カクセイ『0』
目が覚める。寝ぼけ眼が横になれよと煽り立ててくる。
枕元にセッティングした時計に手を伸ばし、うるさく鳴らしたてるそれを叩き伏せる。
「……六時。飯作んないと」
新調されたばかりのベッドの皺を少しだけ直してから降り、最低限の身だしなみを整える。
実を言うと朝は寝起きの後すぐに歯を磨くタイプだ。口の中がクッチャクチャしてとてもキモチワル。歯を磨かないと起きた気になれない。
もちろん飯を食った後も磨く。結構な潔癖症なのだ。
洗面台の前に立ち、新品の歯磨き粉から過剰な量が出てきて少し損した気分になりながら歯を磨く。寝ぼけ眼を鏡越しで睨み付け口の中を泡立たせていく。
きつけに顔に冷たい水をぶっかけ、覚醒し始めた意識をさらに覚醒へと催促する。
「……着替えるか」
左腕の前腕部分を軽く摩る。そうするとまるで小さいがコンピューターのディスプレイのような物が浮かび上がり、いくつかの項目が箇条書きで表示される。
ピタースーツ。これはただ一枚布を一組上下の服に変身させるだけのものじゃない。いくつかのストックとタイプがあるんだ。
項目の一つは寝間着。今着ているスウェットのような少しダボ着いた服装。他には正装、普段着、外着、作業服、学生服。礼装なんてものもある。
選ぶのコックコート。清潔な白を身に纏う。そう今は朝、今から料理を作るのだ。
流れるようにキッチンに足を運び、手慣れた手つきで準備する。
カラーリテラの調理器具。シンバルにも似た調理器具に卵を二つ割り入れる。
独自の文化があるようで意外にも地球と調理方法が似通っている。まあ、システムキッチンなんかよりもっと高性能で簡略化はもとより事故と言う概念がないとか何とか。
最初こそは戸惑ったがボタン一つなり調整が簡単なり加減が見てわかるなりと本当に高性能で一人暮らしで自炊していた時と比べても料理がこんなにも手間いらずで作れるなんて。
まあ代わりに達成感が薄くてすべてがすべてインスタント感を覚えてしまうのが難点だ。アナログ器具としてフライパンみたいな調理器具もあるらしい。そっちも触ってみたいものだ。
シンバルにも似た器具に入れた卵は一瞬にして目玉焼きに焼きあがる。見た目の色は悪いけど味は絶品だ。もう一つ肉っぽい物も焼き上げ、見た感じパンの食物を取り出し、薄くスライスして皿に盛り付ける。
完成した食事は地球でもよく目にするオーソドックスな朝食。お好みでマーガリンっぽい何かかジャムっぽい何かをお添えください。
ドリンクは何かのミルク。一応白色だ。
「……驚くほどに地球にいた時と変わんない食事だな」
カラーリテラに連れてこられて早数日。ルールビィに部屋を一つ与えられると同時に家政夫認定を受けた。飯を作るなり掃除しろなりを言い使われたんだけど、正直最初はふざけるなと言いたかった。
だけどあの子と過ごした数日を見て思った。本当にだらしのない物だった。特に食生活が乱れまくりで基本的に屋台のウォーキーしか食べていない。
そんな現状を見て、仕方なくだが彼女の身辺整理と健康管理をしているに至った。
「あとはトガ子を起こすだけだな」
部屋の一角に置かれた簡素なスイッチ。この部屋。実は扉が無い。そう、このスイッチが扉なのだ。そしてスイッチを押した先の部屋にある雇い主のみ、外に出る扉を作ってくれる。
音もなく静かに、最初からそこにあるように斑な模様の穴が開く。その穴を通り、ゴシック部屋でベッドに死んだように寝ているルールビィの布団を引っぺがす。
「起きろトガ子。朝だ。七時だ。飯の時間だ! 朝の陽ざしをその身に……ダメだ! この部屋窓がねぇ!」
「ぐえぇ……朝……後生だゴトー。あと二時間だけ……」
「お前毎日そればっかじゃないか。起こすこっちの身にもなれよ」
「うぅ……家政夫にしたのは失敗だった。今すぐ解任する」
「それも聞いた。ほらしゃんとしろ」
横柄に、体を起こそうとしないルールビィを脇を抱えて無理やり立たせる。
寝ぼけ眼で目をこするルールビィに洗面所に行くよう促し、着替えが済んだらゲートをくぐるように言って今一度自室に戻る。
テーブルを拭いて、食事を置き、あとはルールビィが来るのを待つだけ。なのだけど、どうにも嫌な予感がする。さらに言うとこの嫌な予感は毎日のことだ。
ゲートを潜り、ルールビィの部屋に顔を出すと、中途半端に服を脱ぎ散らかしたルールビィがベッドに顔をうずめて眠っていた。
起きろ!
今日もまた朝から大声で怒鳴りつけて一日が始まる。