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1章 【冒険者登録】


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1章 【冒険者登録】



「ハァ……ハァ……くっそ、ツイてねぇ……」


 建物と建物の間、人が二人すれ違うのがやっとのその細い隙間に、ルイスは尻餅をつくような形で座り込んだ。

 肩で息をし、額に張り付く前髪を鬱陶しげに掻き上げる。


(まさか……二回も死ぬなんて)


 己の醜態を思い出し、眉根を寄せて俯く。

 一度目は川に落ちて頭を打った。二度目は魔物の突進で吹っ飛ばされた。いずれもほぼ即死だった。

 できることなら忘れてしまいたい、いや、なかったことにしてしまいたい失態に、ルイスは深い深い溜息を吐き出す。


 故郷を発って、五日目の昼下がり。

 ようやく辿り着いた最初の目的地【サミトル】は、故郷から小さな村を二つ越えた先にある、この辺りでは一番大きな町だ。


 けっして大都市ではないが、小さな村や町ばかりが点在しているこの地域において、サミトルはすべての中心であり要である。

 遠く離れた都市から届く物資も国からの通達も何もかも、まず一度この町に集まり、それから各村や町へ届けられる。

 旅の途中にこの地域を訪れた商人や一座なども、滞在するのは大抵この町だ。

 『サミトルに行けば、とりあえず必要なものは得られる。何かあればサミトルへ行け』というのは、この地域の者ならば誰もが幼い頃に親から教えられることだ。


 ルイスも両手で数えられる程度はこの町に来たことがあった。

 興味も欲しい物もあったわけではないが、母におつかいを頼まれた時、散歩がてらに足を運んでいたのだ。

 普通に歩いても、故郷から半日かからない距離にある、この町に。


 では何故、今回のルイスは到着までに五日もかかり、二回も命を落としたのか?


 それはひとえに、彼のレベルが【-99】だからに他ならない。


(普通に生きていられるとはいえ、こんな身体じゃ……次またいつ死ぬか)


 前途多難どころか絶体絶命、お先真っ暗。

 ルイスは生まれて初めて、背中を丸めてガックリと項垂れた。


 ――とにかく、一息つこう。

 そう思っていると、通りからやけに耳につく賑やかな笑い声が聞こえてきた。


「やっぱり強いですね~、アイナさんっ!」

「ほんと! 頼りになりますぅ」

「オレたち、なーんもやることなかったなー」

「ハハハ、確かに!」


 ルイスは視線だけを通りに向ける。

 声の主は、四……いや、五人組の若い男女だった。何がそんなに楽しいのか、大笑いしながら歩いていく。


(ああ、冒険者のパーティか)


 彼らのうち四人の姿――動きやすい軽装に安っぽい武器――を見て一目でわかった。まるで見本のような、初心者冒険者のスタンダードな姿だ。

 おおかた近辺の魔物でも倒してきた帰りなのだろうことも、会話の内容から容易に理解できる。


(しっかし、パーティねぇ……)


 ルイスは呆れるように目を細めた。

 この近辺に生息する魔物は基本的には大人しい。攻撃も単調で、慣れれば一人で複数の魔物を倒すことも苦ではない。

 だからこそ、この町には初心者の冒険者が集まる。わざわざ遠い土地から来て、この町から冒険者として始める者も多い。


「甘えてるな」


 ――こんな楽な場所でさえ、パーティを組むなんて。

 ルイスはポツリと毒づいた。


 魔物が弱いということは、多くの者が倒せるということ。

 つまり経験値も少なく、手に入る物の価値も低い。経験値稼ぎにも金策にも効率的とは言えないだろう。


 パーティを組めば、もちろん戦いは楽にはなる。

 しかしその分、得たものもメンバー全員で分配する為、利益は減る。

 それなのにわざわざパーティを組むことの必要性が、ルイスには理解できなかった。


 そして――理解できない自分が、これからそのパーティを探して世話にならなくてはならないことに、堪らなく嫌気がさした。


(まさかあんな初心者どもばかりじゃないだろうな……頼むぞ、オイ。せめてもっとマシな装備の奴じゃねーと、いつまで経ってもレベルが上がらねぇ)


 ルイスは膝に顔を埋めて、深い深い溜息を吐き出した。


「あの、大丈夫ですか?」

「っ!?」


 突然すぐ傍から聞こえた声に、大袈裟に身体を竦ませるルイス。

 はじかれたように顔を上げた彼の目に飛び込んできたのは、心配そうに自分を見つめてくる少女の顔だった。


(こいつ……)


 見覚えのある顔だった。それもつい先程。

 そう、先程、あの初心者冒険者のパーティにいた少女だ。

 四人の男女の間にいてあまり見えなかったが、唯一、腰に下げた武器がマトモだと思った。


 少女はルイスの隣に膝をついた。

 ルイスは視線を落としてもう一度、彼女の武器――剣を見る。


 鞘に納められてはいるが、普通よりも少し細身で、長さは短剣と長剣の間くらいか。恐らく少女の背丈に合わせた物だろう。

 最低限の飾りしかない鞘には、この町の鍛冶屋の名前が小さく彫られている。ただの売り物ではなく、特注品なのかもしれない。


「あの」


 視線を上げると、また心配そうな顔と目が合った。


「……何か用か?」

「用というか、さっきあなたの姿が見えて……何だか顔色が悪そうに見えたので、気になって」

「は?」


 ルイスは怪訝な表情で少女を見返した。

 確かに顔色は悪いだろう。死ぬ思いで――実際に二回死んだ――ようやく町に辿り着いたばかりだ。

 体力は酷く消耗しているし、服は昨夜川で洗ったにも関わらず土やら砂埃で汚れている。


 しかし、それがどうした? 赤の他人であるこいつが心配することか?

 少女の目的が掴めず、ルイスは右手をすぐ傍に置いていた己の剣へと伸ばす。


 すると少女は自分の鞄の中をゴソゴソと探り出した。

 ルイスは警戒を更に強める。


 ――どうする? 女とは言え相手は冒険者だ。逃げた方が……。


「あ、あった。あの、よかったらこれ、どうぞ」


 と、次の瞬間。少女が差し出してきたのは、小さな瓶だった。


「……は?」


 中身の琥珀色をした液体が揺れる。

 それは体力を回復する薬だった。ルイスはあまり使ったことがないが、冒険者にとっては必需品である。


 ますます、わからなくなった。


「これを飲めば少しは元気になれると思うので。あんまり辛いようなら、この先に診療所もありますから」


 少女が指差す先を見て、もう一度少女を見て、それでもルイスは訳がわからずに目を丸くする。

 そんな彼と少女のもとに、「おーい」「アイナさーん、どうしたんですかぁー?」と先程の初心者冒険者たちの声が離れた場所から聞こえてきた。


「すまない、今行く。……それじゃあ、お大事に」


 返事をしてから、少女はルイスの左手に触れて優しく微笑みかけ、立ち上がった。

 そのまま通りに向かう少女の背中を、ルイスはただ呆然と見送る。


 その左手には、しっかりと小瓶が握られていた。



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