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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第五章、応用編その2
73/109

その67・みんなで仲良く寝ること






 曇り、時々、雨。

 未だ分厚く広がる雲のせいで、雨は降っても、月明かりが殆ど降り注いでくれない夜。


「というか非常食、お前体型が崩れていないか」


 手回し式ライトを畳の上に置き、埃かぶったシーツをパタパタと翻していた奏は、か細い明かりの中で微かに目を細めた。


(コイツ……ほんとに体調悪いの?)


 そう。鴉は、元気がない筈だった。モノレールの中で、奏はそういう結論に達したはずだった。

 しかし、一日を経てみれば、本当にそうなのだろうかと。

 湧き上がってきた疑問にどうにもスッキリした答えが出ない為、奏は寝具の埃を払いながら、今日の鴉を何度も何度も回想していた。


 まず。モノレールから降り、街を抜けていた際――車内で良く寝たからなのか、寄って来たゾンビを適当に蹴散らす鴉の姿は、何度思い返してもやはり、特筆するべき点が無い程にいつも通りだった。

 次に、立ち寄ったコンビニ――人間には到底食べられないであろう“食べ物”を物色する後ろ姿は、何処かウキウキしていた。否、間違いなくウキウキしていた。

 合間、合間――河井と喧嘩していた。鴉は本当に、日に日に語彙が達者になってきているように思う。

 最期に、今――此方が色々と作業しているのを、特に手伝いもせずジーッと眺めていたかと思えば、小言。唐突な、マイペースな、ほっとけと言いたくなるような、小言。


(やっぱ……かんっぜんに、いつも通りじゃねぇかこのクソ野郎……!)


 段々元気になってきている、という事かもしれないが、それにしてもと。

 何度思い返そうともピンピンしているとしか思えない記憶の中のその姿に、眉間のシワを濃くさせながら次の布団を押し入れから引き出した奏は、今日一日、実はかなりソワソワと鴉を観察し続けていた。

 それは、当然鴉の観察が、楠から言い渡された任務の一環だからである。

 けれど、それ以上に、自分自身も気になっていたからこそだと。

 乱暴に毛布を広げれば宙に広がった埃の臭いに、奏はまたぐっと眉根を寄せた。


「おい、聞いているのか」

「あー、はいはい。ちょっとあんたもコレ、持って降りて」


 シーツに、毛布に、布団。

 押し入れから引き出した比較的綺麗(な筈)のそれらを半分、鴉に押し付けるべく振り返った奏は、その先にある筈の手が中々差し出されない事に心中で舌打ちをした。


「一人じゃ持ちきれないから……お願いしたいんだけど」

「そうか。お前の頼みともなれば、聞いてやらんことも無い」


 現在、畳の上に置いているライトは、本当に小さなものだ。

 なので部屋全体どころか、数メートル先に立っている人物の顔を、ハッキリと確認する事すらちょっぴり困難な状況なのだが。

 その時、奏は確かに鴉が満足げな表情を浮べたのを見た気がした。

 本当に、全くもって、体調の不備など何処にあるんだと詰め寄りたくなる有様である。


(まぁ本人は“不備などない”って言ってたけど? 確かに、時々眠そうだったりするけど?)


 すなわち良く食べ、良く遊び(?)、良く寝るということか。

 しかしそれではまるで、人間の子供みたいではないかと。

 抱えていた毛布の重みが消えたのを確認した奏は、どうにも釈然としない気持ちのまま、拾い上げたライトをヘルメットベルトの隙間に挟み込んだ。





 奏らが今晩の宿として選んだのは、駅から比較的近い、2階建ての一軒家だ。

 河井と二人、ああでもないこうでもないと物色して選んだその家は、1階にある広い居間と出入り口の少なさ、見晴らしの良さがポイントの高物件である。10年前、騒動に巻き込まれ火事になった家も多い中、わりと綺麗な状態で残っている家というのも珍しい。

 まぁ、そのせいで冷蔵庫の方から若干異臭がするが、その辺りは気にしない事にして、兎も角。

 対ゾンビ的な意味で立てこもりやすく且つ広い森脇さん宅にて。

 せっかくだしと2階から寝具を持って降りてきていた奏は、ふわりと軽くなった手の内と開けた視界に、パチリと目を瞬いた。


「あ……帽子、ありました?」

「見当たんねぇ。ってかお前持ちすぎ、こけるぞ」

「こけませんよ。――まぁ、無いならしょうがないですね。目的地に到着するまでにはあるかも知れませんし、また明日探しましょう」


 少なくなった毛布を抱え直し、寝具を殆ど持ってくれた河井の後に続けば、その先の居間。

 既に持って降りていた毛布の上で鴉がゴロゴロしている様に、奏は軽く眉を寄せた。

 しかし、ここで“そんなホコリまみれのところに寝転んじゃいけません!”なんて言ってしまえば、それはもう完全にお母さんであると。


「おい、鴉。そんなとこに寝転がんなよ、きたねぇな」

「お前よりマシだ、“その他”。火薬臭いから寄るな」

「……。」


 口から出かけたツッコミを、ぐっと飲み込み。

 一旦床に降ろした寝具から一枚の毛布を手に取った奏は、自分の荷物からも一つを引っ掴み、居間の広い窓から庭へと出た。

 小雨のパラつく夜はどうにも見通しが悪く、つま先が蹴飛ばしたものが何なのかもよく分からない。


(ちょっと、危ないかな)


 ゴーグルについている明度ダイヤルを調節した奏は、改めて少しはマシになった視界で、森脇さん宅の庭を見渡した。

 まず、先程無理やり直した庭先の門は、やはりすこし傾いているが一応、もっている。

 そして足元に散らばる枯れ木、植木鉢の破片、そして片方しかないぼろぼろのサンダルに。

 先程蹴飛ばしたのはこれの片割れだったのかなんて考えながら、奏は目的の物に向かって足を進めた。

 昼頃振っていた雨と今まさに降っている小雨のせいで、それは少し濡れているようだったが、埃の積もった毛布で眠るよりは少し湿った毛布で眠る方が幾分かましだろう。


「……って待てちょっと待てお前」

「何ですか」


 ギシリと軋む物干し竿に毛布を引っかけていた奏は、背後から飛んできた声に首を傾けた。

 まさか居間の窓から此方を眺めている彼は、今更に“やっぱそんなバッチイ布団で寝るの嫌!”とか言い出すのだろうか。

 その辺りについては自分らが持ってきた圧縮型寝袋(超薄手)で眠るより、多少汚くともきちんとした布団で眠った方が疲れもとれ、明日のコンディションも整うであろうという結論に達したではないかと。


「それ何だ。布団叩きには見えねぇんだけど」


 しかし、河井が物申したいのはそこではなかったらしい。

 それを理解した奏は、己が引っ掴んできていた今回の手荷物のうちの一つに、軽く視線を落としてみた。


「そうですね、日本刀です」

「日本刀で布団叩くなよ……」

「布団叩きが見つからなかったので」


 それに今回一応持ってきていた日本刀は幅こそ細いものの、布団を叩くものとしてわりかし適しているよう、奏には思える。

 しかも普段振り回している包丁より重量があるので、これはもしや筋トレにもなるのではないかと。

 鞘がすっぽ抜けないようにだけ注意しながら、振りかぶった日本刀を布団に叩き付けた奏は、その時なんだか嫌な音を聞いた。


「……!」


 それはミシリ、とかボキリ、といった類の音であったように思う。

 目の前で干したばかりの毛布がドサリと落下した、という衝撃によって正確な音を把握できなかった奏は、数秒どうしたものかと思い悩む。


「……。」

「……。」

「ま、まぁ屋根はあるから。布団は無くても良いんじゃね?」


 兎も角原因は、この家の物干し竿がプラスチック製だったからだ、と。

 無残にも落下した毛布の間から覗く老朽化したそれに、なんだか侘しい気持ちになった奏は、諦めて屋内に戻る事にした。

 埃は軽く払う程度で、我慢するしかないようである。


「……駅前のビジネスホテルだったら、マットがあったと思うんですけどね」

「お前……そんなとこ泊まったら、どうなるか分かってんのか」


 軽く水気を払いながら屋内へと戻った奏は、窓際に凭れていた河井に見下ろされ、また少し首を傾けた。

 なんたって駅近、そしてベッドマットもあるビジネスホテルを嫌だと言ったのは彼で、そういえばまだその理由を彼女は聞いていなかった。


「お前、間違いなくコイツ()と同室になるぞ……一つの部屋一つのベットに一晩二人で過ごす事になんだぞ?」

「一人で寝るのが寂しいんですか、河井さん」

ちげぇよ!」


 真剣な様子で、何を言い出すかと思えば。

 どうやらボッチで寝るのが寂しいらしい河井に胡乱な目を向けた奏はその裏、少し遅れて思考に浸透してきた“鴉と一晩一つの部屋に二人”という恐ろしすぎる言葉に、戦慄した。

 言われてみれば、確かに。感染者相手だからこそ安心な部分もあるが同時に、相手が感染者だからこそ必要な心配もあるのである。

 そう。特に一晩越して朝、と言うのはお腹が減っている時間帯。


「まぁ確かに。朝起きて扉を開けた瞬間、私が食べられてたらびっくりしますよね」

「え!? そ、それは……い、いやそりゃそれは、ってそりゃビックリするってかそれはどっちの意味――」

「……は?」

「いや何でもない」


 河井は、アホなのか。

 否、アホなのだろうと。

 がりがりと頭を掻いている姿に絶対零度の視線を向けていた奏は、心中でため息をつきながら鴉の方へと顔を向け直した。

 布団の上でゴロゴロする事には飽きたのか、胡坐をかき、壁に凭れて沈黙している鴉の姿に、奏は知らず目を細める。


(寝てる……のか?)


 感染者は、体温が低い。そして呼吸が浅い。

 言葉を吐くという事は空気を取り込みはしているのだろうが、本当のところ呼吸とは、感染者にとって必要ない行為なのかもしれない。

 そんな事を考えながら脳幹を破壊されない限り動きつ続ける生き物へと近寄った奏は、しゃがみ込み、目を閉じている鴉の顔をじーっと覗き込んでみた。

 被ったフードから零れる髪は金だが、睫毛の色は黒。

 病的なまでに白い肌は、死人の持つ色と同じ。


「なんだ」

「っ! あ、あんた起きてたの――って別に起きなくていいから。そのまま寝ててぇ!?」

「一人で眠るのが寂しいのなら、そう言え」


 目の前の瞳が開いたかと思えば身体をぐわしっと俵担ぎにされ、瞬間的に悲鳴を上げたものの奏は、すぐに諦めにも似た感情を覚えた。

 ゆらゆらと不安定に運ばれたかと思えば、乱暴に降ろされた先は、先程自分が広げたばかりの毛布。

 次は何が来るのかと身構えた奏は、右手を取った鴉がそのまま寝転びだす様に、なんとも絶妙な気分に襲われ顔を上げることが出来なかった。

 原因はマイペースに寝だした鴉、そして向こうの方から確実にチクチクと注がれている、河井の視線である。


「……寝ましょうか、河井さん」

「お前、本気でその状態で寝る気か……」


 しょうがないでしょう、と言うかわりに奏は、ガッチリ鴉に繋がれている右手をぶんぶん振って見せた。

 どうやら感染者様は今度こそガッツリお眠りに入られたようだが、手に込めた力を緩める気は無いらしい、という意味である。


「……って。河井さん、なんで私の隣に布団広げるんですか」

「……“一人で寝るのが寂しいから”」


 真意は読めないが、声を低くした河井に譲る気はなさそうだったので、奏は大人しく諦め寝る前のストレッチを始める事にした。

 しかし、どうにも鴉の手が邪魔である。

 けれど、習慣であるストレッチをしなければ、スッキリ眠れる気がしないと。

 片手で外した頭部装備を枕元に置き、しぶしぶいつもより少しばかり不器用に足をクロスさせ腰をぐっと捻った奏は、落ちた沈黙の中で改めて今日を振り返った。

 静かな雨の音と、ライト一つ分の明かり。

 ゴソゴソと伝わってくる隣の振動から察するに、河井も一日の終わりのストレッチを行っているのだろう。


「……そういえば、河井さん」

「んー?」


 どうにも、間抜けな声。

 否、いつも通りの声と言うべきか。逆向きに腰を捻っていた奏は暗闇を見つめ、数秒ほど逡巡した。


「……いえ。寝てるとき、蹴らないで下さいね」

「俺はお前に蹴られそうで怖い」


 さらっと失礼な事を言ってくる河井は、やはりいつも通りか。

 モノレールの中、そして今日一日、鴉観察のついでにちょこちょこ河井の様子も伺っていた奏は、出しかけた質問を今はとりあえず飲み込む事にする。

 早めに聞いておいた方が良いのかもしれないが、それは気のせいかもしれない。

 そして“気のせいかもしれない”程度のことは、そもそも重大な問題でもないような気がすると。


(まぁ、単に鴉に対してイラついてるだけかも知れないし)


 ずずずっと。

 鴉の身体を押しやり横になった奏は、そんなことより、鼓膜を打つ不規則な雨音の方が気になってきた。

 これでは、寝ている間の侵入者を感知しにくい。

 けれど感染者が侵入してくるであろう経路には、もう全て、越えるものがあれば音が鳴る簡易トラップを仕掛けてある。

 加えて今回は、(鴉を含めていいのかは若干疑問だが)3人。

 自分は任務中の眠りは浅い方だし、何かあったら誰かが起きるだろうし、河井さんは銃の手入れでもうしばらくの間起きてるだろうし――任務で一人、山中に一泊する時の事を考えたら、安定感が抜群に違うし、と。


(なんか……平和だな)


 考えているうちにウトウトしてきた奏は、“眠る時、近くに体温がある”という随分と懐かしい感覚に、今日はなんとなく良く眠れるような気がした。



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