カクセイ『1』
「別に朝なんてご飯食べなくてもいいでしょ。お昼までもつわよ」
「アホか。朝飯が一日の中で一番大事な食事だろ。若いんだからしっかり食え」
「アンタがこんな世話焼きなんて思いもしなかったわ」
自分自身そう思う。だけど思った以上にこの子が放っておけなかったんだ。放っておけば部屋にこもりっきりで外に出るのはウォーキーを買いに行く時以外ほとんどない。
本当に、誰かが保護しなければ将来ろくでもない大人になることは眼に見えている。
老婆心とわかっていながら、契約主とわかっていながら、己の不幸の元凶とわかっていながらも放っておけない、そんな性格だと心より想う。
自分の生活リズムに少しでも違和感があるならきちんと正しい物にしてほしい。
切にそう願う。
「んー。そろそろ学校の方に顔出そうかな」
「そう言えば、最優秀生徒とか言ってたな。学校通ってるのか? と言うよりそろそろって、学校に行ってないのか?」
「時々しか行かないわね。ほら私って自立してるじゃん? 自分で稼いでるし、それなりの地位もある。学もあるから本当は学校に通わなくていいんだけど、パパが社会との交流の場を作っといた方がいいってうるさくてね。仕方なく通ってんのよ」
ハートアスの言い分。もっともである。
ルールビィに人との交流がほとんどないのはこの数日で身をもって味わっている。
父としての親心がこの子の行く末を心配しているんだろう。似た心境をこの数日で抱いてしまった自分がいるからよくわかる。
「それなら学校に行くんだな。俺はその間に食材調べたり地理を覚えたりしとくから」
「何言ってんのよ。アンタも行くのよ」
「は?」
「この前言ったじゃない。わたしと同じ学校に通ってもらうって」
確かに……そんなことを言っていたような言ってなかったような。
「と言うより何で学校に通わなきゃなんないんだよ」
「家でニートしてる方がいいの?」
「まだカラーリテラでの生活が数日しか経ってないんだ。お前の飯を作るにもレパートリーを増やすにも知識がなさすぎる。街中適当に彷徨うだけでも勉強になるんだよ」
「だったら学校で勉強しな。それにアンタを傍に置いとかないとパパに変に思われちゃうからね。アンタのためでもあるの」
ハートアスに念入りに調べろと言われているのに放置しておくと不自然に思われるというわけか。
ならお前が家に居たらいいじゃないかと言いたいところだけどそれだとルールビィが学校どころか部屋にこもりがちになる。
むしろ自分から学校に行けば彼女の引きこもり精神を叩き治せるかもしれない。
出会って数日でそこまで思わせる彼女は相当なものだろうな。
「そうだ。前々から思ってたけど、何でお前は親父さんと同じ侵攻派じゃないんだ? 親交派の最高権力者とか言ってたけど、ハートアスさんはそれを許してるのか?」
「んなわけないでしょ。表向きはわたしも侵攻派で裏では親交派の首領やってんのよ。表立っての親交派のトップは影武者ってわけ」
「そこまでして父親に反発するのは……反抗期ってだけじゃ、ないよな?」
「そんなの簡単よ。いくら父親だからって自分から戦争を起こそうなんて考えの人についてけないわよ」
至極真っ当な意見だった。
エイリアンだからと言って全員が全員戦争に賛成なんてないだろうとは思っていた。
自分からすればルールビィの感性はとても常識的な物に思えた。
「エイリアンでも戦いは嫌なのねぇ」
「あったりまえでしょ。私の家族だって戦争なり争いなりでロクな目に合ってないの。いくらパパでも戦争事に巻き込まれるのはごめんだわ」
「ロクな目に合ってない……辛い思いをしたんだな。ハートアスさんもお前みたいに戦争の痛みを知って戦いを反対したらよかったのにな」
「あの人が反対するわけないわよ。家族がロクな目に合ってないのも全部パパのせいだから」
「そうかもな。争いごとを推し進める人が家族なんだもんな」
「そうじゃなくて、私の家族が……両親が死んだのはパパのせいなのよ」
その言葉が脳に到達し理解を、いや、理解できなかった。
両親が死んだのはパパのせい? その一節は大いなる矛盾をはらんでいる。
彼女から切り出した話題だが、そこに切り込んでいいのか? もっと深い、闇のようなとごったアクがあるように感じてしまう。
進んでいた食がぴたりと止まり、少ししかめた表情になってしまったのか。しかし彼女は言葉をつなげた。
「アンタはパパを見て思ったでしょ。『私と似てないな』『本当に親子なのか』って」
「それは……似てないとは思ったけど」
「アンタは私のモルモットよ。地球人のことをよく知って、見極めなきゃなんない。地球人と、親交を築けるのかどうかを」
「地球人と親交を?」
「カラーリテラはとても巨大よ。今でも人工島を作って日増しに巨大化している。アンタにわかり易く例えるなら……んー……地球の地理はあらかた調べてあるから、アフリカ大陸程ね」
そんなにデカいのか? 文字通り、大陸が宇宙を漂っている……いや、今の今まで自分の物差しで見ていたが、この船はエイリアンの技術だ。想像だにしない構造になっているのは当然ではないか。
意外にも地球の文化と似通ったところも多かったので錯覚していたが、勘違いしてはいけない。