デアイ『0』
ここで一つの問題を提起しよう。
眼前に映る情景。いや、光景の方が正しいだろう。いや、その言葉も正しくないかもしれない。
何も見えない絶望感。広がる色素は黒黒黒。純白の真逆、至極漆黒純黒暗黒真濃黒。
白とは違った意味で純粋な色で、純粋な光景だ。
他に感じられるのは………肌身がひしひしと訴えている。
地肌で感じてしまうほどの薬品の臭い。
そしてやたら身体の風通りがいい。と言うより衣服を着ている感じがまるでしない。
言ってしまえば多分、全裸だ。
そして空気の異様な清潔感。それも無駄なものをひとつ残らず排除したかのような人工的な清潔さ。
首から上も動かない。と言うより雁字搦めだ。
両手首両二の腕両肩両足首両ふくらはぎ両太もも腰回り腹回り胸回り首ときて額とあまりにも厳重すぎる雁字搦め。
まるで猛獣珍獣に対しての過保護な扱い。
ここで頼りになるは五感だ。
でも最も頼りになる視覚は目隠し状態でブラックアウト。役立たず。
つまり今最も頼りになる情報収集源は聴覚だ。
近くに誰かいる。声が聞こえる。どうやら相談事をしているようで二人のようだ。
だけど、
「+∥||◀¶ΤΨ%ω£」
「( ^_^)/□☆□\(^_^ ) ..._¢(0_0ヘ)\(ロ\) (/ロ)/」
何を言っているかまるで分らない。
少なくとも共通語の英語じゃない。
ラテン語か? 最悪の場合記号言語か? それとも記号を使った図解を示すのか。
視覚が途絶え聴覚だけが身に響き、ちょっとした音でも拾ってしまう。
「あ、あのー。すすすいまえん。あ、すみません………目のコレ。とと取ってもらっていいですか? と言うよりぃ! 何々、何だこれは!? 俺にこんな事して済むと思ってんのか! この拘束が解けたら速攻で警察に言いつけてやるからな! そして許してくださいって喚くお前らに俺のケツを舐めさせてやる! お前ら一生独房で過ごす羽目にしてやルァ!」
などと言ってやりたいけど無理だ。
心と理性はいつも論理的に展開される。
理想像だけが広がり自分の思い描く最高が映し出される。しかし体の芯は正直だ。どんなに偽ろうと本当の自分を曝け出す。
筋肉の委縮。
味わったことのない恐怖への戦慄。
押さえつけられた自分の無力さ。
なぜこのような事態になっているのか前後の記憶が全くないのも行動を鈍らせる要因にもなっているのだろう。
「(●⌒∇⌒●) ヾ@(o・ェ・o)@ヾ@o( ̄▽ ̄o)(o ̄▽ ̄)o!」
突然解放する視界。
黒から白に変わり反射的に目を閉じて明るさから目を背ける。
次第に慣れていく目が視線だけで周りの状況を把握する。
色々言いたいことはあるが言えることは、ここは理科室もとい実験室、もとい解剖室か手術室と言ったところだった。
白基調の部屋。
数個の電球で構成される無影灯。薬品を置くための戸棚に無数のメス。
何故そんなところにいるんだ、なんてことはどうでもよくなるほど別次元のそれに目が行った。
水色の清潔な衣服にマスクに帽子。見る限りでは普通の人だ。
だけど一人は普通の目に加えて額にもう一個。全部で三つの眼球。
もう一人は耳が縦にとんがって頭のてっぺんを超えている。
特殊メイクか何かと思ってもその考えにたどり着くほど今の思考は正常じゃない。
耳長の男がメスを取り三つ目の男に手渡す。
ヤバい。捌かれる。