラーリテラが地球に戦争を仕掛けることになるかもしれない。それにあいつの様子もおかしかったし」
「あいつのって……と言うよりその口ぶり。アンペルの正体を知ってるのか?」
『そう言えば言ってなかったわね。アンペルの正体は』
言いかけた矢先、ルールビィと繋がっていた電話は突然に切れた。
「ルビィ? おい! ルビィ……ルビィ!?」
声をかけても反応はない。
突然切られた電話は嫌が応にも彼女の身の危険を感じさせてくる。
「アンペル……」
「電話終わったのゴトー君? と言うより、テレビでよくわかんない映像が映ってるよ」
変な映像が映っていると言われてモニターに映し出された映像を見てみるとそこにはデカデカとアンペルが映し出されていた。
『カラーリテラの皆! 雨も晴れた今日この頃。重大な発表がある!』
映像のアンペルは高々と宣言した。
ルールビィの言っていた『事』とはこのことか。
「……イーロ。色々世話になったな」
「どうしたのゴトー君? 用事でもってうわっ! 何で頭を撫でるのさ!」
優しくとイーロックの頭を撫でる。
「お前の言う通りだった。俺はあいつのために動いたらいい。それがどんな結果になっても、俺は後悔せずにやり続ける。お前はそれを気付かせてくれた」
そうだ。人を憎もうと、非情な拳を振るうことになろうとも、決して折れぬ槍を持ち続けること。
「礼を言う。ゴトーとして、いや。お前には本当の名前で礼を言おう」
「本当の名前?」
「ゴトーも本名なんだけど、俺自身フルネームがそんなに好きじゃあない。学校とかで周りと違ったから。なんとなく負い目があった。けど、大切なことを気付かせてくれたイーロに最大の敬意を持って。俺の名前はJ。J・クロフォード・後藤。そして!」
クウカンアッシュから空間の枠を作り出し、そこを通りぬけ、ノンペルへと変身する。
「! ゴトー君? その姿」
「また、学校でな。イーロ」
窓を開け、空間を作り出して空中を駆け抜ける。目標はアンペル。
今からカラーリテラの在り方を決める戦いに向かう。
「ゴトー君が……ノンペル。運命は……残酷だね」




