宴
今日から三日間お世話になる場所。そこはキャンプ場なんだけど何と言えばいいのだろう。僕の住んでる街とは違った風を感じさせる場所、って言えばいいのかな。それはたぶん、直ぐ側に湖が在るからだと思う。湖面を優しく撫でながら流れ込む風が、心地いい柔らかさで包み込んでくれる。そんな不思議な風を感じさせてくれる場所。
ただ、子供の頃に両親に連れて来てもらった時とは、だいぶ印象が違う気がした。記憶は曖昧だけれど、確か、こんな風じゃなかった気がする。どう違うのか、と聞かれたら、まあ、良い意味で痛い、と答えるしかないかな。
どこが痛いのか、って言うと、管理棟の中。そこはアニメ一色に染まっている。でも、それが嫌味に成ってない所がすごい。有る意味、徹底しているからだと思う。地元の酒蔵で作った地酒も置いて在るしね、ラベルはアニメのキャラクターだけど。
実はここ、結構、ドラマやアニメの舞台になったらしい。だから、そのアニメを使った町興しに一役買ってるって事かな。もっとも、そこ以外は普通の林間のキャンプ場で、料金は安いし、あまりお金の無いバイクキャンパーには打って付けかも。それに、管理人さんがとても気さくで明るいから、声を掛ける此方としても気負わずに済む。意外と男前だしね。
もっとも、男の僕としては、受付のお姉さんの方がいいけれど。
明るい笑顔がとても良く似合う、可愛らしい女性だったな。そうそう、猫もいっぱい居た。全部で五匹くらい居るって言ってたっけ。
受付を済ませて、早速テントの設営準備、と言いたい所だけれど、まずは場所探しからかな。雨が降っても水没しない場所にしないとね。これ、すごく重要なんだ。夜中に雨が降って、テント内が水浸しで大慌て、なんて洒落にもならないから。それに、ここはバイクの乗り入れが出来ないから、あまり遠い場所だと荷物運びだけで疲れるんだよね。でも、選んだ場所は結局、遠くだけど。せっかく湖が傍に在るんだし、直ぐ近くが良いよね、心地いい風にも包まれて居たいから。
そういえば思い出した。ここ、荷物運びにリヤカーの貸し出しもしてたんだった。リヤカーを探して場内をぐるっと回ったら、一輪車が目に留まった。通称〝ねこ〟って言われるやつ、それを借りて荷物を運んだけど、バイクの荷物だと、これで丁度良い感じ。でも、なんで〝ねこ〟って言うのかな? そのうち調べてみようっと。
テントを設営している時、猫が寄って来て側でジッと見てたので、声を掛けたら、プイっと行ってしまった。でも、やっぱり途中で振り返って、一声鳴いたんだ、来る途中に逢った猫達と同じ様に。それに、設営が終わって一息付いていたら、後ろから僕の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたから、振り向いたら誰も居なかった。これは気のせいだと思うけれどね。
今日は不思議な事だらけだなあ。
さてと、身軽に成った所で、今日の夜と明日の朝の食材を買出しして来なくちゃ。
近くのスーパー、と言っても、バイクで往復十五分くらい掛かるけれど、そこで肉と野菜、それと、夜のお供にお酒を少々。そうだ、お酒も二十歳に成ってからだぞ、未成年は絶対……。うん、あまり強くは言えないな。一応、法律は守らないといけないぞ。
買出しから戻ったら、近くの温泉に行って汗を流して来て、これで準備万端。後は夕食の準備として、焚き火かな。最近は直火禁止ってキャンプ場も多いから、焚き火台は必需品だ。何はともあれ、焚き火は見ているだけで楽しい。風に揺れ動き、幻想的に辺りを照らす炎、薪が爆ぜる音、常に面倒を見なければ消えてしまうけれど、それも含めて今の日常では在り得ない事。そして、その炎を使って料理を作る。遥か昔の日常は、今の非日常で、僕達キャンパーはそれを当たり前の事として受け入れている。昔と違うのは、火を点けるのにライターを使う事くらい。
そろそろ暗く成り始めたから火を点そうか。そしたら宴の始まりだ。たった一人だけれど、それでもいい。炎を眺めて、料理に舌鼓を打ち、お酒を味わう。そういえば、前に誰かに言われた事があったっけ、一人の宴会は寂しい、って。でも、僕は寂しくなんかない。虫達が音を奏で、波が歌い、炎はそれに合わせて舞踊り、月と星が喝采を送る。夜はこんなにも賑やかだ。だから僕は笑う。これは楽しい宴。僕は一人だけれど、でも、一人じゃない。虫達と波音、夜空に浮かぶ月と星、そして僕。これを繋ぐのが焚き火の炎。
薪が無くなって炎が尽きる頃、宴はお開きとなり、僕は眠りに付いた。今度は虫達と波が静かに子守唄を奏で、月と星が優しく見守る。そんな中、僕は夢を見た。幼い僕と、一匹の子猫の夢を。