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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第一章、前提編
5/109

その5・危険そうな場所には立ち入らないこと







 ゾンビには大きく三つの種類がある。


 そのうち現在奏が目的としている『特殊型』とは――二つの欲望を持つ感染体のことだ。

 通常、黒液に感染した人間は食欲のみが異常に増幅され、俗に言うただの『ゾンビ』として辺りを徘徊するようになるのだが、『特殊型』はそれだけでは済まない。

 知能の欠片も無く「あー」とか「うー」とか言っているだけのただの『ゾンビ』には正直全く負ける気がしない奏だが、それ以外となってはどうだか分からない――『特殊型』とは、そんな存在である。


(もし食欲に加え、“知識欲”を持った特殊型だったら……)


 頭でっかちのゾンビに負ける気はしないので、恐らく大丈夫だろう。しかし、落とし穴等が掘られていないか万全の注意が必要だ。


(否、それよりタチが悪いのは“筋トレ欲”を持った特殊型、か。そんなものが存在するのか分からないけど――)


 逆三角のマッチョや、カモシカのような足を持ったアスリートに襲われたら。

考えるだけで恐怖だ。正直、負ける気しかしない。


(もし、そうなったら――)


 車窓から見える景色の流れが、徐々に緩慢になっていく。

 やがて滑り込んだホーム、少しの揺れと共に停車したモノレールが重たそうにその扉を開けた。


「さて、こっちだよ」


 言ってホームに降り立った老婆を見つめる奏。その思考には既に答えが出ている。

 金網の張り巡らされた廃墟へと歩を進めていた小さい背中は、後ろに続かない奏を訝しげに振り返った。


「ん? どうしたんじゃ?」

「正直、あの中はとても危険そうに見えます」

「大丈夫じゃよ、案内の者もあそこにおる」

「なら、貴方が先に入ってその方を連れてきて下さい」

「なに言っとるんじゃ、一緒に行くに決まっておろう! このババが道中、奴らに襲われたらどうしてくれる!!」


 怒られてしまった。

 しかし奏としてはどうにも腑に落ちない。そもそも自分は警察でもなければ自衛隊・自治体の類でもない。

 目の前で人が襲われていれば助けるが、己の身を徹してまで人助けをする義理など無いのだ。

 そう。彼女を動かすのは常に任務。

 今回に関して言えば、特殊型の検体――そう、特殊型、特殊型だ。


「……。」


 任務の速やかな遂行が第一。

 そもそも任務として特殊型と出会う事が必須ならば、案内されたほうが探す手間が省ける。

 そもそもどんな個体なのかなど結局、出会って見なければ分からないのだし。ついでにそれが居るのかも分からないのだし。


(特殊型以外の感染者には、まぁ負けないだろうし……)


 等など。

 考えているうちに何故自分が立ち止っているのか分からなくなってきた奏は、老婆を見下ろし一つ頷いた。


「では、あの廃墟の入り口まで送らせて頂きます」

「まぁたそんな冷たい事言いおって。年寄りには優しくするもんじゃぞ?」

「善処します」


 言いつつ、老婆の後に続いた奏はコクリとまた首を縦に振る。

 もしこの老婆が廃墟に着いた途端「引っかかったな、小娘がァー!」などと言い出したら即座、感染者の盾にしようと改めて心に決めながら。





   ・   ・   ・



(・・・・・・スラム街?)


 老婆と共に廃墟までたどり着き、中を覗き込んだ奏が第一に浮かべた感想はそれだった。

 実際彼女はスラム街を見たことはないので、あくまで想像の中だけの感想である。つまり端的に言うと、ガラが悪かった。

 覗き込んだ途端、目付き悪い兄ちゃん数名とバッチリ視線が交差したのである。


(奥の方までは……暗くて見えないな)


 装着しているゴーグルで視界の明度調節をするのならば、屋内に入らなければならない。なんたって今は太陽がサンサンと光を撒き散らしているのだ。

 この状態で視界に取り入れる光度を上げたりなどすればそれこそ、まさに痛い目にあう。


「どうしたんじゃ? 入らんのかい??」


 不思議そうな顔をして見上げてくる老婆に奏は沈黙を返した。

 中にいるのは恐らく、普通の人間のように思う。しかしその中に狡猾な『特殊型』が紛れていないとはいえない。

だが――


「入ります」


 空腹時の感染者は周囲にある“食べ物”を問答無用、形振り構わず食い漁る。

 つまりここで今騒ぎが起きていないという事は最悪の想定――『特殊型』がこの中に紛れていたとしても、そいつが空腹ではないということだった。

 遭遇しても突如襲い掛かられるような事は無いだろう。


(とは、理屈で分かっていても)


 カツン、と。

 ブーツの靴底がコンクリートを打つ。

 途端複数顔が此方へと向けられたが、防護服に加え頭部が装備によってきっちり隠されている自分を、彼らは“女である”と断定することが出来ていないように奏は感じた。

 しかし恐らく好奇心、と呼ばれる類の視線には、遠慮の欠片も無い。

 けれど無論、そんな中を闊歩する奏としては、手を出されようものなら瞬時に関節技を決める位の心構えは出来ている。


(逆三角形のマッチョなら別だけど)


 そんじょそこらの男に負ける気はなく、それでも複数同時に襲い掛かられてしまったら――不本意ではあるが、負傷者を出してしまうかもしれない、なんて。

 負けたくないから負かす、という至極単純な動機で物騒なことを考える奏の脳内辞書に、一般人に対する『敗北』や『屈服』の文字は当然無かった。

 なんたって、自分は鍛錬をずっと行ってきている。感染者を相手に生き残るための生活を送ってきている。

 隙を突かれたから、なんて言い訳を自分のプライドは許してくれないという事も分かっている。

 だからこそ、心中で闘志をメラメラ燃やす奏の五感は今、一般人に囲まれる事によってこれ以上無く冴え渡っていた。


「決めた」


 なので、どこと無く空気が動いたことは察知していた。

 しかし身構えるより早く、奏は自身の右手首が掴まれた事に気がついた。


「!?」


 あわてて自らのそれを取り返そうと奏は身体を引いてみるも、びくともしない。

 己の腕を捕らえる手を視線で辿り上げれば、背の高い何者かの背中は既に歩き始めていた。


「ちょ、……っ!」


 抗議の声を上げようとするも物凄い勢いで腕を引かれるせいでまず、足元がおぼつかない。


(武器を使うか、否、でも――ッ)


 今、自身の腕を引っ張っている男が人間なのか、否か。

 思考を過ってしまった疑問によって、武器へと伸びかけていた手が止まる。それが分からない限り、奏には武器が振るえなかった。

 流石に『利き腕を掴まれて驚いたので、加害者の手首を切り開放してもらいました』などというのは外聞が悪い。悪すぎる。

 これが公衆の面前でなければその選択肢もあったものの、いかんせん周りには人がいるのである。


(そうだ、そういえば!!)


 あの老婆はどこに行ったのかと。

 ふと思い出し奏は背後へと首を回すが、そこには老婆の影も形も存在していなかった。


「……ババァ……」


 思わず奏の口から滑り落ちた悪態。それを気にするものは誰一人としていなかった。



  ・  ・  ・



 そうして奏が男に引きづられて行った先は、思ってもいなかったことに五分ほど前、下車したばかりの駅のホーム。

 なんだか振り出しに戻った感と、面倒ごとに巻き込まれた感が彼女の心中ぐるぐると渦巻く。

 日の下、改めて男を見上げながら奏は地の底から湧き出るような声で言い放った。


「離してください」


 相手が向こうの方を見ているため、その表情を奏の方から伺うことは出来ないが。男の背中から読み取れる情報は、正に『スラム街』と比喩した先程の場所に相応しいものだった。

 将来毛根死滅確定といえるほどに脱色された金髪。耳にバッチンバッチン複数空いているピアス穴には、一体何の意味があるのか分からない。

 ふと。

 男のそんな、俗に言う『ヤンキー』的外見に。

 奏の中に沸いた違和感はけれど、すぐさま現実問題、手を繋がれて引っ張られている状況に対する、困惑と僅かな苛立ちによって押し流される。


「聞いてます? 私の言葉、理解しています? 手を離してください……否、なんでもいいからとりあえず離せ」

「断る」


 端的に帰ってきた否定の言葉に、奏は少しばかり困った。

 今までの人生、彼女はこういった『ヤンキー的兄ちゃん』とは殆ど係わり合いになった事がなかったのだ。

 言葉はどうやら通じるようだが、どうにも人種の差的なものを感じる。

 それこそ言葉なんて通じている“だけ”なのかもしれない。


「いいですか、私にはやる事があります。貴方にかまっている暇はないんです。あと五秒以内にこの手を離さなかった場合、強行手段をとらせて頂きます」

「……。」

「警告は行いましたしこれは私にとって任務に差し障る障害の排除でもあるので、当然ですが傷害罪としてうちに賠償を請求されても受け付けません」


 確か、過去の日本においてもこういった任務執行の妨害行為は何かしらの罪になったはずだと。

 言うだけ言い切って脳内で5秒をカウント始める奏は当然、カウントが終わってしまえば、容赦する気など微塵も無く。

 さっさとカウントを済ませてしまおうと、目を細めて標的を見据えた先。


「お前の言葉は難しくてよくわからん」


 カウントは、あと1秒残っていた。


「―――っ!!!」


 しかし振り返った男と目があった瞬間、本能的に寒気を感じた奏の左腕が武器を抜く。

 己の利き腕をふさぐ相手の左手への、反射といっていい速度での一閃。

 躊躇の欠片もないそれはけれど、信じられない速度で伸びてきた相手の掌によって握りこまれた。


「っ、お前――」


 奏の口から、押しつぶしたような動揺が零れ落ちる。

 揉み合うような至近距離で交差した視線の先、男の瞳は泥のように黒い。

 そして彼女が振るった武器の刃を掴む、男の素手の掌から流れ落ちるその液体もまた――


「――感染者、か……っ!」


――汚染された泥のように、黒かった。







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