備えあれば兄の憂いあり
再出発して、すぐに兄さんに気になっていた事を聞いてみた。
「なんで、そんな姿になったの? 」
「俺もよく解らない。天使だという少年に腹をぶっさされていつの間にか身体が変化していた」
「少年? 牛じゃなくて? でも天使ってのは共通してるね」
「確か慈愛の聖印とか言っていたかな」
いろいろと謎はあったが、天使と聖印に何か秘密があるのかもしれない。
「できるだけ大きな街に言って、状況を把握したいけど、兄さんにはキツい旅になってしまうかもね」
「それに、昨日森で遭遇した不気味や生き物や、村の人が言っていた危険ってのも引っかかるな」
「僕達、随分遠くに来てしまったね」
見た目は完全に少女だが、話し方は兄さんそのもので違和感があった。
「何か武器になりそうなものはないかな」
「あったとしても、俺達の経験じゃ振り回す位しかできないな」
兄さんは、手直にあった枝を振ってみたが、ポキリと根元が折れてしまった。
「危ないよ。怪我とかしたら、近くに病院もないんだから」
そう僕が注意した時、急に兄さんの手元が輝き始めた。
いまさっき折れたはずの棒切れが元に戻っていたのだ。
「なにこれ、手品みたいだ」
「驚いた。何となく元にもどらないかなぁと思ったら勝手に直ったんだ」
恐らく、兄さんの慈愛の聖印の力は何かの物質などを元通りにできる能力なのかもしれない。
「兄さん大丈夫? 何か副作用やリスクがあるかもしれないから無闇に使っちゃ駄目だからね」
「なんともないが、気をつけるよ」
確か僕の左足の聖印は矛盾の聖印だと言っていた。
詳しい説明もなかったので、どうやって使うのかも解らない。
「本当にここは異世界なのかな、よくできたテーマパークってオチはないかな」
「だとしたら、俺はなんでこんな格好になるんだよ。少なくとも今の科学や技術では実現しないだろ」
「そうなると、君が実は兄さんじゃないっていうのが一番まともな結論になるけど」
僕の頭の方がおかしくなったのだろうか。
比較的、街と街の間の街道は整地されているらしく、次の街までは迷わず行けそうだった。
「兄さん」
「ん? どうした」
「ちょっと触らせてよ」
軽い気持ちで僕は指を伸ばした。
前を歩いていた兄さんがピタリと止まる。
「バカ、この変態やろう」
兄さんが振り向きざまに、右ストレートを叩き込んでくる。
体重をかけた重い一撃で、僕は転倒した。
「いくら、女子に縁がなくて、エロい事ばかり考えてしまう年頃だとしても、お前がそんな変態だと兄さんは思わなかったぞ。真面目で純粋だったお前はどこにいっちまったんだぁぁ」
少女の姿の兄が泣きながら叫ぶ。
「俺の育て方が悪かったのか。ゆとり教育の歪みがお前をそんな風に変えてしまったというのかぁぁ」
ちょっとほっぺたを触ろうとしただけなのに、僕はあらぬ誤解を受けてしまった。
「兄さん、誤解だよ」
「近づくな、このケダモノ」
端から見ると確かに僕は危ないやつに見えたかもしれない。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだよ」
謝っても、兄さんはそっぽを向いたまま口を聞いてくれなかった。
さすがに僕も気まずくなって黙り込む。
信頼ががた落ちだ。
しばらくすると、兄さんから話かけてきた。
「お前の気持ちも分からなくはない。だがな、父さんや母さんを悲しませる事だけはしないでくれ。犯罪者になるのは俺だけで十分だ」
「兄さん? 」
今日の兄さんは、少し様子がおかしい気がした。
「2次元までは許す。3次元は辞めておけ」
「だから、誤解だよ。僕は変態じゃないよ」
そのあとも、誤解が解けるまで僕は言葉を尽くした。
そして、日が暮れる前に次の街にたどり着いた。