クエスト『4』
ゴトーはイーロックにされるがままに連れてこられ、とある建物の前に立っていた。
「びしょんこだねぇ」
「かと言ってあの傘じゃ俺たち二人は入りきらないだろ」
「私の方ばっかりに傾けるからゴトー君は降られまくりだったじゃん」
「かと言ってイーロを濡らすわけにもいかんだろ」
「優しいね君は」
逆に年下の女の子との相合傘で濡らす男なんていないだろう。
にしても、建物の前に立ったと言うからにそこはイーロックの寝食をするための住居と言ってもいいだろう。
まあ何ともデカい扉だ。と言うより模様の書いてある壁って言った方がいいかも。
「はいイーロックがキーロックを解除。なんちゃって! はい入って入って。汚いお部屋だけど入って入って」
扉のロックを解除したのか中に入るように催促してくる。
扉の向こうは……どこからどう見てもワンルームマンションのような間取りの部屋だった。
そりゃ内装は地球のものとは随分と違うけど、扉を通って目に入る光景としては……少し違和感があった。
「これタオルね。カーテンも開けてっと」
イーロックが壁のスイッチを叩いて閉じられていたカーテンを両サイドにかしゃーっと開けた。
両の目に飛び込んでくる光景は奇怪なものだった。
確か自分たちは地上にある巨大な壁のような扉から入ってきた。
なのに窓から見える景色はどう見繕っても何階層もある建物の上の階にある部屋から見える景色であり、地上付近の部屋にしてはあまりにも違和感があった。
「ここって……一階だよな?」
「何言ってんのゴトー君。シュトゾンの各所にステージドアーが置いてあるじゃん。そこから決められた集合住宅になら飛んでいけるって常識だよ。ルビィちゃんが空間技術を提供してくれたおかげだね」
つまり、そのステージドアーってのがあったら決められた場所から決められた階層に入ることができるってことか。
零壱ゲートか? でもあれは門外不出の技術だって言ってたし違う技術なのだろうか。
「結構いいところに住んでるんだな。結構散らかってるけど」
「あははは! ごめんね! 今片付けるから」
イーロックは愛想笑いを浮かべながら床に散乱している衣服や本などをせっせとかき集めて別の部屋へと持って行った。
周りを見渡す。
結構いい部屋だ。間取りは広いし部屋もいくつもあって、一人暮らしではないだろうしステージドアーなんてものもあって住むには不便がなさそうだ。
「こっちの部屋は……」
「ストーップ! その部屋はダメ! 乙女の秘密が隠されているからね。うん!」
勢いよく間に入ってきたイーロックに止められる。
その必死さに少しだけ引いたけど、実際勝手に開けようとしたこっちが悪いんだ。素直に謝っておいた。
「じゃあソファーも片付いたし、座っていいよ。あ、濡れてるから座りづらいとかもいいからね。これ、除湿のシールを貼ったら一気に渇くから」
「除湿のシールか。名前は知ってたけど……ほんとだ。服が渇いてく」
身体も渇いたところで座らせてもらう。
少し落ち着いた。なんとなく連れられてきたけど、長居する理由も……ないか。
「しっかし驚いたよ。雨降ってるのに傘も差さないで座ってるんだもん。何か深い闇でも抱えてる?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。俺もいろいろあってさ。世話になったなイーロ。俺はもう行くよ」
そう、長居は無用だ。
今はあまり他人との関わりを持ちたくない。誰も彼もが憎く見えてしょうがないんだ。
それで何かをするってわけでもないけど、ルールビィの言うように一人になりたかった。
「待ってよ。久々のお客さんなんだしお茶を出すよ。お菓子も出すよ~。だからもうちょっとお話しよ! ね?」
「意外だな。学校の友達とか来ないのか?」
「友達とはの外で遊ぶからね。それよりさ。どうして雨に降られてたの? 何かあったの? 相談に乗るよ」
相談に乗る。イーロックなりに心配してくれているのだろう。
実際雨の中ずぶ濡れになっている知り合いがいたら何かあったのだろうかと思うだろう。
「ちょっと嫌なことがあったんだ。別に大したことじゃない」
「……それは嘘だね」
「何で嘘だって言えるんだよ」
「アタシは人から出る電波を感じ取れる。電波によって状態が何となくわかるんだけど、ゴトー君。何にもないように振る舞ってるけどすっごい酷い電波が出てる。それこそ、憎悪にも似たどす黒い肌が痛いほどピリピリした電波。何かあったんだね」
「憎悪って。大げさだな。そんなことはない」
「アタシはカウンセラーでも何でもない。話したくないならいいよ。けど、どうにも不安定に見えるよ。いけないことをしたけど、それを決して嫌だって思ってない感じ。ふさぎ込むくらいなら吐き出してもいいんじゃないかな? 話は聞くよ」
いっぱしの小娘がよく言ってくれる。
ふさぎ込んでいるか。確かに悩んではいる。悪いことをしたとは思っているけどそれと同時にスカッともしていて、悶々とした感情が渦巻いている感覚だ。
いいだろう。少しだけだ。少しだけ吐き出そう。




