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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第四章、応用編その1
53/109

その48・新しさに対応していくこと(※挿絵あり)

挿絵(By みてみん)














 研究所において、最も大切なこと。それは『外に出た者が帰ってくる事』。

 なので外に出たい者・強制的に出る必要性がある者は、普段からそれなりの訓練を行う必要性があった。


――生き残りたくば、筋トレしろ――


 つまり限りなく単純に言えば、そういう事で。

 研究所に配置された幾つかのトレーニングルームは初めこそ何も無い空間だったが、年月と共に様々な模様替えが行われていた。それ専用の機械が並べられている場所、射撃場、そして畳が敷かれている場所など。多種多様に素敵に生まれ変わった部屋達は、今日も利用者を待っているというわけである。

 しかし、いかんせん。何処を使うのかは完全に人の勝手なので。

 まず、機械が置かれている場所。そして仲の良い者同士の溜まり場となった場所。このあたりが中々の賑わいを見せるのだが、その一方。

 人間の持つ集団意識のせいなのか、どうなのか。

 誰一人寄り付かない『何も無い空間』という、心霊スポットばりに寂れたトレーニングルームも、残念ながら存在していた。


「なんというか。意外と重いですね」

「うむ。君が普段振り回しているものと比べれば、そうだろうな」


 チカチカと覚束ない蛍光灯に、変な色のシミが付いた壁。そんな、明らかに寂れたトレーニングルームの片隅で、パイプ椅子に腰掛けた奏は手にした日本刀をじっと見下ろしていた。

 目の前にしゃがみ込んでいる飯島から先程手渡されたそれは、前回彼女も伴った古い町並みの任務にて補給部隊が回収した物資のうちの一つである。


「それにしてもこれ、物凄く切れ味良さそうですね」

「気に入ったのならば何よりだ……ふっ、一晩かけて選んだかいがあったようだな」


 何やら満足げに頷いている飯島を視界の端に。

 手の内で日本刀を堪能する奏は、補給部隊が持ち帰った物が日本刀だと知ってはいた。

 しかし実際、今手にとって見ると、それの現実感が増すというのか。

 己の顔が映るほどに磨き上げられた刀身は重量感があり、その刃の鋭さは、刃物になれた彼女でも触れるのを躊躇ってしまうほどで。


(まさに匠の品……!)


 想像をはるかに超越した武器の有様に、奏はちょっぴり感動した。

 最近研究所にこもりきりの彼女にとって、この目新しさは非常に楽しいものである。


「何か、切ってみたくなりますね」

「まぁ言うまでもないが、気をつけたまえ。それは今回持ち帰った中でも最も切れ味が良かったものだ」

「実際、日本刀の切れ味というのはどの程度なんでしょうか」


 何かを切ってみれば分かる事だが、と。

 流石にそこらのものをブッタ切るわけにもいかないので、研究所の裏山に竹でも切りに行きたくなる奏は、残念ながらまだ足が完治していなかった。

 前回の任務中、己の失態によって引き起こした怪我は、全治3週間の捻挫。

 つまりあと1週間とすこし、奏は研究所内に引きこもっていなければならない。


「そればかりは試してみない事には分からんな……確か図書館に文献があった筈だ、読んでみると良い」


 そしてそんな彼女と、同じような事を考えていたのか。

 一緒になって日本刀を眺めながら、室内で出来る事を提案してくれる飯島に、顔を上げかけた奏は、しかし反射的に傍の松葉杖へと視線を逸らしてしまった。


「それは……ありがたいです」


 その親身さは、有難い。

 有難いけれど、と。

 逸らしてしまった以上、笑ってしまうほど無意味に松葉杖を上から下まで見聞する奏は、実は前回の任務での己の怪我の理由を、『感染者と遭遇した際に、焦って田んぼに落ちて捻った』と飯島に対して偽っていた。


 そう、それの本当のところは、完全に自業自得。加えて私怨がらみという散々なものなのだが。

 まさか『ケンタロウのかたきを殺そうと思って追ってたら頭に血が上って捻りました』なんて正直にいえる筈も無い奏は、そんな彼女の一日でも早い復帰を願い、その間の暇つぶしを考え、更に何処からか松葉杖まで見つけてきた飯島に流石に申し訳なさのような物を感じていた。

 例えるならそれはきっと、仮病で学校を休んだ日の放課後。友達が凄く心配そうにプリントや、今日授業でやった場所のノートを持ってきてくれた時の感覚と似ているだろう。

 奏の場合、一応仮病ではないが。


「……。」

「……? どうかしたのかね、奏」

「……いえ」


 しかし。

 真実は到底、飯島にはいえない。

 何故なら、正直に言ったら絶対に怒られるから。

 そうでなくとも最近自分が連れ帰ったもののせいで、彼の機嫌はあまり良くないのに--と。

 1週間と少し前の出来事を回想する奏は意味無く椅子の上の尻の位置を調節し、目の前に屈み込んだまま見上げてくる飯島の視線から、やはりウロウロと視線を逸らし続ける。


(いや、でも--やっぱり正直に言うべき? でも言ったら絶対、「只でさえ人は減っているというのに何故、同士討ちじみた事をする必要がある?」とか言われる……絶対、言われる)


 だって、自分でもちょっぴりそう思うし、と。

 己の中の天秤を私怨と常識にぐらぐらさせる奏は、少しばかり困っていた。


 確かに、ケンタロウは所詮犬だ。

 けれど、ケンタロウはあの時の自分にとって、これ以上なく大切な存在だった。

 なので、そんな存在の命を奪われた事を、根に持って何が悪いのかと。

 あの時の自分の行動は間違っていなかったと、奏が今強く思えるのには、恐らくそんな自分に肯定の言葉をくれた存在がいたからだろう。

 けれど人類が極端に減った現状で『人をこれ以上減らすな』なんて正論を言われてしまえば、返す言葉がないのも事実で。


(……これは、私が我儘なのか?)


 手に取ることしか出来ない刀を見下ろしながら、奏は細く長い息と共に肺に溜まったモヤついた気分をくうに溶かした。


「……とりあえず、人は切れるんですよね?」

「うむ。最終的には銃弾を切れるようになる筈だからな」


 しかし後ろめたさを含んだそれを言葉として紡いでみた奏は、返って来た言葉に数秒現実というものを考えた。


「所長……それは、漫画などの世界だけの話なのでは」

「いや、そうでもないのだよ。刀より弾丸の方が素材的に柔らかい上、あのスピードで飛ぶものだからな。タイミングさえ合えば充分に可能な事だ」

「いえ、素材的な話ではなく技術的な話なのですが」

「それこそ問題ないだろう、奏」


 それこそ問題な気がするが。

 そこまでハッキリ言われてしまえば何だか出来るような気もしてきて、奏は脳内で発射された銃弾を切るシーンを思い描いてみる事にする。


「……中々、良いかもしれません」

「そうだろう。しかし銃で撃たれること自体が、そう無い事だというのが問題だな」

「それはつまり、私は銃に撃たれるべきだと……?」

「銃弾すら真っ二つにする娘の姿が見てみたい、という親心だよ」


 そして、サラリと返って来た相手からの言葉に。

 一瞬何か裏があるのかと疑ってしまった奏だが、飯島の中にあるのは純粋な親心らしかった。

 結局その親心というものは、今も昔も彼女にとって良く分からないものなのだが。


「なるほど」


 まぁ自分は親になどなった事が無いので、分からないのも当然だろうと。一つ頷きを返した奏は、刀をもとの鞘に納める事にする。

 幾重にもしっかりとした紐が巻きついたその柄はいつもの包丁の柄とは違い、その柔らかいながらにもしっかりとした感触を持つものに楽しませくれていたが、それはそれで問題がある。


(……このまま握っていると、本当に試し切りしたくなる)


 などと、なんだか危ない人のような事を考えながら奏が収めようとした刃はやはり、不慣れのためか何度か鞘の内側に引っかかった。


「……!」


 その時カチャリと。

 手元で鳴ったのとは別の音に奏が素早く首を回せば、トレーニングルームの入り口の方、ドアノブを手にしたまま少しばかり目を大きくしている男の姿が視界に入る。


「あ……どうも」

「どうも、河井さん」

「何か用かね、河井君」


 まずは奏に、そして飯島に。

 順に視線を移した河井はしばし扉の前で突っ立っていたが、やがて二人の方へと歩み寄ってくる。

 その格好が非常にラフであるところ、彼は任務直帰還後の報告に来た、というわけではなさそうだった。


「いや……ってか二人ともこんな所で何してるんすか」

「質問を質問で返すな、といつだったか言った事があるような気がするが」

「……………まぁ、その、奏……足の調子どうかと、思ったんすよ!!!!」


 何故か一旦立ち止まり。

 飯島に対し噛みつかんばかりの勢いで返す河井へと、奏はきょとんと首を傾ける。

 確か、彼には既に全治3週間の旨を伝えていたはずで。

 そうでなくとも自分の怪我が河井に何の関係があるのだろうと、訝しげな視線を向けた奏は、それに気付いた相手が少したじろぐ様を見た。


「い、いや……順調に治るかもしんねぇし、治らないかもしんねぇだろ?」

「不吉な事を言わないでください。只の捻挫ですから、足を冷やして動かさないようにしていれば早急に治ります」

「いや、まぁ……そうだけどな?」


 そうだけどな?と聞かれても。

 なんと答えればいいのか、そして何故語尾に疑問符がついているのか。

 理解できない奏は依然、不審者を見るような視線を河井に対して送り続けた。

 そして、それが恐らく居た堪れなくなったのだろう。


「あー……あ、ってかそれ、日本刀?前に回収したやつ?」


 大幅に話題を変えてきた河井の指差す先、奏は己の手元のそれに再度視線を戻すことになった。

 もしや彼は日本刀に興味があったのだろうか。

 しかし、それだったら武器庫に行けば良いだけだろうと。

 心中では疑問符を浮べ続ける奏だったが、結局良く分からないのでとりあえず日本刀を差し出してみる事にする。


「どうぞ、興味があるのなら」

「え、ま、まじ? これ、怪我とかしねぇ?」

「扱い方を間違えたら、するでしょうね」


 まじかよ、などと言いながら差し出したそれに視線を釘付けにする彼は、やはり日本刀に興味があったのかもしれない。

 ならば最初からそう言えば良いのに、なんて少しばかりズレた事を考えながら、奏は静かに河井が日本刀を少しずつ抜いていく様を見守った。


「落とすなよ。そして傷一つ、血糊一つ付けるな」

「血糊!? いや、言っては見たけど流石に怪我とかしませんって」

「ああ、それと手垢がついた部分は返す前に拭きたまえ」

「手垢……」


 等々と、途中で飯島から口を挟まれていたが。

 全ての刀身を鞘から抜き終わった河井が恐る恐るといった調子で刀を眺めている様を、眺める奏の心境は、どう言ったらいいか。

 普段銃ばかりを扱っている彼は、本当に刃物に触る機会がないのだろう。赤ちゃんが始めて立ち上がった様を見る親とはこんな気分なのかもしれないと、奏は一人なんだか感慨深い気分になった。


「落としちゃ駄目ですよ、河井さん」

「いやだから落とさねぇって!! ……っていってもこれ、実際思ってたよりも重いな」

「河井さん、無理しないでくださいね」

「だからお前……」


 どんだけ俺を、と。

 なんだか途中で言葉を切った河井に、奏は彼の手元へと向けていた視線をその顔まで上げる。

 するとそこにあったのは、何故だかニヤニヤという表現ピッタリの表情で。


「……さてはお前、これ重いの?」

「馬鹿言わないで下さい。私に腕相撲で負けた人が」

「だからあれは作戦負けであって―――っ!! て、違う。いやお前重いんだろ? いっつも持ってる包丁、これよりかなり小さいもんな?」


 ニヤニヤ、ニヤニヤと。

 一瞬声を荒げつつも挑発行為を繰り返してくる彼は、いつの間にこんな芸当を覚えたというのか。

 いつも一人何やら喚き、その後すぐションボリしているくせにと、奏はむっと眉根を寄せた。


「……そこまで言うのなら、勝負します?」


 しかし、奏が提案すれば何、故か途端に首を振る河井。


「え? いやいや、お前いま足怪我してるだろ」

「河井さん相手ならこの程度のハンデは足りないくらいだと……」

「お前……ッ!! そ、そうか、そこまで言うんならやってやろうじゃねぇか」


 けれど、結局バチバチと弾け始める火花。

 正直河井は銃器の扱いに特化しているぶん、接近戦はかなりのド素人当然だと。

 これまで一緒に行動した経験からそう読んだ奏は、余裕を見せ付けるようにその足を組んだ。

 しかし問題は、勝負の内容を何にするかである。


「……。」

「……。」


 自分と同じく無言の河井も、それについて考えているのか。

 そう思えばなんだか物凄く間抜けなこの空気だが、今更後には引けないものが奏の中には確かにあった。

 引き金を引くだけの簡単なお仕事をしている相手に、長年培った近距離戦での知識・経験・そして筋力を馬鹿にされたとあれば黙ってられないからだ。


「河井君。怪我人相手に稽古を強いるというのは、少しばかり配慮が足りないのではないかね?」


 しかし。

 無音の中、真っ先にその時動きを見せたのは、しばし傍観に徹していた飯島だった。

 ぐるりと奏が首を回してみた先、屈んだまま頬杖をついて諌めるような微笑を浮べた彼は、河井のほうを見上げていて。


「え!? い、いや。別に稽古のわけじゃ――」

「ならば、なんだと? そのほかに君が、奏の足を心配する理由があるのなら……是非聞かせて貰いたいものだが」

「イエ、稽古っス」


 ピシリと。

 その時何故か、姿勢を正した河井の姿に奏の中で合点がいった。

 どうやら彼は元々、接近戦の練習がしたかったらしい。

 となればこの流れはもってこいで、稽古と称しながら河井に完全な敗北感を味合わせる事が出来るわけで。


「いえ、所長。私は――」

「奏、君は早く怪我を治さなければならない。刺激になるようなことは避けるべきなのではないかね?」

「しかし……」


 しかし。

 しかし、と先を続けようとする奏の口は、先の言葉を吐き出せなかった。

 それは自分の中に負い目があるからなのか、所長の言葉が絶対だからなのか。

 恐らく両方を伴って先を続けられなくなった奏は歯噛みする視界の端、白衣の裾を払いながらゆっくりと立ち上がる飯島の姿を見る。


「なので稽古がしたいというのなら」

「……え?」


 それにまず、疑問符と共に後ずさるという行動として、リアクションを示したのは河井だった。

 そして奏は無言ながらに、心中で多大な衝撃を受ける。

 しかし飯島は一人、当然と言ったような顔で。


「私が相手をしてやろう」


 軽く手首を鳴らした、自らの師匠に。

 予想外の事態を見守る奏はもう、既に完全なるオーディエンスだった。










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