クエスト『2』
「そいつ、侵攻派か?」
その言葉に悪漢たちは互いに顔を合わせる。
「わかるのか? お前は?」
「俺は親交派だ。お前たち三人もそうだろ」
「同志だったのか! そうだ。こいつが侵攻派を支持するって言うから話し合いで考えを改めさせようって思ってねっ!」
悪漢はそう言って一人を蹴り付ける。
言っていることとやっていることが違うじゃないか。
「もうその辺にしといていいんじゃないか。侵攻派の考えを改めさせるって言っても、今ここで親交派を支持しますって言わせても家に帰せば俺は侵攻派だ言うだろうし、暴力振るうだけ無駄、」
「僕は……決して折れない。侵攻の意思はカラーリテラそのものだ。新しい星に移住するためなら、戦うことだって厭わない!」
あー……と声が漏れてしまった。
なんて面倒なことを言うんだこいつは。ここで分かりましたの一言を言えばことは済むってのに。
「なあ。こいつはこんなこと言って俺たちの提案を聞き入れないんだ。だったら分からせてやらないとな!」
悪漢は一人にまた蹴りを入れる。
一人はもうボロボロだ。見るに堪えないほどに。
「だったらなおさら意味ないだろ。意見を変えないならこいつはほっといて親交の考えを流布する活動をすればいい。これ以上は死ぬぞ。つい数日前親交派が起こした事件を知らないわけ、」
「あんな人殺しと一緒にするんじゃねぇよ! 確かに侵攻派は争いを生む思想だ。だからってそのために誰かを殺すなんてイカれた考えだ! あんな奴は親交派の風上にも置けねぇクズだ!」
悪漢は声を荒げそう言った。
その考えは、正しいものだ。この前の事件は極端な考えが起こした惨劇。しかし親交派の全てがそうではないとはわかっている。
この前の惨劇とは違うとはいえ、目の前の光景を容認なんてできない。
「まあ落ち着けよ。違うんだったらこいつを殴っても意味ないことぐらいは、」
「うるせぇんだよ!」
悪漢の一人に裏拳を頬にぶち込まれる。
言葉は途切れ、一瞬だけ静けさが生まれた。
「侵攻派は攻撃するって考えがあるんだ。なら殴られたって文句は言えないだろ? 逆に俺たちに殴られて辞めてくれと言ってくるなら、そいつは侵攻派じゃないってことだ」
「……その通りだな。殴ることができるのは殴る覚悟がある奴だけだ。侵攻派は星に移住するためなら戦争もやむ得ないって考えを持っている。なら殴られても文句は言えないってのはまだ理解できる」
「そうだろう? なら邪魔するんじゃねぇよ」
「邪魔するつもりはないさ。ただ、お前は今俺を殴ったよな?」
「あ?」
「殴ることができるのは殴られる覚悟がある奴だけだって、今言ったよなぁああ!」
身体を大きく翻し、テレフォンパンチの要領で悪漢の一人を殴り倒す。
男はその体を大きく切り揉みして地面に転がる。
ゼレプシーに鍛え上げられた拳闘術はそこんじょそこらの一般人を屠るには行き過ぎた力だ。
豪快に攻める。ただそれに尽きる。
「テメェ! 何しやがる!」
更に悪漢の一人が殴りかかってきた。
今度はどてっぱらに拳を入れられたからお返しに脇腹に拳を叩きこんでやった。
基盤を崩された建造物のように崩れ落ちる。
今の感触。アバラの一本や二本ブチ折れただろう。
「クソッ! 何だってんだよ!」
最後に残った男は動揺を隠せないままポケットからナイフのようなものを取り出した。
技術の発展したカラーリテラでそんなアナログチックなナイフを持ち歩いているとは、古き良きを思い立たせる男だったのか。
だけど悪漢はすでに及び腰だ。
仲間二人が一撃のもとに沈んでいるんだ。ビビるのも仕方のないこと。
しかしこいつはナイフを出した。刃物を向けてきたんだ。元からなかった容赦の一片など、もう湧き上がる気にもならない。
悪漢にゆっくりと近づき、おびえながら突き付けてくるナイフに自分の手のひらを翳す。
ナイフの切っ先が手のひらに当たり、ズズズとめり込んでいく。
手のひらからにじみ出る血と共に眉間に皺が寄る。
痛い。当然だ。自分の身体に穴を開けているのだから。
だけど決して前進を止めず、痛いと言う言葉が脳内から頭蓋を叩いてくるのを我慢する。
ノンペルとして活動してきた時は痛みなど全く感じないが、これが痛いという感覚。
思い出したくもない物だ。
「う、うわぁッ!」
悪漢はナイフを手から離して怯えるように後ずさりをした。
刺さったナイフを無理やり引き抜く。
刺した時もいたかったが、抜くときの痛みも半端ではない。
穴の開いた手のひらを見る。けどすでに穴は塞がっていたため確認はできなかった。
「ナイフを……俺に突き立てたんなら……! 刺される覚悟があるんだろうな? ないなら、二人を連れて消え失せろ!」
路地に怒号が響き、悪漢は体を震わせながら倒れる二人を立たせて一目散に退散していった。
手のひらに傷はない。だけど痛みは残っている。
再び静けさが訪れるとともに痛みを鋭敏に感じられた。
残った一人に視線を向ける。
「れ、礼なんて言わないぞ。僕は決して親交派に屈しなんかヒッ!?」
言葉を遮り、一人の襟元を鷲掴んで壁と板挟みにする。
「侵攻派を掲げるのは結構。だけどな。それは争いを生む考えだ。星に移住するためなら戦うことも辞さない? 目の前の困難に拳も握れない奴が誰かを殺すために武器を取れるわけねェだろ!」
ナイフを一人の顔の真横の壁に突き刺す。
一人は反射的に目を瞑り、開いた瞳には恐怖の感情が渦巻いていた。
「ムカつくんだよ。さっきみたいな人を平気で傷つける奴も、テメェみてーに腐抜けた考えのやつも!」
その定まらない、信念のない意思がまるであの子を傷付けているみたいに感じられる。
一人を路地から追い出す様に乱暴に投げる。
「失せろ! 侵攻派を語るんなら、そのクソみたいな考えを正して来い! じゃなきゃ二度と侵攻派を語るんじゃねぇ!」
路地を飛び出した怒号に一人は追い立てられるように走り去っていった。
憎い。全てが憎い。
そしてまた歩いた。今度は少し見慣れた道を歩いていく。
雨が降ってきた。
カラーリテラは船団だが天気があり雨が降ってはその雨が蒸発して雲となりまた雨が降るのサイクルが出来上がっている。
そんな中で傘もささずに歩き続けた。
親交のために平気で暴力を振るう。侵攻する意思があるにもかかわらず暴力を否定する。
さっきの出来事で負の感情が心底から沸き上がってきた気がした。
ルールビィが変えようとした連中はああ言う奴らだ。
それと同時にルールビィを苦しめているのはああ言う奴らだ。
すれ違う人々が物珍しそうに見てくる。
憎い。何食わぬ顔で生活しているこいつらが憎い。
こいつらは全員、侵攻か親交の意思を持っている。
その意思がルールビィを苦しめている。
押さえきれない感情。行き場のない感情。
触れたものを傷付けるような、そんな乱暴さが身の内からあふれ出しているようだ。
ちょっとした広場のベンチに座り込み、下を向きながら覗き見るように通行人たちを睨み付けていた。
お前たちが……お前たちが……!
すると身体を打つ雨が突然に遮られた。
誰だ? 視線を右隣に向ける。
「どうしたのかなゴトー君? すっごい濡れてるけど、風邪引いちゃうよ」
ずぶ濡れなことを気にかけて、傘を差し伸べてくれたのはイーロックだった。
「イーロック……」
「ここから私の家近いけど……来る?」
差し伸べられた傘に、少し安らぎを覚えた。




