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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
俗にいう幕間〜団体への馴染み方編〜
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その44・理不尽だと思っても愛想良くすること






 何畳か、というのは床がコンクリートの為わからない。

 ただその部屋は『所長室』という割には広くなく、けれど置かれている家具が少ないため、狭さを感じる事もなかった。


「どうにも挨拶が遅れてしまったが。私がこの研究所の所長、飯島 哲哉だ」

「ど、どうも。初めまして。近江 卓郎……です」

「ふむ。話には聞いている」


 研究所と呼ばれる施設に足を踏み入れてから、四日目の夜。

 部屋の中心に置かれたソファに腰かけたタクロウ――改め卓郎青年はようやく、研究所の所長との面会を果たした。

 何やら最近この研究所内は慌ただしかったようで(普段のそれを知らない卓郎にとっては、いつもよりどう慌ただしいのかサッパリ分からなかったが。)ともかく、それはそれはもう、重要な何事かがあったのだろう。

 でなければ彼が此処まで放置される事は無かった筈である。


――そう。

 一日目は何やらの検査や聴取。

 二日目は放置。

 三日目も放置。

 そして四日目である今現在までも、放置。


 真に酷い話だった。

 そんな彼が放置された三日間、やっていたことと言えば究極状態でのコミュニケーションで。

 完全にアウェイな場でしかし彼は食堂・トイレの場所・それこそ現在居る所長室の場所すら人づてに探し出し、なんとか所長とコンタクトを取る事に成功しているのだから、これは褒められてしかるべきある種の能力だといえるかもしれない。

 しかし。そんな卓郎君の苦労は、その慌ただしさの渦の中にいた者には伝わらない。

 なんたって慌ただしくなる程に、当人らは何事かで頭がいっぱいいっぱいなのだ。

 放置というのは真に哀しい事だが“え、君だれ?何勝手に研究所入ってきてんの?”等と言われなかっただけマシな現状というわけである。


「ふむ。聞いたところによると君は、元々畜産農家の息子だったらしいな」

「は、はい」


 しかしそれを差し置いてもそもそも、研究所のボスである男に不満などいえる筈もない卓郎君は元々、長い者には巻かれるタイプだった。

 そしてこれは卓郎君に限った話ではないかもしれないが、彼は今非常に緊張していた。


 なんたって今、彼の向かいにあるデスクに腰かけているのは所長様だ。

 それはつまり、ボス。ビッグボス。

 この面接らしきものを成功させなければ、彼には行くあてなど何処にも無い。

 オレ相当待たされたんすけど、どうなってるんすか?なんて。

 空いた距離を埋めるような威圧感を放ってくる所長様に、只でさえ小者の卓郎君が言える筈もなかった。


 そしてそんな彼の緊迫感に、所長様は気づいているのかいないのか。


「何が出来る?」

「な、何というのは……その、畜産系で、ですか?」

「他に何か、出来る事があるとでも言うのかね?」


 淡々とした問いかけに卓郎君の精神HPはガリガリと削られる。

 一つ失言すれば即、不合格なのではないか。そんな強迫観念に囚われながらも、なんとか自身の長所を模索する彼は己の過去を必死に鑑みる。


「え、えー……うちは豚育ててたんで、豚の管理なら物心つく頃からやってきました。なので筋肉はある程度ならあるかと」

「牛や山羊は」

「牛はお向かいさんがやってたのを、偶に手伝った程度っすね……でも牛は流石に持てないです」


 此処は研究所で、その存在を知るきっかけになった女性は強くて、また自分をこの場まで連れてきてくれた男性も間違いなく腕っ節の強い人で。

 恐らく此処は『ゾンビ?頭を潰せば一発だぜ!』くらい簡単に言える人間ではないと認められない場所なのだろう、と卓郎君は必至の筋力アピールをした。

 そう。

 彼の過去、畜産とは正直かなりの重労働だ。

 ならばゾンビとの実戦経験はなくとも、気力と筋力があることを伝えれば先を見込んでもらえるかもしれないと。

 畜産で鍛えられたそれを主張してみた卓郎君は正直、この十年腕の筋肉より逃走のための足の筋肉しか駆使していなかったが当然、自身の不利になるような発言はしないに限る。


「……先ほどから君はちょくちょく筋力の話を挟んでくるが」


 しかしそんな卓郎君を見返し、軽く目を眇める飯島からはどうにも好感触が返らない。

 どうにも宜しくない雰囲気を持った言葉の雲行きに、何でも良いからマイナスイメージだけは持たないでくれと、祈る卓郎君の耳を打ったのはけれどため息だった。


「正直、君に筋力は期待していない。重労働者は既に勝手知ったる者達が山のようにいるからな、一から脳筋を育てる気など私は毛等もないのだよ」


 え、それもしかして不採用ってこと?

 という卓郎君の思いは恐らく、その顔面にありありと浮かんでいた事だろう。

 確かに物事は、慣れている者に任せた方がいいのは事実。

 けれどそれでは、と思わず眉尻を下げてしまう卓郎君は最後の希望を求めるように、その視線だけは相手から逸らさなかった。


(ここで受け入れて貰えなかったら、オレどうしたら――)


 外で、一人でやっていける筈がない。一度抜けた集団に、すごすご戻れる筈もない。

 恐らくボスは気にしないだろうが流石に周りの目が痛いと、想像だけで絶望できる環境を脳裏に展開した卓郎君は正直ちょっぴり泣きそうだった。

 けれど唯一。

 どれだけ顔が情けなく崩れようとも、視線を逸らさなかった事が功を成したのか、どうなのか。


「君には畜産の方を手伝ってもらう」

「……え!?」

「不満か?しかし他に空いている枠はないのでな」


 恐らく相手の顔を見ていなければ――正確には相手の口が動くところを見ていなければ、卓郎君はそれが無愛想な所長様の口から発せられた言葉だと理解できなかっただろう。

 それどころか採用のそれを幻聴だと決めつけ、すごすごと退室してしまっていたかもしれない。


「い、いえ……不満とかはないんですけど。え、それでいいんすか!? ってか畜産って……??」

「それでいいも何も、君が他に出来る事など無いだろう。正に適材適所だ、喜ぶと良い」


 なので続けられた言葉も、まだ衝撃から立ち直りきっていない頭にはすんなり入って来ず。

 間違いなく不合格を享受しかけていた卓郎君が目を瞬かせる様に、頬杖をついた飯島が軽い補足を吐き出した。


「人手不足に加え生き物を育てるとなるとやはり、知識だけではどうにもならない部分があってな。経験者が入るのは非常に喜ばしい。……これで収穫量も増え、所内の者の栄養状態がまた少し向上することだろう」


 うむ、と。

 やはり事務的な様子で一つ頷きをよこして来る所長様に、卓郎君はそこでようやくこの研究所が自給自足をしているのだという事を理解した。

 ならば最初にそう言ってくれ、と思わない事もないが確かに、良く考えればスーパーなどが無いこの時代。

 自分たちは今までその辺りから強奪してきたが、まっとうな考え的にはご飯は自給自足しかなく、それの手伝いに任命されたのだと理解が追い付いた卓郎君は目の前が開ける気分だった。


「そうですね! それにあれですね、肉の食べれる量が増えたら、みんなのやる気も上がるでしょうしね!」

「ふむ。確かに肉を好む者は多い……」


 しかし。

 すっかり明るさを取り戻した卓郎君に反し、やはり所長様のテンションが低い。

 もしや最近忙しかったようだから、徹夜明けのお疲れだろうかと。ならばだからこそと卓郎君は努めて声色明るく語りかける。

 この社交性こそが、彼の最も優良な部分だと言えるだろう。


「いい感じに豚が育ったら、そのうち焼肉パーティーとかしたいですね!」

「焼肉、パーティー……?」

「いやほら、肉が嫌いなヤツとかいませんし。腹いっぱい肉くったらみんな楽しいだろうし明日も頑張るかーってなるんじゃないかなぁと?」


 しかし。

 何故か。


「……。」

「……。」


 卓郎君の言葉に対し、返って来たのは無言。

 どうにも重苦しい空気が部屋に充満し始めた事を速やかに悟った卓郎君は、普段の5倍ほどの瞬きと共に自分の失言の在り処を模索する。


 しかし、やはりどうにも分からない。

 焼肉を食べればハッピーになるというのは全人類共通の筈で、とくればもしや、所長様は焼肉に嫌な思い出でもあるのかと。


「…………君は一体、何を言っているのだね?」


 一つの過程にたどり着きかけた卓郎君は、降ってきた言葉の重さに大量の冷や汗を垂れ流した。

 そう。

 藪を突いたら蛇が出る。そして焼肉を焼けば煙が出る――。

 そんな謎の迷言を浮かべた卓郎君は今後、徹夜の人間には下手な事は言わないでおこうと心に誓うが、今後があるのかは分からない。


「肉のみの食事というのは非常にバランスが悪い。肉を摂取してもその栄養素を効率よく吸収するためにはビタミンが不可欠、穴の開いた器で水をすくうかのような行為に満足感を覚えるというのは一種の自虐趣味に他ならない」


 そして頬杖をついたまま目を座らせる所長様が何を言っているのか、なんだかいまいちよく分からな い。

 今にも部屋から蹴りだされそうなほどその場の空気は重く、けれど蹴りだされないぶん卓郎君は相当気まずかった。


(な、なんでオレこんな未知の生物見るみたいな目で見られてんの……!?)


 未知なのは所長様っすよ、なんて。けれど卓郎君には言えない。

 とりあえず退室なら退室、何か話の続きをするならするでこの空気を入れ替えたい。

 今後徹夜の人間には絶対に関わらないと誓うので換気扇を回してくださいと、彼は全身全霊の祈りを神に捧げる。

 その思いは届くのか届かないのか、日本には八百人くらい神様がいる筈だからどうか届いてくれと願う卓郎君は今、蛇に睨まれたカエルのごとく指先一本動かせなかった。


「失礼します」


 そして、その瞬間。

 十年前の災害以降、認めていなかった神の存在を卓郎君は今、信じた。







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