アンペル『8』
食事会から数週間。あれからやはりアンペルと鉢合わせることなくヒーロー活動を続けている。
確かに気負いすぎていただけかもしれない。
活動の中次第にアンペルの幻影は薄れていき、日課となっていたアンペルの動画漁りもナリを潜め、心の隅に埃を残してはいるがそれなりに順風満帆な生活を送っている。
「ふぅ……今日も今日でお疲れちゃん俺。ヘイ、トガ公」
『ブレインストロング』
「……BRAINSTRONGゥ。最近色んなところに出ずっぱり過ぎだろ。シュトゾン以外の街や地区にも活動の幅を広げて……カラーリテラの連中は俺に瞬間移動の力があるって考察し始めてるぞ」
『いいじゃない大衆には好き勝手させとけば。それより今日は早めに上がりよ。もう帰ってきていいわよ』
「あやー早いじゃないのよ? この後何かあったっけ?」
『今日はないけど、明日ある。覚えてるでしょ』
あー……とちょっと思い出す素振りをしているアピールを声に出す。
まあ忘れてるわけがない。もちろん覚えている。
明日は、感謝祭だ。カラーリテラの住人が皆が皆、それぞれの立場を忘れ楽しむ祭り。
ルールビィは来賓として参加するが俺は来賓としては参加しない。と言うよりゴトーとして参加しない。
言ってしまえばノンペルとして参加しろとのことだ。
その日は親交派侵攻派の分け隔てはないが、ノンペルは以前ウォーキーショップのルールビィとの会話をジャーナリストにすっぱ抜かれたことで親交派として知られているので、そこに行くだけで宣伝になるとのこと。
立場の垣根を越えた祭りならそれこそ行かない方がいいとも思うんだけどと思ったけど、それでも来いと押し切られたので行くことになった。
なので今日は会場周辺を中心に活動して、早めに上がり明日に備える。
相当な人数が集まるとのことだ。
規模は知らん。そこら辺はみんなの想像に任せる。
帰り道でも至る所で祭りの準備が行われている。
その中でもルールビィが腰を据える来賓席の在る中央広場。巨大ステージの設置もありとんでもない工事が進められている。
まあ、明日が祭りだからステージの組み立てはほぼ完了していてあとは最終調整くらいだろうけど。
「俺ぁ明日は買い食いばっかりするからな」
『基本中央広場だけにしてね。私の近くにいるのよ』
はいよーと通信を切って適当に建物の屋上に腰を掛ける。
「にしてもトガ公がイベントに参加するなんて意外だなぁ。まあハートアスさんも一緒だし大丈夫か」
そう、この時は大丈夫だと信じていた。
人も多いし、話によると警備の人もたくさんいて、本当にみんなが楽しめるイベントだと聞いて安心していた。
だけどこれが後にカラーリテラに……ルールビィに大きな変化をもたらすことになる。
まあそんなことは今は知らず。日を跨いで今日は感謝祭『リターンカラリ』の当日。
もちろん俺も参加だ。ルールビィの言いつけ通りノンペルの衣装を装着して感謝祭に挑んでいる。
すれ違う人々がたびたび俺を見ている。
しかし皆が俺を見てノンペルと思っているわけでは無いようだ。
と言うか俺自身歩いている中で何人かのノンペルとすれ違った。
そう、この感謝祭は仮装参加もOKとしていてノンペルの仮装をしている人が多数いるため相対的に俺もコスプレだと思われているようだ。
中には一緒に撮影いいですかと聞かれる。どうやら今日のノンペル仮装の中で再現度が一番高いとのことらしい。まあ本物だから再現も何もないんだけど。
歩いている中、道路で踊っている人もいるがそれを見ながら食事をしている人もいる。
出店が多く立ち並び、俺もそれらを食すのが目的で来たわけだけど、とんでもないことに気付いてしまった。
「ノンペルの状態だとマスクで飯が食えねぇ!」
根本的な問題だった。食べることを目的としてきたのにあまりにもあんまりな結末だ。
「おいトガ子! ノンペル解除していい? ご飯食べられないんだよ! それが目的で来たのにさ!」
忙しいのかすぐに返事が来ない……あ、来た。
『ダメ』
マスクに映し出された二文字。
もういいよ。あくまでノンペルを崩すなってことか。だったら好き勝手させてもらうよ。
空間を伸ばし空中に立つ。
道は混雑している。空中を歩いて行こう。
俺は足元に空間を作り出してゆっくりと歩きだす。
その光景に人々は指をさしてくる。
『ノンペルだ!』『祭りに来ていたんだ!』『おーいノンペルー!』『一緒に踊らないー!?』
まるで出し物をしているような気分になってくる。
そうだな。適当にファンサービスをしておくか。
俺は手のひらに空間を作り出す。
クウカンアッシュの機能の一つ。ルールビィがレクチャーしてくれた時に使われた空間着色。あの後駄々をこねて組み込んでもらった。
見えない方が色々と便利だから基本的には使わないけど。
俺は伸ばす空間を手のひらに浮き出して空中を走り出す。上下に動いたと思えば左右にも動く。ダイナミックに空中に空間を伸ばしていき、それは一つの文章となる。
カラーリテラの言語だ。シンプルに皆に今日をどう過ごすかを伝える。
つづった文字の意味は『楽しもう』だ。
皆から歓声が上がり俺は適当に手を振ってその声に応える。
さて、ファンサービスも終わったし次の所に行こう。俺は中央広場の方向に身体を向けて身体を撃ち出しその場を後にした。




