プロローグ
高い、高い群雄のようにそびえ立つ摩天楼。
その一角。レトロチックに針を進める時計塔。そこに腰掛ける俺は誰かって? 物語の主人公だよ。こうやって語ってる時点で分かるだろ?
アイアーム、ヒーロー。
腰を掛けて身を揺らす。
黄色を基調としたラバーのジャケット。
無機質ながらも見ようによっては笑顔を振りまいてるように見えるマスク。
耳の部分から後ろに向けて飛び出した三角形のアンテナは感情に呼応してぐるんぐるんと回転する。
今は真上に向かってビンビンだ。お気にの音楽を聞いているからな。
「エイリアン・ガジェットはやっぱりいい。心の臓を叩いてくれる。ん? 通信が入った。もしもし」
『ノンペル! エイリスの上十五線に逃走中のエアリアルを確認した。どうやら特殊な研究を盗んだみたい。今すぐ急行して』
「うっわまたかよ。今日で二件目。それよりトガ子。晩飯何がいい? 俺的にはバウクロウマグロの煮付けが熱いと思うんだ」
『煮付けが熱いのは当然でしょ。それに今の私をそう呼ばないで。今の私はブレインストロングよ』
はいよサイドキック殿と応えて通信を切る。
エイリスの上十五ならここからすぐにつく。俺は立ち上がる。
ヒュウ~と風の音が耳を擽る。人工の風だ。本物じゃない。
そんな風に溶け込むように体を空中に投げ出す。
一本の槍が地面へと向かう感覚だ。俺はマスクを通じて、足にある指令を送る。正しくは足の裏だ。
足の裏から目に見えないがある物を展開する。落下して加速し続けていた身体が急ブレーキがかかったかのように静止する。まるでトランポリンをしているようだ。
それは比喩表現でもなく、身体は一気に上へと押し上げられる。
次は手のひらに指令を送る。手のひらに野球ボールを掴むような感触からロープを掴んでいる感覚へと移行し、同時に身体がターザンのように空中を移動する。
掴んだ手を放し、別の手で今一度空中を掴んでまたしても空中を駆ける。
空中を飛びあがり、足の裏に指令を送って、今度は文字通り空中に足場があるように走り出す。
もうすぐ目的の場所に差し掛かるころ。先にカーチェイスをしていたのか。目的のエアリアルがパトカーどもと空中カーチェイスをしながらこちらに向かっているのが見えた。
「ラッキー」
俺は両の足を揃えて空中を強く押し込み跳びあがり、それを何回も繰り返してエアリアルの屋根に乗り上げる。
エアリアルの窓をノックして中の犯罪者たちに声をかける
「ねぇ君たち。こんなことしたらダメじゃないか。みんな仲良く。それって簡単だけど難しいことだよ。だから、」
優しい物言いで語っている途中で中の一人が小型のレーザー銃を撃ってきたが、それをひらりとかわす。
「あぶないなぁもう! 当たってたら怪我するっての。ん? そのかけてあるキーホルダー。おぉオシャレ! なかなかいいセンスしておぶぇ!?」
身体に叩きつけられたようなすさまじい衝撃が走る。ハンドルを切って無理やり振り払われて近くのビルにぶつかったようだ。
痛くはないけど、大事故だ。数秒は動けないぞ。
「だけど数秒で動けるようになる! あったまきたあいつら。目に物見せてやる! ブレインストロング!」
『わかってる。奴らのルートは解析済み。エアリアルの構造もマスクにインポートするわ。もう一度近づいたら動力源をぶち抜きなさい』
「了解!」
今度は先回りだ。空中を駆け回り、エアリアルが通るであろうルートに先回りする。
さぁて。やらせてもらいますか。
両の手をそれぞれ明後日の方向へ向けて見えないある物を発射する。
タイミングを合わせろ。マスクが追跡してくれている。
あと五秒。三…二…一。
目の前にエアリアルが通る直前、支えていた足の裏のある物を解除し、まるで弓の矢になったかのように身体が撃ちだされる。
そしてちょうどエアリアルの側面にドロップキックをかます様に張り付く。
エアリアルも蹴られた勢いからか大きく揺れた。
「ここにジェネレーターがあるはず」
手のひらにある物を球体状で作り出し、軽く一つまみして弓のように弾き絞る。
それは外装をぶち破りエンジンに致命的なダメージを与えるものとなりエアリアルは一気に失速する。
だけどここは空中だ。エアリアルの動力が壊れたと言うことは当然空中落下、墜落と言うことになる。
変な二次災害とけが人は出さない。それが俺の主義。
今一度両手からある物を発射して先ほどと同じように身体を打ち出して先に地上に先行する。
落下地点はこのあたりだ。俺は両の手から出したある物を指先から肘にかけて伸ばしコーティングする。落下するエアリアルは巨大で、迎えられるような重さではない。おそらくtは軽く超える重さだ。
しかしそれを迎え撃つ。なぜなら俺はヒーローだからだ。
ゴミ箱に放り投げられた紙屑のように落下してくるエアリアルを両の手で迎え入れる。
ズン! と体に多大な負荷がかかる。
両の手に迎えられたエアリアルがその身の全てを委ねてくる。
膝が折れそうだ。肺の空気がすべて排出されるような圧迫感。
しかしそれも一瞬だ。勢いを完全に止められ、受け止められたエアリアルを乱暴に地面に放り投げる。
ゴシャカァンと弾ける不快な音と同時にエアリアルは歪な形へと変え、中から運転手が出てくる。
そいつは俺に向けてまたしてもレーザー銃をこちらに向けて、打ち込んできた。
「っつ! 反省の色はないのか? 俺は優しいんだけど!」
レーザー銃は右肩に直撃した。
だがダメージの素振りもなく、右手にある物を作り出し、見えないロープ状のある物を犯罪者に投げつけ、付着させて、一気に手繰り寄せる。
右腕は添えるだけ。此方に飛んでくる犯罪者の軌道上に腕を置き、ラリアートのように叩き伏せる。
「悪いことをしたら反省する。それが大事だ」
今ここに、白昼の逃走劇が終わる。
そして周りから黄色い歓声ともいえる声が上がる。
『ノンペルだ!』『今日も犯罪者を捕まえたぞ!』『ヒーローノンペル!』『カッコイー!』
まさに歓声そのものだ。俺はリップサービスとして気前よく歓声に応える。
「ありがとう! 俺は当たり前のことをしただけだ。ん? 握手? いいよぉ。ん? サイン? いいよぉ。お」
観衆に応える中、先ほどカーチェイスをしていたパトカーが現場にやってきた。
「マズいなこりゃ。みんなバイバイ! 応援ありがとう! 俺はノンペルソナ、『仮面無き者』だ!」
俺はそう言って駆けだした、軽くステップを踏み、両足を揃えて軽くジャンプして、トランポリンのように跳びあがる。
摩天楼の隙間を縫うように跳び回り、正しきことをする。皆と手を取り合う秘密のヒーロー。それがノンペルだ。
なんて聞かされて何もわからないだろう。
何いきなり始まってんの? わけわかんない展開だ。これを読んでいるみんなはそう思っているだろう。
だが安心してくれ。これはただのプロローグ、物語の導入部分的な物であり何でこんなことをしているかは順を追って説明する。
ちなみに俺は別に第四の壁を破壊しているつもりはない。雇い主さんに頼まれて親近感の持ちやすい面白いキャラクターを売りにしろと言われているだけだ。
少しずつ明かしていくさ。俺が本当にヒーローかどうかを。
話はノンペルとブレインストロングの出会いへと遡る。