ノンペル『5』
連日の肉体訓練と空間訓練。
疲労はピークを迎えていた。
と言いたいところだけど肉体的疲労はほとんどない。
超健康的な体質とて体を動かせば疲れるのだが、その疲れも一晩眠ったらほぼ快調の域まで回復する。
健康体質になってよかったと思った一つだ。
流石に精神的疲労まで回復とまではいかなかったようだけど。
その連日の訓練は今日はない。
先日言われた通り今日は休みでルールビィと共に久しぶりの登校だった。
「いやぁ。ひっさびさの学校だぁ。こんなにも学校が嬉しいって感じたのはいつ振りだろう」
「随分と機嫌良さそうね。学校なんて来たって何にもないでしょ」
正直それについてはついこの間までそう思っていた。
けど初めて学校から離れて社会人をしていたことと拷問じみた訓練のおかげで学校に来るのがこんなにも楽しみで仕方なくなってしまっていた。
「おまえらガキ達を見てるのも面白いしな。トガ子はもう少しクラスメイトとの交流を深めていった方がいいな」
「余計なお世話よ」
「イーロに揉まれてあたふたするお前を見るのが面白いんだよぉ~。頼むよぉ~」
「ちなみに僕は君をしごき倒していることがここ最近の一番の楽しみであるんだ」
肩に手を回されて耳元でささやかれる。
ゾクンと刃物を首に宛がわれたような寒気と同時に、その場から跳び退く。
ゼレプシーが手をひらひらさせてにやっと笑っている。
ビビるなんてものじゃない。声を聞いただけで体が反応してしまった。
「なんだゼルゥか。今日は早いな」
「お前らが来ると聞いてな。ルビィもきちんと毎日学校に来い。アースも心配していたぞ」
「ケーっ! パパの言うことなんて聞く気なんて起きないわ! 自分の力で生きていくのよ私はね!」
ワーッハッハと大口を開いて高笑いしているルールビィ。
反抗期真っただ中だな。
「ほんとゼルゥさんは心臓に悪、」
「ゴトー君だぁああああああああ!」
後ろから衝撃!
背中にまとわりつくコバンザメ!
この声とテンション。イーロックか。
テンションに応じてバチバチと電流を流してくる彼女だけど、もう慣れた。毎日のようにショックウェーブを流されていたからな。
「久しぶりだなイーロ。元気にしてたか」
「それはこっちのセリフだよぉ。お? ルビィちゃんも一緒だぁあああああ!」
「でぇええええ! モンプリエ! やめろぉ! 抱きつくなぁ!」
ターゲットを変え、イーロックは逃げようとするルールビィに持ち前の運動性能を生かして抱きついて廊下に一緒になって横になる。
あぁルールビィのやつ手足をピクピクさせちゃって。電流に痺れてるんだな。
「元気そうだなゴトー。あれだけしごいてるのにケロッとしていちゃもっと気合を込めて教えないとな」
ルールビィとイーロックがくんずほぐれつしている中、ゼレプシーが寄ってきやがった。
こっちくんじゃねーよ怖いんだよアンタは。
それと物騒なこと言ってんじゃねーよ。
そしてまたまとわりつくように肩に手を回してきた。
「優しくしてほしいなら僕の家の扉を叩け。目一杯優しくしてやるさ。ベッドの上でな」
今の言葉は流石に血の気が一気に引いた。
出会ってからその気のある人だとは思っていたけど確信した。
この人は色んな意味でヤバい。
「俺にその気はないんで! やめて、触らないで! 助けてトガ子ぉ!」
「嫌がんなよ。実験ベッドで解剖したらどうなるかそそるじゃないか」
いやぁああああああああああ!
悲痛の叫びはビルの頂上まで響く勢いだった。
朝の惨劇を何とか回避し、今は教室で皆と共に授業を受けている。
正直言って真面目に授業は受けていない。
何を言っているかわからないからだ。
言葉が理解できないのではなく、用語がわからないのだ。
カラーリテラの学が無いからな。
代わりにしているのはルールビィの観察だ。
「あぁトガ子何をしてるんだ。自分のことに没頭して先生の話を聞かないで。当てられたらどうするんだ」
そこに突然ゴトー! と指名される。
「はいわかりません! 話は聞いてましたけど分かりません……ってえ? 俺に客?」
授業中にもかかわらず自動の扉から見知らぬ教諭からお呼びを受けた。
もちろんルールビィも目を丸くして驚いている。
とりあえず後に着いて行こう。
エスカレーターのような円盤の昇降機で下の階に行く。
「俺に客っていったい誰だよ」
教諭は来れば分かると言って答えてくれなかった。
正直答えを聞かなくても誰かは何となく予想は付いていた。
だってカラーリテラで知り合いと呼べる人物はそんなにいない。
かつ、授業の途中で呼び出すんだ。それなりに大人であり、偉い人ともわかる。
そこから導き出した答えが扉の向こうの応接室に腰掛けていた。
「久しぶりだね。モルモット君」
ハートアス・ウルヴァント・タライマワシ・ブレインストロング。
ルールビィ・ジャウアヴォグ・ブレインストロングの義理の父でありカラーリテラを二分する思想『侵攻派』のトップだ。
教諭は出ていき、部屋に二人になる。
つい身構えてしまう自分がいた。
「そんなに身構えなくていい。話をしたいだけだ」
「身構えんなって、無茶な注文ですよハートアスさん。それに話をしたいなら授業中じゃなくたって。トガ、ルールビィも一緒に話せるのに」
「ルビィ抜きで話したかったんだ。君と二人で」
二人で? まあ授業中にご指名するくらいだ。何か重要な話なのか。
正直耳にもしたくない。どうせ地球侵略についてか何かだろう。
ハートアスの正面に座る。
だがハートアスは予想外の行動をした。
いつもモルモットと蔑称してくる彼が、何の言葉も発さないまま頭を下げたのだ。
「何ですかハートアスさん? いきなり頭を下げて」
「君が来てからルビィはどんどん外に出ていっている。これが感謝せずにはいられるか」
「ルールビィが?」
「あの子は私に似て研究者然……と言うよりどっぷりひきこもるタイプだった」
それはこの十日くらいで痛いほど分かった。
最近は夕食の買い物行ったりウォーキーを食べに行くついでに服を見に行ったり無理やり外に連れ出したりして少しだけアウトドア的なこともしてるけど。
おそらく今までずっと引きこもってたまに行く学校に足しげく通うウォーキーショップぐらいしか外に出ていなかったんだろう。
「最近は良く外に出てますよ。この間はちょっと遠出して、」
今までのことをハートアスに話した。
地球人の観察を餌に外に連れ出していろんなところに連れて行ってもらった。
遠くの有名なお店に食事にも行った。ちょっとしたアミューズメント施設にも行った。
全部『地球人がエイリアンの文化に触れた時の様子観察』を餌にして連れ出したんだけど、なんだかんだで楽しんでいたと全てを話した。
話は弾み、自分の中で一つの感情が生まれたことを自覚させられていく。
無理やり連れてこられたのに、痛い思いを毎日しているのに、ルールビィと過ごす日々の楽しさに知らずのうちに満足感を抱いていた。
だけどその感情が表面だっていくことで裏でもう一つの感情も湧き上がっている。
憎しみ。こんなとこに連れてこられたカラーリテラと言う存在への感情も同時に増大していった。
「本当に、君が来てくれてよかった。ルビィから君を盗られた時、奪い返してやろうと思っていたけど。しなくて正解だったな」
ルールビィのことを話すたびにハートアスは喜びで表情を緩めていった。
彼は本当にルールビィを愛しているのだろう。彼女の幸せを心の底から願っているだろう。
だからこそ、二人きりになった今聞きたいことを聞いた。
「ハートアスさんはルールビィの本当の父親ではないんですよね」
「……ルビィから聞いたのか」
「はい。失礼は承知の上でお聞きします。ルールビィの両親は親交派と侵攻派との確執によって命を落としたと聞きました。なのになぜ、アナタは侵攻派のトップで居続けるのですか?」
ずっと、聞きたかった。
地球人とエイリアンの考え方は違うだろう。
だけど同じく文化を形成して生命をはぐくむ知的生命体は総じて平和を望み争いを嫌う物だと信じたい。
なぜ、身近の人を殺されてなお。隔絶された船団の中で争い、対立しようとしているのだろうか。
その問いには長い沈黙があった。
だけどハートアスは重い腰を上げるように口を開けた。
「必要なことだからだ」




