ノンペル『7』
今、廊下を歩いている。
あの後チャイムが鳴って昼休みになったと言うことでハートアスから解放されて教室に戻っているところだ。
ハートアスの言葉に、思う所がある。
ルールビィに本当の空を見せる。
それはハートアスにとっても亡くなったルールビィの両親にとっても彼岸なのだろうが、そこにルールビィの意志はあるのだろうか。
彼女は皆が手を取り合える世界を望んでいる。
争いごとに加担するようなことはないと信じている。
しかしハートアスもハートアスで戦争を仕掛けようと躍起になっている。
侵攻派は本物の星に住みたいと言う物たちの集まり。決して、争いたいと思うことではない。
「どう……受け止めたらいいんだ」
「そりゃもちろん自分の信じるものを受け止めればいいのよ」
後ろから声を掛けられて振り返る。
ルールビィがこちらに歩いてきていた。
探しに来ていたのか?
「何でここにいるんだよ」
「アンタを探しに来てたのよ。授業中に呼び出された時は何でって思ったわよ。何か悪いことでもしたの?」
やっぱり探しに来ていたのか。
ルールビィの問いかけに素っ気なく別にと生返事で答える。
何よその気力のない返答と不満を口にされるが、歩き出すと同時に彼女もまた駆け足で隣に来て横に並んで歩きだす。
ハートアスに呼び出されたことを話さない方がいいかもしれない。
ルールビィが親交派のトップであること、ゼレプシーが二重スパイの役割をしていること。
おそらく、彼女の思惑のほとんどがハートアスに漏れているだろう。
ハートアスに会ったこと自体は話してもいいかもしれないが、思わぬボロが出そうで怖い。
だけど、それでも聞きたいことがあった。
「トガ子。お前は侵攻派はどんな奴らがいると思ってるんだ?」
「何よ藪から棒に。答える義理なんてないわよ」
「そう固いこと言うなよ。俺だってお前の計画に乗ってるんだ。少しくらいは答えてくれよ」
「そうね……夢見がちな自分勝手共ってところかしら。住める星を見つけ次第に移し住みたい移り住みたいなんて言って、不安なのもわかるけど自分勝手よ」
不安なのもわかる。一応侵攻派の事情も分かっているみたいだ。
だけど侵攻派の否定はカラーリテラそのものの否定でもある。
星に住めるなら争いも辞さないと言う考え方は間違いであると思う。
けどその考えはカラーリテラにとっての悪でありマイノリティでもあるだろう。
そして彼女はそのマイノリティのトップであり、そのマイノリティは悪事を働いている過激派でもある。
「もう一ついいか」
「何よ。最初に会ったときみたいに質問攻めね」
「親交派……お前の所属する親交派はどんな奴がいると思う」
親交派は異端である。
ハートアスの言葉を全て鵜呑みにするつもりはない。
だけど信じるなら、親交派は侵攻派に反対するために作られた急造された組織。
ルールビィの両親を殺した過激派の組織。
「……パパに何か吹聴されたわね」
「うっ」
「呼び出された時変に思ったのよ。カラーリテラにアンタを呼び出すような知り合いなんて限られてるし、学校で融通を利かせられるって言ったらパパくらいでしょ」
鋭い。ルールビィも自分と同じ全く同じ考えと結論に至った。
「さすが天才と言われてるだけあるな」
「で、なんて言われたの?」
「……親交派と侵攻派はここ十年でできた言葉で、みんなと仲良くするって考えが異端だって聞いた。親交派の連中は過激な考えを持って危険だって。トガ子。お前はそれを知ってるのか?」
「知ってるも何も、両親が殺されたのよ。知らないわけないじゃない。親交派は基本ロクでもない連中の集まりよ」
流石に知っていたか。
そう言えば侵攻派も親交派もどっちともろくでもないと言っていたな。
なら、この子は。
「侵攻派も親交派もロクでもない連中ばっかりよ。言ったでしょ。変えてやるって。親交派は乱暴なやつばっか。だけど建前でも『みんなが手を取り合う』って考えには全面的に賛同してる。星を手に入れるために戦争も辞さない考えも、親交の考えを盾に横暴を働く連中も全部飲み込んで変えてやんのよ。『誰もが手を取り合える世界』にね」
間違っていなかった。決して間違っていなかったんだ。
彼女は最初から理解していたんだ。
いがみ合った世界があることを。
その世界を変えるために自分は何をすべきかを。
「……信じてよかった」
「何よ。何を信じてよかったのよ」
「お前をだよ。ルビィ」
示していくんだ。これから、彼女が正しかったことを一緒に。
「……今私をルビィって言った?」
「言ってねーよトガ子」
「絶対言ったでしょ!」
「言ってねーよ。ほら昼飯だ。朝イーロと食べる約束してたろ。行くぞ!」
走り出す。ルビィは『言ったでしょー!』と叫びながら追いかけてくる。
信じよう。この幼くも、一本の芯を持った甘っちょろい理想を持つこの子を。
「まあこれ全部回想なんだけどね」
高層のビルから飛び降りて、足の裏にあるクウカンアッシュで空中を跳んでいる最中。
その一瞬の間でもう何日分もの回想をしていたってわけだ。
「長かった……長かった! 無駄に長かった! やっとなれた! はーっぅ、はっはー! 俺がノンペルだ!」
身体は空中に投げ出される。
無重力にも似た不安定感をその一身に受け止め翻す。
前に空間を伸ばしてロープで移動するように前に進む。
空中を走るエアリアルが眼前を通る。
俺は上に向かって空間を伸ばし、弾む空間で一気に移動した。
またしても空中に投げ出され、今度は足の裏に硬い空間を作り出し足場を作る。
両の足が地に着いたような安定感。俺は地面にいる時と同じように走り出す。
足を前に出し、踏み外さないタイミングで硬い空間を作り出し走り続ける。
「ここらで大ジャーンップ!」
空中で足を止めてその場に留まる。
両手をそれぞれ明後日の方向に翳して伸びる空間を打ち出し空中に空間固定点を作る。
二つの空間と俺がそれぞれ頂点として線を結べば二等辺三角形の形になる配置だ。
伸びる空間はすでに弾む空間に変更した。足元は硬い空間で伸びる空間が元に戻ろうとしているのを阻止している状態。
簡単に言えば、俺の身体を弾にしたスリングショットの発射直前状態と言える。
「伸びきった。三…二…一……発射ぁ!」
硬い空間から足を離して伸ばした空間は元に戻る力により一気に身体は射出され、文字通りパチンコの玉のように前へ上へと飛び出していく。
「ひゃあっほぉおおおおおおおおおおう!」
『ちょっとアンタテンションが全然違うんだけど』
「お前が親しみやすいフランクなキャラで行けって言ったからだよ! てかこれ勢い付きすぎじゃない? ぶつかるんだけどぉおおお!?」
撃ちだされた弾は途中では止まれない……と言うのはもちろん嘘だ。止める方法はないことはない。
ただ単にいま思いつかなかっただけだ。
思いつかなかったから撃ちだされて、最高到達地点まで飛びあがった後に下り坂に差し掛かって少ししたらビルの窓に突っ込むなんてことになったんだ。
俺は体を丸めてできるだけ衝撃に備える。
パリーンと鋭い音を立てて窓を突き破り建物の中に侵入する。
身体は転がってオフィスデスクに突っ込み盛大に机ごとひっくり返る。
ふらふらと身体を起き上がらせる。
「いっ………たくない? あれ? あんだけ盛大に突っ込んで右手首もブランブランで折れてるのに痛くないぞ」
『アンタは怪我治るのは早いけど度合いによっては気絶するなんてとんでもない汚点のせいで急遽痛み止めのパッチを組み込んだのよ。つまりリバースジャケットを着てるアンタはどんな怪我でも痛みを伴わずすぐ治るってこと。ただし痛み止めには限度があるから気を付けなさい』
「へぇーそりゃ便利だな。お、右手も治った。怪我してもすぐ治って痛くないってのは便利だ。ん?」
机の瓦礫から出たのはいいけど、周りの人がこちらを見ている。
まあそりゃそうだろうな。いきなり窓からこんなコスプレ野郎が突っ込んできたんだ。
眼を皿にしない方がおかしい。
「んー……ん? ちょっとアンタ。そうアンタだよアンタ。これアンタの机だったの? 悪いな。ぶっ壊しちまった。とりあえず握手。うん握手」
相手は戸惑いながらも手を出してくれて俺は精いっぱいの親愛を込めて手を握り相手の身体を叩く。
「俺、これから滅茶苦茶有名になると思うから。握手したこと、自慢していいぞ。じゃあ!」
その場から逃げるようにぶち破った窓からまた空中に飛び出る。
足の裏に弾む空間を作り、上へ、上へと跳んでいく。
高層のビルすら置き去りにするほどの空まで跳びあがり、身体が落下に入る直前。浮き上がる最高到達地点に達してすぐ、背中を下にして肩甲骨のクウカンアッシュから弾む空間を作り体を預ける。
勢いの付いていない身体は強くは弾まず、まるで良質のベットに横になっている気分だった。
『アンタ……オフィス一つオシャカにしといて逃げるなんてサイテーね』
「逆に残って何ができるってんだよ。あと五秒。四…三…二…一」
空間は一定時間を過ぎると自動的に消滅する。
またしても身体は不安定に委ねられ、おちていった。
「食わず嫌いはダメだなやっぱ。空を跳んでみてこんなに気持ちいなんて思いもしながボっ!?」
空中から落下していた身体にとんでもない衝撃が走る。
何だ? 硬い空間を間違えて出したのか?
いや違う。視界が変わっている。
ここはいつも朝寝坊助を起こしに行っているヨーロピアンなルールビィの部屋。
身体は痛くはないけど、落下の衝撃で一時機能不全に陥ってやがる。
「身体が動かない……動くようになった! 何すんだよトガ子! 零壱ゲート使ってここに呼び出しやがったな? 俺の仕事はシュトゾンの端っこに行くことだろ? 何だ? 中止か?」
「そうよ。中止よ」
椅子に腰かけ、肘を机についているルールビィは嬉しそうにクククと笑っていた。
「何笑ってんだよ?」
「笑ってる? そうね。笑うべきではないわね。何。アンタに新しい仕事をって思ってね」
「仕事?」
ルールビィは指輪を叩き、映像メディアを映し出した。




