表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

遭遇

 夜と朝の光が交わり、空は微妙なコントラストを見せる。

 そんな時間に目が覚めた。見た夢があまりにも切なくて、悲しくて、僕は泣いていたから。だって、それは子供の頃、実際にあった事だから。

「ああ、そうか……」

 涙を拭うと、僕は寝袋から抜け出してテントの外に出た。久しぶりに寝袋で寝たものだから、少し体が強張っていて、体を伸ばしながら湖に目を向けると、その光景に、少しの間、目を奪われてしまった。

 湖には、薄い雲の絨毯が敷き詰められて、藍色で覆われた空には、瞬く光が散りばめられ、その二つを分かつ様に、山の端は微かに溢れる光で縁取られる。これは、朝と夜の狭間、古くは彼誰時(かわたれどき)とも呼ばれる時間。

 こんな景色を見ちゃったら、もうキャンプは辞められない。

 不意に僕の心の中に、子供の頃の記憶が溢れ出して来た。今まで思い出そうとしても、硬く閉じた引き出しは開く気配すら見せなかったのに、何故か自然に開いて、あの頃の思い出が飛び出して来たんだ。しかも、鮮明に。そういえば、僕は一人であちこちを走り回って、何かを見つけ様としてたんだっけ。その時に会ったんだ。

「あいつ、どうしてるかな……」

 当時を思い返しながら、僕は何気なく桟橋の方に目をやると、そこには人が立って居た。

 両腕を広げてそよぐ風を受け止めながら、雲海の中に立つ。そんな風に見えて、とても不思議で、僕は吸い寄せられる様にその人の元へ、歩を進める。

 桟橋の袂まで来れば、薄暗い中でもその後姿ははっきりと見える。肩の辺りで切りそろえた髪が風に緩やかに靡き、微かな朝日を浴びたその輪郭は、緩やかなカーブを描く、薄暗い中でもハッキリと分かる小麦色の肌は活発な印象を与え、その肢体を包み込むのは、赤いタンクトップに白いショートパンツという、かなりラフな格好。だから、女の子だって事はすぐに分かった。年齢は十六才前後、と言った所かな。

 その情景に暫く見蕩れていたけど、我に返った僕が挨拶をしようか迷っていたら、行き成り彼女が振り向いた。

 その涼やかな瞳に僕の姿を映出して、口元には微笑みを浮かべ、その姿からは、心なしか嬉しそうな気配が伝わって来た。

雅春(まさはる)、来るの遅い!」

 一瞬、え? と思った。だって、彼女とは初対面のはずだし、ここに着てから名乗った覚えも無い。それなのに、なんで彼女は僕の名前を知っているんだろう。

 疑問に思う僕に向かって彼女は駆け寄って来る。でも僕は、それに気付いて無かった。だって、考え込んでしまっていたから。何故、彼女が僕の名前を知っているのかを。そして、フッと我に返った時には、彼女の嬉しそうな顔が目の前に有って、身構える暇もなく抱き付かれてた。だから、その勢いを受け止め切れなくて、よろけて尻餅を付いてしまった。

「ずっと待ってたんだから! もっと早く来てくれると思ってたのに!」

 僕を待ってた? どういう事? この子は僕を知ってる? なんで? そんな疑問しか湧き上がって来ない。

 耳元ですすり泣く声が聞こえる。この子はなんで泣いてるんだろう。でも、この疑問だけは直ぐに解けた。彼女が身を少しだけ離して、僕の顔を近くから覗き込んだから。その表情は笑顔だったから。嬉しくて泣いてたんだって分かった。だけど、僕にはそれすら何故なのか分からない。

「でも、ちゃんと来てくれた。約束を守ってくれた。ねえ、覚えてる? あの時の事」

 あの時? 過去に僕がここに来たのは、ただ一度きりだ。それも子供の時、両親に連れられて。

「あの時って……、僕はここに来るのは二度目だし……。君に会うのはこれが初めてなんだけど……」

 そんな僕の答えにも、彼女は笑ってた。それは何処か嬉しそうで、でも、少しだけ寂しそうに見える。

「それじゃ、約束は覚えてる?」

「約束?」

「自転車に乗せてくれるって言ってたじゃない」

 僕は記憶の引き出しを(まさぐ)る。思い出した。確かにそんな事を言った覚えが有る。けれど、それは……。

 何かを言おうとして、口を開くけど、何て言えばいいのか思い付かない。そんな困惑する僕を見ても、やっぱり彼女は笑ってる。

「それじゃ今、約束しましょ。あたしを自転車に乗せてくれる?」

 結構、強引な子だ。だけど、それも悪くは無いな、と思う。だって、こんなに綺麗な子と一緒に自転車に乗るなんて、滅多に無い事だから。それこそ旅の思い出に相応しい出来事だ。

「いいよ。でも、自転車はレンタルしないと――。そうだ、君は一人で乗れるの?」

 彼女はゆっくりと首を振る。

「あたし、乗った事ないから……」

 今時珍しい子だな、と思った。でも、こうなったら何とかしないと男じゃない。

「そうかあ、でもまあ、何とかなるか」

 そうは言ったものの、僕には何の当ても無い。昨日、管理人さんから一応はレンタサイクルの場所は聞いておいたけれど、二人乗りが出来るかは、分からなかった。でも、僕にはある予感はあったんだ。だって、昨日から不思議な事続きだったから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ