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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第四章、応用編その1
58/109

その53・自分の目で確かめること







 薄暗い一室に、ポツポツと灯る豆電球。

 一定の間隔を持って並ぶ棚には、ミッチリそして多少雑多に、あらゆる本と本とはいえない紙の束までが所狭しと詰め込まれている。

 『図書館』と呼ばれる資料室はその通称どおり、中々の広さと蔵書を誇っていた。

 なので豆電球などでは、奥の方まで完全に見通す事が出来ないのだが、いかんせん。この部屋を利用する者がとても少ない為、あろうことか図書館が、電球と言う貴重物資削減の対象にされてしまっている訳である。


 しかし、そんな間違っても読書には向かない空間で、書面に目を落とす女が一人。

 今までならば筋トレや鍛錬に充ててきた時間。それを怪我により、強制的に思考の時間へと変えさせられてしまった奏は今、脚立に腰かけ黙々と読書に勤しんでいた。


(へー。こんなのもあるんだ……)


 基本的に鍛錬大好き、身体を動かしていないと落ち着かない彼女だが、一応読書に没頭できる感性も人並み程度には有している。

 但しそれは己の興味が引かれるもの、に限定されるところだが。


(筋トレ欲って……まぁ無いとは思ってたけど、やっぱり無いのか)


 そしてそんな彼女が豆電球(LED)の元、現在追っているのは書面に綴られた『欲求』についての記述。

 確か此処に来た当初の目的は日本刀についての資料を閲覧するため、だったのだが。それを探し図書館をうろついている間に、ふと見つけた薄く綴られた資料。その内容の端がチラリと目に入った途端、奏はおもむろに資料を手に取り、文字を追い初めてしまっていたいたのだった。


 ――――

 構成:組織化し、構築する欲求。

 保持:財物を持ち続ける、貯蔵する、消費を最小化する欲求。

 達成:困難を効果的・効率的・速やかに成し遂げる欲求。

 承認:賞賛されたい、尊敬を得たい、社会的に認められたい欲求。

 解明:事柄を解釈・説明・講釈する欲求。

 ―――― 


「・・・・・・。」


 ズラズラ、ズラズラと。

 しばらく並んでいる文字を目で追っていた奏は、何だか軽い頭痛を覚えてきた。

 ハッキリ言って、難しい漢字が多い。全く持って内容に対してピンと来ない。


(言葉の……意味は、分かるんだけど……うーん)


 なるほどね!と、頭の上に電球を浮べる事はどうにも出来ない。そう、所詮浮かぶものは豆電球程度の『ピコーン!』である。

 読めば読むほど頭がごっちゃになってくる感覚に、やはりこういう短く纏められているが故に小難しくなっている文章はどうにも苦手だと。

 なんだか痛くなってきた目の間を揉もうとした奏は、その時ふと。並べ立てられた『欲求』の中に、ピンと来る一つを発見した。


(“優越”……)


 優越:優位に立つ欲求。達成と承認の合成。


 その記述に慌てて『達成』と『承認』の欄を見返せば、奏の中の確信はほぼ百パーセントに近いものとなり。


(あいつの……特殊型としての欲求って)


 間違いなく、これなんじゃないかと。

 いつだって上から物を言ってくる何かと偉そうな感染者――鴉に関しての記憶を漁った奏は、あまりの記述との一致具合にしばしの間、呆然とした。

 例えば、初めて会ったあの任務中のこと。例えば、「頼まれたら聞いてやらん事もない」なんて超絶上から目線の言葉。他の感染者を抹消する際の、異様な速度。


 思い出してみるとなんというか、本当にあんまりである。

 あんまりにも、単純すぎる。


 思い返せば思い返すほど、鴉の行動は『優越』という欲求をその根本にしすぎていて。

 さすが感染者というのか、一つのベクトルに傾きすぎているその行動の数々に、奏は脳裏に展開されていた回想を無理矢理にぶち切った。

 それにしても。


(なんか……嬉しくない)


 奴の行動原理が分かったというのに、この精神を襲う疲労感は一体全体、何なのだろうか。

 解明された謎は一応今後に生かせそうなものだというのに、どうにも残念な気持ちになった奏は、資料を本棚の隙間にそっと押し込んだ。

 そう、奴は感染者。そして特殊型なのだから、欲求がそのまま性格になっていても何もおかしい事はない。

 そしてその過度な単純さこそが、人と感染者の多いな相違点の一つなのだろう。


(……。)

 

 加えて欲求の種類が非常に残念な感じだった事も、この疲労感の原因なのだろうと。

 一つ息を落とした奏は、とりあえず本来の目的へと戻る事にする。




(……えーっと)


 そしてそんな彼女にとって、豆電球の明かりはやはりどうにも心もとない。

 加えてこの『図書館』は当然というか、蔵書の場所を教えてくれるお姉さんもいなければ、指標になるような案内板もない。

 なので完全に手探りの探索を行うしかない奏は、いつのまにやら手引書の類が並んでいる区画に辿り着いていた。


『海釣りテクニック・入門~魚は釣っても釣られるな~』

『モテ・モテ☆~男なら全てを掴め~』

『健康になれる裏技本~ばあちゃんは語る~』


 等々の手引書、入門書、実用書。

 こんなもの一体誰が読むんだ、というものから少しばかり興味が引かれるものまで。

 とりあえず本という本を、片っ端から本棚に詰め込んでいるのだろう。それらの実用性の高さはともかく、しかしもしかするとこの中にひょっこり『初心者の為の日本刀』なんてものも紛れているかもしれないと。

 タイトルを追っていっていた奏はその時『初めてパパになる本』とやらが何故か上巻しか置いておらず、更に言えばその右隣にポッカリ本一冊ぶんの空間が空いていることに気がついたが。


(……。)


 とりあえず見なかった事にしよう、と。

 並ぶ本のタイトルを流し見を続けているうちに、そういえばと自らの懐を漁った。

 もしやこの区画なら、自分の愛読書の関連書物も置いてあるかもしれないと思ったからだ。


(えーっと……著者名は……)


 常に暇つぶしとして携帯しているハウツー本、『目が合いましたね~そこから始まるコミュニケーション~・下巻』を取り出した奏は、背表紙の作者名を確認する。

 この本の内容は常に携帯しているだけあって、とても素晴らしいものだった。

 始め飯島からこれを渡されたときは、正直馬鹿にしてるのかと思ったが。


(今は、いい思い出か……)


 そういえば飯島はいつだって、唐突だった。

 あの時も唐突に部屋に入ってきて、唐突にこの本を突きつけてきたのだ。


――奏! 君は今日からこの本を熟読しなさい。

――……。

――そう嫌そうな顔をするな。この本には君に必要な事が書いてある……あと、すまない。正直今では鍛錬に時間を割きすぎたと思っている、けれど後悔はしていない。しかし情緒の教育も必要だからな。


 なんたって私はお前の父だからな、と。

 言ったあの時の彼は何故だか非常に嬉しそうだった。否、思い返せば彼はいつだって嬉しそうである。

 『お前を私の娘として研究所に迎え入れる』と高らかに宣言したあの時から、ずっと。


(……そう考えればもしかして、私がこの研究所に来たのって――)


 あのクソ野郎が大いに関係しているのではないかと。

 関連的に愛犬の敵を思い出した奏は、瞬時に込み上げた不快感に舌打ちをした。

 今自分が移住食整った暮らしが出来ているきっかけは確かにあのクソ野朗かもしれないが、それに感謝の念など当然沸くはずも無い。

 なんたって、奴はケンタロウの敵である。


(あ、イライラする。イライラする)


 しかし今はとりあえず、イライラしていても仕方が無いので。

 とりあえず目的のもの、愛読書の著者のほかの作品探しに戻った奏はイライラと日本刀の事はさておき、棚に並ぶ本の背を順にその目で追っていくことにした。

 そして。


(……! あった!)


 本棚の一番上の段に収められているため、豆電球の明かりではタイトルまで確認する事は出来ないが。自分の愛読書と一致する著者の名前に、奏は嬉々として近くの脚立へとその手を伸ばした。

 そうしてズズズっと引きずってきた脚立に、松葉杖を倒れないように立てかけて。不器用ながらもそれに上れば、近くなった天井は少し埃臭い。

 きっとあまり掃除されていないのだろう。

 特に上の棚はそうなのか、己の愛読書を一旦そのあたりに置いた奏は改めて、目星をつけていた本を抜き取りその表紙の埃を軽く払う。


 そして、チラッと。

 改めて棚に一旦置いた、愛読書の方を確認すれば、やはり。

 一致していた作者名に、奏はイライラを忘れて嬉しくなった。そんな彼女の中ではもう既に、完全に『日本刀の資料』という当初の目的が消えている。

 しかしそんな事実に気付かない奏としては、愛読書の続編の内容が何よりも気になって。


(…………え。)


 しかし。

 目に入った『目が合いましたね~そこから恥じまるラブ・コミュニケーション~』というタイトルに、奏は一瞬本を取り落としそうになった。

 この作者さんは一体どうしてしまったんだろうか。

 そんな呆然に彼女の思考はポカンと停止し――だからこそ、なのか。


「……?」


 ゴトン、と。

 なにやら物が落下した音を、奏の聴覚は妙にハッキリと拾った。




(誰か来たのかな?)


 そうして一番初めに浮かんだ率直な疑問は、当然のものだろう。

 しかし直ぐ、奏は音の出所が入り口付近でなかったという事に思い直す。となれば、元から人がいたのか。そして音の感じからして、本か何かを落としたのか。

 けれど、それにしては後に続く音がしない。

 脚立から降りつつ耳を澄ます奏は、幾つかの可能性を脳裏に展開しながらも松葉杖を速やかに手に取った。

 何にしろ、調べてみれば分かる事である。


(そういえば……河井さんが“妖精”がどうのって言ってたっけ)


 松葉杖というのはその形状上、普通に歩くよりも音が出やすい。なので不審生命体相手に無音で近づくというのは中々に難しく、ちょっとばかり苦労しながらも奏は音の出所と思われる方向へと足を進めた。


 小さすぎる豆電球のせいで、視界は頗る悪い。

 さっきの一度以降音は全く上がっておらず、ならば“誰か”はその場を動いていないのか。

 そんな事を考えながらも本棚の間を移動する奏は、いつの間にかいつもの倍以上その気を張り詰めさせていた。音が一度しか上がっていない、という事実がどうにも彼女の緊張感を煽る。

 何故なら、普通。

 本を落としたとなれば人間、反射的に慌てるもので。その反射的な行動をした際には、必ず多少なりとも音が上がるわけで。

 それらがないというのは、一体どういうことなのかと。考える奏はふいに一つの可能性を思い出した。


(まさか、ほんとに“妖精さん”……?)


 そんな己の考えにくっと眉を寄せる奏の中には、キラキラとした未知への期待など、全く持って無い。

 “妖精”というオカルトの一種が、現実に存在するというのなら。

 ヒラヒラした服に、ふわふわした雰囲気。そして背中から生えた羽――――それは間違いなく、感染者である。


(特に、羽)


 ベースである人体からそんなものを生やす事が出来るのかは知らないが、可能であればそれは間違いなく『変異型』。そしてもし本当に羽が生えているのなら、先程からまったく移動音らしきものがしない事にも納得であると。

 現実的過ぎて情趣の欠片もない、そして何処かズレた事を考えながら、本棚にぴたりと身を寄せた奏は突き抜ける通路先を覗き込む。

 けれどその先に広がるのは、奥へと続いていく闇で。少し先にある豆電球は、まるで夜道の街頭が如く不安定な不気味さを放っていた。


(見たところ……何もいないな)


 しかし普通『やだなんか怖い』等と感想を漏らすべき薄暗闇も、奏にとっては只『視界が悪い』だけ。

 聴覚に神経を集中しながら来た道をサッと確認し、彼女は次の本棚の影へと速やかに松葉杖で身を乗り出した。

 その時。


「っぇ!?」


 身体が何かにぶつかる衝撃。

 前に出した松葉杖の先は戻らず、宙に浮いていた身体だけが強制的に押し戻された。

 瞬間、奏の脳裏に過ぎったのは先日の失態のフラッシュバック。


(マズい――ッ!!)


 先日の二の舞にだけはなってはならないと、不安定な松葉杖を持ち直させるため、奏の腕が力を込めた。

 しかし一度大きく傾いたバランスがそれだけで持ち直す筈もなく。揺らいだ杖の先の感覚でそれを悟った彼女は即座に、ふっと身体の力を抜いた。

 これはもう、背中で受身をとった後に持ち直すしかない。

 だが。

 床の確認に視線を落としかけていた彼女はそこで、自分の背が支えられる感触に気付き。

 きょとんと、その目を瞬いた。


「ぇ……っ?!」

「――って、お前なにやってんだ危ねぇだろ!」

「ぐむっ!?」


 ガランッと腕から離れた松葉杖が床を転がる音が響く。 

 吃驚の声が頭上から降ってきたかと思えば確かな体温にホールドされた奏は、押し付けられた鼻先をしこたまに打った。

 正直、かなり痛い。

 しかし鼻が潰される痛みと引き換えに、とりあえず身体のバランスは持ち直したらしく。奏が片足を付き直しほっと一息をつけば、相手も緊張が緩んだのだろう。

 身を包む拘束が緩められたと同時、香ったのは布に染み付いた火薬のにおいだった。


「はぁ……って。お前ほんと何やってんの、危ねぇだろ?」

「…………。」


 聞き覚えのある声に顔を上げてみれば、豆電球の明かりに照らされる河井の表情がこれ以上無いしかめっ面を作っている。

 任務中のゴワゴワした服装ではないのに火薬の臭いがするというのは、もう既にそれが彼の体臭と化しているという事か。

 そして未だ開かない河井との距離から伝わってくる温度に、奏は「体温高いなぁ」なんてどうでも良いことを考えた。


「ってかまじ松葉杖の癖に足音とか潜ませんじゃね、え……よ」

「…………河井さん」

「――――ッ!!!?」


 しかし、顔を上げてその名を呼んだのと同時に。

 バッと身体を突き放された奏は、またバランスを崩しかける。


「……ちょっと。助けたいのか突き飛ばしたいのか、どっちなんですか」

「――――っっっ!!! お、俺は……ッ別にそんなんじゃなくてだな……っ!?」


 ならどんなだというのか。

 せっかくお礼を言おうとしていたのに、と。本棚の側面に手をつき持ち直した奏はギロリと相手を睨み上げた――のだが。

 その先にあった河井の表情に、先の文句を吐き出そうとしていた彼女の口は只、ポカンと開かれる事になる。


「俺は、その……ほら、なんか図書館に『妖精さん』が出るとか言うから見に来ただけで別にそんなお前のこととか別に……」

「・・・・・・・・・・・・。」

 

 口元に腕を当て顔を背けた河井は、その表情を隠そうとしているのかもしれないが。

 もにょもにょと紡がれる支離滅裂な言葉とその態度からして、一見に彼が動揺している事は誰の目にも明らかである。

 そしてそれは当然、奏の目にも。


(なんというか……ここまであからさまに動揺されると)


 此方の居心地まで悪くなるというのは、一体どういうことかと。

 ぽりぽりと頭をかいた奏は、一先ず床に転がった松葉杖を拾い上げることにした。その際、やはりどうも居心地が悪いせいで河井の目を見ることが出来ない。


「だから……その、怪我人がウロウロしてんじゃねぇよって事だ、分かったか!?」

「……それは人の勝手でしょう。河井さんこそ、無駄に上手く足音潜ませないで下さい」


 モソモソとした声にモソモソと返し、奏がいつもより控えめに睨みあげれば河井がうっと小さく後ずさる。


「お、俺はなんか変な音がしたから……何かいんのかなと」

「私も同じですよ。河井さん、何か物を落としました?」

「いや、落としてねぇ……お前も?」

「はい」


 そうして、ぽんぽんと。

 お互いがお互いの目的を確認すれば、先程の同様も収まってきたのだろう。

 本棚の通路奥を肩越しに見る河井に習い、奏も薄暗闇へと目を凝らした。しかしやはり、そこには何が居るわけでもなく。

 けれどお互いが何かの音を聞いたという事実に、戻した先の視線が交差した。


「……ネズミか何かか?」

「それだと走る音がすると思います」

「だよな……じゃあ超常現象?」

「それよりは『何かがいる』という方が現実的だと思いますけど」


 ならば、何が居るというのか。両者、気持ちは同じだったのだろう。

 また揃って凝視した通路の奥の闇の中で、キシリと本棚が鳴いた気がした。





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