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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第五章、応用編その2
76/109

その70・助けれる人間は助けること






 雨の音というものは、長時間聞いていると、どうにも頭がぼうっとしてくるものだ。

 木々の葉を弾いて滑る音。建築物にぶつかって、はぜる音。

 全てを吸い込み切れなかったコンクリートの上で、溜まって流れて同化していく音。

 年月によって塗装が剥がれた門の前で立ち止まり、耳を澄ましていた奏は、軽く伏せていた瞼を上げ一歩を踏み出した。

 剥げ落ちたペンキの薄い屑が、ブーツの下であっけなく砕ける。

 目に入る周囲の壁面は年月に相応しく見事なまでに色褪せているが、今のところ大きな破損は見当たらない。

 即ち、ボロボロではあるがこの建物は一応、崩れそうにはないと。

 確認し終えた奏は正門を抜け、すぐ正面にある渡り廊下の下、とりあえずの屋根となっている場所で身体の水滴を軽く払い落しつつ、改めて到着した場所の構造確認を行う事にした。


「なんつーか……あれだな」

「……そうですね」


 右手には、校舎。

 そして左手にも、校舎。

 それらをつなぐ渡り廊下の下に、現在三人は位置していた。

 目の前に広がるグラウンドでは、元々植えられていたのであろう植物が剪定者のいない中、好き勝手伸び放題に蔓延っているのが良く分かる。

 そしてそれらを見下ろす白い校舎の壁面は、灰色の風景の中でほんのりと白く浮き上がっおり、何とも言いようのない威圧感を奏たちに与えてくる。


「……さぁ行け、シロ」

「ニャー」

「大丈夫だ。あいつらは栄養価の高いもんが好きみてぇだから……お前が狙われる事はねぇよ」


 声に引かれた奏が雨に佇む校舎から視線を外してみれば、そこには何やら屈み込み、子猫に向かって語りかけている河井の姿があった。

 幼気な子猫をいつまで引っ張り回す気だ、と。

 そろそろ突っ込もうかと思っていた奏は、しかしそこで“もしかすると彼は屋根のある場所を探していたのでは”という可能性に気が付き、その目をハッと見開いた。

 まず前提として今は雨、幼い子猫から体温が奪われることは、どう考えても芳しくない事である。

 そして此処は廃校。廃校と言えば配管やちょっとした隙間に、ネズミや虫といった猫の餌が潜んでいる場合が多い。それは建物の大きさからしても、モノレールの構内より遥かに、多い。

 と、いう事はこの男、全てを理解した上でここまで子猫を連れて来たというのなら、案外見上げたものだと。

 一転、感心しかけた奏なのだが、隣ですっかり濡れ鼠になっていた鴉の方はどうやら不服だったらしく。


「“その他”の分際で……俺が恵んでやった物を放棄するとはな」

「当たり前だろ、あんな可愛い生き物を! この先、何が起こるか分かんねぇんだぞ、巻き込まれたらどうすんだ」

「お前はあんな小さなものすら守れんのか、“その他”」

「その他、その他、うっせーよ! っ、守るもんは少ない方が良いに決まってんだろ。良いか、人間社会には元々“火事の時は一番大切なものだけを持って逃げましょう”という諺があってだな」


 そんな諺ねぇよ。

 とは思いつつも大体合っているので突っ込みを口にはしないまま、奏は我関せずとばかりにさっさと駆け出した子猫を見送っていた。

 右側の校舎へと向かっていった後ろ姿は、早々に廊下の角の向こうへ消える。

 となるとここは、子猫の持つ野生本能を信じてみるべきかと。

 左側の校舎の入り口へと近寄った奏は、割れたガラスに注意しながら広がる空間にそっと踏み込んでみた。

 自分が歩けば、鴉も歩く。そして二人が歩けば、不服が無い限り、河井はすんなりついてくる。

 そんな法則を、奏は自然と学んでいた。


「動物は感染しねぇってのは、ある意味救い的な部分だよな……」

「……そうですね。動物にまで感染されると私たちが食べれる物、無くなりますし」


 建物の中というのは、屋外に比べ非常に良く声が響く。

 たまった埃を、靴底が踏み固める感触がする。

 一応昼間という事で見通しがきかないわけでは無いが、雨天である以上薄暗い校舎の中。

 階段の上、闇になっている部分と窓から差し込む白光のコントラストが、見事すぎて何故だか、奏は一瞬の不安に襲われる。

 空気すらどこか白っぽく見えるのは、埃が沈殿しているためか。


「い、いやまぁそうなんだがホラ、癒し的な意味で?」

「……! 確かに。癒しは大切ですね」


 くだらない会話だとは分かっていたが。

 このままお喋りを続けることは、それ自体に意味があるよう奏は思う。

 ここに先行部隊の者が、またその部隊の者たちが追っていた集団が居る可能性を考えれば、学校と言う広い空間、一階から順に回っていくにしても、相手からも“安全そうな人間が来ている”という事を認識してもらわねばならない。


「腐りかけの子猫になんて襲いかかられたら、私はこの世に絶望します」

「絶望、ってか……まぁ現実的に生きて生けねぇよな」

「……? それ、さっき私が言いませんでした?」

「“その他”だからな」

「……今“バカだからな”って言われた気がしたんだが気のせいか?」


 実にくだらない会話を繰り広げながらも、空間への警戒を怠らないよう、物音を聞き洩らさないよう神経を使う。

 廊下に面している部屋を一つ一つ覗き込んでいけば、一階の窓には全て防犯用に面格子が取り付けられているというのに、内側から開け放たれているものが非常に多かった。

 そのせいで窓際に置かれている物は特に劣化が進んでおり、資料が散乱した職員室も、ベッドが腐った保健室も、脚立やら角材やらで足の踏み場もない用務員室も、まるで長年掃除されていない溝のような有様だ。


「でもやっぱ、そう考えたら黒液って特殊だよな。動物に感染しない、人体の外で生きて生けないって……ああ、だから生物兵器なんだっけか」

「見事に人間だけが滅ぶようになっているわけですね」


 そして人間が滅べば、人が使っていたものは全てゴミになるわけかと。

 散々な有様の室内に軽いため息を落としながら、用務員室を後にした奏は廊下の突き当たりへと足を進めた。

 そこにあったのは錆びついた鉄製の、恐らくは、非常階段に通じるのであろう扉。

 扉の隙間を見たところ鍵は開いている筈なのに、錆びついたドアノブはうんともすんとも言わない。

 これは、無理やりにでもこじ開けておくべきか、否か。


「んー。にしても人体の外で生きていけねぇヤツを、どうやって作ったんだろうな」

「さぁ……」


 適当に河井に返しつつ、来た廊下の方を一度振り返った奏は、やはり無理やりにでも開けて置こうという結論に達した。

 校内の何処かに人間がいる、更にそこに感染者もいるのかもしれないという可能性を考えれば、いざという時の人の逃げ道は作っておいた方が良い気がしたのである。

 正直死んでも良い人間が、その中に紛れていたとしても。


「あ、ってかお前知ってるか。図書館になんか明らかに昔の――」


 何やらを言おうとしている河井を置いて。

 右足の踵を下げ、腰を捻りまっすぐに扉を見据えたままいざ軸足を踏み込もうとした奏はその瞬間、ピタリと身体の動きを止めた。

 聴覚が、何かを捕らえたような気がしたからだ。

 それは上方から聞こえてきて、小動物が階を挟むほどの騒音を立てられる可能性は限りなく低いと。

 奏が見上げてみれば、既に口を動かすことをやめている河井も隣で、天井一点にその視線をぶれることなく固定させている。


「……。」


 降りてきた視線と、視線がかち合えば。

 地面を蹴ったのは、二人同時だった。




 元来た道を全速力で駆け戻り、廊下の角を曲がれば直ぐそこには階段。

 僅か先を行く河井に続いていた奏は、微妙に滑る床に万が一足を取られないよう、階段の手すりに手を掛けたところで吹き抜けるような銃声を聞いた。

 鼓膜を震わせるそれに対し反射的に顔を顰めたのは、一瞬のこと。

 踊り場と言うには少し小さい――階段中間地点で倒れた人影が、そのまま段差を転がり落ちてくる様を階段を蹴る速度は落とさないままに認識した奏は、通りすがりざま、それの容姿を軽く確認する。

 黒い血をぼたぼたと段上に残しながら落ちてきたそれは、綺麗に眉間を打ち抜かれているようだった。そして外傷は少ないものの、それが纏っていたのは色あせ年季の入ったボロ服。

 瞬間、どきりと。

 高揚からか緊張からか、どちらにしろ跳ねてしまった心臓を誤魔化すよう、奏は二段飛ばしで階段を駆けあがった。

 すぐ後ろで鴉が何かを踏みつぶすような音を聞いたが、そこは気にしない事にした。


「先、行け」


 更に上階へと続いている階段の先を見上げている河井に、短く告げられ。

 そちら側を任せ、吹き抜けるような2階廊下の奥へ迷うことなく足を延ばした奏は、窓からの白光に照らされた通路に蠢く人影を即座に視認する。

 灰色の床の上で揉みあっているそれは二人か、それとも一人と一匹なのか。

 雨水の滴っていない廊下を俊足で駆け抜け接近すれば、二者の揉みあいによって舞った埃が光を反射している事が分かって、奏は眩しいものを見るかのように目を細めた。


「っ、たすけ――ッ!!」


 下になっていた方が何か言おうとしていたが、特に気にせず。

 奏は上になっていた方の胸辺りを左足で思い切り蹴り飛ばす。

 ぐらり、と。

 持ち上がった胴体が後方へと倒れていくスローモーションの中、人間であるのなら示される筈の“痛み”がその瞳にまったく浮かべられない事に、蹴りを繰り出した方の足をしっかりと床に落ち着け直し身体を勢いに任せて反転、逆足での後ろ回し蹴りで追撃――しようとしたものの鴉と見事に衝突した奏は、反射的に後ずさりしてしまい何かを踏んだ。


「ぃだっ!?」


 どうやら、もう片方は一応人間らしい。

 感触的に踏んでしまったのは二の腕あたりの部分、しかしまぁそこまで体重はかけていないので大丈夫だろうと、人間をさておき奏は蹴り飛ばした方の人影へと正面から向き直る。

 見上げてくるのは、暗い双眸。


「……。」


 そこに自分が映されるのには、慣れているはずなのに。

 今だけは少しだけ嫌な気分になり、飢餓を湛えた視線を一瞥した奏は、速やかに身体を起こしかけたそれの胸部を再度踏みつけ、床へと押し戻した。

 この調子から見てこの個体は、知能も変異も無い、要は只のゾンビだろうと。

 馬鹿正直に暴れている個体に手をかけられないよう足を引いた奏は、つま先をゾンビの背と床の間に突っ込み、うつぶせ体勢になるよう強制的に蹴り転がすと同時に武器を抜く。

 後は、がら空きの後頭部へと刃を突き立てれば終わり。


「……ひっ、ひいぃぃいいいいいッ!!」


 チラっと。

 沈黙したゾンビから肩越しに視線をやれば、先程まで襲われていた推定45歳位と思われる男性が、今更に激しく後ずさりをしていく様に奏は軽いため息を落とした。


「怪我は、ありませんか」

「ひ……っ!」


 数週間のブランクのせいか、それともサラシのせいか。

 自分の息が普段より上がってしまっている事に心中で舌打ちしながら立ち上がった奏は、上体を上げただけの「ひ」しか喋らない推定45歳を、改めて見下ろす。


「貴方、まさか……」

「ち、ちがうっ、ころさないでくれ……!」

「では、質問を変えます。……貴方たちは、全員で何人ですか?」


 自らを守るように片腕を盾にしている、推定45歳から。

 とりあえず今はつかめる限りの状況を掴もうと、質問を変えた奏がまた一歩にじり寄れば、何故だか相手は更に不恰好に、ずりずりと尻を後退させていく。


「……何人で、来たんですか?」

「ふ、二人で……っ、だ」

「二人……あなた方、集団じゃないんですか?」

「違うっ、そうだけどだからつまり、二人組で行動するよう、というアニキの指示で言われてて、他のやつらも此処にいるはずだって言っているだろう、だから――ッ!!」


 わけが分からんが、一応成程。

 どうやら駅に残された伝言に従ったのは、正しい判断だったらしい。

 なんとも解りづらい推定45歳の言葉から伝わって来たのは、目的の集団自体はこの学校に来ているのだという事と、そして二人組に分かれて行動しているのだという事。

 そしてとなると、先程階段を転がり落ちていったゾンビも集団の一員だったという事か、等々と。

 推定45歳のほつれたジーンズの裾を踏みながら考えていた奏はそこでふと、どうにも真摯な瞳に見上げられている事に気づき、改めて相手と視線を合わせる。


「こ、ころさないでくれ……」

「……あなた、やっぱり噛まれてるんですね」

「……違う、違うんだ……」


 まだ、腰が抜けているのか。

 推定45歳は立ち上がれないまま、何やらぶつぶつ言い始めている。


「なら、その手を取って下さい。それとも喉元に、何か見られたくないものでも?」


 どうにも挙動不審な、感染疑惑者を逃がさぬよう。

 推定45歳の胸あたりを軽く跨いだ奏は、仁王立ちになったまま相手をじっとりと見下ろす。

 動きがあったのは、その時である。


「――っ、うぁああああ!!」


 奇声なのか、掛け声なのか。

 どちらとも判別しがたいものと共に思い切り伸びてきた推定45歳の腕を、軽くかわした奏はぎゅむっと不躾な掌を足で床へと固定した。

 恐らく、狙われたのは腰に下げていた日本刀。

 否、恐らくどころか相手の手と視線の向きからして日本刀が狙われていたのは明らかで、奏は呆れにも似た不愉快に鼻を鳴らした。


「流石。大した性格ですね」

「うぐ……っ」


 踏みつけられた手を、取り戻そうとでも思ったのか。

 自由な方の手を奏のブーツへと伸ばした推定45歳の、喉元を隠すものはもう何もない。


「喉。噛まれてるじゃないですか、貴方」

「っ……頼む、見逃してくれ……!」

「自分が噛まれたから武器を奪って、私も道連れにしようとでも思ったんですか?」

「っ、頼む!! 死にたく、ない……っ!」


 奏は、軽い息を落とした。

 そりゃあ見逃せるものなら此方だって見逃しているし、殺さなくて良いのなら好き好んで殺したくなどないと、一応彼女は思っている。

 しかし。噛まれている事を隠蔽しただけならまだしも、明らかに日本刀を狙って襲いかかられては、正直イラッとする。

 けれどこんなにも懇願しているのを殺すというのも後味が悪いし、ここはいつものように、適当に話を引き伸ばして完全に感染者となったところで始末するのが良いかと。


「……あなたが完全に感染者となった後、絶対に私を襲わないというのなら、見逃してもいいですけど――」


 軽快とも呼べる銃声。

 それが廊下に反響したのは、任務上、人からこういった頼まれごとをされることが多かった奏が“いつもの対応”をとる事に決めた瞬間の事だった。

 排出された空薬莢が、チンッとコンクリート造りの廊下を打つ。


「お前、本気で言ってんの? 襲うに決まってんだろ、ってかお前を襲わなくても他の人間襲うだろ」


 ばったりと灰色の床に倒れ込んだ推定45歳から顔を上げれば、いつのまに来ていたのか。

 数メートルほど先で銃を手にしたまま腕を組んでいる河井の姿に、奏は僅かに眉根を寄せた。


「前から思ってたけど、お前、感染者に甘いよな」

「……河井さんは、感染した人間に厳しいですね」

「“感染者”に厳しいのは当たり前だろ」


 確かに当たり前だが。

 見下ろせば、仰向けに倒れた推定45歳の頭部から流れ出る液体が未だ赤い事に、奏は正直微妙な気分になる。

 むき出しの喉にクッキリと歯形が付いている以上、噛まれている以上、その赤が黒に変わる事は時間の問題だけれど。

 赤い血が流れるうちに殺すのは、人間を殺したかのようでちょっぴり後味が悪いのである。


「……“その他”」


 微妙にモヤモヤしていた奏は、繋がれた手が持ち上げられる感触に軽く背後を振り仰いだ。

 そこには握った奏の手を見せつけるようにプラプラ揺らしながら、妙に偉そうに小首を傾げている鴉の姿がある。


「……んだよ。『その他』言うな」

「お前は非常食が噛まれた場合も、今と同じ行動を取るのか」

「……っ」


 あからさまに言葉を詰まらせた河井を見て、奏は鴉の方へと胡乱な目を向けた。

 今の質問は、意地が悪すぎる質問だ。

 本人の前で「はい、そうです」なんて言いきれる厚顔は、こんな世の中であってもそういない。

 そして少なくとも河井は、言える方の人間では無いだろう。

 ついでに言えば鴉の方も、意地の悪い気持ちで河井に質問を向けたわけでは無いだろうが。


「……悪かった」


 しかし。

 気まずげに落ちた無音の中、謝罪が。

 何処からどう聞いても謝罪としか思えない言葉が、あろうことか鴉の口から飛び出した事に奏は目を剥いた。

 バッと河井の方を確認すれば、彼も同じように、これでもかという程に見開いた瞳に衝撃の2文字を浮かび上がらせている。


「あ、あんた……“謝る”とか、出来たの!?」

「当然だ。今のは、俺が悪い」

「ひぇ!?」

「そうだろう。あり得んことを想像するのは、困難だ」

「…………ん?」


 つまり、どういう事か。

 考えればきっとすぐに答えは出たのだろうが、きちんとした結論に辿り着くことは自らに謎の脱力感を生む事でしかないような気がして、奏は思考を放棄した。

 そしてそれはきっと、河井も同じだったのだろう。


「……えーっと、だな。その……ああ、そうだ。ってか、その後ろで死んでるやつ」

「え? あ、ああ……そうですね」


 一連の会話を無かった事にすることにして背後を振り返った奏は、そこに転がっていた初めに推定45歳に襲いかかっていた方の感染者の姿に一つ、頷いた。

 河井の言いたい事は大体分かる。

 と言うより、分からなかったら視覚障碍者であるとしか思えない程にあからさまな、それ。


「彼らも、此処に来てたんですね」

「そうだな……ってことはもしかすると、先行部隊はもう全滅してるかもしんねぇな」


 その死骸は、ゴーグルとマスクとヘルメットを装着し、防護服に身を包んでいた。

 そして正直、奏は元研究所の者を相手にするのが、苦手だった。


「生きていて欲しいですけどね」

「……なんかお前の口からそういう言葉が出てくんのって、意外」

「研究所の人間って、装備付けてるんで。正面から包丁刺しにくいんですよ、一々裏返すのって面倒です」

「あ、ああ……そうだよな」


 流石とかなんとか言いながら、うつ伏せに倒れ動かなくなっている感染者に近寄っていく河井を見送りつつ、奏はとりあえず現在状況を整理する。

 まず、今回の目的の一つである人間の集団は、この学校に逃げ込んでいるらしい。

 そして、それを追っていた先行部隊の者も、この学校にいるらしい。

 つまり、あの駅の掲示板にあった簡略的すぎる“学校”の2文字は、これ以上なく正確な伝言であったという事だと。


 過程で何があったのかは分からない上に一部確認が取れていない部分もあるが、兎も角きっと全てがこの学校に集結しているのだろうという事を理解した奏は、ふと先程推定45歳が言っていた言葉を思い出した。

 確か彼は、「二人で行動」とか何とか言っていなかっただろうか。

 ということはもしやその片割れは、近くにいるのではないか――と。


「……。」


 隣接している教室へと歩み寄り、扉をあけ放った奏はガタリと揺れたロッカーに、己の推測が正しかったのだということを確信した。






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