シュトゾン『1』
「そ、外だー!」
まどろむ穴を通り抜けると、そこは完全に別の景色だった。
まるで紙芝居のごとく完全に別の絵に変えられたような、清々しいほどのそびえる都会並木。どでかい電光パネルのような巨大な広告、煌びやかに光り輝く街並み。雑多に行き交う人々。
住んでいた場所を思い立たせ、重ね合わせるような栄え方のストリートだった。
「そんなに外に出れたのが嬉しいの?」
「そりゃそうだ! よし! 俺は帰る! ドウバババ!?」
歩みを開始した直後、首筋から流れる電流が足を止める。
油断していた。忘れていたわけではないけど完全に油断していた。
「こっからアンタの家に帰るのなんて逆立ちしても不可能だからいい加減現実を受け入れなさい」
「人前で電流流したよこいつ……受け入れられるわけないだろ。家賃払わなくちゃいけないのに」
「アンタここに来た道のりを覚えてないの? いや、忘れているからこそ無事だったって考えた方がいいかもね」
覚えていない? そう言えば気が付いたらベッドの上だったけど、ルールビィの言うここが宇宙の御船の中ならどうやってここまで連れてこられたんだ?
SFチックに瞬間移動装置とか長距離移動ポッドとかそのあたりで無理やり連れてこられたのだろうか?
連れてこられた……
「つまり完全に拉致じゃないか……!」
「覚えてないんなら……また教えてあげる。ほら行くわよ。いつまでも立ち止まってると他の人に迷惑がかかるわよ」
ちょいちょいーと指を振って、こっちに来いとでも言っているのか。スイィーっと歩き出した。
あんな尖った格好でよく人前に出られたものだ。
兎に角、こんな見知らぬ地に一人取り残されたらたまったものでもないので嫌々ながらもルールビィの後を追う。
すれ違う人々……と言うより何人か変な角が生えたり、牙があったり……仮装イベントでもやっているのか?
「なあトガ子。今回はどこに行くんだ? ハートアスさんみたいに人に会いに行くのか? そいつは……大丈夫なやつなのか?」
「トガ子って何よ……えっと、ゴトーだっけ? 言ったじゃないご飯を食べに行くって。行きつけの屋台があるからご馳走してあげるだけ。そこで色々教えてあげる」
何か違和感。急に優しくなった気がするこの子。
さっきまで異様なまでに攻撃的だったくせに何がそこまで丸い、棘のない対応に変化したのだろうか。
先ほどの『しんこう派』ではなく『しんこう派』と言ったのが関係しているのだろうか?
「あらためて聞くけど、しんこう派としんこう派って、攻撃的な意味の侵攻と親密的な親交ってことでいいのか?」
「そうよ。カラーリテラではその二つの思想が確執を生んでるのよ。どれもこれも全部地球が見つかっちゃったのがいけないんだけどね」
「つまり、地球を攻撃するって考えなのか?」
「侵攻派……攻撃的な思想が勝っちゃえばね」
地球は今、存亡をかけた事態に直面していることをただ一人知ってしまったってことか?
と言うか本当にここ地球じゃないのだろうか。建物とか……そりゃ意匠的には違うけど大雑把な分類分けなら見たことがあるデザインばっかりだ。
「ここが地球じゃないって……冗談だよな?」
「うったぐり深いわねアンタ。それとも何? ここがアンタの住んでいた星ですって言えば家に帰してもらえると思ってるの?」
「地続きなら歩いて帰れるって希望は持てるね」
持てるだけだけど。
色々と軽口を言ってはいるけどただ現実を受け入れられないだけだった。
だってそうだ。行き交う人がコスプレしてんのかと思えるほど一部分に変な装飾があるんだ。人間じゃない。
頭でここが地球じゃないと否定しても、心の奥底では認めてしまっているんだ。
理性が本能を拒否っている。それを認めたくないだけだ。
つまり誘拐されたと言うことは事実であり、頼れる公共機関や人が皆無と言うことだ。
現実逃避もしたくなる。
「まあ希望を持つのは大事かもね。はい到着。ここが目的地の広場よ」
広場……確かに広場だ。
規則正しく丁寧に敷き詰められた敷石、点々とあるオブジェ。建物に囲まれたそこはカポンと開かれた空間。
広場と言っても中庭的な物だと思う。買い物の休憩と言わんばかりの人々は皆、設置されたテーブルに腰を下ろし、袋を脇に談笑に勤しんでいる。
ゆったりするにはもってこいの場所かもしれない。
「はーいおばちゃん。三日ぶり」
ルールビィは移動式の店舗の一つに近づいた。
中の店員は文字通りおばちゃんなのだけど、肌が赤い。タコのようにゆであがった赤い肌。日焼け後にしては痛々しいと言うか? アイシャドウ的な物にも思える?
顔面全土が赤いけど。
「お~ルビィちゃん! いらっしゃーい。いつもの?」
「うん。ウォーキーの赤塗りで。今日は二つ。こいつの分もよろしく」
「こいつ? あら?」
「どもです」
赤いおばちゃん。何でか口を押さえて妙に光悦の表情。井戸端会議でどうでもイイ噂話をするおばちゃん……まあおばちゃんそのものだけど、そんな笑みを浮かべている。
「あらあらあら! ルビィちゃん! もしかしてコレ? あんまり友達と一緒にいるの見たことないと思ったけど、スミに置けないわねぇ」
すっごい笑顔でルールビィの頭を撫でるおばちゃん。撫でられている本人はよくわかってないのか首をかしげているけど。
ああ、勘違いしている。
少しの間を置いてルールビィも真意を理解したのか、おばちゃんにも負けないほど顔を赤くして髪の毛がブワァっと逆立つ。
此方とおばちゃんを交互に見てワナワナと身を震わせている。
「ち、違う! 違うわよおばちゃん! こいつとはそんなんじゃない! 勘違いしないで! こいつは……下僕みたいなものよ!」
「下僕? モルモットじゃないのか?」
「ちょっとアンタ。名前なんて言うの?」
「え、ゴトーですけど」
にやにやしたおばちゃんが握手を求めているのか手を差し出してきた。
それに特に疑問を持たないまま手を差し出し、ぎゅっと掴まれる。
なぜか、やたらと暖かい、むしろ熱いレベルの手の温度だった。
「ゴトーさん。この子ちょっと素直じゃないけど、とってもいい子だから。いいようにしてやってね」
「あ、はい」
「おばちゃん! そんなのはいいから早くウォーキー作ってよ! アンタもさり気なく肯定してんじゃないわよ!」
脇腹に尖痛! 拳を叩きこまれた。
にしても、この子。面白いくらい取り乱したな。見た目的に幼いし、こういった話は苦手なのだろうか?
弱みを握った、とまではいかないけどちょっとした弱点発見。少しだけかわいいところがあるもんだと思ってしまった。