早起きは異世界の門を叩く
目覚まし時計が鳴る。
いつものように、顔を洗って朝食を食べようとリビングに向かった。
「兄さんは? 」
「また喧嘩だって。夜中に出て行って朝になって帰ってきたらボロボロなのよ」
僕の兄はいわゆる世間でいうところの不良というやつで、髪を茶色に染めて学生服を着崩して、何かあれば暴力で解決方法するような人だった。
「なんであんな風になっちゃったのかしらね」
母は、呆れ半分、心配半分といった表情を浮かべていた。
そんな言葉や兄さんに対する評判を聞くと、僕の胸がチクリと痛む。
本当はとても優しくて、男気があって、頼りになる兄なのに、損な役回りを引き受けてしまう。
昔から弱虫でいじめられていた僕の事を守る為に兄は力をつけて、誰からも舐められないようにあんな風に振る舞っているのだ。
だから、原因の一端は僕の弱さにあるのだ。
「大丈夫だよ。兄さんはあれでいろいろ考えてるんだよ」
「だといいけど。人様に迷惑をかけて、暴れて退学なんて事にもなりかねないわ」
僕も中学生になって、部活にも入ったし多少は度胸もついてきたと思う。
兄さんは、兄さんで自分の人生をしっかり生きて欲しい。
もう僕だって、守ってもらうようなか弱い弟じゃない。
兄の部屋をノックする。
「兄さん、起きてる? 」
「なんだよ、俺なんかに構ってると遅刻するぞ」
「兄さんも、学校あるでしょう? またサボりですか」
「うるせぇな、今日は昼から行くつもりだから先に行け」
「そんな事をいってると、留年どころか退学になっちゃうよ」
「いいんだよ。お前がちゃんと勉強して親孝行してくれたら」
そう言って話も聞かず、黙り込む。
「兄さん、僕だってもう弱虫じゃないから、自分の身は自分で守れるから。もう兄さんが背負わなくても……」
ドン
枕が扉の内側に当たる音がする。
「じゃあ、遅刻しないように先に行くね。行ってきます」
強くて格好いい兄という僕の理想を、彼に押し付け過ぎたのだ。
不良のレッテルを貼られた兄の誤解を、なんとか解けないだろうか。
そんな後ろめたい気持ちのまま、いつもの通学路で学校に向かう。
「おはよう、ハルくん」
「あ、おはようございます」
近所に住む大学院生の高城さんに挨拶をする。
「修也は、また遅刻かい? 」
「はい、昼から行くと言ってました」
「全くハルくんの真面目さを半分わけてやりたいよ」
「そうですね。そしたら、兄さんから半分、勇敢な所を分けてもらいます」
自然とそんな台詞が口からこぼれた。
高城さんは冗談だと思ったのか笑ったが、僕は本気だった。
「じゃあ、気をつけて」
「はい、行ってきます」
朝の落ち込んでいた気分が少し和らいだ。
ペースを上げて学校に向かう。
兄さんは、まだ家を出ていないだろう。
「おい、待ちな、お前八坂春だな」
角を曲がると、いかにも悪そうな高校生ぐらいの少年が2人待ち伏せていた。
「な、なんですか。僕、急いでいるんですが」
「僕だってよ。学ラン着てるけど小学校だったのか」
がたいの大きい男が笑いをこらえて言う。
「小学校は、反対側だぜ」
そして、細身で銀髪の男が続けて笑った。
わざとらしく、道を塞いでおり通るのを邪魔している。
「退いてください」
「なんか、言ったか? 」
「聞こえねぇなぁ」
少し声が震える。
「退いて、下さい」
「ああ、わりいな。すぐ退くよ」
そういうと少年は急にぶつかってくる。
衝撃で僕は倒れてしまった。
「すまん、すまん当たっちまったよ」
もう1人が手を差し出す。
それを掴もうとした瞬間に手を引かれ、今度は前のめりになる。
「あらら、ちゃんと歩かないと危ないぜ」
「すみません」
僕はふらふらと、立ち上がり細身の男の横を抜けようとする。
「こんなのが、西高の修羅の弟なんてな」
「拍子抜けだな」
2人は、そのままやる気が失せたのか去っていった。
安堵と悔しさで涙が零れ落ちた。
泣かないようしようと思えば思う程、感情が高ぶり止まらなくなる。
こんなんじゃ、誰も守る事なんか出来ないじゃないか。
「そんな事はないよ」
「え? 」
知らず知らずのうちに口に出していたのだろうか。
「君のその勇気、こちらの世界で役立ててみないか? 」
上の方から声がしたが、誰もいない。
「こっちだ」
今度は後ろから声がして振り返った。
そこには顔が牛で、首から下がスーツの男が立っていた。
「な、なんですか」
「私、天使です。こう見えて」
翼もなければ、輪っかもない。
どちらかといえば、悪魔のようにも見える。
「失礼な。悪魔なんて下等な種族と一緒にしないで頂きたい」
「じゃあ、僕急ぐんで」
怪しい人に話しかけられたら、逃げた方がいいに決まっている。
「あ、時間ないや」
「そうそう、遅刻しちゃうんで。って、何これ」
逃げだそうとしたが足が動かない。
「時間ないんで、サクッと聖印押しちゃいますね」
そういうと天使は、槍のような物を僕の左足の甲にぶっさした。
「痛い、痛いよ。なんて事をするんですか」
「痛いのは最初だけですよ。ちなみに、貴方には矛盾の能力を授けました。これで、どんな強い魔物がきても安心ですね」
「魔物とか訳わかんないのはいいので、抜いて下さい」
「時間ないです。察しって下さいね」
理不尽過ぎる。
「あ、そうそう偶然なんですが。あなたのお兄さんも異世界にスカウトされたみたいですね。兄弟揃って志しが高い! 」
「兄さんが? 」
「じゃあ、私達も行きましょうか」
「え? 」
スーツの背中から、真っ白い羽根が伸びる。
それに全身が包まれていく。
「では、健闘を祈ります。主のみこころのままに」
全てが白に覆われて、何も見えない。
薄れていく意識の中で兄さんの声がした気がした。