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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第三章、応用編に行く前に~基本編その2
46/109

その43・失態は深くかみ締めること(※挿絵あり)






「それにしても見物だったな、非常食」

「・・・・・・。」

「あの時の“その他”の顔を、俺は生涯忘れんだろう」

「・・・・・・・・・・・。」


 真っ暗な部屋に一つの懐中電灯。

 一組の机と椅子だけがある簡素な時計塔の一室で、もう奏はため息をつく気力もなかった。

 壁にもたれながら先程の事を上機嫌に繰り返す鴉を無視し、座り込んだままゴソゴソとロープを手繰る彼女の手にはあっけない程に軽い鍵。

 先程、河井の手から引っ手繰ってきた鍵だ。


(くっそ……なんであんな事に。……でも、倉庫の鍵渡さないといけなかったし)


 そう。

 補給物資の見張り番として派遣したタクロウ君に、奏が預けていたのは双眼鏡と一つの鍵。

 前者は危険回避と状況判断の為に。

 そして後者は、信頼に足るかを見極める為に。


(だって、流石に出会って間もない人に大事な鍵、渡せるはずないし……)


 使おうとしても、使えないように。

 けれど場所だけは押さえておきたくて。

 そんな思いからタクロウ君に手渡した鍵は、物資が保管されている場所のものとは違う鍵だった。

 ならば、何処の鍵だったのかというと、単純。

 時計塔に残していくことになった装備類と人質を、グルグル巻きにしたロープにかけておいた南京錠の鍵である。


「……はぁ」

「なんだ、非常食。さっきから息しかしていないな」

「息は息でも“ため息”ね……あと、ため息は“する”じゃなくて“つく”だから」


 頭上から降ってくる鴉の声にやはりため息まじりに返し、ロープをナップサックにしまいこんだ奏は全ての装備品のチェックを終えた。

 そしてそんな彼女は今、既に黒子衣装から元の戦闘服へ着替えを終えている。

 そしてそんな一室には今、既に人質の姿は無い。

 解放と同時に一目散に逃げて行った彼らは今思うともしや、尿意を催していたのかもしれないなと。現実逃避気味に考える奏は道中拝借してきたお土産でパンパンになったナップサックに、ガクリと自らの頭を預けた。


(っていうかそもそも、足さえ怪我しなければ……ッ!!!)


 鴉におんぶされた状態で地下に駆けつけた奏を見た、あの時の河井の顔。

 そんなもの鴉に言われなくたって、奏も一生忘れられそうにない。

 素直にタクロウ君には物資保管場所の鍵を渡しておけば良かったのか、否、もしもを考えれば判断は正しかったはずであると。

 グルグル考える奏の中にはかなり、見られたくないものを見られてしまった感がある。


「そろそろ暇だ。用事が終わったのなら別の場所に行きたい」

「……行けば?」

「よし。次はどこに行く」


 しかしそんな乙女心を差し置き、至ってマイペースな感染者に奏は重い横目を向けた。

 部屋の窓から差し込むぼんやりとした月光は、見下ろしてくる鴉の輪郭を淡く儚げに形作っている。

 しかしこの野朗が実際、淡くも儚くもないという事は嫌というほど知っている奏の中にはなんだか苛立ちが込みあげて来た。


「ていうか、あんた本当に何なの?」

「何、とは何だ」

「確かに、運んでもらった事には一応感謝してるけど。何で私についてくるの。暇なら好きなとこ行けば良いし、なんでいっつも私の居場所分かってるのかも謎だし、途轍もなく邪魔かと思えば案外素直に言うこと聞いてくれる時もあるし……」


 そうだ、最近忘れがちだったが全ての現況はコイツじゃないかと。

 足に負担が掛からないよう立ち上がった奏は、壁を背にして腕を組む。

 見合った先の鴉は今の彼女の足で逃亡は不可能だと分かっているのだろう、妙に余裕綽々と行った態度で椅子に腰を下ろすものだから、奏の中のイラっとメーターはまた1ステップ上昇した。


「まず。何故、お前について行くか……だったか」


 怪我人を差し置いて椅子に座った挙句、足を組んでいる鴉を奏はじとっと重く見据える。

 コイツは一体、何故こんなにも偉そう且つ堂々とした態度をとれるのか。

 そんな苛立ちと共に回想すれば、そういえば最初の頃は“ついて来る”ではなく“引きずり回される”という状態だったなと、特に思い出したくもないことを思い出し、奏はまた一つ真鍮で舌打ちをした。


「面白いからだ」

「は?」

「お前の行く先では退屈しない。様々な事が起こる」

「……。」


 そりゃ任務なんだから色々起こるに決まってんだろ。

 という思いを心中で浮べただけで言葉にはしなかった奏は改めて、この偉そうな感染者は言葉達者なわりに、知識量はまだまだ少ないのだという事を理解する。

 まぁともかく、まるで“偶然様々な事が起こっている”かのように言う鴉は、退屈をしなければそれで良いらしく、そんな彼はそもそも、此方の立場を理解する気など全くないのかもしれない――。


「そしてお前の居場所はにおいで分かる」

「は!?」


――なんてことをウダウダと考察していた奏は、鼻水が出そうになった。

 今、何と言ったか。

 なんて、聞き返さなくともしっかり聞こえていたが、出来れば聞き間違いを願いたい奏である。


(え、ニオイ!?――匂い……臭い?)


 まさか自分の体から、そんな強烈な臭いは発生していない筈。


(いや、でも……体臭って自分で分からないものらしいし)


 とくればもしや、自分は鴉が遠距離から拾える程の刺激臭持ちだったのかと。

 辿り着いた結論があまりにも衝撃的過ぎて言葉を失った奏を置いて、鴉はさらりと補足を紡いだ。


「特に前回、巣を見つけたからな。そこから辿れば直ぐだ」

「……えーっと。巣ってのはもしかして、研究所のこと?」



 そもそも衝撃によって半ばパーになりかけていた頭に、新たに入り込んできた言葉の意味を、奏は正直理解したくなかった。

 けれどやはり、堂々とした鴉は淡々と事実を繰り返すだけで。


「知らん。白い建物だ」

「なんで知ってんの!?……っ」


 タイミング的には一拍遅れて声を荒げた奏は、鴉に身体ごと詰め寄ろうとしたところで、足の痛みを思い出す。


「前回、俺のところに“その他”を連れて来たことがあっただろう」


 そしてやはり、やはり。

 何の負い目も無く当然という文字を最善面に押し出した態度で“何を今更”と言わんばかりに首を傾ける鴉の言い回しに、異議を唱えたいながらも奏は、踏み出してしまった右足の痛みをなんとか噛み殺していた。


(くっそ、これ折れてるんじゃないの――!?)


 とりあえず鴉が言っているのは前回の任務、河井と共に行動していた時の事だろうと。

 頭の中で理解しながらも、奏の意識は、動かせば途端に走る激痛の方に向いていた。何もしていない時はジンジンする程度だが、少しでも足首を曲げると駄目である。

 正直、座りたい。

 しかし床に座る事によって鴉より視線が下になることは非常に不本意であり。意味があるのか良く分からないプライドと足の問題の間でさ迷う奏の思考回路は、次の鴉の言葉に全て持っていかれる事になる。


「あの時、お前達の帰り道をつけた」

「……!?」


 あの時、とは。

 開始しょっぱな、河井が電車の上から降ってきた鴉に背後を取られたあの任務時の事で。

 普段好き勝手振り回してくる鴉が、とてもあっさり帰らせてくれたあの別れ際の事で。

つまり。


「ま、まさか……電車の、上?」

「そうだ」


 こいつはあの帰り道、電車の上に乗って帰路をつけてきていたのかと。

 驚愕の可能性を口にすればあっさりと肯定され、奏はくらりと眩暈を覚えた。


「すとーかー……」

「なんだ、それは」

「……あんたの別名」


 はぁ、っと大きく息を落とす奏の視界の端で、鴉が小首をかしげている。


(にしても電車の上……電車の上って……)


 ツッコミどころは色々とあるような気がするが、とりあえず自身が迂闊だったところは否めない。

 あれほど素直に解放されたのもそうだし、そもそも始め鴉が電車の上から降ってきた事を考えるともう少し警戒しておくべきだった。

 けれど、時既に遅し。

 完全にお家の居場所までわれていると知った奏の脱力感は、今や過去最大級に近いといえる。


「最後はなんだったか……俺の行動についてか」


 なので、続けて律儀に全ての質問に答えようとする鴉の言葉にも、それほど奏の興味は向かず。


「俺は俺のしたいようにする」


 そして出てきた言葉がなんとも予想通りだった事に、奏はまた一つため息を落とした。

 鴉のそれは、何とも単純な行動理由。

 そんなもん誰だってそうだろ、と心の中で呟いた奏はそこで、ただし、と続けられた相手の声に視線だけをチラリと上げる。


「お願いをされたら――聞いてやらん事もない、という気分になる」

「……。」


 なんだコイツは。敬われたい人なのか。“人”じゃないけど。

 思考回路に浮かび上がってきた言葉に、またほんの少し奏のイラッとメーターが上昇する。

 椅子にふんぞり返って足を組む鴉が、今や机に頬杖までついているその姿からしても、メーターの上昇は当然のものだと言えるだろう。


「……でもついていくんなら、何も私じゃなくてもいいんじゃないの」


 そうして、やがて。

 どうにも上からものを言う、上に立ちたがる感染者に、奏の瞳が宿したのは、呆れで。

 その中には諦めも混入していたが全てをさておき、彼女はまた率直な疑問を口にしていた。

 そう、突き詰めると全ての問いはやはりそこに帰結するのである。

 懐中電灯と月光の明かりの先にいる感染者が、一体何を考えているのか――それはこれまで一切分からず、聞いても分からず、もしかするとちゃんと知る気もなかったかもしれないと。

 なんだか色んな思いを湧き上がらせながらも奏は、具体的な問いかけによって、此処で全てをハッキリさせて置きたかった。


「他にも色々いるでしょ、人間。別に私じゃなくていいんじゃない?」

「何を言っている、馬鹿か」


 己の中で繰り返されていた問いを別の言葉に言い変えた奏は、返って来た無感情な視線にぐっと反論を飲み込む。

 ここで何か言って話題が流れるより、しばしの侮蔑に耐えるが今は得策であると。自身に付きまとう問題の根源を見るべくしていた奏の沈黙は、けれど次の一瞬であっけなくも崩壊する。


「俺の非常食は……お前、ただ一人だ」


 正直、その瞬間奏の中に浮かんだのは“?”マークである。


「いやべつにキリッと言われても。大体、非常食ならもっと喰い甲斐のある人居ると思うけど?」

「いや、居ないな。これだけ筋肉と脂肪のバランスがとれた身体は、そう無い」

「……なんか辱めを受けている気分になったんだけど」

「意味が分からん」

「こっちの台詞だっての!」


 全く何なんだ、やっぱり意味が分からない。


(脂肪と筋肉のバランス……!?)


 なんだそれは、もしやフェチズムの一環なのか。

 確かに飯島の組んだ筋トレメニューによってそこそこバランスの良い筋力作りは出来ているだろうが、と。

 混乱した奏の頭では感染者の根本、『食欲』というものの方に思考回路が流れていかず、多大な疑問符に翻弄されるばかりで。


(……否。でも、そうか――)


 そもそもコイツの思考回路を理解しようとした自分が、馬鹿だったのかと。

 結局スッパリ理解できないものを諦める事にした奏は、窓の外へと顔を背ける事にした。


(ああ……月が綺麗だな……)


 “月が綺麗だ”という言葉を“愛している”という意味だといったのは、夏目漱石か誰かだったか。

 何がどうなってそういう意味になったのか全く持って分からないその言葉の有り様は、案外現状と似ているかもしれないと。現実逃避気味に考える奏は、正直あと10分程現実逃避していたかった。

理解できない現実とは、なんとも辛いものなのである。


「それで。次は何処に行く」

「……。」


 けれどそんな間を許す鴉ではなく。

 次に何処に行くかなんて決まっていて、けれど言い出せずグダグダ無利益な雑談をする羽目になっていた奏は、窓の外から室内へと視線を戻した。

 現実逃避とは、なんとも脆いその場しのぎである。


「……。」

「特に無いなら勝手にするが」

「いや待って、ある。あるから近寄るな」

「何処だ」

「…………。」


 椅子から立ち上がりジリジリ、という趣も無くズカズカと距離を詰めて来る鴉に、奏は精一杯の威嚇をした。


(次行くところなんか、決まってるけど――!!)


 伝えた結果を想像すれば、嫌な結果しかその頭には浮かばず。

 口をつぐむしかない彼女の、その両手には包丁。

 けれど背後は壁。


「ちょっ!! 待てっつってんでしょ!?」

「待たん」

「待てよ! ってかお前どこ行く気!? 逆に聞くけど私連れて何処行く気なわけ!?」


 そうしてなんともアッサリまた抱えあげられてしまった奏は、取り上げられた包丁に手を伸ばしながらも喚き散らした。

 そんな間にも鴉のほうは彼女の身体をおんぶ体勢にまで移行させるものなのだから、暴れたせいでまた足の痛みにもだえる奏に勝ち目が在ろう筈もなく。


「お前の巣だ」


 そして、その瞬間。

 全ての思考回路をピシリと凍結させられた奏は、一拍置いて上半身の筋力を120パーセント稼動させた。


「いや、ほんと止めて。ほんと駄目、やめて、帰れ!! 一人でどっかに帰れ!!!!」

「俺には帰る場所など無い」

「でしょうね、だったらどっか行け!! 研究所にだけは来るな!!!!」

「断る」


 まじでか。

 そんな思いに支配される奏の脳裏、しかしその時ふと一筋の光のようなものが過ぎる。


(ん?でも、研究所に来るってことは、そこを捕獲してもらって捕まえたら私この先、苦労しなくていいのか……?)


 そして正直、奏の次の予定は『研究所に帰ること』だったので。

 そこまでの足が出来るのは、非常に喜ばしい事である。

 けれど、そう上手くいくものか。


「非常に楽しみだ」


 そして、今。

 この瞬間鴉の一言により、嫌な予感しかしなくなった奏はまた、必死に静止の言葉を喚き散らした。

 人間、言っても無駄だと分かっていてもつい、口にするのは止められないもので。


「全然楽しみじゃない、絶対ろくな事になんない! ――ってか『頼まれたら聞いてやらん事もない』んじゃなかったの!?」

「退屈には勝てん、と何処かで誰かが言っていた」

「退屈上等でしょ!? 感染者が楽しさ追い求めるとか間違いなく厄介ごとフラグだっての!!!」

「諦めろ非常食。俺に“楽しさ”を教えたのは、お前だ」


 奏は、何処か遠くに行きたくなった。

 けれど今の足では、何処に行く事も出来ない。

ついでに今この状況で、鴉の肩から手を離す事はイコール、ずり落ち後頭部強打確定である。


「ちょっと、勘弁してよ……勘弁しろって言ってんでしょこの汚泥野郎っ!! ちょっと、聞いてんの!?」

「……」

「……ちょっと。聞いて下さーい、おーい?」


 絶望に眉尻を下げながらも。

 諦めきれない奏がぶつくさギャーギャーと漏らす声は、宵闇に吸収される以上のスピードで月明かりの下を疾走する。

 そうして、過去の賑わいの欠片もない町での、とても騒々しいひと時は去り。

 代わりにとある山奥の施設でちょっとした一騒動が起こるのは、日付を越えてからの事になる。



これでこの章は終わりです。


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