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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
俗にいう幕間〜団体への馴染み方編〜
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その45・場になれるまでツッコミは控えめにすること








 声のした方を瞬時に振り返れば所長室の入り口、開かれた扉のドアノブに手を掛けたまま立ちすくんでいるのは無表情な女性。

 奏だ。


「あ、「奏ぇぇぇぇぇえええええええ!!!!」


 しかし現れた女神に声を掛けようとした卓郎君は、重なってきた喜色を帯びた絶叫にビクリと体をすくませる。

 けれどそんな彼の視界の中、呼ばれた当人である奏の眉はピクリとも動かない。


「お取込み中でしたか。失礼しました」

「取り込んでいる筈がないだろう!さぁ、入りたまえ。立ちっぱなしでは足に障る」

「いえ、しかし……」


 足音高らかに隣を通り過ぎて行った姿に、まさかとは思っていたが先ほどの叫びは所長の発したものなのかと。

 色々な衝撃に包まれたまま二人を眺める卓郎君は、けれど奏の姿を注視していた。

 見覚えのあるナップサックに、見覚えのあるズボン。その上だけは軽装なTシャツに着替えられているところ、これが彼女の普段着なのかもしれないが。

 そんなもの等よりも卓郎君には、とても気になる部分があった。


「彼はもう帰るところだ。ああ、そんな事より一緒に昼食でもどうかね?」

「まだ食べていなかったんですか?」

「まだまだ食べられるとも。何も問題はない……ああ、支給のご飯は一人一食などと些末な事は述べてくれるな。私は所長だ」


 二人の会話にも何だか、とっても気になる部分はあるが。

 奏の手を取り素晴らしく職権乱用をしている所長の、先程とはあまりにも激変した態度へのツッコミも兎も角、ともかく置いておくことにして。

 ソファに煩わしそうに腰を下ろした奏の右足から、卓郎君はチラリとその視線を上げた。


「……どうも。お久しぶりです」

「久しぶり! ……ってか。どうしたの、その足」


 ぐるぐるに巻かれた包帯で、厳重に包み込まれた奏の右足。

 軽い挨拶をしてきた彼女は確か、最後に分かれた時には怪我などしていなかったはずで、それどころか彼女が怪我をする場面など卓郎君には到底想像も出来なくて。

 率直に問いかけてしまった彼の言葉に、膝の上にナップサックを抱え直した奏が僅かにその視線を伏せた。


「まぁ、大丈夫です」

「……。」


 それは聞くな、という意味なのか。

 そういえばあの地下、懐中電灯一本の暗闇の中で瞬時に現れ、また瞬時に去って行った彼女は鴉におんぶされていたなと。

 すなわちその間に何事かがあった事を悟った卓郎君は、奏と不良集団のボスとの戦闘時の出来事を知らない。

 そしてそんな事を考えている間に奏が顔の向きを変えてしまったので、彼にはそれ以上の追及を口にする事は出来なかった。


「彼、使えそうですか?」


 奏が自身の隣、ソファの腕の部分に浅く腰かけていた飯島に問いかけている。

 しばし、ボケッと。

 そんな彼女の横顔を見つめていた卓郎君はそれが自分の話題だ、という事を悟ると同時、背筋を無意識にピンと伸ばした。

 しかし、チラッと。

 伺うように視線をやってみた先、所長は此方を見向きもしていない。


「畜産の方に回す事にした。あそこは人手不足だったからな――それより奏、昼食は」

「この後、一人で。……それにしても、そうですか。畜産ですか。……メアリーをよろしくお願いします」


 話題はオレの筈なのに!?

 と、まさに奏一直線な飯島の態度にもしや自分は既に認知されていないのではないかとすら思わされていた卓郎君は、不意に戻ってきた彼女の視線に数秒間の間を開けてしまう。


「……聞いてます?」

「あ、う、うん聞いてる! ……えーっと、メアリーって?」

「私の愛山羊です」

「あ、そうなんだ。可愛い?」

「たまりません」


 それに対し一瞬不快そうな顔をした奏も、会話が流れれば機嫌がすぐに上昇したのだろう。

 山羊を語るその表情は至って動かないままだったが、どことなく柔らかくなったその雰囲気からして。きっと彼女は生き物が好きなのだろうと、なんだかほんわかとした気持ちになる卓郎君は、笑みを浮かべて奏を見つめる。

 けれど。

 それに対し、ヒラヒラとその片手を振り不服そうに存在を主張してくる男が一人。


「奏、おい奏、ちょっと聞きなさい。おーい」

「何か、飯島所長」


 さらりと返す彼女は、そんな飯島に慣れているのか。

 腕を組み眉を軽く寄せた所長様に対し、奏が向けるのは相変わらずの乾いた視線だ。


「……最近あの小僧のせいで会えていなかっただろう。私はそのせいでとても辛い日々を送っていたというのに―――久々の再開に、思うところはないのかね?」

「そうですね、二日ぶりですね……どうも、お元気そうで何よりです」


 それはどうにも一方通行のような、けれど決して険悪ではなく。

 なんとも不思議な二人の会話に、卓郎君は首をひねった。

 正直ちょっといい感じだった奏との会話を遮られたのは不服だったが、それより今彼にとって重要なのはこの二人の間の関係性で。

 そう。

 上司と部下にしては仲が良すぎる、隠れた関係なら堂々としすぎている。

 となればこれは一つしかなく。


「……えーっと。奏さん、もしかしてあの人カレシ?」

「違います」

「以前違うと言ったのを忘れたのかね? 私は奏の父だ」


 しかし瞬時に返って来たのは否定。

 口を揃えて見返してきた二人に少々威圧されてしまったが、それにしても驚愕の事実に卓郎君は目を見開いた。


「え、お父さん!?」


 まさか、と。

 予想だにしていなかった答えに瞠目したまま、卓郎君は両者の顔を交互に見比べる。

 すると、何故だか逃げていく奏の視線。

 そして、何故だか胸を張るがごとく堂々とした飯島の態度。

 そんな親子の間にはなんだか、温度差があるような気がするがともかく、卓郎君には今すぐ確認しなければならない事がある。


「……え、いくつの時の子?」


 飯島のその外見は、父というには若すぎた。

 恐らく三十と四十の間くらいといったところか、若々しく見える方だというにしても奏との間に二十の歳の差は見受けられない、と。

 つい率直に聞いてしまった卓郎君の方へと、ギッと奏の鋭い視線が舞い戻る。


「馬鹿言わないで下さい。血の繋がりはありません」

「……俗に言う義父、だな。しかし血の繋がりはなくとも絆の繋がりはある」

8/25にじゅうごぶんのはち年の絆ですね」


 そうして、交互に紡がれた両者からの言葉に。

 なんとなく二人の関係性を理解した卓郎君は、複雑ながらにもとりあえず頷きを返した。


「あ、そういえば奏さん25歳だっけ」

「そうですね」

「……奏。ここに来たからには、何か用事があったのではないのかね?」

「ああ。最近バタバタしていたので、忘れていたんですが――」


 しかし一言の“とりあえず”によってサラリと流れていってしまった話題。

 もう少し突っ込みたい所があったのだが、これではもう無理だろうなと。

 完全に機会を逃してしまった卓郎君はモヤっとしつつも、何やらナップサックをあさり始めた奏の様子を見守る事にした。

 ずっと任務に使われてきたのだろう、所々ほつれ、くすんだ色をしているそれ。

 そこから出てくるのは一体なんなのか、想像するにはまだ研究所の事も奏の事も知らず。

少しばかりドキドキしながら卓郎君が首を傾げれば、あっさり引き抜かれた奏の手が掴んでいたのは白っぽい四角い箱だった。


「お土産です」


 そのパッケージを卓郎君が確認するより先、飛び込んできたのは飯島だった。


「奏ぇえええええええええええ!!!!」


 大の男に抱き着かれる、というより押し潰されたのだろう。

 ソファに埋まった奏の方から「ぐぇっ」っと率直な呻きが漏れるのを、卓郎君は瞬間的に退避していたソファの端っこから聞いた。


「なんて良く出来た子なんだ! パパは嬉しいぞ!!」


 しかしこの所長様、物凄いテンションである。

 わしわしと頭を撫でられている奏は当然、河井や楠といったこの研究所に長い者なら慣れた光景も、新人には正直手におえなかった。

 つまり卓郎君はソファの端で縮こまり、驚愕の光景を唖然と見守る事しか出来ないというわけである。

 しかしそこで、ふと。

 奏がちゃんと息ができているのか何て他人事のように考えていた卓郎君は、感じた視線にその顔を少し上に向けた。


「……。」

「……。」


 振ってきたのは、ソファに乗り上げた飯島からの何とも重い無言の視線。

 これは間違いなく、退室を促されているのだろう。

 それを瞬時に悟りそろそろと身を動かし始めた卓郎君の姿から、速やかに視線を戻した飯島が上機嫌に奏に語りかけている。


「して、何を持って帰って来てくれたのかね?」

「せっかく観光地に行ったので。ご当地パズルです」

「私がパズル好きだという事……覚えていてくれたとはな」

「はぁ。……まぁ、そうですね」


 仲が良いのか悪いのか。

 答えは簡単、この二人は間違いなく仲良しである。

 そんな結論にたどり着いた卓郎君は何故か忍び足で、けれど二人の会話にしっかり耳をそばだてながら所長室の扉へとそっと向かった。


「くっ、あの小僧の件さえなければ所長室に引きこもり奏と二人パズルを延々と組み立てられ続けるというのに……!」

「お忙しいんでしたら是非、業務を優先させてください」

「む……“足怪我したから筋トレもあんまり出来ないし暇つぶしになんかやるか。あ、パズルあったっけ。でもこれ所長のだしなー……あ、でもあの人最近アイツのせいで忙しいから、持っていくだけ持って行って後は私一人で遊べばいっか!”的な君の本音を奇跡的思考回路で悟ってしまった様な気がするが、気のせいだという事を祈るとしよう」

「そうですね、きっと気のせいです……いつでもお出かけください、飯島所長」


 否、やはり仲良しというのは少しばかり語弊があるか。

 二人の会話にそんな印象を抱きながら、卓郎君はドアノブをそろっと回した。長年のゾンビからの逃亡生活やなんやらで、音もなく扉を開けるという技術がいつの間にか彼には備わっている。

 そして開いた時と同じように、また音もなく所長部屋の扉を閉めて。


(男にとってのラスボスは、彼女のお父さんだって言うよなぁ……)


 背にした扉に軽く持たれた卓郎君の中にはもう、“面接受かったぜひゃっほい!”なんて思いはなく。

 目まぐるしい出来事の衝撃を吐き出すが如く、細く長いため息をついた。













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