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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第五章、応用編その2
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空白のページ





   ※   ※   ※





 目が覚めたときにはもう、透明な膜の向こう側から沢山みられていた。

 叩いてみた膜はかたくて、表面を打つたびにビリビリと震えるのが面白くて、何度も何度も叩いていた。

 けれど結局膜は割れず、手がぐちゃぐちゃになって、嫌な気分になった。  


 明るくなったり、暗くなったり。

 最近気が付いたのは、幕の外の世界はそれを繰り返していて、餌が無くなる事は無いのだということ。それと、ここには色んな種類の餌があるんだということ。

 不味そうなの、美味しそうなの、その間くらいのもの。

 餌が餌を持ってくるのが、面白い。でも置いていかれる餌より、膜の外からこちらを見つめる餌の方が食べたかった。


「――所長、この個体には脚部に変異が見られます」

「そんなの見れば分かるよ。知能の確認は?」

「い、いえまだ……脚部の変異構造の方を中心に観察していたので」


 意味はわからないけれど、最近餌が発する言葉をちゃんと聞き取れるようになってきた。

 “しょちょう”と呼ばれるボサボサの毛の餌は、よく膜の前に現れる。

 もうひとつの餌は、最近ずっと膜の前で此方を見つめてきていた餌だ。


「ふうん。つまり君はこの4日間、外からただこの検体を観察してただけって事?」

「そ、それは――」

「ああ、その個体だったらこの前キューブボックス放り込んで見たけど、パズル解くどころか普通に足で踏み潰されたよ? あと良くガラス叩いてるみたいだけど、知能の有無は良く分からないね?」

「桜……お前、また勝手に入ってきたの?」


 2つの餌の後ろの方から、またひとつ餌が出てくる。

 きゅーぶぼっくす、とはこの前放り込まれた妙な餌のことだろうか。

 “さくら”と呼ばれる餌が寄越してきたそれは、中から良い匂いがするのに、外側がとても硬かったので、思い切り足で踏み潰したような気がする。

 あれは、楽しかった。


「だって此処、チャイムついてないし? あ、あとさっき機材の人来てたよ」

「あ、そう? ……ってかセキュリティは?」

「今回のより前のの方が、性能的には良いと思う」

「……ってか桜、お前この検体受け持つ気とかない? こいつ使えないんだよね。初期観察異常に長いし。どうしようかと思ってる」

「ヒヤシンスの球根でも渡しとけば良いんじゃない? あと受け持ちとか無理。経過記録いちいち紙に書くとか、面倒くさい」


 ひらひらと手を振る“さくら”と“しょちょう”は良く似ている。

 毛がボサボサなのもそうだし、声の音も良く似ている。

 少し遠くにいる幾つかの餌達は、みんな揃って此方に何とも言えない視線を向けてきていて、近くで良く似た2つを見つめているもうひとつの餌は、何故だか少し震えているようだった。


「ってか修兄が受け持てば? こっちはこっちで今、興味深い検体見つけちゃったし」

「んー。でも僕、頭痛いし。眠いし。助手が欲しいんだよね。君、言われたことを実行すること位は出来る?」

「出来ま、す……ッ」

「そう? じゃあヒヤシンスの観察は先送りだね……ってか桜、面白い検体ってどれ?」

「ん? ……機材の人、あんまり待たせない方が良いんじゃない?」


 それからは“しょちょう”と“かんさつ”が今まで以上に良く膜の前に現れるようになった。

 “かんさつ”は今まで以上に“いぐすり”を食べるようになった。

 目の前に美味しそうな餌があるのに、食べられないのが嫌だった。


「なんか追加で超硬合金の柵、つけれるみたいだけど。必要なのはコイツの所ぐらいか?」

「いや良いだろ、お前心配しすぎ。変異体なんだから、餌さえじゅうぶん与えてれば問題ないし。余計なところで金かけたら、また嫌味言われるじゃん」


 だからある日、目の前の膜を破ってみた。


 その感覚が楽しくて楽しくて、初めてじぶんはこの為に此処にいたんだと気がついた。

 一気に逃げ出した餌を片っ端から齧っていく。今まで食べていたものが何だったのかと思うくらいに、美味しかった。


「何故だ、餌の供給は十二分に行われていた筈――ッ!!」


 餌のどれかが何か言っていたけど、そんなのは関係なかった。

 お腹はもういっぱいだったけれど、ただ壊すのが楽しいから壊す。

 餌から吹き出る色で部屋の色がどんどん変わっていって、気付けばそこらじゅうの色々が壊れていて、逃げていく餌を追いかけていたら、嗅いだことのない匂いを見つけた。

 それに引かれるよう進んでいけば、足にあった硬い感覚がなんだか柔らかいものに変わって、カサリ、と音を立てたそれは、何枚も何枚も降り積もっていることが分かった。


 鼻先を通り過ぎていく空気に、初めての匂いが次々に入り込んでくる。

 一歩を踏み出した先は暗くて、見上げればすごく上の方に小さな光が一つだけあった。

 ぼんやりと暗闇を照らす光に、手を伸ばしてみたけれど届かない。

 それは不満なことだったけれど、目に見えるもの全部が初めて見るもので、すぐに光の事は忘れた。


――これからはやりたい事も分かったし、食べたいものも好きなように食べれる。


 なんとなくそれが分かって、何処まで続いているのか分からない地面を思いっきり走った。

 身体全体がふわふわしているみたいで、楽しくて、壊しきった今までの場所のことなんか直ぐに忘れてしまった。






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