モルモット『0』
目が覚める。今日で二度目。重い瞼はこじ開けるシャッターの様。
しかし先ほどのように体が動かないとかそんなことは一切なく妙に関節の動きが流麗な気がしながら身を起こす。
「やっと起きたわね。いつまで腰砕けになってると思ってひやひやしたわよ」
そこは……病棟、病室か? 仕切りのカーテンに洗面台、いくつかのベッドが一つの部屋に集まった合同病室。と言いたいところだがそんなこともなさそうだ。
体を起こして眼前確認。何故か病室なのに縁が金メッキで装飾された嫌に豪奢な大型ソファーに足を組んで尖った女の子が偉そうに座っている。
ああ、夢じゃない。カッコが凄く尖ってる。
「えっと、夢なら覚めてが合言葉。それを心から願う所存。それがダメなら君は誰? 君は俺の質問に答えてくれる?」
「一応言語の疎通はできるみたいね。にしても片言で変な喋り方。それはアンタ個人の特徴なの? それともほかの地球人もそんな喋り方な訳?」
そんなわけないと訂正を入れる。
こいつはさっきから地球人とか言って、何を言っているがさっぱりだ。
「地球人を生で見るのは初めてだからアンタの情報は大切よ。多文化で習わし、食事文化、生殖文化、行動理念すら数ある知的生物の中で指折りの数だからあまりにも興味が尽きない。だから、アンタは、私の、質問に、答えなさい」
長々と演説を聞かされた結果最終的には『質問に対して質問する』とのこと。
これは一言二言どころではない文句を言ってもいいだろう。
「俺は真剣に聞いてるんだ。君の質問にはできるだけ答えるつもりだけど。俺の質問にも答えてもらう。ここはいったいどこなのか痛っ!?」
首元に走るショックについ手が行ってしまう。それと同時に首に何かはめられているの気付く。
「何これ? 首輪?」
「それはタゲンリール。本当は指輪型が基本なんだけど、外されちゃ困るからアンタのは首輪にさせもてらったわよ」
た、タゲン? と言うよりさっきと打って変わって俺の言葉を理解してる?
もしかしてこの首輪のおかげか?
「それに質問にもなんだかんだで答えてくれてる。君は俺をどうしたいわけ?」
「逆にどうされたい? 要望があるなら物によっては聞いてあげないこともないかな」
この女子、試しているのか?
しかし、ここで要望を言った方がいいのか。少々の間を置いて答えよう。
「家に帰してくれ」
「まずはそれを着なさい」
要望、却下。と言うよりスルーされた。
指定したのは丁度隣。備え付けのデスクに置かれた物。少しスマートな印象の青いジャケットっぽい何かだが、少なくとも服じゃない。
「俺が着てたのは? 全裸の俺をここまで連れてきたのか?」
「物珍しいものって言って、細切れにされて遠方の職人さんに渡って解析中。あれって外気に触れまくりじゃない? 病原菌とか入り放題であまりにもナンセンス」
要するに捨てたのか。一張羅を捨てたのか。
結構気合の入った一枚だったんだけど。と言うよりこの子、尖りまくったナンセンスな外見からファッションセンスはあるようには見えない。
感性の違いと言う奴か。
「その分私が作ったそのピタースーツならそんな心配は一切なし。この世から病院なんてものを排除できる超級の代物ってわけ! どうよ?」
知るかと一言吐き捨てる。本当に知らないんだ。
やはりさっきとはうって変わってる。
息が荒い、目が輝いてる、身を乗り出して顔が近い。
と言うよりその分私が作ったということは、これは着ていた服に代わる物なのか。
だが言ったと思うがこれは少なくとも服じゃない。袖口とか襟元とかの問題じゃなく『穴』が無い。これじゃ『纏う』ことができやしない。
「ああそれ? 着方が分かんないの? それなら簡単。ここをこおして………」
「ちょ、君………!」
手に取ったそれを奪われて素肌の胸板に宛がわれる。
このシチュエーション。夢にまで見た『こっちの服どーお? サイズ合うかな~? ヤダーピッタリ!』的な美味しいシチュ。
見た目尖ってるけど顔はかわいいし、ちょっと役得感……なんてあるわけがない。
むしろ恐怖心が勝っている。内心ビクビクだ。離れてくれ。
「こうやって肩の部分と首の部分を合わせれば………ポン!」
服じゃないそれは突然破裂し襲い掛かるように体の各所に付着してきた。口にもへばり付いて息ができない。必死にもがき引っ張った結果。それはまるで体内を侵食するように同化していき、衣服へと変貌した。
「な、何だこれ? ただの布きれが………服に?」
「ピタースーツは『ロストオーバーツ』の一つを利用して作った私の特注品よ。うーん………これなら商品としてもよさそうね。応用もきくし、実験は大成功。いやー死ななくてよかった」
死? 死!? 今とても物騒なワードを耳にした。
空耳と言う奴だろうか? 気のせいであってほしい。
「まさか……俺を実験台にしたのか? モルモット扱いかよ」
「扱いも何も、アンタは私のモルモットよ。初めてこの船団に来た物珍しい地球人だから、ね。ほら、行くところあるからついてきなさい」
そう言って出ていってしまった。
「何言ってんだあの子………じゃなかった! 待てよ!」
急いでベッドから飛びのいて追いつき足並みをそろえる。
「さっきから俺の疑問に一切答えてないよな。いい加減教えてくれないか。そう言えば君の名前を聞いてないな。名前は?」
「一応言ったけど………そういやノビてたわね。私の名前はルールビィ・ジャウアヴォグ・ブレインストロング」
随分と長い名前だ。言葉に出したら噛んでしまいそうだ。自主的に復唱。
「ルールビー、ジャウバボグ、ブレーンストロング?」
「ルールビィ! ジャウアヴォグ! ブレインストロング! ナチュラルに名前間違えんじゃないわよ!」
脛に衝撃が走る。脛を通して体の芯からビリビリと揺さぶるような痛み。
「弁慶の泣き所は、人体急所………わ、悪い悪い。自然に間違えたことだから勘弁してくれ。俺の名前は」
「はい、人とぶつかるから避けなさい」
「お、おぉう。あ、どうもすみません」
そそくさと道を譲る。
心なしか今すれ違った人、猫の髭みたいなのが生えていた気がする。