魔王はチョロい
「みーんなーでうーたーえーばーこーわーくーないー」
澄んだ可愛らしい声が、止むことなく続いている。
「あーなたーも、うーたーお、たのしーいーおーうーたー」
その声には、一欠片も恐怖の感情など存在していない。
「どーんな風がーふーいーてーも、だーいーじょーおーぶー」
声は、どこまでも無邪気に歌い上げていく。
「わーたしーがーそーばーに、いーてーあーげーるー」
だからこそ、牢の見張りを担当している男は、戦慄を押さえられない。
まだ成人もしていない少女が、狭い檻に一人閉じ込められているというのに、微塵も恐怖することなく歌っているその様に。
「......」
少女の歌声に最初の頃は罵声を上げていた他の囚人達も、今ではすっかり口を開けることすらなく聞き惚れている。
「わーたしーが、いーつーも、こーこーにー...」
「ふははははは!!どこだ、サラよ!」
しかし少女の歌声は遮られる。
少女を救いに来た、魔王によって。
「...誰?」
「我が名はゼノ!この世を統べる存在なり!」
「滑る?」
ゼノは、少女の声がする牢につかつかと歩み寄った。
中を覗くと、そこには十五歳程度の少女がいた。
だが兄である筈の青年の外見とは全く違った。ふわふわした肩までの金髪に、深い緑色の真ん丸の瞳。青年が彼女を天使と称したのも納得出来るような美少女だった。
レオーネが凛とした氷のような美しさの持ち主なら、サラは守りたくなる小さな花のような可愛らしさを持っていた。
彼女はゼノをじっくり見た後、頬を膨らませる。
「お兄ちゃんじゃない人なんて、ワタシ、信じないからっ」
「貴様の兄に頼まれ...いや頼まれてはいないか。とにかく、来るのだ!貴様の兄も待っているぞ!」
「信じないもんっ」
サラはそっぽを向き、ゼノは困ったように首を捻る。
「う...どうしよう」
「...お兄ちゃんは、絶対助けに来てくれるもん。だからワタシは騙されたりしないもんっ!」
「それは無理だろう」
あっさりと断言したゼノに、サラは目を見開き思わず向き直って抗議する。
「無理じゃないもん!お兄ちゃんはワタシの為なら何でもしてくれるもん!」
「貴様の兄は、貴様を人質に取られている。貴様を解放するには我を倒すしかない。だが残念ながら妹を失い平静を失ったあの男には、我を倒すことは出来ぬ」
「そんなことないもん!お兄ちゃんはすっごく強いんだから!あなたなんかすぐ倒しちゃうもん!」
「そう、あの男に今必要なのは安心。つまり貴様だ。貴様がいるならば、あの男も勇者になり得るかもしれん。だから我は貴様を救出に来たのだ。妹を得られれば、あの男も本来の力を発揮するだろう。だからサラよ、我と共に来るがいい」
「うん!...うん?えーと...まあいいや!ワタシ、お兄ちゃんとこ行く!」
「よし、では行くぞ」
ゼノは一つ頷くと、サラを閉じ込めていた檻を無造作に掴み、ぐにゃりと曲げた。
見張りの男や、成り行きを見守っていた囚人達が絶句する中、ゼノは案内役の衛兵に「我の要件は終わった!さらばだ!ふははははは!!」と叫び、懐から取り出した古びた本によって、サラと共に転移した。
「サラ!!」
「お兄ちゃん!!」
感動の兄妹再会である。
レナンド王国の首都、トールシアにて魔王の帰りを待っていた青年は、サラの姿がぼんやりと現れた瞬間に、彼女のそばにいた魔王を突き飛ばしサラを抱き抱えた。サラもサラで、もう離さないというように青年にすがりつく。
突き飛ばされた魔王は咄嗟に近くにいたレオーネに助けを求めたが、レオーネは一瞥した後不愉快そうに顔を背けた。
ゼノはちょっとだけショックを受けつつ、何とか踏ん張って転ばずに済んだ。
「何と...本当にジングン帝国から人質を回収したのか。流石は魔王、といったところか。転移魔法すら扱えるとは...」
レオーネ達と同じく律儀に待っていたレナンド国王リカルドが、恐れを交えて呟く。
「それで?貴方、これからどうするのですか?」
「え?」
「そこの屑は、もう貴方と戦う理由をなくしましたが」
「何を言う!我はその気になればいつでもサラを拐えるぞ!」
「何だとてめー!?」
青年が凄まじい殺意を込めて魔王を睨み付ける。その傍らで、レオーネが「サラをさらう...寒っ」と吐き捨てた為、意識していなかったゼノは今度は多大なるダメージを受けた。
「と、とにかく!それが嫌ならば、我を倒すがいい!ふははははは!!」
「上等じゃねーか!」
「...ねえ」
「どうした、サラ。大丈夫だ、俺は絶対に...」
「そこの、女の人」
「...は?私ですか?」
サラは何故かレオーネを仇のように睨んでいた。
「さっき...お兄ちゃんのこと、クズって言ってたよね」
「それが何か?」
「訂正してよ、お兄ちゃんはクズなんかじゃない!」
「サラ...!」と感激したように青年は名前を呼ぶ。しかしレオーネはそれを気にも留めず冷たく告げた。
「はあ?私が彼をどう呼ぼうが私の勝手でしょう?」
「どうしてそんな酷いことが言えるの!?あなた、おかしいよ!」
イラッ
ゼノにはそんな音が聞こえた気がした。
「...あくまで私にとってそうであるというだけのことです。私がそこの剣士をどう思おうが私の勝手でしょう。全ての人間には好みというものがあるのです。これなら理解出来ましたか?」
「何それ?意味分かんない!お兄ちゃんに謝って!!」
レオーネはふう、と息を吐くと、流れるように魔法をサラに放とうとしたのをゼノに止められた。
「待て待て待て!何をする気なのだ!」
「離してください、この私に触らないでくださいよ魔王風情が」
「魔王風情って言われたの初めてだ!いや待つのだ貴様、ま、待ってくださいレオーネさんお願いしますレオーネさん!」
「じゃあ私のこれからの食費、貴方が負担するということで」
「分かりましたレオーネさん!って、違う違う!今のは無しで...」
「はあ?魔王ともあろう方が約束を破るのですか?」
「さっき風情って言ってましたよね!?あああでも嬉しい、あろう方って言ってくれた」
「貴方本当に魔王ですか...?」
一人で騒がしいゼノに、レオーネはほんの僅かに戸惑いを滲ませ小さく問いかける。
そんなレオーネに再びサラが噛みつき、ゼノが慌てて止める。
その現状を前にして、
「...よそでやってくれないかな」
ついに国王リカルドが本音を溢した。




