となりの芝は青かった
村の中は最初の村とは違っており、どこかよそよそしい雰囲気に包まれていた。
村人達は、わざとのように目をそらしたかと思えば、ちらちらと此方の様子をうかがっているように思えた。
「あの、すみません。旅の者なんでストレートすが」
声をかけると迷惑そうに離れていく。
「どうなってるんだ。せっかく街に着いたのに、居心地が悪いな」
あまり余所者に優しい村ではないのだろう。
「すみません、ちょっと滞在するだけですぐ、立ち去りますので」
「そこの旅の方」
ようやく村人の一人が話を聞いてくれた。
「悪いことは言わん、すぐこの村を出た方がいい」
「どういう事ですか? 」
「じつは、つい先日騎兵隊の方々が村に訪れて、異教徒の女を探しておられた。うちの村にそんな者はいないと言ったのだが、物々しい雰囲気じゃった」
「そうなんですか」
「家の中も荒々しく捜索し、やっと今朝出て行った」
「つまり、村の人達はその異教徒の女が俺だと疑っている訳だな」
「そうじゃ、アリヅカという異教徒の女だけの結社が最近、クーデターを画策しているという噂があってな。都市部ではピリピリとしている」
「わざわざありがとうございます。事情を知らずにいたら、何が何だか解らないままでした」
「昨日の騒動で村の者も不信感を持っている者が多い。どうか刺激しないでやってくれないか」
「分かりました」
「仕方ない、村から出よう」
兄さんと僕は、夜になりつつあったが仕方なく村を出る事にした。
「参ったな、次の街も同じように変な噂がたっているかもな」
「しかも、こんな夜の道を歩くのは危険だよ」
「道に迷う可能性もあるし、少し離れた所。まだ村の灯りが見える所で野宿しよう」
「それがいいね」
アリヅカというのがどんな奴らなのかは解らないが、用心した方がいいかもしれない。
僕達は、できるだけ大きな木を選んで、根元で寄り添うように眠った。
寒くはなかったが、近くに兄の身体の温もりを感じられたので少し安心できた。
初めての野宿は、かなり辛いものだった。
背中は痛くなるし、虫に刺されるし、出来ればベッドで眠りたい。
やがて、朝になったので、貰った食料を2人で分け合って食べる事にした。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
地図の通りなら、次の街は少し遠くに位置していた。
山を越える事は出来ないので、迂回して回り込まなくてはならない。
そんな事を考えていると、急に物陰から人が現れた。
「ねぇ、君達。昨日、村にいた子だよねぇ」
それは、黒い布に、異様に大きな赤いリボンをつけた女の子だった。
「え、そうだけど。あなたは? 」
「あたし? あたしは魔女のテレーゼ。まだ見習いだけどね」
「おい、ハル気をつけろよ。昨日、村人が言っていた異教徒の女、そいつかもしれない」
その場の空気が少し張り詰める。
「なんだよぉ。ちょっとお話しようってだけじゃん。そんなに警戒しなくてもいいのに」
女の子はひらひらと手を振ってみせ、敵意がない姿勢を見せた。
「で、何のようなの? 」
「だからお話したいなぁって」
「あー、君じゃなくてぇ、そっちの娘だよ」
「俺か? 」
「そうそう、何か良い匂いがするなぁと思って」
「良い匂い? 」
僕から離れた女の子は、兄さんに近づいていく。
「そう純潔の、穢れなき血の匂い」
「兄さん、気をつけて」
「く、なんだよ」
距離をとっていたはずなのに、いつの間にか詰め寄られている。
「キスしようか」
女の子の唇が、兄さんの唇の端に触れそうになる。
「止めろ」
僕が叫ぶより先に、兄さんが少女を突き飛ばす。
「連れないなあ、まぁ安い女じゃないってポーズは嫌いじゃないけど」
突き飛ばされた風にみえたが、全く動じる様子はない。
「テレーゼ、何遊んでんの? 」
木の上に、真っ黒いニワトリが止まっており、それが人間の言葉を放っていた。
「げ、フランチェスカ」
「はーん、分かった。その娘とイチャイチャしようって訳ね」
ニワトリは蛙になり、やがてトカゲに姿をかえて地面に降りてきた。
「違う違う、ちょーっと話をしていただけよ」
「お姉様に教えてあげなくちゃ」
「あぁ、もう違うっての」
テレーゼはどこから取り出したのかフォークをトカゲに向かって投げた。
うまい具合にトカゲの尻尾に刺さる。
「兄さん、大丈夫? 」
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだ」
トカゲは器用に自分の尻尾を切って抜け出し、今度はムカデの姿になった。
「分かった、分かったから。すぐ行くわ。じゃ、またどこかで会いましょう。この広い世界で」
それだけ言うと、煙になって消えてしまった。
「何だったんだよ、あれ」
「例のアリヅカってやつか」
「あんまり関わりたくないタイプだったね」
「ああ、テレーゼってやつは特に」
兄さんの事だから、また得意の右ストレートでも食らわせるのかと思ったが、相手が女性なので気を使ったのだろうか。
「今度こそ出発しよう」
「うん」
無駄に時間を使ってしまった為、夜までに次の街にたどり着けるかは微妙だった。
途中、疲れてしまったので兄さんをまたおんぶして歩いた。
「ねぇ、朝の事だけど」
「何、何か言った? 」
「やっぱり相手が女の子だとドキドキした? 」
「するかよ」
「兄さんは、年上が好きなの? 」
「うーん、そんな事はないけど」
「前の彼女さんも、年上だったし」
「アレは彼女じゃねぇよ」
かなり前に、駅前で女の人と一緒に歩いているのを見かけた事があった。
兄さんは高校生だが、相手は大学生ぐらいに見えた。
「あれは、高城さんの女だよ」
「えぇ、そうなの? 三角関係っていうやつ? 」
「違うっての」
「頼まれたから、仕方なかったんだよ」
「頼まれた? 」
「お前は知らなくていいことだ」
「ふーん」
よく解らなかったが、彼女じゃなかったのか。
「このままじゃ、今日も野宿だな」
「そうだね」
いつの間にか日が落ちており、まだ先は長いようだった。
「なんだか、この身体になってから眠くなるのが、早い気がする」
背中で目をこする少女は、年相応に見えた。
「まぁ、テレビも電気もないから寝るしかないよね」
昨日、食料を入れていた袋に枯れ葉を入れてクッションにする事にした。
「おやすみ兄さん」
声をかけた時には、もう夢の中のようだった。