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インサイド  作者: 成神全吾
ノンペル/クエスト
26/57

ノンペル『0』

風が頬を撫ぜる。ヒュオォ~と耳の横をと素通りしていく。


高い、それはとても高い高層のビル。そこの屋上も屋上。ヘリポートのような開けた土台に二本の足を立てている。


景色はどうだ? 昼間の喧騒はここには届かない。人も影も皆ゴミ粒に見えるほどの情景。


今から……飛び降ります。



「なあやめようぜトガ子ォ。何もこんな何十階層の屋上から飛び降りるなんて、自殺行為にも等しいだろ? 見てみろよ。俺の膝笑ってんだぜ。何に笑ってるの? 何がそんなにおかしいの。あれ? 俺まで笑えてきちゃったよ。笑っちゃえ! ワーッハッハッハ……ハァ」




笑えるけど笑えない。ヘリポートで一人、遮るものもないから笑い声が空に飛散していく。



『アンタねぇ。そんな不気味な笑い声を聞かされるこっちの身にもなってみなさい。あぁまるで鰹節のように気力がそがれていくわ』

「お前の気持ち悪い含み笑いには負けるね」



売り言葉に買い言葉。

心にもない罵倒合戦を繰り広げ……いや、向こうはきっと本心なのだろう。

泣けてくる。


とりあえずだ。ルールビィに言われてこのヘリポート屋上に零壱ゲートで遣わされた。


さっきから言ってるけど高いよねぇ。この前落ちた学校ビルより遥かに高い。

落ちたら死ぬどころか途中で気を失って死んだことすら気がづかないでぽっくり気持ちよーくイケるだろう。


想像したくないね。


さて、じゃあなぜヘリポートの屋上にいるのか。

簡単だ。今から最終調整の一環としてある屋外実験を敢行するんだ。


だけどその内容があまり心臓によろしくないと言うか、遠慮したいと言うか……遠慮したい。



『バカねー。ここまで来て止めたいはないでしょー。頑張んなさい』

「お前はそうやって通信機越しに頑張れ頑張れ応援するだけでいいかもしれないけどこちとら恐怖でがくがくなんだよ!」

『今までを思い出しなさい。アンタは頑張ってきた。その頑張りが今実るとき。骨は拾ってあげるわ』



このガキいけしゃあしゃあと何を言ってくるんだ。


確かにここ数日色々な事をした。

それは追々説明するとして、それらはすべて室内で行われていたことだ。


今から行われることはどの行政機関にも許可を得ていないゲリラのデモンストレーション!

いいのだろうか。勝手にお空を跳びまわっていいのだろうか。



『それともアンタ。ここまで来てできませんなんて言うんじゃないでしょうね』

「さっきからそう言っているのに何で改まって聞いてくるんだ。やめようぜ。失敗したら死ぬって本当に」

『ならばさっさと死んできなさい。死んだら死んだで次の計画を考えるから安心して死になさい』



鬼だ。鬼がいる。


いくら雇い主だからってこんなパワハラ認めていいのだろうか。

いや、認めてなるものか。


と言ってもいつまでもお盆に寄生して帰るのに駄々をこねる子供みたいに言い争っていてはそのうち首筋からのショックウェーブを流される。


しかもぉそのショックウェーブ。初日から毎日のように流されているんだけど、少しずつ耐性ができているようで日に日に出力を上げているらしい。


打ち付け続けた腕は鋼のように硬くなる。

それをさらに硬く昇華するにはどうしたらいいか。

さらに硬い物に腕を打ち付け続ける。


それと一緒だ。毎日流され続けたショックウェーブのおかげで筋肉が断裂するどころか常人なら死ぬような電流を流されても死なないようになってしまったと言うことだ。


何という無駄なスキル。

何という無駄な努力。

これから生きていく先、死ぬような電流をルールビィ以外から喰らうことなどないのに何という肉体の無駄遣いだ。



『いいからとっとと行きなさいよモルモット! 首だけじゃなくて○○にもタゲンリールハメて電流流してほしいの!?』

「なんて下品なことを言うんだお前は!? わかった! わかったよ! ったく。異世界人使いが悪いんだから」



ヘリポートの端も端、つま先の先は空中と言っていい程の端っこで立ち止まる。


ああ、本当に高いな。ここから飛び降りるんだろ? 

途中で気を失わないかな? 漏らさないかな? 無事でいられるかな。



「トガ子。本当に大丈夫だろうな?」

『今まで何をしてきたのって言ってるのよ。クウカンアッシュは正常に作動中。今回はシュトゾンの端っこの山間部辺りまで跳んでいくことが実験内容よ。どのルートでも構わないわ。さぁ、飛び降りなさい!』



通信機越しで急かされる。

これはもう覚悟を決めるしかない。


それは一瞬だ。足先に血を集めるように、一度目を瞑って改めて見開く。


一歩を踏み出せ。

そして体はあまりにも簡単に空中へと投げ出された。


落下していく身体に斬り付けるような風が通り抜ける。


身体の中身が置いて行かれそうな感覚。


そうだ。『潜り抜ける』んだ。そうすれば『変わる』ことができる。


足の裏からある物を射出し、目に見えないがそれは窓枠のように四角く形作られる。

それは本当に窓枠だけのように中は開いている。


落下の勢いでその枠を潜り抜け、着ている服が『裏返る』。


黄色を基準としたラバーの黒いライン入りのジャケット。

無機質ながらも見ようによっては笑顔を振りまいてるように見えるマスク。


足の裏からある物を展開し、勢いを吸収してまるでトランポリンのように跳ね上がる。


落ちている状況から一転し、空へと舞いあがる。


杞憂だった。なんて気持ちがいいんだ。

その身を翻し、今度は背中にある物を展開し跳ね上がる。


これが空。

これが空を跳ぶこと。



「いやぁあっはぁあああああ! 見てるかお前ら! 俺を見ろぉ! このノンペルを!」



さあ行こう。どこまでも。どこまでも!

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