シュトゾン『4』
「私はロスト―バーツを中心とした研究をしてるの。特に祖星を壊滅させた空間技術を中心に。その再生に取り組んでる」
「取り組んでるって、オイオイ。星を滅ぼした技術を復活させてるって危なくないか? お前もしかしてマッドサイエンティストの類?」
「再生して、正しい使い方を模索するのが私の研究なの。そしての中の一つをパパが勝手に使ってアンタが連れてこられたってわけよ」
「……ロストオーバーツの一つか」
さっき言っていた凶行と言う奴だ。
「今空間技術を中心に研究してるって言ったでしょ。さっきのユニットバスが置いてあった空間もロストオーバーツで作り出した異空間。他にもいろいろあるけど、パパに拝借されたのは零壱ゲートって言う空間技術よ」
「それはどんなもんなんだ?」
「簡単に言えば二つの対象の距離をゼロにする。作り出したゲートをくぐると一瞬にして移動できるってわけ」
つまり、文字通り瞬間移動と言う奴か。
ハートアスはそのゲートを使い、このカラーリテラから地球に来た。
そう言う解釈でいいのだろうか。
「パパは地球を侵略するために星間戦争を起こすつもりなの。そのためにいくつかの情報収集として調査団を派遣。生態系の頂点である地球人を調べるためにサンプルとして数十人を持ち帰る計画を立てたの」
「本当にろくでもないな」
「だけど不測の事態が起きたの。零壱ゲートはまだまだ不安定。私でさえ短い距離をいくつも経由して距離を稼いでいるのにいきなりとんでもなく遠い地球までゲートをつなげたもんだから、帰りのゲートが途中で転送のためのエネルギーを補給できなくなった」
「補給できなくなったら、どうなるんだ?」
「ゲートの中に取り残された人たちはカラーリテラから約三光年離れた場所だった。壱零ゲート無いは時間とかの概念はないから死ぬってことはないんだけど、代わりにゲートの中に閉じ込められた」
ゲートの中に閉じ込められた、と言うのはどういうことなんだろうか。
通信ケーブルを途中で引き抜かれて途中で立ち往生してしまったといったイメージが浮かぶけど、帰る手立てがあるように思えない。
「まあ閉じ込められたって言っても帰れないわけじゃなかった。ただ、理論上は不可能じゃないってだけだけどね」
「どうやって帰ったんだよ」
ルールビィは少しの間を置いて、一度目を閉じて言った。
「歩いて来たのよ。転送するエネルギーがなくなっただけで道が閉ざされたわけじゃない。アンタを含む調査団とモルモットたちは約三光年の距離を、カラーリテラまで歩いたの」
「歩いたって……三光年をか?」
不可能だ。カラーリテラの住人はどうか知らないけど、人間が三光年の道のりを歩き切るなんてどう考えたってその前に寿命成り体力成りが尽きるに決まっている。
「もちろん全員歩き切ったってわけじゃない。零壱ゲートに時間の概念がないとはいえ途中で発狂したり自分で命を絶った人もいるみたい。だけど時間は無限にある。最後まで、このカラーリテラまで歩き切ったのは十人ちょっと。帰りのゲートを通った人数の五分の一にも満たない数よ」
「ほとんどが……死んだって言うのか?」
「いいえ。ゲートを通り、三光年を歩き切ったその十人もゲートを通ってすぐに死んだ。そう、アンタ以外はね」
「……俺以外?」
そうだ。ここにいると言うことはそのゲートを通ってここに来たと言うことになる。
そうならば自分以外にもいるんじゃないか。そうも思ったけど、先の言葉。アンタ以外は死んだと言う言葉。
「トガ子。俺以外死んだって、本当なのか?」
「本当よ。時間の概念がないとはいえ途方もない距離を歩き切って、いきなり時間の概念に放り出された直後、一人は急激な老いに蝕まれ、一人は体の機能が瞬く間に停止していった。生き残ったのは、その場で意識を失っただけのアンタだけだった」
「俺だけ……」
「結果的に身内も含めてみんな亡くなったけど、生き残ったアンタに強い興味を示してさっそく解剖なり実験なりをしようとパパは自分の病院に連れ込んだ。私と最初に会ったあの手術室よ」
「でも、お前が出てきて解剖は……されなかったけどな」
それに関して感謝はしている。
いきなり実験室でメス持った変な連中にバラバラにされそうな状況で彼女が現れ、拘束を解いてもらったときは心底助かったと安堵したさ。
「病院の権利ごと私が買い取ったからね。何とか説得してアンタの所有権を私に移して、私が責任をもってアンタを調べるって約束して何とか病院から連れ出せたってわけ。まあ、私の保護下に置いてバラバラにされるのを止めたってわけよ」
「じゃあ、やっぱり俺を助けるのが目的なのか?」
「一応親交派だからね。地球人を傷付けるつもりは更々ない。けど、研究者として地球人のことを調べたいって気持ちにも嘘は付けない。そこで取引ってわけ」
「……言ってみろ」
ルールビィは笑みをこぼす。
うれしそう、と言う感情だけではない気がする。
やはり……研究者の血としてなのだろうか。やっと手中に収めたと言った傲慢さが見て取れる。
「パパにはアンタの調査を一任されてる。だから少しずつでもアンタのことを報告しなきゃなんない。アンタには食事と住居を提供する。代わりにちょっとした実験に付き合ってもらう。パパにアンタをかくまっているだけって知られたら、またアンタ。解剖室に突っ込まれるかもしれないからね」
つまり、ここで生き抜きたいなら体を差し出せ。そう言いたいのだろう。
匿うなんて言ってはいるけど、調べたいと言うのが本音なのだろう。
彼女が侵攻派ではなく親交派の理由。父親と違う派閥に所属している理由。それもわからない。
だけど、利用できるものは利用してやる。
「いいだろう。お前の取引とやらに乗ってやる」
「気持ちのいい返事。契約成立ね」
「ただし!」
この言葉を付け加える。
そう、これは一つの当てつけだ。だけどこれを言わないとどうにも腹の虫も収まらない。
「あくまで俺はお前たちを憎む。一緒に連れてこられた連中の顔も知らなければここに連れてこられた道中も覚えていない。だけどお前たちが地球に来なかったら俺はここにいなかったし余計な犠牲もなかった。それだけは肝に銘じておけ」
そう、覚えていないんだ。だけど身の内から沸き上がる憎悪はある。
しかしそれと同時に彼女には、ルールビィには感謝の気持ちはある。
紛いなりにも助けてもらったと言う事実がある以上。彼女のことは信用しよう。
「上等。じゃあまた明日からのことをセッティングしないとね。少なくともアンタは私と同じ学校に通ってもらうつもりだし、それに」
「待て。学校だと? 俺は大人だぞ。何で学校なんて」
「カラーリテラでは大人も子供も関係なしに最低限の学びの場が何歳からでも与えられる。カラーリテラの常識が無いアンタはそこで歴史なり集団の在り方なり学んだ方がいいでしょ」
「ふ、ふざけんな! 学校なんてこりごり」
「残念だけど契約内にその学校も含まれてるの。私の監視下に置いてるって口実が必要だし、何。すぐに慣れるわよ」
ここにきてまさかの展開。
この歳になって学校に通いなおす? 勉強なんてこりごりだけど、雇い主の言葉に従わないといけないのだろうか。さもないと、どうなることやら。
「歓迎するわゴトー。カラーリテラにようこそ。そしてカラーリテラ最大の都市部。人口一億人超の大都会、シュトゾンへ!」
彼女との契約が、望みもしない、予期もしない人生の転換期になってしまうことを自分自身で強く恨んだ。
次回、ついにゴトーの身に異変が起こる。