アンペル『1』
ここからはプロローグの続きだぁ。
「うわぁただいま~。クッソ疲れたー! おいトガ公。ポーションジュース持ってこい! 外回りの営業から帰ってきた一家の大黒柱のご帰還だぁ! オラぁポーションジュース持ってこい! なければゴルオンビールだ! 亭主の言うことがきけんのかぁ!」
「ん」
ここはノンペル&ブレインストロングの特別出張基地。
ルールビィの零壱ゲートでしか入ることのできない窓も扉もない、風は人工のものしかない秘密基地。
俺はいつものように帰ってきた瞬間駄々をこねてルールビィにコマ使いなことをしようとするのだけど、ルールビィもルールビィで顎をクイイっと使ってとある方向を指す。
その先には、冷蔵庫。
つまり飲みたければ自分で取って勝手に飲めと暗に言っているのだ。
「あのー……ルビィちゃん。俺は外で頑張ってきたんだよ? 最悪の場合死ぬかもしれないようなお仕事してきたんだよ? もうちょっとさ。労わるってことはない? そりゃ帰ってきてご苦労様とは言ってくれるけど、もう少しだけ優しくしてほしいって言うか……ね? だってお前はこの涼しい部屋の中で指示出してるだけじゃん?」
「バカねー。色んな所ハッキングして情報を取り寄せてんのよ。こちとらアンタに指示出しにデータバンクから情報抜き出しに同時進行で頭脳労働してんのよ。むしろアンタが私のためにグリードウォーター持ってきなさい」
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「うわぁああ! やだいやだい! ルビィちゃんが持ってきたポーションジュースが飲みたいんだい! そうじゃないと何にも飲みたくないやい! 今ここで絶食宣言してやるぅ! うわああああああああぁぁあん!」
「ちょ、何床に転がってそんな子供みたいなことしてんのよ。アンタ大人として恥ずかしくないの?」
「全然。ほら早く持ってきてよ。さもないと晩飯作ってやんねーぞ☆ バウクロウマグロの煮付け作んねーぞ☆」
「こいつ……! わかったわよ。今回だけよ。ほらポーションジュース」
「やたー!」
冷蔵庫から取り出された変なハザードマークっぽいマーカーが貼られているポーションジュースを手渡される。
最近のトレンドだ。瓶に入ったものがなお良い。肌に触れさせればその冷気が身体全体に染み渡るようだ。
まあ今はリバースジャケットを着ているから冷たいもクソもないけど。
「それよりこの部屋に戻ったんならとっととリバースジャケットを脱ぎなさい。見た感じ暑苦しいんだから」
「自分で作っておいてそれを言うかな。まあ脱ぐけどさ」
左腕からディスプレイを出しては部屋着を選択。そしてグローブから囲いの空間を作り、枠を潜る事によりリバースジャケットの状態が解かれる。
いつもの部屋着。肩の荷が一気に下りた気分だ。
「ふぅ……疲れた。ノンペルの状態は嫌に肩がこるんだよな」
「まあノンペルの状態だと基本激しい動きばっかりだしね。と言うより、ノンペルの状態のアンタって妙にテンション高くない?」
「何かなぁ……リバースジャケット着ると妙に高揚するっていうか。どうにも感情の抑揚がつかなくなるんだよな。お前がノンペルに変な設定したんじゃないか?」
「んなことするわけないでしょ」
それはそうだ。
とりあえずだ。一仕事終えた後だ。手に持ったポーションジュースを飲んでスカッとするのは悪くないだろう。
んー。頬から伝わる清涼の雫。瓶仕様だからこそひんやりした冷気が骨身にまで染み渡る。
エイリアン仕様の瓶なので栓抜きは必要なし。
軽くタップするだけで口は開いて飲める準備は整う。
すぐさま口元に添えて豪快に喉に通す。
ごきゅっごきゅっと喉を鳴らしていかにも飲んでいることを周りに言いふらす様に大げさに飲む。
「ん、ん……たっはぁ! やっぱ仕事の後のポーションジュースは最高だな。いつもの三倍は美味い」
「三倍美味しいって、いつものポーションジュースじゃない。何にも変わりないわよ」
「いや、変わってるんだよ。今回はトガ子が持ってきてくれたんだからな」
「は? 何それ?」
「味ってのはシチュエーション自体で幾重にも変わるものなんだ。原価が大したことない食事でも仰々しいかしこまった皿に盛りつけられて高級そうな雰囲気の店で食べりゃそれだけで脳は美味いもんだと錯覚する」
「で?」
「今回は自分の興味ないこと以外は不精者のトガ子を動かしてジュースを飲んでんだ。それだけで味は昇華する。クックック。いいもんだぜぇ」
ルールビィ。アホくさと言ってまたしてもディスプレイに向かう。
本当のことなんだけどなぁ。
「今日はもう出勤しなくていいのか?」
「うん。大きな事件が起きたら出ては欲しいけど、シュトゾンの事件の一つ一つに首突っ込んでちゃラチが明かないからね。こっちでいろいろと厳選する」
ノンペルとして活動を開始してすでに二ヶ月以上が経過していた。
最初の事件。あの強盗事件の解決はカラーリテラ中に大々的に報道された。
彼は何者なのか? 新たなる脅威なのか? 正義の味方なのか?
多くの憶測と議論が巻き起こり、ノンペルをどう受け入れるかが日夜話し合われていた。
まあもちろんそんなことは気にも留めずにノンペルとしてヒーロー活動を続けた。
時には家事の中から人々を助け出したり、ある時には暴走したノーマンマシーンを止めるため奮闘したり、変な悪の組織を懲らしめたりといろいろと躍起になっていた。
短時間の間で様々な活動をしては市民から信頼を勝ち得、世論はノンペルを救世主。もとい市井の味方と言う認識が固まり、ノンペルを受け入れるようになった。
「それに他の連中が勝手に事件に首を突っ込んでるんだし、そいつらに任せといても私たちには関係ないわよ」
「他の連中……ねぇ」
しかしいいことばかりではない。
ノンペルが活動を始め、カラーリテラにヒーローと言う新しい概念を生み出したことによる弊害。それはノンペルの真似事で自分も活躍したいと様々な事件に首を突っ込む輩が出てきたことだ。
まるで俺もヒーローだと言わんばかりに自己顕示の強い連中が抑え込んでいた自分の能力を開放して活動を開始始めた。
ヒーローと言っても離れたところから見たら義賊みたいな物。
ノンペルはブレインストロングがいるからこそ込み入ったところまで首を突っ込まず、かつ公僕の連中の包囲網を突破する情報を持ち得るからこそノンペルとして活動できている。
ただやみくもに事件だから解決しようなんて軽い気持ちで踏み込んだら逆に公僕に捕まる羽目になる。
事実、己の能力を開放したことにより被害の拡大、勘違いした輩による新たなる事件の勃発等が起こっている。
さっき勝手に自滅していたグラスホッパーなんてかわいいもんだ。中にはヒーローと称して金をむしり取るやつもいる。
ノンペルと言う存在は良くも悪くもカラーリテラに社会現象を引き起こしたと言ってもいい。
何せ能力は抑え込む物と言う根幹的認識に別の考え方を与えてしまったのだから。
「今思えばこの船団って能力国家なんだよな。よく今まで俺みたいなやつが出てこなかったもんだ」
「いたわよ。でも基本能力を使う奴は悪用しかしないってのが常套だったからね。基本監獄行きよ」
「……じゃあ俺も捕まれば豚箱いかな?」
「さぁねぇ。でも事件解決の恩赦で釈放されるかもね。まあ捕まっても私の力で何とかしてあげるわよ」
それは頼もしいことだ。
こいつの一挙一動妙な説得量があるからな。
末恐ろしいガキだことだ。
「それより、こういうのあるの知ってる? 『ヒーローライクライブランキング』」
「何それ?」
「公僕共はヒーローの存在をあんまりよくは思ってないけど、その意に反して日に日にヒーロー活動をする奴らは増えるばかり。そんな数あるヒーローの中で期待度が高いのは誰か、強い奴は誰かとか。そんなランキング投票のサイトよ」
「世俗にまみれてるねぇ」
ノンペルは何位か。一応気になるところだ。
「『ルスト』『カンガリ』『護露牙機』……お、グラスホッパーが九位に入ってる。マジか。あいつ役立たずだろ」
「どうやらユーモラスなところが気に入られてるみたいね」
そんなので九位に入るのか? これってただの人気投票じゃないか。
「ノンペルは……もちろん一位! まあ当然よね。ヒーロー現象を巻き起こしたんだから」
「へぇ。一位ってのは気分がいい……ん? 二位のこいつ。アンペル?」




