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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第一章、前提編
9/109

その9・腐臭による吐き気に注意すること





「ムリムリムリ。ほんと無理、ほんと嫌だから」


 怒りと焦りを通り越した、真の恐慌状態。

 人とは妙に饒舌になるらしく、思考を垂れ流すように言葉を羅列する奏の脳内には今、逃避の二文字しか存在しない。


「というか何考えてんの正気? 本当にヤだ果てしなくイヤだ、嫌だっていってんだろこの汚泥、聞いてんの?」


 ずるずると。

 引きずられないよう、その場から動くことのないよう全身全霊で踏ん張る奏はいっそ清々しい程に無表情だった。表情が凍り付いているともいえる。


「何がだ」


 そしてそんな彼女の手を引く感染者もまた、腹立たしい程に無表情であった。

 力で敵わない事はもう学習済みだったが、抵抗しないわけにはいかない奏の視線は今、山中ぽっかりと姿を現した洞窟へと向けられている。


「お前あそこ入る気ですよね、私は嫌だ入ったら死ぬ」

「死なん」

「死ぬ」

「死なん」

「死ぬっつってんでしょ!!」


 傍から見れば子供の喧嘩にしか見えない応酬。すったもんだしながらも結局、ずるずると引きずられていく奏の身体。

 そう、感染者の目的地はこの洞窟だった。

 異様な雰囲気のそれからは地獄直行便な臭いがプンプンする。


「大体洞窟探検したいなら一人で行けばいいんじゃないですかね何で私まで道連れ?」

「一人で行ってどうしろという」

「逆に二人で行って何しようっての、ああああ死亡フラグの臭いがする、もの凄くする私はもう駄目です私に構わず行ってください」


 奏はすでに半ば涙目だった。

 洞窟からむわんと漂う禍々しいオーラにうっ、と気分が悪くなる。


「しぼうふらぐ?」

「お前鼻おかしいんじゃないの。ほらあの洞窟からツーンとくる、マスクのフィルター突き抜けてツーンとくるこの臭いこそ私にとっての死亡フラグですよ!」


 絶望交じりに言い切った奏に感染者は一旦足を止め、首を傾けた。


「ああ。腐臭か」


 そう、腐臭だ。

 大切なことなので二度いうが、腐臭がするのである。


 間違いなくあの洞窟の中には『ゾンビ』がいる。腐った死体が歩き回っている。

 そしてそんな彼らに集られてしまえば奏など小指の骨一本、残らないだろう。

 腐った感染者というのはイコール『腹ペコゾンビ』なのだから。


――説明しよう!


 いつだったか、唐突に語り始めた飯島の言葉が奏の脳裏で回想された。




――うちの者の中では感染者のことを『ゾンビ』と呼ぶものがいるが、何故だと思うかね?

――なんででしょうね。

――……奏、少しは考えたまえ。まぁ、いい。


 困ったように首を竦める飯島を見つめ、続きの言葉を待つ。

 あれは穏やかなお昼時のことだった。


――感染者には様々な種類がいるが……そのなれの果ては全て、我々がイメージする『ゾンビ』そのものだからだ。

――と、言いますと?

――『腐っていて、腹をすかせている』。

――つまりその二つの条件が重要だということですか。


 うむ、と一つ頷き飯島は昼食である合成食材を口に運んだ。

 見た目がアレなので所内の者からは絶賛不人気のそれだが、栄養バランスは非常に良いので奏自身もそれを昼食としている。


――空腹を覚えた感染者は、どういった行動を取ると思う?

――“餌”を食べます。

――ではその“餌”がなければ?


 言って口角を釣り上げた飯島は奏の手からスプーンを取り上げた。

 取り返そうと反射的に伸ばした手は阻まれ、答えなさいと言わんばかりの視線に眉を寄せる。


――……分かりません。

――“己自身”を食べるのだよ。内側から、な。


 内緒話をするかのように、落とされた声。


――……つまり?

――君たちが“黒液”と呼んでいるものは過度な飢餓を覚えると入り込んだ肉体を体内から分解(・・・・・・)し、己の栄養とする……というわけだ。


 だから、飢餓状態の感染者は腐っている。

 逆を言えば――腐敗している感染者は、飢餓状態にある。




 なので、奏は現在非常にピンチといえた。

 延々と回想している間も彼女の鼻孔を突き抜ける腐敗臭。

 そしてその根源へずるずると向かわされる体。


「この腐敗臭、絶対に尋常じゃない。一匹二匹の『ゾンビ』からこんな臭いが出るはずない、絶対この中はマズイって聞いてる!?」


 すでに奏の身体は洞窟の入り口にあった。

 吐き気を催すような臭いにクラクラしつつも、最後の良心のように突き出た岩に足をかけ、なんとか踏ん張っている現状である。


「聞いている。この中にいるのは一匹だ」

「嘘ついてんじゃないわよ汚泥、ってかなんで一匹ってわかるの」

「知っているからの決まっている、馬鹿か」


 段々感染者もイライラし始めたようである。しかし奏はその様子ではなく、男の発した言葉自体に目を剥いた。

 知っている、ということは。


「……今、分かった。お前、私を貢物にする気か」

「貢物?」

「この先にいる感染者に私を食わせる気でしょ?」


 これだけ酷い臭いを放っているのだ、この洞窟内の感染者はそれはもう空腹に違いない。

 となればそこに“非常食”を連れて行く理由など考えるまでもなく一つだった。

 全身の毛を逆立てるかのようにして威嚇する奏に、感染者はふと彼女の腕を引くのをやめる。しかしその手は未だ離されないまま。

 一体何をしてくるつもりかと身構える奏に、男はその眉をぐっと寄せた。


「やはり馬鹿か」

「お前にだけは馬鹿って言われたくない」


 こうなれば視線の刺し合い、メンチの切り合いである。

 外見がヤンキーなだけあって目を眇める感染者にはそれなりの迫力があった。


「言ったはずだ。お前は食わせない」

「え、何それ。そんなの言われた覚え全くないんだけど」

「お前の脳みそは動いていないらしい」


 失礼な事を言われた、と奏が認識すると同時。

 最期の砦であった岩にひっかけていた足に衝撃が走り、バランスを崩したかと思えば世界が反転する。


「ひょっ!?」


 とんでもなく間抜けな悲鳴を上げた奏は、遠ざかった地面に必死で体をバタつかせた。


「お前は、俺の非常食だ。他のやつにはやらん」

「おい降ろせ今すぐ降ろせ降ろせっていってんでしょこの汚泥!」

「だからお前は食われない。俺が食わさせないから」

「うっぷ……ちょっと、走らないで。腐臭で既にやばいのに振動加えられたら吐く。いや、寧ろ吐いていい? お前の背中に吐くけどいい?」


 俗に言う俵担ぎをされた奏は口元に手をやり吐き気に耐える。

 感染者は小走りに洞窟の奥へと向かっていく。

 そんな、お互いがお互いの話をまったく聞かない中。


(私……終わった……)


 遠ざかっていく洞窟入口の明かりに本日何度目かの死を感じる奏の口内、すっぱいものが込み上げた。






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