シドウ『1』
「し、死ぬかと思った。何すんだよゼルゥさ」
「あぁ!?」
「ぜ、ゼルゥ……」
「悪かった。僕の悪い癖だ。許してほしい。立てるか?」
床に叩き落とされて、尻もちを着いているところを手を差し伸べてくれる。
ちょっとだけ、その手を取るのに躊躇もしたけどこちらも手を出して掴み、立ち上がる。
「やっぱ研究者ってヤバい奴ばかりだわ」
「そりゃそうよ」
「まともな研究者なんて大成しねーよ」
こいつら開き直りやがった。
カラーリテラに連れてこられてまだ一週間も経ってないけどルールビィ、ハートアスときてゼレプシーだ。
おそらく偏見だけど、短時間で出会った研究者を名乗る連中がとてつもなく暴力的なせいもあって完全に信用ならない要因となっていた。
「と言うより、何だよ今の」
「これのことか?」
ゼレプシーは右腕を少し曲げて、促す様に変化させる。
まるで丸太。肘から先が何倍も膨れ上がる。
遠近法でピントが合っていないんじゃないか?
取り換えの効くパーツか何か?
トリックアートですか?
そう思わせて来る。目の前の巨大な腕。
それを目の当たりにすると完全に言葉を失った。
「言ったでしょ。千年の歴史で異星人の血が混じり合って特殊な力を持ったの生まれてくるって。本当は小さいうちにコントロールして抑え込むんだけど、こいつの場合ちょっとした感情のブレでこんな風になっちゃうのよ」
「言っとくけど普通にコントロールはできている。ただ、結構簡単に表に出せるってだけだ」
そうですか……としか言い返しようがない。
落ち着け、他にも聞くことはあるはず。
「同僚ってのは研究者仲間なのはわかったけど、部下ってのは何だ?」
「それはもちろん親交派のよ。こいつはパパが私に仕向けた監視役なんだけど」
「監視役って……ん? 親父さんは侵攻派だろ? じゃあゼルゥさ、ゼルゥも侵攻派なのか?」
「表向きはな。だがこいつの言う通り僕は親交派だ」
ん? と首をかしげる。どういうことなんだ?
「あれよあれ。ゼルゥはスパイなのよ。表向きはパパが私を監視するための目付役なんだけど、その実態は侵攻派の情報を私に垂れ流す私の右腕なのよ!」
ハーッハッハ! と得意満面に大笑いするけど、何か引っかかる。
何が引っ掛かるんだろう。引っかかると言うより、スパイと言うのが意味がない気が。
ムムムと考えているところにゼレプシーが突然に耳打ちをしてくる。
「スパイって言ってもルビィは表立っては侵攻派だ。侵攻派の情報は好きなだけダダ漏れだからスパイに意味はない」
「……確かに。スパイの意味ないな」
「これはボクの独断でルビィについてるだけだ。親交派のトップって言ってもまだまだガキだからそれこそ誰かが手綱を持たなくちゃなんない。大人として放っておけないだろう」
ゼレプシーの言葉にひどく感銘を受けた。
カラーリテラに来て対面してちゃんと話した大人と言えばハートアスだけだった。
二人目のゼレプシーはその言葉だけでしっかりした大人だと思えた。
そりゃハートアスだってルビィのために社会とのつながりを断ち切らせないように学校に通わせる辺りいい父親だとは思うけど、こうやって面を向って言われると、この人は出来た人だと思ってしまう。
うんうんと首を振って応えると今度は肩に手を回してきた。
「お前はあいつと同棲してんだろ? お互い大変だな。あいつはじゃじゃ馬だからいろいろ大変だろう? 困ったときはいつでも僕を頼るんだな」
「は、はぁ。ありがとうございます」
「これ、僕の家のタゲンリールだ。いつでも来ていいぞ」
手渡されたそれは指輪のようなもの。
タゲンリール。どこかで聞いたことのある名前だ。何だったっけか。
「……そうだ。これだ」
首元に手を宛がう。
タゲンリール。地球に置いて鍵や身分証明、公共施設の許可にクレジットの代替。ありとあらゆる機能を兼ね揃えたマルチメディアアイテム。
ルールビィに押し付けられた首にあるタゲンリールは居場所の索敵と言語統一化、電気ショックの拷問用品だ。
そう言えばルールビィも言っていたな。タゲンリールは指輪型が基本だって。
「これさえあればいつでも僕の家に入れる。ノックしたまえ。拒絶しない。僕はお前を受け入れよう」
うわぁなんか舐めるように耳元で囁いてくる。
ちょっとアダルティックだ。耳にかかる吐息が卑猥だ。
兎に角離れてほしい。何か嫌だ。
それに部屋に来いと言われると、この人研究者ってのもあって縛り上げられて頭の先から爪の先まで舐めまわす様に調べられそうだ。
丁重に断ろう。
「あのぉ……遠慮します」
「あん? テメーまさか人の好意を無下にしようってんじゃないだろうな?」
マズい。この物言い。さっき見たおっそろしい巨大化肥大化ハルク化の癇癪の前触れだ。
またしても顔面釣りあげられてクレーンゲームの景品にされちまう。
「いや! あれですよ。俺ってばトガ子、ルールビィのモルモットであって彼女の所有物なんで、勝手なことするとへそ曲げちゃうんですよ。それに家から彼女の許可無しには出れないのでもらっても宝の持ち腐れでして」
「なるほど、そう言えば軟禁されているらしいな。だがそれがどうした。これを拒否する理由にはならない」
半ば強引に指にはめられた。
うわぁ何でこんな使い道も使う気のない物を押し付けられているんだろう。
断りたいけど無理だ。だって怖いし。持ち上げられるし。




