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異世界移転理由は骸王カジロウと同じなので説明は省いています。
「次のニュースです、昨日……ボクシングの山本武氏選手が世界ヘビー級王者になりました……昨日の光景をご覧下さい」
《ワァァァ!……
KO!KOだ!聞いてくださいこの!歓声を!……
山本武氏!やはりやってくれました!
世界ヘビー級王者タイホンを破って!
新たな日本人王者の誕生です!……》
……くそが!
「マスター!酒が無いぞ!不愉快だ!テレビを消せ!」
男は酒を飲み干してから、怒鳴り散らした。
《我らの英雄……ブッッ》
酒場のマスターはテレビを消した。
「申し訳ございません……ハヤトさん……次は何に致します?」
ハヤトは財布を確認して怒鳴りだした。
「糞面白くもねぇ!もう酒はいい!会計はここに置いとくぜ!」
《カランコロン》
「ありがとうございました〜、またお越しください」
隣で様子を見ていた新人が興味を抱いてマスターに聞いた。
「ねぇマスター、あの方は誰です?」
「ん?ああ、君はボクシングに興味無いから知らないのかも知れないが、
彼は……山城隼人と言って
あれでも昔は神童と呼ばれる位、凄いボクサーだったんだ……
よく来てくれる事もあって、彼の活躍は今でも思い出すよ、
さっきテレビで王者になった山本武氏……
彼を1RでKOした事もあるんだよ」
「へぇ〜凄いですね……でもなんで?作業着姿でしたよ?」
「山本武氏をKOした後、彼はドーピングが発覚してプロライセンスを剥奪されたのさ……悲しかったが……」
《カランコロン》
「いらっしゃいませ!そんな人が、この店に……」
「いらっしゃいませ……もう過去の事だよ……悲しいけどね……」
「くそっ……」
山城隼人は繁華街を歩いていた。
近くで女子高生がだらしなく地べたに座って話をしている。
「きゃはははは!うけるー!山本武氏最高!」
「本当強いよね!最高!」
……こいつらはボクシング好きか……
「おい、お前ら!俺が誰か知っているか?」
「あ?誰だおっさん……キモッ!クラブ行こ!」
「……キモッ!お前は有名人かっての!ぎゃはははは!」
……くそっ!誓って俺はドーピングなんかしちゃいない!
あんな事件がなければ!
山本武氏なんかじゃなく俺が王者になっていたはずだ!
「俺がナンバーワンなんだ!……くそが……」
……なんか全てが嫌になったな……
山城隼人はドラッグストアに入った。
……睡眠薬で自殺か……我ながら惨めな死に方だな……
「早くしろよ?」
「ごめーん、モデルが妊娠したら困るからさぁ〜ちょっと待っててね……すいませーん店員さん!」
「なんです……あっ山本武氏さん!それにモデルの!」
……なんだと!
山城隼人はレジの方を睨み付け、確認した。
山本武氏とモデルのジュリアンが立っている。
「何見てんだよ?おっ?……山城じゃん!」
山本武氏がこちらに近づいてくる。
「ねぇ?カッコいい服装じゃん!今何の仕事してんの?神童さんよ?」
くそっ!なんで何も言えねぇ!
俺は心まで弱くなったのか!
「ねぇ薬はもう買ったから、行こうよ?」
「おう!じゃあな山城、お前も頑張って探せよ?
こんな所にドーピングの薬は売ってねーけどなぁ!ギャハハ!」
……くそっ!ぶっ殺す!
ドラッグストアから飛び出して辺りを見回した。
居た!タクシーなんかに乗らせるかよ!
ぶっ殺す!
「山城隼人さんでしょうか?」
「あん?忙しいんだ!サインなら後にしろ!」
『パンッ』
突然、その男はパンチ繰り出してきたので、反射的にガードで受けて臨戦態勢をとる。
「ああ?いい度胸じゃねぇかよ!」
数は……1人か……上等じゃねぇか
タッパは俺と同じくらいあるな……
構えもボクシングのそれだ……
だがこいつの顔は見たことが無い……
ボクシングマニアの勘違い野郎か?
隼人はジャブを繰り出して様子を見た。
このガードの厚さ……こいつ素人じゃねぇ!
隼人とその男は打ち合った。
「シッ!」
こちらの繰り出すジャブを丁寧にガードして……隙を見せれば反撃してくる……こいつ、上手い!山本なんか目じゃ無い!……
基礎練で筋肉は衰えていないが、
ランニングはしていない!
このままではスタミナ切れで俺は負ける。
隼人は息を整え、ジャブを繰り出し、隙を見て右ストレートを放った。
「フゥ……フゥ……シッ!」
「シッ!」
『ゴッ』
その男にクロスカウンターを決められ隼人はアスファルトの上に崩れる。
……終わった、路上の喧嘩にテンカウントなんてねぇ……このままボコられて終いだ……
「俺の勝ちだね」
「小僧……何故追い打ちしない……」
「別にあんたと違って、殺人が目的じゃ無いからね」
「そうか……」
こんな小僧に破れるなんて……
俺は基礎練だけは時間が無くても、毎日キチッとこなしていた……
スタミナ以外のパワーやスピードは全盛期と同じかそれ以上だったはずだ……
さっきのテレビでの山本の動きを見て尚、俺は勝てると確信していた……なのに……
「こんな所で破れるようじゃな……
どの道、俺はどう足掻いても王者になれなかったみたいだ……ありがとよ」
だが……スッキリした。
「山城隼人、あんたの戦いは終わって無いよ……頑張れよ」
「なに?……」
小僧が俺の腹に本を放ると、隼人の体は光に包まれる。
「イテテテテ……あのおっさん、本気で殴りやがって……」
その男は自分の腕や顎に出来たアザを鏡で確認する。
「でも親父……親戚に馬鹿にされてたけど……
やっぱりあんた言う通り、
山城隼人は強かったよ……
今まで闘ったボクサーの誰よりも…………
あっ!説明するの忘れた……
まぁ、あのオッサンなら異世界でも、なんとかすんだろ……イタタッ」
隼人が気がつくと野原の上に眠っていた。
「夢……なのか?痛っ!夢じゃねー……なんだ?ここは」
『ぽすッ』
隼人が上半身を起き上げると一冊の本が地面に落ちる。
本の中身を確認したが……
ーーーーーーーーーーーー
レフェリーベル召喚 1p
効果時間:50分
説明: 強制回復、行動制限、強制装備変更の能力を保有するモンスターを召喚する。
召喚数最大1
効果範囲1m四方
肉体強化1 パッシブ
効果時間:永久
説明:筋肉の性能を20%引き上げる。
現在のマジックポイント100/100
EXP 0/10
ーーーーーーーーーーーー
「はぁ?意味わかんねーな……」
隼人が唖然としていると何やら争う声が聞こえる。
「やめて下さい!」
「ヒヒヒ!良いじゃねぇかよぉ!お前はエロい身体つきしてんなぁ?」
「はぁはぁ!」
「ヒヒヒヒヒヒ…」
三人の男に美女が服を引っ張られて転ばされている。
「もうおまけの人生だ……」
ナイフで武装した三人相手に素手で
勝てる自信はないが逃す事くらいは、
ボクシングを失ってオマケの人生……
彼女を逃して死ぬのも良いだろう……
隼人は本を捨てて、男たちに近づいていく。
「お前達!嫌がってるだろう!?」
「ああん?なんだテメェ!」
三人がこちらにナイフを向けてくる。
『ゴシャッ』
ハヤトはステップで軽快に移動し、突進してきた悪漢aの顎を左ジャブで打ち砕き、顔面に右ストレートを決めて沈めた。
悪漢bに近寄ろうとするが、悪漢bは間合いを取って回避した。
「あががががが!」
「大丈夫か悪漢a……くそっ!何だこの動きは!素人じゃねぇ、何かしらの訓練をしている動きだ……おい!悪漢c同時に前後から行くぞ!」
悪漢bcはジリジリとハヤトを囲んでいく。
……こいつらは外人、身体も大きくタフだ、恐らく数発打たれるのを覚悟で突進してくるだろう……まずいな……
女性が逃げずに、こちらを見ているのに気がついた。
「そこのキミ!何を見てるんだ!武器持ってる相手に素手で勝てるわけないだろ!逃げるんだよ!」
「は……はい!」
女性が走り出して本を蹴飛ばし、本が開かれた状態で滑った。
女性は本の中身を見て叫んだ。
「ユニークスキル……?何故これを使わないんですか?」
「ああ?」
ハヤトが答える間もなく悪漢が切り掛かってくる。
……南無三!
ハヤトは前方に走り、悪漢bを殴りつけた。
左で腹を打ち、怯んだ隙にストレートで顔を潰す。
「グキャァ!」
悪漢bは顔が陥没して気を失って地面に崩れる。
《ドスッ》
背後から突進した悪漢cのナイフがハヤトの背中に食い込んでいく。
「ググググ……」
「ひゃはははは!」
悪漢cは背中を何度も突き刺し、ハヤトの首を切り裂いて倒し、ハヤトの頭を踏みつける。
指一本動かね……終わりか……まだ逃げてねーのかよ……もう助けてやれん……ん?
ボンヤリと女性の姿が見える……彼女は本の中身の文字を指差し、何かを訴えている。
?……何が言いたい?……レフェリーベル?
「魔法を……いや!離して!」
悪漢cが女性の腕を掴んで捕まえ、振り向くと不思議なモンスターが浮いている。
「ひゃはははは……は?な!何だテメェ!」
ハヤトの上に頭が鐘のタキシード姿の小人が浮いている。
「どうも〜!皆さんお待たせ致しました!
今日も戦いが始まります!!
今日の相手はこの!
吐き気を催すような悪漢3名!
そしてハヤト選手です!
それでは早速、準備を始めて参ります!」
「テメェ!」
悪漢cはレフェリーベルにナイフを突き立てるが、刺さることはなかった。
「申し遅れましたが、私の名前はレフェリーベル!貴方の敵ではありません!私はあくまでも中立!そしてルールに忠実です!」
レフェリーベルが両手でパンッと手を叩くと1m四方のリングと横にマイクの置かれたテーブルが出現した。
「敵意のある参加者はコーナーポストへ!」
《パンッ》
悪漢abcとハヤトの傷は全快し、コーナーポストの椅子の上へ瞬間移動して座らされた。
「な……なんだ?俺の顎が?」
「俺の傷も治ってやがる!……くっ動けん!」
「ボクシングのリング?何だこれは?」
能力を発動したハヤトも困惑する。
「それではルールの説明に移ろうと思います!」
レフェリーベルは5体に分かれ、4体はリングの悪漢abcとハヤトの前に
「さぁ!敵意の無いお嬢さんは司会席へ着席してください!」
「な!何を!」
残り一体は女性の手を引き、マイクの置かれたテーブル席に座らせる。
リング上のレフェリーベルが話し始める。
「選手の皆さん、私はレフェリーベル!あなた達の審判です!このリング上では武器、魔法、薬の使用は無効とします!」
「な……お、俺のナイフが!」
悪漢達のナイフが溶けて消えていく。
「ご安心ください!終了後、装備はすべてお返しいたします!」
「次に服装です!リング上では鎧なども武器とみなしますので……ボクサーパンツ、ブーツのみの使用と限定させていただきます!」
4人の服は消えてボクサーパンツのみになった。
「ルールは全12R!1R3分とし、ラウンドの間には1分間の休憩を入れます!
自分の肉体の力のみで相手を下し、気絶……あるいは死に至らしめたら勝利です!」
よく知っているルールだ……あいつら相手なら楽勝だろう……
「ふふふ……いいだろう……」
ハヤトは半ばヤケクソになりながら承諾する。
「何だ?」
「何なんだよこれ!おい!てめぇ!出しやがれ!」
「出すことは出来ません!12Rが終わるまでは私がこの空間の全ての権限を持っています……それは能力者であるハヤト選手にも止めることは出来ません!」
「くそッ!」
「それでは、司会と審判は私!レフェリーベルが行います!」
《カンッ》
レフェリーベルの頭の鐘が鳴ると同時にハヤトは立ってステップした。
悪漢達は身体が動くことに驚き、動かない所はないかと確認していた。
レフェリーベルは既に観客席へ移動してマイクに話しかけ、その声は木霊した。
「さぁ!始まりました!ハヤト選手は果たして悪漢達を倒し、この女性……ご職業と名前は?」
レフェリーベルは隣の女性にマイクを持って向ける。
「冒険ギルドの受付をしているヴェリーです……」
「なるほど!ヴェリーさんを救う……おおーっと!いきなり動きました!
ハヤト選手が高速のジャブで悪漢達を次々と殴っていきます!これは痛い!悪漢達は何をやっているのでしょうか!
全然ガードできません!ああっ!
悪漢aが倒れてしまったぁ!」
『ワァァォァ〜』!
数十のレフェリーベルが観客席を埋め尽くして歓声を上げている。
「うぉぉぉぉ!こいやぁ!」
「コーナーリングへ!」
レフェリーベル達が悪漢と
興奮して追撃しようとするハヤトをコーナーリングに押し戻す。
悪漢aにリング上のレフェリーベルが頬を軽く叩き、意識を確認したが、立って腕をクロスに降ってKOの合図する。
「ああ〜っと!早速悪漢aはKOされてしまったぁ〜!」
《カンッ》!
「ひぃぃぃ!俺らが悪かったぁ!」
「フンッ!」
「ゴボッ!」
両手を前に出して狼狽える悪漢cはハヤトの一撃を早に受けてリングに倒れる。
『ブゥゥゥゥゥゥ!ちゃんと戦えや!金払ってんだゾォ!』
観客席のレフェリーベルはブーイングの嵐を巻き起こしている。
「1!2!……」
「どうでしょう?このままではハヤト選手がストレート勝してしまう!悪漢cには是非とも根性を見せて欲しいところだが!?はたして!」
「……10!」
『ブゥゥゥゥゥゥ!』
「ダメだったぁ!さぁタイマンになりましたが、再開です!」
《カンッ》
悪漢bはリングのロープを越えて逃げようとしたが、見えない壁に鼻を強く打ち、リングに倒れてしまう。
『ブゥゥゥゥゥゥ!ふざっけんなぁ!戦えやぁ!……逃げ回ってばっかで!全然おもしろくねーぞ!』
ハヤトは近づき、悪漢bの延髄にパンチした。
悪漢bは殴られた瞬間、ギュッと逆エビ状に背筋を強張らせ、倒れた。
『ワァァォァ!やったぁ!……立てぇぇぇぇ!コラ!根性を見せろ!』
悪漢bに空き缶や新聞紙が飛んでくる。
「ブーイングの嵐です!悪漢達の動きでは仕方ないのでしょうが……いささか可哀想でもあります!……さて、悪漢bは立てるのでしょうか!?」
レフェリーベルは悪漢bの様子を確認する為近づく。
レフェリーベルは首に手を当て、確認すると立って首を振った。
「おおーっと!既に絶命していたようだ!強烈なパンチが首に当たり、脊髄が損傷して圧迫し、脳停止してしまったようだ!」
『ワァァォァァァァ!』
「結局……1R持たなかった悪漢達をどう思いますか?ヴェリーさん!」
「どう……と言われましても……」
「そうですか!それではまた!皆さん!次の機会にお会いしましょう!」
レフェリーベルとリングは消え、悪漢達から没収した鎧やナイフが丁寧に整理された状態で地面に出現した。
ヴェリーはハヤトへ近づき、本を渡した。
「あの……これを……ありがとうございました」
改めて見ると、周りには高層ビルの一つもない……薬で気を失わされ……田舎に来てしまったのだろうか?……
もしやこの女性や悪漢は薬による幻覚で……俺は罪の無い男を殴っていたのか?……俺は酷いことをしてしまったかもしれない……
「ああ……ここは日本なのか?……夢か?幻覚か?」
「ニホン……?知らない国ですね……ここはシガ国です……」
「滋賀?ああ……琵琶湖の?それなら知ってる……そうか、そんな所に居たのか……」
「そうです、御礼をしたいのですが……
今は手持ちがそんなにありません、1度水上都市ビワまで一緒に来て頂けませんか?」
「水上都市?……」
遊園地なんか出来たのか?子供がいないとそういう事には疎くなるから知らなかった。
「はい!お願いします!」
「……やる事もないしな……」
「ありがとうございます!」
ハヤトはヴェリーと共に琵琶湖に設置されたボート屋で船を借りて水上都市へ入っていった。