異国の沙汰も金次第
結論からいうと、僕達はアンには会えなかった。
アンとその家族が住んでいた家は空き家になっており、つい1ヶ月前に引っ越していったという。
「それで、どこに引っ越ししたのか聞いておられないですか? 」
「さぁ、隣には住んでいましたが、そこまで詳しい事情は知りませんわ」
「そうですか」
「ただ、西に向かうと言っていたので西の都フレスタか、さらに西のスウェルケート辺りじゃないかしら」
「そうですか。仕方がない。手紙の事は諦めよう」
「それが賢明だな」
西の街まで手紙を届けに行く事もできるが、本来の目的は今の現状を知る事だ。
その為には出来るだけ多くの情報を手に入れる事に専念したい。
「この辺りに、図書館などはありませんか? 」
「あるにはあるんですが……」
「何か問題でも? 」
「検閲が厳しくて、今では殆どの書物が失われてしまいました。前王の時代の物より前の書物は期待出来ないかもしれません」
「そうかぁ」
「どうするハル? いちおう行ってみるか? 」
「他に手掛かりもないし」
いろいろ教えてもらった礼を伝えて、図書館に行く事にした。
建物はかなり古くからあるようで、年季が入っており、ギシギシと扉を開けると軋む音がした。
「ようこそ、我が町の図書館へ」
「どうも」
受付の女性はまだ若く、建物にそぐわない程きちんとした身なりをしていた。
「この町の、あるいはこの世界について知りたいんですが」
「そうですね、でしたら王立機関編集のこちらの本はいかがでしょうか」
手渡された本はかなり薄く、真新しいものだった。
「ありがとう」
試しに読んでみた。
神に仕えし12人の使徒は、正しき王クロノスに助言し最初の国を作った。
しかし、王は権力を手にすると使徒達の助言を聞くのを止め国は荒廃した。
そこで現王アジュセは革命を起こして前王クロノスを処刑した。
簡単にまとめると、そのような内容になっていた。
12人の使徒は、それぞれ12の天使の加護を受けており特別な奇跡を起こす事ができた。
しかし、前王によって力を悪用されるのを恐れた使徒達はその姿を隠してしまったという。
「その使徒が俺達って訳だな」
「でも、もともと使徒と呼ばれる人がいたんなら僕達が使徒になる必要は無かったんじゃないかな」
「まだ、解らないことが多すぎる」
本に書かれ情報はそれぐらいで、あとは今の王がいかに優れているか、素晴らしいかを記した内容がほとんどだった。
「前王について書かれた本はないんですか? 」
「そんなものはございません。前王は残虐非道で、無慈悲で、傲慢な悪魔のような王でした。そんな悪魔のような王の時代に書かれた本は一冊も残してはならないのです」
若い女性は、至極当然の事という様子で言った。
「なるほどな」
図書館にあるのは、そのほかに生活、工業、地理、自然、科学などに関するものがあり、歴史については棚のほとんどが空になっていた。
「聖印や、天使に関するものはありそうにないね」
「地理ぐらいは把握できそうだな」
近隣の地形や、街について調べてから、僕達は図書館を後にした。
「これからどこに向かうかだが、やはり西の都フレスタって所に行くのがいいかもしれないな」
「何で? 」
「この近くで、この街より大きいのはそこぐらいだし、もしかしたらアンにも会えるかもしれないだろ」
「そうだね。でも、その前に旅に備えていろいろ必要なものを買いたいな」
「でも、お金はないぜ」
これまで何とか無一文で旅をしてきたが、やはりお金は必要不可欠だろう。
「じゃあ、短期で稼げる仕事を探してみるか」
「兄さんにも手伝える仕事なんてあるのかな」
いろいろと見て回ったが、子供2人を雇ってくれそうな店は一件もなかった。
最後に、行き着いたのは見るからにボロそうな防具屋で、服のモデルを探していた。
「モデルなら、兄さんにぴったりじゃないのかな」
僕は、容姿も体型も平均以下だったが、今の兄さんなら、なかなか悪くないんじゃないだろうか。
「さすがに無理があるんじゃないかな」
店内に入ると、照明が切れかけており、並んでいる服もどこか埃っぽく思えた。
「すみません、モデルの募集を見て来たんですが」
「あぁ、あれかぁ。全然お客さんが来ないし、試しに雇ってみたらと言われて出していたんだが忘れていた」
「忘れていたって、応募は他に無かったんですか? 」
「うちみたいなボロい店より、もっと見た目が良い店はいくらでもあるからな。うちは見た目より、性能重視だからな」
「性能も大事ですが、お客さんが来ないと商売として成り立たないのでは? 」
「もちろんそうだ。だが、うちの専属デザイナーはそういう感覚を持ってないんだ」
店の奥には、店主とは別にもう一人店員がいて、服のデザインを作っていた。
「駄目だ。マッチョな男の為の武具ばかり作っていたら不格好なものばかり作ってしまう。俺のデザインには華やかさが足りない」
分厚い瓶底のようなメガネをかけた青年が、そんな事をぶつくさと、つぶやいていた。
「おい、ナイル。お前の欲しがっていた若いモデルが来たぞ」
カウンターから、店主が叫ぶ。
「え、モデルですか? 」
呼ばれた青年が、僕をじっと見て、やがてため息をつく。
「君じゃあ華やかさに欠けるし、マッチョな服も似合いそうにないかな」
分かってはいたが、面と向かって言われると傷つく。
「僕じゃなくて、妹なんです」
カウンターが邪魔で見えていなかったので、思い切って抱き上げてみせる。
「ふーん。ふむふむ。むっ、なるほど」
眼鏡越しに、ジロジロと兄さんを査定する。
「君、いいね。インスピレーションがどんどん湧いてくるよ」
気持ちが悪い笑顔を浮かべて、青年は兄さんを見つめる。
「なぁ、ハル。本当にここで働くのか? 」
「やっぱり止めようか」
不安そうに少女がこちらを見る。
「即金で200リオ払おう。一着仕上げる毎にさらに追加で20リオでどうだろう」
1リオが、日本円でいくらか計算すると、約200円ぐらいだと分かる。
「うーん、悪くないんじゃない。兄さん」
「そうかな。俺の身の安全の為、こいつも雑用として雇うって条件ならいいぜ」
兄さんは、さらに交渉を続ける。
「分かった。君は1日200ローリオだ。」
1000ローリオで、1リオだから、40円か……。
「悪くないんじゃないか。ハル。」
兄さんが笑いを堪えている。
「絶対、40円以上の働きをして給料を上げさせてみせる」
「おう、期待してるぜハル。」
その日から、住み込みでお店で働く事になった。
2人の食事と宿代が1リオなので、僕だけだと一生タダ働きになってしまう。